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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第9章 「歩み」
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憧れと裏切り




 妙に型に嵌った太刀筋だと、アリスは防戦に回りながら観察する。

 というのも彼は見ただけで明らかに他の新入生よりも魔力量が多いことがわかった。その流動はすごく力強くて、川の流れに逆らうような荒々しさが際立つ。


 魔力が感情や心の状態に左右されるとはこのことなのだろう。魔力操作の訓練を積んだからこそ、意志に反することは往々にしてあるものだとわかる。

 魔力が反映するのは心の状態、それによってもたらされる感情である。



 だから彼が何故そこまで怒りに打ち震えているのか魔力を見たアリスは、彼の発した言葉の裏にある感情に触れた気がした。



 傲岸不遜であるのは彼が貴族というばかりではないのだろう。そう育てられたからではないのだろう。


 欲しい物が全て手に入って、自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。そんな子供じみた幼さを彼にみつけることはできなかった。

 しかし、その後ろに何があるにせよ、アリスには彼が魔法師としての一端すら知らない無知蒙昧だからだと感じた。彼の中にある魔法師としての理想の形があまりに強すぎるのだ。それが現実と不一致をきたしたことで感情が表層に出てきたのだろう。


 奇しくも一年前の何も知らない自分に重ねてしまう。


 そんな私情をなんとか頭の片隅に留めて、アリスは怒りを受け止め、攻撃を受け止める。



 使い慣れていないのか、短剣を突き出す動作がぎこちない。なんとか形にしているが、短剣の利点は速度、攻撃と攻撃の繋ぎによるロスを最小限に抑えることにある。

 だが、彼のそれは師に仰いでいるようには思えない。魔力量にそぐわない技術の拙さがあった。


 痺れを切らした大ぶりをアリスはヒョイッと半身になって躱す。その際に軽く足を残す、すると案の定躓いた。

 辛うじて転ぶことは免れたようだが、二人の間には開始時と同じ距離が開いている。



 ――とは言ってもまずは試験、試験。え~っと次は魔法かぁ~。


 あまり気乗りはしないが、正確な測定のためには致し方ない。

 今の彼はおそらく普段通りに魔法を行使できるとは思えなかった。頭に血が昇った状態では満足に力を発揮できないだろうから。


 しかし、そんなことはお構いなしに短剣に魔力が注がれていく。乱れた呼吸を整えることもせず、怒りをぶつけるように構成を辿る。


 だが、アリスの予想に反して魔法はゆっくりと確かな構成を辿っているようだ。魔力の流入は過剰だが、それは一年前のテスフィア同様、魔力量の多さが故の実力不足。

 それでも夜に降る雨のような彼の魔力は色彩に関わらず、すごく悲しそうに映った。



 少し動いただけで息切れをし、それでもなお物騒な目つきは変わらず――いや、意識的ではなく元々の目つきの悪さからだろうか。


 ――予想以上に魔力を練るねぇ。アロー系? 中位級まであるかな? 確か系統は……。


「【不死鳥フェニックス】!!!」

「――!!」


 短剣を突き出す、前方に張った腕に対して集中するかのようにもう片手を沿える。彼が発した魔法はアリスもイリイス戦が終わり目を覚ました後、記録映像として見せてもらったため既知としている。もちろん大全に収録されていない超が付く高難度である召喚魔法だということも。


 その魔法名を新入生が告げた事実に驚愕は隠せない。意識せず鋭く張った緊迫の糸が金槍を構えさせた。


 が、その召喚魔法を見て、アリスは膝から崩れそうになるほど唖然と立ち尽くし、頬から順に力が抜けていく。


「はぅ、可愛い……」


 無意識に溢れた言葉。

 視界に映るのは、手の平に乗ってしまうほどの小鳥。しかも丸焼きにされているように全身を消えそうな炎が包んでいる。

 ピィーッと甲高い鳴き声が可愛さを一層増幅させた。


 まるで誘われるように空中に手をフラフラと伸ばしてしまうアリスは慌てて手を引き戻す。


 ――危ない、危ない。なるほどすごい策略。この新入生、口だけじゃない!?


 実際問題、新入生では召喚魔法を使うことは不可能に近い。というのも魔法を学ぶ上で構成における詳細な部分までは学院でさえカリキュラムに含まれていないのだ。

 いや、科目としては存在するが、元々必須科目の中に魔法における【失われた文字(ロスト・スペル)】など古代失語学という分野の授業がないため、召喚魔法に関する授業だけを受けても習得には至れない。


 もちろん、魔法を習得する上で最も主流になっているのがイメージによるものだ。構成における終着点を決定付けるイメージはそれまでのプロセスを簡易、省略してしまうため微細な操作を困難にする。

 現にテスフィアやアリスもこれに漏れないわけだが、構成を正しく出力するためには様々な必須項目を明確化しなければならない。


 特に召喚魔法というのは魔法式についての造詣が深くなければならない。というのも構成における逐次変数の入力など通常の魔法とは比較にならないほど神経を使うからだ。

 少なくともイメージのみでの構成だった場合、具現化しただけで指向や座標などの細かい動作はできない。



 それでも……彼は才能とは違ったセンスを見せる。努力という結晶がこの魔法に詰め込まれている気がした。


「でも……これって【不死鳥フェニックス】?」

「うるさい!!」


 短剣を振り下ろし、炎に包まれた小鳥が一直線にアリスへと飛翔する。少しぎこちない、翼を使ったものではなく、どこか機械的な飛行だった。


 避けようと思えば余裕を持って回避できるだろう。だが、真っ直ぐ飛ぶはずの【不死鳥フェニックス】は満身創痍を思わせるように蛇行し、下降し始めた。その涙ぐましい飛行は手を差し伸ばしたくなるような衝動を湧かせる。


「あ、危ない!」

「――!!」


 自分から当たりに行くという珍事が起きたのはそういった理由である。アリスの胸にダイブした【不死鳥フェニックス】は燃えカスのように霧散してしまった――置換されるべきダメージは頭痛すら引き起こさず。


 その光景を何も知らないものがいれば歓喜に打ち震えただろうか。何にせよアリスの胸が【不死鳥フェニックス】を破ったようにも見えるからだ。


 残念そうに胸の辺りを見下ろしたアリスだったが、すでに小鳥の姿はない。しかし、彼女はその先でこちらに向ける新たな敵意を察した。


 風を纏う半透明の弾丸。

 親指ほどの弾丸ではあるが、魔法としてしっかりと構成されており【不死鳥フェニックス】のような分不相応の魔法ではない。

 彼が指で弾いた風の弾丸は間髪入れずに放たれた。


「油断するからだっ!!」


 グッと拳を作る彼は一矢報いた気分なのだろう。戦略の組み立ては中々だ。召喚魔法を目眩ましに使ったことにはアリスも驚かされもした。情に訴えかける愛くるしい造形はアリスの弱点を的確についてきた。その意味では評価してもいいのだろう――意図しているかは定かではないのだが。


 弾丸の速度は十分。【不死鳥フェニックス】が目眩ましとして機能していたならばアリスは回避という選択を取っただろう。槍術を扱うアリスはどちらかといえば反射神経を使った接近戦も得意としている。


 だから着弾を待つ彼の期待には応えられそうもなかった。


 ヒュンッと旋回させる槍は弾丸を真下から的確に弾いた。それも軽々と……着弾したのは明後日の方向であり、障壁であった。


「なっ!!」


 さすがのアリスも刃先に【反射リフレクション】を発動させたままならば風の弾丸は彼に倍の速度で向かっていったはず、それをあえて刃の角度をずらして弾くという選択を取ったまでだ。


「ほぇ~…………フフッ」


 何故か微笑んだアリスはその理由の一つ一つを彼に見ていた。

 だからこそ、本当は余計なお節介だと知りつつ、槍を構える。槍を扱う技術の全てを一撃に込め、大きく息を吸い込む。

 身体は脱力したように軽い、余計な力を全て抜いた状態だ。

 瞬間、軽やかな踏み込み……目で捉えることはできても彼の身体は反応できなかった。


 半身で金槍を両手で引いた状態でピタリと動きが止まった。遅れて風が吹き抜ける。そう、瞬刻の間に彼の首元に沿えられた金槍の尖端。


 やっと実力の差を理解した時、彼の視線はたっぷり時間を掛けて首元に下がっていった。

 すると、腰が砕けたように尻もちを突いて、ついさっきまでとは比較にならないほどの汗の玉が顎先に集まっていく。


 金槍を手元で旋回させて地面に突き刺したアリスは満足そうな顔を向けた。


「はい、これで試験を終了します」

「クッ…………」


 そのままアリスは膝を曲げて、彼と同じ目線で語った。


「なんで平気なのか、ごめんねぇ言葉では上手く伝えられそうにないし、君が聞きたい答えじゃないと思うの。だから、アルが帰ってきたら直接聞くといいよ」


 心が温まるのをアリスは感じる。

 何故ならば彼の太刀筋が誰に似ているのか、わかってしまうのだ。この短剣も……ずっと見てきてアリス自身お手本にしてきたのだから。


 彼の拙くも習得に費やした努力はたった一人の魔法師への尊敬の表れなのだ。最後に見せた風の弾丸もアルスが7カ国親善魔法大会で初戦の相手に使った魔力弾だ。

 わざわざ視覚的に風系統で迷彩としてコーティングしているのだから彼の工夫が見れる。


 それがすごく嬉しいのだ。

 彼が口に出したのは紛れもなく怒りから来るものなのだろう。それは誰よりも尊敬の念が強いために怒りという感情でしか吐き出せなかったのかもしれない。


 ――あぁ、アルはやっぱり凄いなぁ。こんな子がいるなんて知ったら面倒くさがるかなぁ。きっと内心では嬉しかったりするかなぁ。そうだといいなぁ。


 アリスが発した言葉は彼の心の深くに触れてしまったのだろう。


「ウウッ…………」

「え、嘘。泣……!!」


 目元を必死で拭う彼だが、涙は次々に溢れ出した。


「よ~しよし。大丈夫だよぉ」


 困ったように頭を撫でて上げるアリスであった。その内心は困ったというよりも男が泣く姿を初めて見た、というものだ。それも情けないなど少しも感じるものではない。寧ろ貰い泣きしてしまいそうな雰囲気すらあるのだから。



 後で中々で出てこないアリスに痺れを切らしたテスフィアが様子を見に来て、事態は更に悪化するのである。幸いにもお昼休憩なので、問題はないのだが、二人が昼食を急いで取る羽目になったのは言うまでもない。




・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 苛つくと言ったら酷いかもしれないけどさ。失礼な奴だよな。ちゃんと最後までやらせてあげたアリスは偉いね!。でもって一個違いでこんな事?する新入生は残念だ。
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