抜けない甘さ
◇ ◇ ◇
昼食を終えて午後の試験が始まるわけだが、これを運命という言葉で纏められるのは釈然としないはずだ。
しかしながら、この状況をアリスが見たならば仕返しとばかりに醜悪な笑みを向けてくるに違いない。
何せテスフィアの相手は学園祭のおり、手合わせした少年――メイン・モーレントだったのだ。
生き別れた肉親と再会したような彼のキラキラとした瞳が眩しい。
だが、今回は以前のように指導のためではなく、試験としてこの場に立っている。テスフィアは滑るように鞘から刀を抜く。
「それじゃ、試験を初めましょうか」
「は、はい! よろしくお願いします。あ……あのぉ、参考までにテスフィア先輩の一年時の順位を教えていただけないでしょうか。あ、いえ……その、ダメならいいんです」
「ん~ダメじゃないけど……あまり参考にしないほうがいいよ?」
思案するのは事前にメインの順位を確認したがためだ。正直、入学時の順位はあてにはならないが、かと言って遠からずな順位ではある。
自分が一年時の順位よりもメインの順位は桁が一つ多く、それを伝えるのは気乗りしないのだ。
「え~っと、だいたい四桁? かな?」
どこか武者震いのように剣型AWRを震わせた中性的な少年は喜色満面に「やっぱり凄い!」と絶賛の声をもらした。
「でも学生の内は順位に固執し過ぎないほうがいいわよ。実際の能力がそのまま反映されるわけでもないから」
どこか自分にも飛んで返ってくるその言葉をテスフィアはぎこちなく口にする。
それでも素直に聞き入れたメインは「では、よろしくお願いします」と試験の開始を促した。
冷めやらぬ顔でメインは剣を構える。
魔力の流動は以前と変わらぬもので、鮮やかと称賛してしまいたくなる。きっと純粋な魔力の質だけを求めたならば彼は間違いなく一年生の中で突出しているのだろう。
だが、だからこそ不安なのだ。
太刀筋もこなれて来ているのが受ける度に伝わってくる。魔法に移行しても質が損なわれることはない。
アロー系統がこれほどまでに美しく見えたのはテスフィアでさえ初めてのことだ。ただその美しさは鑑賞としての美である。
テスフィアが入学時に造形した【アイシクル・ソード】のようにその力は見せるために特化していたのだ。自分の命を守るためでもなく、誰かを救うためでもなく、誰かの力にすらならない拙さ。
そんな自己満足の象徴が一年時のテスフィアが構築する魔法に表れていたのだ。
だから少しだけテスフィアはメインにお節介を焼いた。
自分に向く好意は彼を甘やかすだけだとわかりつつも、言葉ではなく力で突き放すしかない。……のだが、アルスのように徹底的には突き放せなかった。
現実を理解させることが少しだけ恐ろしかったのだ。
自分を慕ってくれる後輩をテスフィアは最後まで…………何一つ教えることができなかった。いや、いろいろなことを保留にしてしまったのだ。
きっとこの小太刀【雪姫】を抜けば決心がついたはずだが、柄にさえ触れることがなかった。魔法は幻想を現実に投影する手段で、人間が強くなった証ではない。
自分を守り、誰かを救う力に過ぎないのだ。移り変わる時代の中で、命を奪うものであった剣や槍、その新たな武器に過ぎない。
履き違えないためにはその矛先は人類共通の敵にのみ向けられなければならないということ。
メインの魔法やその剣は圧倒的に覚悟が欠けていた。テスフィア自身その覚悟が如何ほどか問われれば窮してしまうだろう。それでもアルスとともに磨いたこの力はきっと誰かを助けられるものだと信じている。
試験後もテスフィアはメインとの模擬戦闘で軽い汗を流す。
彼が真っ直ぐ愚直なまでに起き上がるものだから、テスフィアも少しばかり攻勢に回ったりとメインがへばるまで続いた。
「あ、あ、ありが……とうございます」
細い身体、女のような体躯で、根性ばかりは人一倍ある。全速力で走った後のように荒い呼吸をメインは繰り返す。
「学園祭の時よりも数段強くなったんじゃない?」
「いえ、まだまだ先輩には追いつけません」
「でも……」
一旦言葉を切るテスフィアはメインではなくどこか遠くを見るような目で朗らかに微笑み。
「目標にするならもっと凄い人がこの学院にはいるのよ」
「…………!!」
どこか呆れ混じりな笑みはメインが彼女に見る気品や高貴さとは真逆で彼女を一人の女性にさせる顔だった。
「でも、その人は……いえ……テスフィア先輩は二年生で一番凄いと思います」
一度弱々しく吐き出した言葉を慌てて掻き消すように語気を強めてテスフィアを絶賛する。謙虚というか、事実として学院内一番ではないのはやはりフェリネラの存在があるからだろう。単純な順位だけでもテスフィアやアリスとでは開きがある。
「なんかむず痒いわね。アリスもいるし……」
きっと魔法師が目指す姿はアルスなのだろうと思えてしまう一方で、彼女自身、それがどこか寂しく思えてしまった。だから名前を口に出すことができない。
それでも彼の背中を追いかけ続け、いつか、その隣に立っていられるように頑張ろうと思えた。彼のようにはなれないけれども、彼が認めてくれる女性になりたいと改めて気付かされた。
気恥ずかしいが、それは自分の中でのみ決められた決意だ。
奇しくもメインと同じ目標なのだが、テスフィアが気づけたかはまた別の問題なのだろう。
何かに気がついたように突然大声を上げたテスフィア。
「ああぁぁ!! すっかり忘れてた。もしかしてかなり時間超えちゃった、よね」
「すみませんすみません……僕が無理に付き合わせてしまって」
シュンと落ち込むメインに凄まじい罪悪感がテスフィアを襲った。本当に女の子のようなしおらしさを出す子である。
慌てて、手振りで「大丈夫だから」と言ってあげなければ本当に泣き出しそうだ。
もちろんメインとしては決められた時間を越えたことでテスフィアが叱られると思ったのである。自責が押し寄せてきたのは後の祭りで、自分も謝罪に行くと伝えたのだが、体よく断られてしまった。
「とりあえず、これで試験を終わるけど。また何かあったらいつでも声をかけてきてね」
振り返りざまにテスフィアはそう告げた。その一言でメインは嬉しそうな笑顔でお礼を告げる。
幸いにも彼が最後だったため、試験の進行自体には大きな遅れはないはずだ。
時間が決められているというのは試験後、全校生徒は訓練場内に集まるように指示されているからだ。
そのため試験官以外の学生も三時頃訓練場に集まるようになっている。
自分の担当する区画から顔を覗かせたテスフィアは恐る恐る他の試験官に選ばれた上級生を窺い見る。
待たせてしまったのならば謝らなければならない。
だが、テスフィア以外のほぼ全ての上級生はテスフィアとは別の区画に真剣な眼差しを向けて出て来るのを待っていた。その中には当然アリスもおり、忍び足で近づくテスフィアと目があった。
「もう試験は終わってるわよね?」
ちゃっかり参列に加わるテスフィアに対して、アリスは特に問い詰めることはせず、全員が集中している区画に視線を戻す。
「本当ならね。よかったねフィアが最後じゃないよ」
「セーフ!!」
ホッと胸を撫で下ろすテスフィアであったが、疑問が解消されたわけではない。自分が最後でないならば誰が最後なのか。
少なくとも決められた時間から三十分も過ぎているのだ。
「誰が最後なの?」
そう問うテスフィアだったが、アリスが答える前に注目の区画から凄まじい爆風が溢れ出し、同時に出入り口が開いた。
中から出てきたのは。
「え、フェリ先輩!! それに……」
驚愕の表情とは別にフェリネラの姿は中での戦闘の凄まじさを物語っていた。いや、ただ事ではない。
何せこの訓練場の区画は学生に危害を加えられないような作りになっており、魔法の使用を含めたダメージは精神的ダメージに置換される仕組みになっているのだ。
だが、現れたフェリネラの服装は至る所が裂けていた。さすがに流血までには至っていないが、胸元から裂けた服から黒い下着を露出させている。スカートもスリットのように際どいところまで裂かれていた。
胸元を腕で隠しながら出てきたフェリネラはどこか堅い表情でテスフィアとアリスに視線を向けた。
二人は学内でもダントツの人気を誇るフェリネラのあられもない姿――一歩手前の彼女に自らの上着を脱ぎ、渡す。
気を遣ったのか、試験官の中にも男性はいるが皆顔を逸らしていた。
だが、フェリネラ自身、見られることを気にしたふうではなく、もっといえばそれすら意に介さないほど張り詰めた顔をしていた。
柔和でいつもと変わらぬ表情ではあるのだが、纏った空気が戦闘の後だからなのかピリピリと見る者に不穏な印象を与える。
「二人共ありがとう」
「一体何があったんです?」
正面を隠すように前から羽織るフェリネラは楚々とした態度で応じた。淑女としてフェリネラに羞恥が見て取れない意味を悟り、テスフィアはあまり訊かないほうがよさそうだと思った。
しかし、フェリネラは形ばかりの笑みを濃くする。新入生側からは裏手となるこちらは伺い知ることができないように仕切られているので二人は相手が誰だったのか知る術がない。
衣類も身体の一部として訓練場内では置換対象に当たる。つまり、フェリネラはその置換限界を越えた戦闘を行っていたということだ。
フェリネラは改めて自分の格好を見下ろす。こんな大胆な格好、アルスにさえ見せたこともないとため息が溢れた。
一先ず、残った上級生に撤収の準備と新入生の誘導を指示した。
まさか全力を出すハメになるとは思っても見なかったことだ。対戦相手として事前に聞いていたからこそ自前のAWRを持ち込んだのだが、想像以上に常軌を逸していた。
かなり手慣れた者の動きだ。父であるヴィザイストの任務を手伝い、更にいえば先のクラマの残党とぶつかった大規模戦闘で人間を相手にしてきたからこそ彼女に白羽の矢がたったのだ。でなければ、今この学院で相手をできる者はいないだろう。
訓練場の置換システムとは所詮、訓練のために設けられたものだ。故に実戦を望む者にとってはまるで意味がない。つまり頭痛程度では止まらない相手だということだ。
さすがにこれを実力試験だと言い張るのは苦しい状況だった。
フェリネラは歩きながら盛大なため息を吐き出す。背後で顔を見合わせて疑問符を浮かべるのはテスフィアとアリスだ。
「お父様にも理事長にも困ったものだわ。私の仕事が増えるだけじゃない!! …………アルスさんにも連絡がつかないし」
「あの~フェリ先輩?」
意を決して口を開いたアリスは不安な顔を覗かせて「中で一体何が?」と肝心要な問いを正面切って投げる。
隣ではテスフィアが内心で親友に称賛を送っていた。
「あ、ごめんなさいね。ちょっと理事長にお話があるから後で教えてあげるから」
「はぁ~……」
「まぁ、二人ともあながち無関係というわけでもないでしょうし。フィアは驚くかも……」
そう言い残して足早に去っていく。どこか危ぶむ顔色が二人に嫌な予感として刻み込まれるのであった。
・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ
・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」
・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定