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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第10章 「夢の終わり」
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偉大なる第一歩




 ◇ ◇ ◇



 学院での実力試験からおよそ二ヶ月後。

 この拠点は便宜上【ウィクトル】と名付けられた。だいぶ整備され、今では一つの街――城砦――へと変わりつつあった。そんな【ウィクトル】の早朝にしては騒々しい疑似防護壁内。



 アルスとロキは未だ外界にいた。その最大の理由は彼が今研究する上でこの場所が最も適しているからだ。

 アルスが研究しているものとは、この拠点に設置された【第二のバベル】と呼ばれる疑似防護壁。

 これをクリアせずにアルスが拠点から出ることはないのだろう。



 全ての準備は整いつつある。

 その最終段階としてアルスのために作られた研究施設には大型モニターが設置され、無数に分割された画面が端々に寄せられていた。その数だけでも三十はあるだろう。


 そこに映し出された研究者たち、学問において権威と呼ばれるものたちが緊張の面持ちでアルスを中心に中継されている。

 一際年を召した老人が頭頂部だけ禿げ上がった頭で満足する仕事に喜悦を漏らす。


「アルス殿、これほど名誉な仕事ができたこと感謝しますぞ」


 画面の向こうでは各研究者たちが満ち足りた表情で頷いていた。この画面の向こうでは各国に作られた第二……いや【第三のバベル】が稼働を待っている。

 この研究者たちは自国に設置された最低五つの【バベル】の主任研究員だ。それを内側で指示するのが今アルスに礼を述べた老人である。

 そして最も重要といえるシステムの構築はアルスに任されている。彼らはアルスが提示した資料を元に現場で建造から回路の構築など細かい部分の調整を担当していた。


 アルスは大型モニターの前に座り「それはまだ早い」と事も無げに返す。

 背後ではロキが成功を祈るように黙している。だが、この場には当然二人だけということもなかった。

 周囲には数十名の研究者がおり、モニターなどこちらで7カ国に設置された【第三のバベル】、三十五基に加え試験的に設置されたこの拠点にある一基、計三十六基全ての稼働状況やデータを記録、把握している。


 おさらいするようにアルスは大まかな設計について従来の【第二のバベル】との改善点を口にした。


「さすがに擬似魔力で補える部分は供給源を別タンクに設けることで解消できたが、防護壁ではなく稼働エネルギーとするほかない。肝心要な部分でいえば魔法師が生成する純粋な魔力が必要とされるからな。旧式よりは格段に燃費は良いが」

「何をおっしゃいますか。それは現実的に不可能と決断されたことです。何より旧式よりも性能は三十倍、燃費に関しては半分以下にまで……いやはや脱帽というほかありませぬな。安く見積もっても現代魔法学を十年分発展したといえるもの」


 老人に追随するように女性研究員も称賛の声を重ねた。


「常駐型の防護壁術式を考案されたことに関しては、不可能とまで言われていた議論ですわ。一度は匙を投げた方法を可能にしたのですからまさに研究者としてこの場に立ち会えることは最大の誉れです」

「いかにも、すでに試運転では稼働状況に乱れは見当たりませんでしたし、そちらのほうでは……」


 女性研究者の隣のモニターで別の男が整えた髭を撫で付けていた。彼が担当しているのはイベリスである。その下にあるのは彼が担当する各研究所の状況を伝える研究員らだ。


 今日のために身綺麗にした男の画面を見ながらこちらの状況を伝えた。


「あぁ、すでに二ヶ月間大きな問題は起こっていない」


 おぉ~っと感嘆の声が画面を通して重なる。


「とはいえだ。こちらにあるのは調整を加えながらだから、正確な実証データは十分とはいえない。まっ、こればかりは稼働しながらということになるがな」

「アル、そろそろ……」


 長話が過ぎたようだ。ロキが予定時刻が迫っていると告げてくる。そこには不安とも期待とも取れる表情、いや単純に無表情、事務的なことを告げただけだった。

 だが、隠しようもない声の弾みが聞き取れる。


「では、始めよう。失敗は成功の元、が許されないのは知っての通りだ。人類の叡智を結集させて笑いものは勘弁願いたい」


 小笑いを挟み、アルスは鋭く画面全体を視界に収める。

 ここで初めて研究者たちの顔つきが変わった。成功者となるか失敗者となるか、これで躓くようならば一から見直さなければならない。それでは数年を要すことになるだろう。

 ましてやこれを一基作るのでさえ膨大な費用が掛かっている。それでもコストに見合う、それ以上の成果を目指して形にしたのだ。


 大半はアルスがイリイスに渡した資金の残り半分がこちらに注ぎ込まれている。


 全ての準備が整い、待つのはアルスが下す合図のみとなった。しかし、とうの本人はその始まりの号令になんの感慨もなく全員が拍子抜けしてしまうほど簡単に告げる。


「全基稼働」


 秒読みもなく唐突に告げられた言葉。だが、誰一人として遅れる者はいなかった。

 周囲で稼働状況を伝える声が飛び交い、アルスの真正面に映し出された大型モニターが全ての稼働を確認する。


 動力炉に擬似魔力が生成、循環していく。そして疑似魔力では代替できない防護壁を蓄えられた魔力によって魔法式を読み解く作業が始まった。

 ものの数秒で全ての魔法式が待機状態に移行し、防護壁を構築していく。


 その状況を逐次確認していた研究員らが外にまで漏れそうな大声を響かせる。


「二十二……三十……三十五、全ての防護壁展開確認しました。遅延、乱れ一切なし、正常、正常ですっ!!」


 歓喜に包まれる中、アルスは椅子から立ち上がり一人背を向けた。


 祝福の声も今のアルスには道半ばとでも言いたげに受け流す。そんな背中に研究主任である老人の声が静かに投げられた。


「行くのですかな」

「そのためにわざわざ七面倒くさい研究に何ヶ月も費やしたんだ……」


 振り返ることすらせず、立ち止まる。誰に対しての返答なのかわからないほどアルスは前しか見ていない。そして一拍後には歩みを再開した。バベルのシステムを解明できたからこそ【第三のバベル】が製造できたのだ。しかし、それは【バベルの塔】の模倣ではなく、代替さえできれば良い。もっといえば魔物さえ退けられる類の物であれば何だって良いのだ。


 だから、この研究者たちには生存圏内中央に聳える白亜の塔については何も知らない――そしてアルスに送られた【バベルの塔】の膨大な資料の存在さえも。


 その資料の中には塔の設計図や魔物を退けるための防護壁の構築理論が緻密に書き込まれていた。ただし、その核となる部分については巧妙に触れられてはいない。この資料通りに作っても形ばかりのバベルができあがるだけだ。

 それでもこの資料がなければたとえアルスといえど、この短期間でシステムを組み上げることはできなかっただろう。



 こちらに気付いた研究員は歩みを止めさせてしまうだろう声を飲み込むことで見送った。


「第二段階は達成したな」

「はい、ですが彼らが何もアクションを起こさないとは思えないのですが」


 隣で不安げに懸念を口にするロキは戦闘可能な準備を整えている。無論、アルスも最低限AWRは持つが実際に使うことはないだろうと予想していた。


「それはないだろう。そうならないようにはしているさ」

「……また私のいないところで話を進めてしまわれたのですか?」


 淡々と抑揚のない声音はロキが聞かされない寂しさの証でもある。それでも随分と慣れてきたのだろう。

 アルスが言葉に詰まりかけた隙に。


「えぇわかっていますとも、アルはついつい忘れてしまうのですよね。決して厄介払い(・・・・)をしたから、教えてくれなかったのではないですよね」

「あぁ……もちろん、だとも。というかたまたまいなかっただけだな……それにしても随分と嬉しそうだな」

「そうでしょうか?」


 無意識に弾む心に任せてしまったのだろう。それでもロキは些細な意地悪を自重することはなかった。


「さて行くか」

「はいっ!!」




・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。

(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)

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