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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
2部 第1章 「因果」
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両道

「甘いのですね」


 不満の乗った声音は独白だったが、アルスには聞こえていた。

 そしてすぐ返答に迷う。ロキは返答を期待しての問いではなかったが聞こえてしまうほどの声量だったのは意図せず面白くなかったからだ。


 二人が帰った後、いつもはこれほど閑散とした空気にはならない。

 重苦しい空気を引きずったロキに、


「…………そうだな」


 と自分でも違和感のある答え。


「アルス様はあの二人に期待してらっしゃるのですか?」

「どうだろう……」


 アルスは動揺していた。図星だからではなく、傍から見てそう思われたことにだ。

 多少言い訳がましかったが――。


「少なくとも適性はあったわけだし、まるっきり無駄ということにはならんだろう。損はするかもしれんがな」


 時間を割くに値するかは彼女達次第だと含めるので精一杯だった。

 ロキがそれでも納得がいかないというように口を開こうとするが、それより早く――。


「まぁこの学院に居る間の代償みたいなものだと考えれば安いものだ。無駄にならないなら、まだマシな時間の使い道だろう、な」

「私は…………それでも……」


 俯く表情には言いたいことを表現出来ずにいるもどかしさがあった。いや、憚れるようにつっかえている感じだ。


 ロキはアルスのためにいる。それはパートナーだからではなく彼のために残りの命・時間を捧げるためだ。

 彼が今まで過酷な任務をたった一人で成し遂げて来たことを知っている。彼にはその力があることもわかっている。

 学院に入ると聞いたときは解放されたのだと喜びもした。だから……なおさら強く思うのだ。

 彼にはしたいこと、やりたいことを優先させる権利があって然るべきだと……だから研究をするという願望を妨げる彼女達とは感情的に相容れない。

 それを受け入れるアルスにも不満があったのだ。口に出すことは出過ぎたことだとわかっても……。


 やり切れない思いがロキの瞳に現れた。


「……!!」


 ポンッと頭に手が乗っかる感触。


「なに、それほど悪い気はしていないんだ。お前は甘いと言ったが俺はそんなこと微塵も感じてなかった。つまりだ……」


 アルスはロキにではなく、ただ感じるようにここでの生活を思い出し真っ直ぐに向けられた目を閉じて、ロキが視線を向けると同時に開いた。


「案外新しい環境が新鮮なのかもしれないな」


 驚き、戸惑い、そういった感情はない。ただ軍で経験したことのない学院の生活に対応できていないだけというのが一番しっくりくる。思い通りに運ばないことも違った刺激を与えてくれる。外界で命を賭けるほどのものではなく些細な食い違い。

 齟齬そごのような日常に予測が付かないだけなのだ。


「だからと言って、無駄に時間を浪費するのはごめんだ。あいつらが使えないとわかればすぐにでも切り捨てるつもりだぞ。もちろんお前も」


 本気なのか付かない口調だったが、少なくともロキの知るアルスだ。


「だから少しは時間を割いてやる。せいぜい期待に応えてくれよ」


 最後にもう一度ポンッと頭を叩き、アルスは微苦笑した。


「は、はい。必ず」


 急かされるように頭を下げる。意図せず赤く染まった頬を隠せたのは幸いか。

 アルスがそう決めたのなら自分は従うだけ、すでにロキの頭の中には自分に期待を寄せてくれるだけでいっぱいの嬉しさしかなかった。


 床に向かったロキの表情が嬉々としていたのはアルスからは見えない。


 顔を上げたとき、これだけは明確にすると口を開く。


「ですが、私はあの二人が嫌いです」


 これにはアルスも目を瞠った。わかっていたことだが、面と向かって言われるとまた違った印象を受ける。


「わかった。無理に仲良くする必要はないさ。ただ自重はしろよ」


 一触即発になるときもあるためその牽制だ。


 それがわかっているのか申し訳なさそうというより、未熟な自分を恥じるように一瞬顔を顰めた。

 反省はアルスの時間を奪うことに対してであり、非はないとばかりに毅然としていつもの無表情に戻る。


 しんみりとした空気を一変するためにアルスはテスフィアとアリスにしたような質問を投げた。 


「ロキは勉強しなくてもいいのか?」


 無用の心配なのだが、これは一応の確認。含まれるものは最高評価を狙わないのかということだ。もしかするとそれすら無用なのかもしれないが。


「大丈夫です。アルス様のお世話をするほうが重要ですので」


 すでにパートナーは家政婦と化していた。それも今に始まったことではないので改める必要は感じない。

 だが……。


「だったら、訓練に充てるか」

「ですが……」


 テスフィアとアリスの訓練の後ではアルスの時間が大幅に削がれてしまうという懸念。


「大丈夫だ。一人でも出来る訓練だしな。その間俺は研究に充てるさ」

「そういうことでしたら、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げて感謝を示す。

 アルスはそれを一々仰々しいなと思ったが、口に出してやめさせることはしない。それは彼女が自分に対する敬意の表れであるからだ。

 同時に少しだけ壁を感じる瞬間でもある。



 ロキの訓練は主に探知範囲の拡張が目標だ。

 すでに学院の外には1km圏外、50m間隔で魔力発生器を設置してある。

 もちろん理事長の許可はすでに取ってある。


 これは常駐型の劣化版。擬似魔力の生成はすでに成功している技術だ。残念ながら科学の力でも模倣物が限界であって実際に魔法を構築する際のエネルギーとしての役割はない。

 その代わりに擬似魔力は日常の様々なところで活躍している。学院の街路灯もまたエネルギーは擬似魔力だ。


 設置してあるものはそれらに用いられる擬似魔力を自力生成して貯蔵する機器であり、アルスが手を加えたことで微弱に擬似魔力を発生するだけのものだ。


「まずは自分でやってみろ」


 と言ってロキに何十とボタンの付いたリモコンを投げ渡した。


「わかりました」


 危なげなくキャッチすると、目を瞑ってボタンを押す。

 探知魔法師は自分の魔力を電波のようなソナーとして連続波長を飛ばして敵の位置を捕捉する。


 探知方法は人それぞれだが、一般的にはもっとも有効な方法だ。ロキもこれに該当する。


 他には地面の振動によって個体数を把握するという探知魔法師もいるし、空気振動によっても探知することが可能だ。


 それでもやはり魔力を飛ばして魔物の魔力を捕捉したほうが確実であり、強さによってレートの判別も可能であるため推奨されているのだが、これにも適性がある。

 系統に関わらないため誰でも挑戦できる一方で、魔力を波長レベルにまで変換しなければならず、情報の劣化を防ぐ指向の強さが求められるのだ。

 それはソナー自体が自分の投射であるような錯覚を起こすほどだと言われている。


 他にも系統に関わらない技術の最たるものが治癒魔法である。魔法という分類は正確ではなく、正しくは技術なのだが。

 医学知識以上に細胞レベルで相手の魔力と同調させることで直接自己治癒能力を促進させる。魔力操作の一形態ではあるが、その数は稀少と言える程に少ない。



 ♢ ♢ ♢ 



 魔法の知識は魔法を構築するに当たって魔法式を反芻しなければならない。

 正確には脳内で魔法が発現するまでの構成段階を一つずつ組み立てていくのだ。もちろんそれは魔法式を大まかにでも理解する必要がある。主に系統、威力、規模、形状、さらには造形や変換などが含まれる。


 だから魔法師になるには最低限でも抑えておかなければならない知識量というものがあるのだ。


「だから何度言えばわかるんだ」

「ぐぐ……」


 一般の一年生の水準がどの程度なのかアルスにはわからないが、教材の範囲から出るのであれば、今まさに叱り付けているテスフィアは理解が浅いといった具合だろう。


 確かに幅広い知識は持ち合わせているのだが、応用などさらに一歩踏み込んだ問いには確信を持って答えられていない状況だ。


 研究室のテーブルの上、テスフィアとアリスが並んで教材を広げ、向かいの真ん中でアルスが頬杖を突いている。その背後では恭しく飲み物の支度に精を出すロキ。


「それを勉強と呼べるんだから大したものだ。魔法式の文字列だけ暗記しても意味はないんだぞ」

「なんでよ。魔法を使うときにだって繰り返すじゃない」

「基本的な魔法式はテストでも重要だって先生も」


 少し間を置いたアルスは、


「そうか、なら構わん続けろ」


 意味あり気な言葉に、


「言いたいことがあるならハッキリ言ってくれない? なんでダメなのよ」


 気になって手に着かなくなったテスフィアがキリっとアルスを見返す。そこには一応知識欲が垣間見える。


「はぁ~、実戦で役に立たんわけだ。魔法式をなぞるデメリットを言ってみろロキ」


 突然振られたが、近くで一部始終を聞いていたロキは滔々と答えた。


「魔法一つに対して魔法式を全て覚えたとしても数に限界があります。普通の人間では数十も覚えられません。非効率ということです。詠唱する必要がある場面ではそれも必要なのでしょうが、AWRが普及した今となっては魔法式を丸暗記するのは時間の無駄です」


 簡単な魔法式でも文字数だけで五十字以上あるのだ。

 アルスは目の前に注がれた紅茶を口に運んで美味しいとお礼に変える。


「その通り、さらに言えばAWRが構成段階を補助しているのに自分で魔法式をなぞってたら詠唱しているのと変わらんだろ」

「確かに……」

「AWRが普及したのは最近のことだから今の教師達は魔法式を暗記する勉強をしてきたんだろうな」


 アリスが首を傾げて横やりを入れる。


「そうしたら、魔法を発現させるときは何もしなくてもいいの?」


 そんなわけはない。

 それでは補助したとしても肝心な魔法を構成する要素に欠ける。


 確かに凝り固まった教師陣の教授とは違い柔軟な考えが必要であるが、さすがにこの問いは呆れると言うものだ。


「それで発動できたら楽だろうな」


 ジトっと疑わしげな視線にアリスは紅くなって俯いた。


「魔法を構成するプロセスには術者が明確に認識しなければならない項目がある。だからAWRの補助で段階的に構成されるのと同時に使いたい魔法の威力や規模などを自分で決めていかなければ魔法は発動しない」


 それはさながらパズルのようにAWRの補助によって当てはまるピースの形や色をナビしてくれる代わりに術者は自分でそれを嵌めなければならない。そうして一つの魔法を埋め尽すことで魔法を行使できるのだ。


「それが出来るようになれば構成から発現までの工程に1秒と掛からないぞ」


 寧ろそれが命を分かつ事態は外界ではよくあることだ。


「じゃあ今やっているのは無駄ってこと。実戦では役に立たないの?」


 勢いの無くなったテスフィアが教科書に視線を落とした。


「だから馬鹿だと言うんだ少しは考えろ」


 優秀過ぎて涙が出てくる。という冗談は置いといて、まさに近代魔法が旧式に捕らわれる欠点を体現しているのだろう。AWRの恩恵を正しく享受できていない証拠だ。

 アルスがいくら魔法研究で貢献出来てもそれを正しく使えないのでは宝の持ち腐れ、事態は好転しないという懸念が眼前に立ちはだかっている。


(悩ましいことだ)


 二人の目には馬鹿にされた敵意はない。本当に授業を熱心に受ける一生徒然と口を噤んだ。


「俺でも魔法式は一応目を通す。だが、そこに含まれる構成段階は既存の組み合わせだ。系統、形状、威力、効力、指向などの大まかに必要な個所だけ把握していれば、あとはAWRの補助でどうとでもなる」


 それには魔法式を読み解く知識が必要だ。


「でも、私一文字もわからない」

「私も……」


 最大の欠点は魔法式に関する授業が学院にないことが問題だ。


 この時、アルスは本気で理事長に直訴しに行こうかと悩んだ。


「ロキはどこまで把握している?」

「私も自分の系統しか」


 おそらく反復練習によってパターン化されているのだろう。まったく同じ魔法を使うのならば無意識に擦り込むことでタイムラグを無くせる。

 しかし、反復練習による習得では状況によって威力や形状の調整が利かないということだ。

 ほとんどの魔法師が反復練習で身に付けているのだろう。

 だが、アルスのパートナーとしては未熟としか言えない。


「お前もそっちに座れ……」


 こうしてアルスの授業が始まった。

 直接試験には関係ないことだが、外界に出る魔法師を目指す彼女やパートナーとして実戦も要求されるロキには欠かせないものだった。

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