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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第9章 「歩み」
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計画最終段階


 話を再開するべく、アルスは三つ目の指を立てる。最もこれだけは絶対に聞かなければならない。

 これからアルスがどう動くかの指針さえも決めてしまうものだからだ。


「三つ、クロノスの腕はどうした」

「…………」


 その台詞を聞き、イリイスだけではなく、フリンやロキさえも表情を強張らせる。単純に考えれば魔物の腕だろうと魔力供給が絶たれれば崩壊するのは常識で、それこそが自然の摂理といえる。


 だが、クロノスという魔物が単体であり、噂通りの化物だとするならば腕だろうと残された魔力量は膨大に過ぎる。すぐにどうこうなるものでもないはずだ。


 しかし、イリイスの口は開くどころか閉じてしまった。赤子のような皺一つない肌、だが、外見にそぐわないほど神妙な表情へと一変する。

 想起するように口元を袖覆い、記憶を往時に飛ばす。

 記憶の断片が紡ぐ映像は次第にイリイスの目を険しくさせた。そして……彼女の口から溢れたのは。


「いや、わからん。お前の言う通り、不自然だ。クロノスほどの腕ともなればその場で消滅させるにしても相当の実力者、高位魔法を要する。生存域でそれは不可能だろう。かといって腕がすぐに消滅するというのはありえん。直に見たのだから断言できる、あれは片腕だけで今のSレートさえ比較にならん魔力量を保有しているはずだ。何より私はそれから数ヶ月の記憶がない、正しくはクロノスが逃げたとされた段階で私は意識を失っていた」


 それから数ヶ月に渡ってイリイスはベッドの上で指一本動かせない状況で固定され続けた。何をされたのか、思い出すだけで腸が煮えくり返る。あの魔法さえも使えなくする忌々しい術式がなければ……それも過ぎた話で、清算された話ではある。


「ほう、なるほどな……」

「お前、何か知っているな」


 イリイスは解答をアルスが持っていることを察し、鋭く視線を向けた。というよりもその答え合わせに利用されたのが少し釈然としない。


 結論として、アルスはクロケルから聞いたバベルの秘密について包み隠さず話した。何よりイリイスが行われたであろう実験以上に厄介な事態が同時進行していたことを知らされ、三人は明らかな驚愕と合点がいったような不思議な顔を並べる。フリンは開きっぱなしの口で、器用に耳を塞いでいたがすでに手遅れだ。


 この付近に聞き耳を立てている者がいないことはアルスだけでなく、イリイスもロキも察知している。


 さすがにシングル魔法師だろうと、アルスの視覚から逃げられるものでもない。これほどの距離ならば更に精度は上がる。もちろん、単純な立体映像として脳内で構築されていくため生物ならばという条件付きだが。


 それ以外にもロキの探知ソナーはこの室内のみに留めている。さすがにシングル魔法師がいた場合、逆に不審がられるためだ。

 更にいえばイリイスについては魔法の使用に制限が掛けられているが、彼女はこの家の周囲に水を撒いていた。これは魔眼によるもので魔力の感知はできない。そういった保険を打てるのも彼女がシングルに匹敵する実力者であり、生きていく上での危機察知能力が長けている証拠でもある。


 無論、これに関してはロキとの協議の上で行われていた。


 そんなわけで現在、この部屋、延いてはここ一帯に人はいても高位魔法師やこちらに気付いた者はいない。


 話し終えた時、フリンだけは顎が外れたように口を閉じるのを忘れ、涙目で抗議の目を向けてくる。

 そしてロキはまた厄介事に首を突っ込もうとするアルスに一抹の不安を抱くが、それでも彼が決めたことについて口を挟むことはしなかった。

 それは今までと違うから、彼が自分で自らの道を切り開かんと考えた、新たに開拓するレールだからだ。


 そこに自分がいるのならば何も問題はない。


 一方でイリイスは更に難しい顔で考え込んでいた。まるで整合性を確かめているようでもあり、どこか苦々しい顔だ。

 それも多くの魔法師が犠牲になり、退けた魔物の腕を使って人類が今日まで生き永らえてきたという皮肉。


「そういうことか。つくづく安寧とは恐ろしいものだ」


 彼女がそう溢すのも長く生き、人というものの、歪で複雑な生き物を見てきたからだろう。安心や、安全というのは日々という寿命の消費を無為に過ごさせる。

 それは自らが被る危機に関しては過剰に反応を示すくせに、一度保証もない安全や平和に身を浴してしまえば、それが何であれ疑問を抱かないものだ。

 さしものイリイスも当事者でありながらそれに気づかなかったのだから。


 もっといえば平和を担保する中身が何であれ、わからないのであれば人は都合の良い方向に結論を決めてしまう。


 クロノス以降、今日までその恩恵に浸る現状を今更どうすることもできないのだろう。

 だからこそ、イリイスは気づき、ロキも一拍後に悟った。


「で、それをあえて知らせたのは何故だ。親切に共有してくれるのは助かるが今更信用を得たいとは思っていないだろ」

「その点に関しては信用しているさ。もっといえば学院で戦った段階で不思議と疑いは持ってなかったな」

「ククッ、やはり食えんガキだ。結局何を言いたい。何故、今引き止めてまで話す必要があった? と訊いたほうがよかったかな」


 イリイスは人を喰った様な笑みを向けて内心でしみじみと呟く。


 ――不思議なのはこちらのほうだ。気がつけばこのガキに引き寄せられているのだから。


 今の現状は数日前ではありえなかったことだ。やはり言葉で語るよりも魔法師である以上、腕で語るというのは一つの境地なのだろう。だからこそイリイスは自らの目で見て、よかったと心が満たされた。後悔せずに済んだ今の自分は罪の代償を素直に直視することができるのだから。

 こうして張り詰めた糸を緩ませる日がこようとは、過去を清算した時には夢にも思わなかったことだ。


 だからこそ、次に彼が何を言い出すのか、不安よりも興味のほうが遥かに勝った。



 アルスは前々から抱いていた計画の構想最終段階として最後のピースを当てはめた。どれほど長く、詰めてきたか、そして彼が理想とする構造はまだまだ多くの問題を抱え、アルス自身先のことだと思っていた。

 バルメスなどの魔法師不足を補う意味でもいつかは導入しなければならないもので、それは各国の体制を突き崩すものであってはならない。


 何よりこれを実現するためにはトップがいない。どの国にも属さない者でなければならないのだ。

 だからこそ、アルスがイリイスを信じる一つとして彼女ならば間違いなく適任だと思った。


「また表舞台に戻る気はないか」

「…………」


 誰よりも目を丸くするイリイスは呼吸さえ止まってしまいそうだ。しかし、次にはハハハッと空笑いを浮かべる。

 何を言い出すのかと思えば……。

 胸の内が騒がしい、手の届かない世界だと思って、覚悟したものがまた手の内に戻ってきても良いものなのだろうか。

 そんな懸念さえもさざ波が打ち消すかのように目頭が熱くなる。それが適う適わないとに関わらず、誰かにそう言ってもらいたかった自分がいた。


 やはり心が乱される。イリイスはツンとする鼻で澄んだ空気を吸い込む。アルスとイリイスは似ているのだろう。

 その道程が大きく二股に分かれていただけ……いいや、それすらもアルスから言わせれば言い訳にもならないのだろう。


 グッと溜め込んだ感情の波を飲み込み、イリイスは震える喉で強がってみせた。


「それが貴様にできるというのか。私は一度は罪に身をやつしたのだぞ」


 そんな否定的な言葉をきっとアルスは……。


「今回に関してはお前でなければ意味がない。各国に顔も利くしな……後は、どう受け止めるかだ。それに関してはそっちで決めてくれ。少なくとも俺のためでもお前のためでもないからな。それでも本当の安寧を望むならば……」

本当・・とはまた曖昧なことを……」

「で、どうする?」

「なるほど、それが本命か。この場で決断を迫るとは性急な……いや、私に考える余地などいらぬのか」


 大災厄からの続きを、この取り引きが夢であろうとまた自分の手で人々を守れるのであれば……。


「フンッ!! よかろう、貴様の口車に乗ってやろう」


 袖から繊手をのそりと出し、二人は契約の握手を交わす。


「ロキ、俺のライセンスはあるか?」

「あ、はい。万が一に備えて私が持っています……それと私も混ぜてもらっていいですか?」


 有無を言わせぬ表情はいつもどおり、陶磁器のような感情を窺わせないものだった。そのため、アルスが頷くまでライセンスはロキの手の中できつく挟まれたままであった。


「も、ちろん……それについては一先ず、俺が作った新たな構想を見てもらうほかないんだけど」

「アル、私達の荷物なんかはアルファ軍が保管していますよ」

「だろうな。できれば勘付かれたくはないが仕方ない。幸いにも総督相手ならどうとでもなるだろう」


 十中八九、アルスは大抵のことならば押し通せる自信があった。それも7カ国が敵対する意思を持ち、それをひっくり返した今のアルスは、これからすべきことに異論を唱えさせないカードとして利用させてもらうつもりだ。


 病み上がりだが、まだまだ手を付けることが多い。しかし、それをせずして選択権を主張できないのだろう。順位などではなく、相応の力を持つ者の責任というのだろうか。


「イリイスにデータと俺のライセンスを渡す。まずはルサールカから始めるのがいいだろうな。入ってる金は全て使ってくれて構わない」

「お、おいっ! 話が見えんぞ」

「簡単に言えば【7カ国魔法師協会】を作る。知っているか? 非正規の潜在魔法師は現在順位を振られている魔法師の三倍はいる」


 これを纏め切れる最高責任者がアルスの求める最後の課題だった。これは全国の雇用促進以上にどの国にも属さず、不干渉を絶対としなければならない。

 そのため、実力然り、どの国にも属さない者でなければならないのだ。トップにアルスが就かないのはアルファに所属していたからであり、何よりも想像するのも嫌悪するほど忙しくなるだろうからだ。


 その点、彼女が過去の名を捨て、イリイスとして再出発をするのであればこれ以上ない舞台を用意できる。





・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

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