挽回のため闇夜を駆けるⅣ
女子寮への侵入はアルスにとって造作もないことだ。もちろん、建前上の正当な理由があればこそだが。
以前に訪れたこともあり、テスフィアとアリスの部屋の場所は把握している。
当然真正面から入れるはずもないため、アルスはベランダに降り立つと忍び足で暗くなった室内への戸に手をかけた。
流石に鍵が掛かっていた場合は諦めていたかもしれないが、幸いにも軽く引くだけでスライドしてくれた。
傍から見ればかなり不用心ではあるが、ここは三階であり仕方ないのかもしれない。何より、今のアルスが言えた義理ではない。
規則正しい寝息が二つ。布団を巻き込むように寝ているのはテスフィアで、アリスは怖いくらい物静かで微動だにしない。永眠しているようでもあるが、ちゃんと上下に胸が動いていることは確認できる。
枕元に小箱をそれぞれに置く。
テスフィアの頭上に置こうとした時――。
「……!!」
アルスの腕がしっかりとテスフィアにホールドされてしまった。
――気づかれた……か?
見れば瞼はくっついたように開く気配を見せない。
――鋭いのかわからん奴だ。
指を一本一本手首から優しく剥がしていき、なんとか逃れたアルスは小指でテスフィアの前髪を掬い分ける。
あどけない顔に、ふと我に返る。何かが危なかった、それだけは確かだ。
一先ず、役目を終えたアルスはベランダに立つと、次は、と足が止まる。
――しまったフェリの部屋の場所がわからないか。
こちらに関しては探しようがないので諦めて守衛にでも渡しておくべきかと考える。
だが――。
「アルスさ~ん」
静寂の中で風邪に乗る小声を辛うじて聞き取ったアルスは声の方向に顔を向けると、ベランダから合図するようにぎこちなく手を振るフェリネラがいた。
一足飛びで軽やかな跳躍でベランダの縁に飛び乗ったアルス。
「まさか起きていたのか、いや起こしてしまったか?」
そう、彼女も一応はヴィザイストの元でそれなりに修練を積んでいる。鋭敏な感覚は養われているだろう。
そういうとやはり小声でフェリネラは首を軽く振った。
「いえ、今日は凄く楽しかったので中々寝付けなかったんです」
嬉しそうに「困りました」と艶っぽく頬い手を当てて言う彼女はキャミソールの上にガウンを羽織っており、少し寒そうに手を擦り合わせている。
「それよりアルスさん、夜這いですか?」
明らかな冗談だと判断できる顔で告げられ、アルスも不法侵入について言われてはぐうの根もでない。
一応否定はしておきつつ、さっさと用事を済ませるために。
「さすがに学院に在籍しておいて犯罪に手を染める勇気はないな。三人とも朝早く出ると聞いたらから今の内に、とな」
そう言ってアルスは自然な動作でフェリネラにお返しとして小箱を手渡す。
「一応、俺からも感謝を込めて」
「……!! そんなつもりじゃ……」
「言ったろ、俺がしたいからしただけなんだ。受け取ってくれるか?」
「はい! もちろんです。ありがとうございます」
胸の前でプレゼントを抱きしめるフェリネラは「用事が済んだから、これでお暇する」というアルスの腕を引く。
「少しで構いませんので、お茶でも飲んでいってください。こんな時間ですが」
頬を寒空の下で赤く染めた彼女にアルスは「帰る」と突き放すことはできなかった。本音をいえば凄く眠たいのだが、気を遣ってくれたフェリネラの好意を無碍にすることなどできようはずもない。
室内へと招き入れる彼女は「なぜか悪いことをしているみたいですね」と呟いた。
「寮長なのにな」
つっけんどんな物言いに二人は表情を柔らかくする。
ややあってフェリネラと話し込み、陽が昇り初めてやっとアルスは長居し過ぎたことに遅れて気づく。
さすがに寝ずに帰省させたのでは不味いため、アルスはすぐに別れを告げて帰宅した。
眠気など一切感じさせず、それどころ熟睡後のように清々しく花が咲いたような微笑で見送られる。
◇ ◇ ◇
「ふあ~……ん?」
随分と長く寝てしまったと思ったロキは起きてそうそうに覚醒する頭がはしたなく二回目の欠伸を無理やり噛み砕くだかせた。
いつ寝てしまったのか、記憶が途切れている。
それでも上体を起こした際に突いた手の反発がいつもとは違うことに気づく。
「はっ、あれ、あれ!?」
慌てて首を回し、室内を見回す。そう見間違うはずもなく、ここはアルスのベッドの上だ。そして記憶を手繰り寄せれば昨晩は馬鹿騒ぎして。
「…………!!」
記憶を呼び起こすまでもなく、枕元に置かれた綺麗に梱包された小箱を見ればすぐに理解できた。
それからすぐに辺りを見回したが、アルスはベッドの脇で力尽きたように寝ている。
ベッドの端まで移動して覗き込むように頭を出す。
これほど弛緩した寝顔は初めて見る。本当に疲れたのだろう。一般的な平均睡眠時間すらもアルスは取ったことがほとんどない。
きっと今ばかり何をしても起きないのだろう。そう思わせる年相応の寝顔だった。
ロキは両手で小箱を手に乗せ、朝からニヤけた表情を浮かべた。期待をして贈り物したわけではない、それでも現金なもので、こうしてもらうと寝起きだというのに一瞬で眠気が吹き飛ぶほどに嬉しくなってしまう。
でも……。
そう、ロキは少しだけ欲を覗かせてゆっくりとアルスをもう一度だけ見て、小箱を半開きになった手の中に戻す。
「できればアルス様から直接いただきたいです……少し意地悪でしたでしょうか」
返答はもちろんなく微笑んでからロキはゆっくりとベッドを降りて、そっとアルスに毛布を掛ける。