幕間:「協会の苦悩」
7カ国魔法師協会、通称【協会】。その設立に至り、手始めに有用性をアピールする目的で実施される外界調査。
この依頼主である協会は魔法師の雛たる学院生に最初の活動を与えた。
その目的は幅広い依頼を受ける準備を示すものであり、協会の意義として外界での任務代替は各国軍が抱える魔法師不足を解消するためのものである。
何より協会が効率的な魔法師の提供を可能にする派兵業務は軍そのものの体系と酷似している。つまるところ各国は自国のための戦備として魔法師を抱えているが、協会は7カ国に対して軍備を用意するものである。
無論、軽微な任務内容――主に内側――に関してはこれまで治安部隊【治軍】なるものが別に設けられているが、これは非魔法師による治安維持を目的としているため、いざという時、事件性が高いものについては有効な人員ではなかった。
言ってしまえば荒事にはめっぽう弱いのだ。武器の常備を義務付けられているものの自警団に近い組織では取り締まりが関の山。
与えられた権限としては外界を主な任務としている軍に比べると制限されているのが現状だ。無論、治軍との練度の差は火を見るより明らかだ。対人格闘術ですら現役の魔法師に劣ってしまうのが現状だった。
そういった治軍による業務の縮小を協会側は狙っている。
端的に言ってしまえば、協会所属の魔法師を増やすことで治安強化を目論んでいるのだ。そのため潜在的な魔法師の雇用を大々的に受け入れ、再教育を施す。
基本的には協会のみの所属となったものはその証たるバッジを付けること、もしくは任務中など協会所属を示すマントを着用することを推奨としたのだ。
意識改革の初歩段階として、魔法師の存在意義であるお国のために尽くす、かつての領土奪還といった悲願、そういった固定観念を利用することで犯罪を未然に防止できると考えたのだ。
協会設立の告知後、協会本部には今日までで三十万件を越える申請が押し寄せている。これには現役魔法師も含まれるが、それでも現状だけでも魔法師の総数の倍を超え、今も申請がその数を秒単位で増加していっている。
審査だけでも定員が決まっているため、予想された規模ではあったものの、それでも遅い者で審査を受けられるのは三ヶ月待ちという状態だった。
これらに通っても一週間の講習期間を終えなければ正式な依頼を受けることはできない。
雇用規模としては最大クラスだ。
だが、この事態の収拾は全て事務員や人事の仕事であり、正式な協会の活動はまだ始まってもいない。
もっといえば協会上層部では今、それどころではなかった。
7カ国に支部を置いている協会。その支部長全員が本部に集まり、会議にかれこれ五時間を費やしていた。
「試験運用とはいえ、学生のみというのは些か不安が残りますな」
楕円形の机を並べ各国支部長が膨大な資料を脇に置いては苦い顔を浮かべて内容に目を通す。
大きな依頼に関して、特に依頼難度が星四つを越える物においては協会トップの会長に報告する義務がある。しかし、今回は初運用ということもあり、支部長が揃い踏みでその始動に不安の顔色を並べていた。
この人員は軍でも高い要職に就いていたものばかりであり、現在は協会支部長という扱いになっている。当然外界を知らぬ半端者はお呼びではない地位だ。
その構成員は大半が壮年の者であり、男女に関わらず優秀な者を揃えている。この中には三十代という若さの男も含まれていた。
「ロムダル卿――失礼、ロムダル第5支部長、今回はそれでも万全の状態を尽くしていると思われますよ。鉱床付近にはすでに拠点を構築。いつでも退避経路は確保しておりますし、近日中には長距離転移門の設置も完了するはずです」
苦言を呈した男――ロムダルに対して最も若い男が別の資料を持ち出して不安を解消していく。
それでもロムダル支部長はその性格故、懸念を払拭できずにいた。協会というものの意義がこの初回で問われるのはいうまでもないことだ。
生真面目そうな目元は優柔不断なようであり、リスクに慎重さが窺える。
「如何にも……しかし、内部の探査状況はまだ半分といったところだ」
「その点についてもご存知の通り、高位魔法師を救援として待機させておく手はずになっておりますし、ロムダル支部長のおかげでバルメスより過分な情報提供、ならびに人員を割いていただいております」
男は万全を尽くしている状況ではあるものの、一瞬言い淀んだ。
「問題は鉱床の鉱物が豊富なミスリルであることですかね。それによって通信や探知が一切できない。万が一の時に……」
「えぇい、うるさいわ貴様ら」
そんな場違いな声に全員が背筋に緊張を湛えるのではなく、脳が勘違いを起こしたように顔を向けた。やはり緊張感に欠ける声の主。
椅子の高さを最大まで上げてようやく全員と同じ高さになっている。ただし、その足は想像するまでもなく床から浮いていた。
「ちと、臆病に過ぎるぞ。大の大人がこぞって安心安全ばかりを標榜しおって。出来る限りの安全策は取る。だが、一度外に足を踏み入れれば助けなんぞ期待する輩に優しくしてくれる世界ではない」
誰も言い返せない。それは百も承知だ。承知しているのだが、それが実行できるかと言えば、難しい。
呆れたようにイリイスは自分の目の前だけに積まれた比較にならない資料の山から纏めてある資料を取り出す。
変わらぬ大人サイズのローブが手を覆ってしまっているためか、中々捲ることができない。次第にイライラしだしたのか紙がしわくちゃになっていく。
慌てて隣に座っていた支部長が丁寧に袖を捲り、全員が常備しているゴムで袖を固定した。
「ど~も……」
愛想ない感謝に全員がホッと胸を撫で下ろした瞬間だ。だてに支部長も優秀ではない。協会の発足にあたって初めに集められたのが今の支部長なのだ。それから僅か数ヶ月の付き合いとはいえ、暗黙のルールが作られている。その一つが袖を止めるためゴムの常備だ。
ホログラムを使ったデータ資料でもいいのだが、どのみち服の上からでは反応しないので同じである。
仕切り直しとばかりにイリイスは脇に置いていたケースからメガネを取り出し、一度眉間を摘んでから掛け、瞬時に全資料に目を通す。その行為は読むのではなく、見ただけで脳内に文章化される彼女の技能である。読まずとも内容が頭に入ってくるのだ。
余談だが、メガネは単純に思考を切り替えるためアイテムであると同時に、できる女を装う必須アイテムだ。ただできるできないで言えば、彼女は装う必要がないくらい優秀である。
「ふむふむ、各国もその辺はわかっているよ。それなりの学内上位を編成している。外界での討伐歴を持つ者も多い、学院側も外界での課外授業は積極的だ。初陣というほど懸念材料は多くないだろう」
ルサールカなどはゴリ押しで前期卒業生を推しているし、アルファに関してはソカレントの名前が筆頭にある。
――ん? そういえば奴の教え子は……まぁ勝手はできないか。
各学院に委ねた編成にとやかくいうのはお門違いだろう。ましてや学園祭で相見えた二人の雛は……。
そう思い出し、イリイスは積み重ねられた資料の中から協会魔法師への申請願い仮想液晶を呼び起こして、検索をかける。
名前を知らないためイリイスは仮想キーボードを素早く叩く。外見的特徴や学院生であること、更には系統、そうして二人の申請願いが絞り出された。記憶違いではなかったことを確認して少し思案する。
彼女たちに関わらず、基本的に学院生の申請は無条件で受ける方針にしている。それでも審査など手順を踏む必要はあるのだが、彼女たちは半月ほど待ちの状態だ。
――確か、今アルスの奴は……はは~ん、そうかそうか。
イリイスは会長のみがアクセスを有するデータページを映す。巧みに申請欄を弄り、会長権限で審査を全てパスし、二人にチェック済みの印が追加された。
そしてイリイスは会長のアクセス権限を使い、即座に依頼書を作成し、二人に対してのみ受けられるように制限を掛けた上で依頼主を【イリイス】とした。
――難易度は星三つといったところか。
一分ほどでそれを終えたイリイスは仮想液晶を閉じて、議題に戻る。
「生息する魔物は粗方把握できている。鉱床内部の作りはほとんど探索が済んでいると聞いたぞ」
「会長、それですが……どうもバルメスの地質学者が気になることをいっておりまして」
「その調査書は私も見た。だがまぁ、大丈夫だろ。許容範囲内、さすがにお手てを繋いで任務に向かうわけじゃあるまいし。あくまで軍と大差ない成果を協会は求めなければならない」
軍と同等の成果を求めるのであれば、当然予想外の事態への対処もまた現場に委ねられて然るべきものだ。
「その辺りは訓練で培ってもらう他ない。無論、他部隊との連携も課題の一つだ。異論がなければこのまま準備を進めておけ……それと当日、監視のための魔法師は増やしておけ」
連日この案件に思考を割いてきたイリイスだが、当然、この案件だけに目を向けてばかりではいられない。
一度だけ連日の疲労をため息とともに吐き出し、キリッと顔つきを変えた。
「よし、次だ次ッ!!」
・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ
・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」
・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定
・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。
(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)