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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第10章 「夢の終わり」
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本音



 丁度昼時と被ったためか、この工業都市【フォールン】であろうとも人の往来は視界を塞いでしまうほど多い。

 至る所から油のようなにおいが鼻に付く。だが、アルスからすればこの香りも随分と嗅ぎ慣れたものだ。


 寧ろ、こうでなくては、とさえ思っているほどである。工業都市としてアルファの最先端をいくAWRのほとんどがここで作られるのだ。とは言え量産品としての流通量は少なく、高位魔法師による受注を全国から個別に受けている。


 この時間はまだ槌を打ち鳴らす音はなく、皆昼食でも取っているのだろう。


 そうはいっても【フォールン】を分断するように走るメインストリートには職人気質の男や売り子が軒先で宣伝している。


 軍から転移門を経由し【フォールン】へと入る場合は丁度真正面にメインストリートが広がるようになっており、この大通りの両端にしか転移門はない。

 アルスはさっそく目的の人物を探そうと視野を広げる。ただしこれだけの人口密集率では果たしてどれほど効果的か、シルエットとして投影されるアルスの視野では魔物の個体差に比べれば一人の人間を探しだすことは遥かに困難だ。


 これが手練れというのならばまた話は変わってくるのだろう。しかし、シセルニアは魔力的に見ても学院生にさえ劣りかねない。


「一先ず行ってみるか……」


 そう溢すのも視野を広げ、神経を研ぎ澄ます直前で、すぐ目前の店先に異様な人だかりができていたのだ。


 人だかりを分け入ってなんとか抜け出た先では腰の低い店員にもてなされている女性と目が合う。

 なんとなく嫌な予感は的中した。というのも人だかりの中で耳に飛び込んでくる声が異常だったからだ。


 興奮とも、絶賛とも取れる声の数々。

 その全ては女性の容姿に触れられている。


「あっ、遅いわよアルス!」


 そう手を上げる女性に人だかりが一瞬にして割れた。それも少し前まで世間での話題を掻っ攫っていた男の名前が上がれば仕方がない。

 そしてこの街にはアルスを知らないモグリは非常に少ないのだ。


「どわっ、アルスさん!!」

「おい、アルスさんが帰ってきたぞ」

「ちょっ、てめぇらどけどけ――旦那のご帰還だ!!」


 瞬く間に技工士の屈強な男たちがアルスに労いの言葉を投げ、目元を潤ませる者まで現れた。

 真っ昼間に大の男共が目元を擦る姿など誰が見たいだろうか。

 とはいえ、邪険にすることもできない。彼らとは長い付き合いだ。


 だが、時間的な余裕はなく、アルスは「また改めて来るから今日は勘弁してくれ」と叩かれる背中に向けて告げた。


 そして男たちは何かを察したように頬を持ち上げる。それも目の前にいる絶世の美女を見れば一目でわかろうというものだ。

 だが、男たちは女性に向けた目を限界まで開いて次第に顔色を変えていった、野卑な表情は徐々に戦々恐々と血の気を引かせる。


 この国に住んでいるのであれば、知らないはずなどない。

 


 普段は長い黒髪を降ろしている彼女だが、今日は胸の辺りで二つに結って前に垂らしている。毛先までストレートのはずだったが、今日に限って毛先はカールし今の彼女の調子を表しているかのようだ。

 眉頭が覗く辺りで綺麗に切り揃えられた前髪。パーツの一つ一つが美しく、それを包み込む輪郭が調和させている。圧倒的人気を誇るアルファの元首シセルニアだ。


 しかし、普段ではまず見ないカジュアルな装いをしていた。黒をベースにしたワンピースはオフショルダー、取り外しができるデタッチド・スリーブの袖が肘から先の肌を隠している。



 アルスでさえ、一瞬困惑してしまう格好だった。

 しかし、そんなアルスと惚ける周囲を無視してシセルニアは高いヒールで床を叩き、アルスの手を引いて駆け出した。


「騒がれる前に行くわよ……キャッ!!」


 人垣を抜け出た直後、慣れないヒールのせいで躓いた。今度はアルスがその細い手を引き、腰に手を回して支えた。


「慣れないことをするからだ」


 何故かおぉ~という喝采が沸く。

 見事に転倒を防げたのは良いが、若干扇情的に密着する身体。


「何よ、たまには良いじゃない」

「なら諦めて走るのはやめては? 見られるのは慣れているでしょ」

「そういう問題ではないけど、まぁいいわ。当然エスコートしてくれるのでしょうね」

「俺に期待するだけ無駄なように思えますが?」

「フフッ……それもそうね」


 シセルニアを起こし、二人は歩き出す。大通りが真っ二つに割れるのは爽快だが、静かとは言い難い。


「それよりアルス、これどうかしら?」


 歩きながら器用に回転するシセルニアはワンピースの裾を翻す。


「どお、と聞かれましても俺にセンスを求めると痛い目に合うようですよ。そうですね、似合っていると思います。あまりシセルニア様からは想像のできない服装ですが」

「あなた友達いないでしょ」

「それはお互い様では?」

「近頃の若者はこういうのを好んで着ると聞いたのだけど」

「流行には疎いもので……」

「それは勉強不足ね……」


 アルスは冷めた目を向けるが、彼女は一向に意に介さず、田舎者のようにキョロキョロと視線を飛ばす。


「何年ぶりかしら、こうして見ると【フォールン】も良い場所ね」

「それがわかればシセルニア様もここの男共と話が合いそうです」


 シセルニアはカツカツとヒールを鳴らし、浮かれたように後ろで手を組む。

 無論、口にはしないが向かう先は【バベルの塔】だ。それがわかっているのだろう、こんな昼下がりに二人の間で舞い降りた静寂がどこか居心地を悪くする。


 しかし、それを感じているのはどうやらアルスだけのようだった。


「リチアさんには困ったものね。皆が笑い、好きなことを好きなだけ探求できるこの街はアルファの象徴のようね。今のアルファがあるのはあなたのおかげよ」

「…………」


 アルスは彼女の隣を歩き、自分のペースを維持し耳を傾ける。自ら切り口を探ろうと模索しているかのようだ。

 思慮深い彼女にしては随分と口の滑りが悪く感じる。いや、恐らくは思案などないのだろう。最も明快な心の内を吐露しているに過ぎないのだから。故に口が言葉にしてしまうことを一瞬躊躇うのだろう。


 何も色々と背負ってきたのはアルスだけではない。彼女には彼女しか理解できない責任があるのだ。その重みも彼女しか知り得ないものだ。


「ねぇアルス。アルファがアルファ足らんとする至要はなんだと思う?」

「それはシセルニア様が国のあり方として捉える理念ということですか?」

「そういう解釈でもいいわね」

「ならばわかりませんね」

「でしょうね。私はね……この小さな箱の中に理想郷といえば大袈裟でしょうけど……そうね、脅威を排除することにしたの」


 一度言い直して、彼女は歩調を合わせて吐露する。

 アルスはなるほどと思い直した。そしてつくづく噛み合わないとも。

 他国であろうと比較的魔物の脅威は蔑ろにしてきた。いや、そうせざるを得なかったのだ。人のあるべき姿を取り戻すことを仮に平和や平穏と言い換えた時に人間を捕食する魔物は伏せなければならない。それは秩序の維持へと繋がる。望む営みには不要でしかないのだ。


 たとえ目を背けたとしても。


 アルスはこの国が平和ボケしたと評したことがあった。それは一位である自分が脅威を全て排除し、危機意識を著しく低下させてしまったのだと。


 だが、それはベリック然り、その上にいるシセルニアが掲げた一つの目標。完全に外界と内側を分離する考えだ。平和とは犠牲の上に成り立っているとはいうが、それさえも隠し仰せてしまうことの是非は個々人による。

 もっと言えばこれは先代元首から受け継がれている指針の一つだ。もしかするとアールゼイト家の業なのかもしれない。ともすれば罪と言い換えることもできるものだ。


 無論、アルスはそれを良しとしない。だが、一国を運営していく上でシセルニアはそれを必要なことだと捉えたようだ。


 アルスの表情を読み取ったシセルニアはどこか悔いるように溢す。


「わかっているわ。それは繁栄とは違う」

「いえ、そうではなく。シセルニア様はもう少し冷酷な人だと思っていたので」

「……それは聞き捨てならないわね」


 アルスは【消音の包容(サイレント・ベール)】を張った。ここからは他人に聞かれるのはまずいと判断したためだ。


「でも、あなたは凄惨な過去を遠ざけた」

「そうね。あれをどうすれば良いのか……保留にしてしまったツケね。何よりあなたに託してしまった。一国の元首が情けない話ね……」


 どこか自分に失望したように彼女は一度だけ視線を彼方へ飛ばし、巨大な塔を視界に収めた。そしてすぐに切り揃えられた前髪の下に隠すことのできない翳を落とす。


「ごめんなさい……」


 初めて口にしたように漏れ出た言葉をアルスは軽く聞き流した。全てわかっていたことだ。

 何よりも彼女のようなひ弱な肩では持てる物は限られる。




・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。

(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 是が非でもアルスに報いろよな。魔法士の層を厚くして、楽させてあげろ。本当にどうしょうもない時に頼れ。それ以外は自由に気ままにあれ俺なんかしちゃいました?って感じならそれも良いけど。今の…
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