実力試験
朝早くということもあり、すぐさま実力試験は新入生の過剰な期待と不安を他所に開始されていく。
アリスが担当する区画もお昼までで十人近くを見終わっていた。とはいっても測定するための課題を教官役が誘導しなければならないのがなんとも手間である。
単純に全力を出させればいいというわけではない。より正確な測定をさせるためにいらないプレッシャーを与えてはいけない。かといって、ムキにさせるのも違う。
最初は防戦に徹するのも妙な緊張を与えないためだし、身体能力や魔力の持続力なども測定対象だからだ。ほとんど誤差の範疇なのだろうが。
それでも後々、魔法を使い易く誘導してあげなければならない。
新入生が拙い魔法を必死に構成する間、教官役の上級生は黙って待っていなければならないのだ。
そう思えばアルスが二人に指導してきたのは、本当に時間を割いているのが実感できた。
――ほら、ゆっくり、ゆっくりでいいからね~。
まだ初々しい新入生が背伸びしたがために少しばかり難度の高い魔法を使おうと顔を真っ赤に魔力を注いでいる。余談だが、アリスの今日十人目である新入生は新品同然の訓練着に身を包んだ女生徒である。
すでに三回ほど失敗しているのだが、どうしても頑張りたいようだ。
青みのある長髪で後頭部に大きめのお団子を作っている。彼女はまだ幼さの証のような赤みを頬に浮かんでいた。
見栄っ張りなようにも見えるのだが、知らない仲でもないため、アリスは不安そうに見守る。
というのもやはり7カ国親善魔法大会でテスフィアとアリスの試合を観戦していたらしく、その効果は絶大というほかないのだろう。
新入生は二年生が授業などを行う階にはめったにこないものだ。本校舎としては一年から三年生まで同じ校舎内で授業を行うが、学年順に区切られているため上級生とすれ違うとすれば基本的には食堂や職員室に繋がる廊下と限られているものだ。
だというのに初日から二人目当ての生徒が押し寄せたのは言うまでもないこと。昨年はフェリネラの熱狂的な信者が二年生の階を埋め尽くしたとも聞く。
なお、その中にテスフィアと無理やり連れていかれたアリスがいたのは二人のみ知るところだ、たぶん。
そんなこともあり、今回はその標的が二人だったというだけの話だ。そこにいたのが今アリスが試験官を務める少女である。
大きな目は、どこかテスフィアに似たひたむきさが覗いていた。
淀んだ魔力は一心に魔法を構成しようと魔法式を輝かせている。反りのある二本のナイフが少々厄介であるが、アリスは助言の声を呑む。
彼女自身、槍型AWRとは別に円環を使うため、二つのAWRを使いこなす難しさを知っているのだ。まったく同系統の魔法式が刻まれていようと二つあるということだけでも構成が散漫になる。
アルスならばきっと何か良いヒントを与えることができるのだろうが、それも試験という場では違反になってしまう。
アリスは時間を見ながら待った。そして六回目の挑戦で、やっと魔法らしく現実への発現を確認した。
少女のパアァァッと晴れた表情を見て、安堵するが、その油断は結局魔法を発現させただけで、すぐに原型を留めることができずに弾けた。
「あっ! あぁ~……」
「だ、大丈夫。で、できていたよ。うん」
見る見る暗く表情を曇らせた少女に対して、必死に励ますチグハグなやり取り。
自分は一体何をしているだろう、と思うが。
「本当ですかッ!!」
「もうちょっとだね。これで試験を終わるから言うけど、もう少し構成を定着させてから次のステップにいこうね」
微笑んで告げたアリスに丁寧なお辞儀で返す女生徒は熱心な視線を向け、何度か振り返りながら退場していった。
微妙な笑顔で見送り、いなくなったのを確認したアリスは仮想液晶を開く。
指でタップし、今の生徒の名前を確認した。
入学試験時の順位はお世辞にも良いとはいえないが、きっと彼女は伸びるだろうという期待をアリスに抱かせた。何より必死な顔が可愛いのだから要チェックだ。
そして指でスライドさせると、次の生徒のプロフィールに切り替わる。
見るからに目つきの悪い男子生徒だ。髪も肩に付きそうなほど長い。
とはいえ、見た目だけで判断してはいけない。これさえ乗り越えれば一先ず休憩できるだろう、テスフィアとも調整しているので、多少の誤差は出るだろうが、お昼は一緒に取れるはずだ。
それほど時間を置かずに次の生徒が入ってきた。手に持つのは虚栄心を象徴したような細工の入った短剣。ただ綺羅びやかというわけではなく、両刃でありながら刃の形状が妙に凝っている作りだ。
だるそうに入ってくる男子生徒を見て、アリスはこういう手合いはテスフィアの役目だと胸中に吐き出す。
「じゃ、始めよっか。え~っとシュルト君ね。全力でやってもらって構わないよぉ、遠慮すると測定できないらしいからねぇ」
出番の少ない金槍を軽く握り、刃先が地面へと下がる。
しかし、開始のブザーが鳴っても一向に男子生徒は構えなかった。
「どうしたのかな?」
「お一つ窺ってもいいですか?」
「ん~試験に関係ないことなら」
一応午前は彼で最後なため、後が支えるということもない、少し耳を貸すぐらいはいいだろうと判断する。
「何故犯罪者を出しても、この学院の生徒は平気な顔をしていられるのですか?」
微かにこめかみがヒリつくのを感じ、アリスは柔和な表情を崩さずに反問した。
「でも、君もこの学院に志望して入ってきたんだよね?」
「もっと早く知っていれば間違っても入ることはありませんでした。父の言い付けでなければたとえ1位が在学していたとはいえ、人類の恥。魔法師を志す者にとってこれほど屈辱的なことはありません。だから教えてください。あなたはかの大犯罪者と同じ学年ですよね。どうして平然としていられるのですか? 俺なら恥ずかしくて転校しています」
あぁなるほど、とアリスは感じた。彼は少なくとも7カ国魔法親善大会をリアルタイムで見ていたのだろう。ならばテスフィア同様、アルスと一緒にいるところなど見られていても不思議ではない。
もう一度仮想液晶を見て、アリスは嫌な唸り方をする。
元々の国籍がアルファではないのだ。それは珍しいことではないが、爵位を見れば一層頬が引き攣ってしまう。少なくともどんな者でも爵位を持った貴族は簡単に国を離れることができない。
だから、彼が言った「父の言い付け」もなんとなく察せられてしまう。
扱い辛さを感じつつも、アリスは頬を軽く掻いた。未だにこんな輩がいるのは仕方ないとはいえ、現時点での学院内では少数派だ。
「一応容疑は晴れたはずだけど……」
「そんなことは知っています。しかし、だからといって汚名を返上することはできません。シングル魔法師とは清廉潔白でなければならない。一度でも疑われた時点で魔法師ではない!!」
「ふ~ん、君は偉いねぇ~。でもたぶん綺麗事だけで、口先だけ……ホラ、君も魔法師を目指すならその力で証明しないと」
どこか姉を彷彿とさせるような包容力のある優しい微笑みを向け、上から宥めるアリス――発破をかけているかのようだった。
しかし、その心の内は表面とは対照的に穏やかとは言い難い。
それが癪に障ったのか、鋭い視線をぶつけてくる男子生徒の握る短剣が怒りに震えながら魔力が注がれていく。
「ヘラヘラと、俺の気持ちも知らないで……魔法師として何も誇るものがないくせにッ!!」
「そうだねぇ。君と一緒だね」
その声音は儚げであり、侮蔑など微塵も感じさせないものだった。
テスフィアのように魔法師を目指す上で高い志はアリスにないものだ。同じ道を歩もうと思ったのは唯一無二の親友がいたから――手を引いて同じ道を示してくれたからだ。
何かに誇りを持って臨むなんてアリスにはないのかもしれない。それが今だけなのか、今後もそうなのか彼女にもわからない。
だから今を精一杯できることを全力で頑張っていくしかないのだ。それが皆と同じ終着点に繋がっていると信じて。
けれども彼に言われ、胸にぐさりと来たのも事実だ。少し大人げないことを言ってしまっただろうか。
でも彼は……時折悪い例として出て来る貴族特有の自尊心の塊とは違う気がした。彼の言い分は身勝手で、女々しいのかもしれない。
けれども彼の怒りに燃える瞳の奥――それを反映するであろう魔力は少し違って見えた。
・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ
・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」
・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定