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挽回のため闇夜を駆けるⅡ


 ぶすっと顰めっ面を浮かべるアルスは自分とテスフィアの上に積もった中身のわからない荷物を押し退け、なんとか立ち上がる。


 渋々テスフィアの手を取り、勢いを付けて立ち上がらせる。

 一体何がしたかったのか、どちらにせよ散らかり具合は悪化しただけだった。


 当のテスフィアは「あははは……」とぎこちない笑みを浮かべる、後先考えない行動の結果、予想以上にやり過ぎてしまったということなのだろう。


 それでもロキとしては彼女に感謝を告げなければならないのかもしれない。

 幸いにもめくれ上がった先はアルスの瞳に映らなかったのだから。

 その前に――。


「アリスさん!!」

「やり、過ぎちゃった? ごめんねロキちゃん」


 と言いつつ、しっかりとフードを被せ二つの耳を触り、頭を撫でくり回す。



 全員が一先ず、この部屋で唯一と言って良い空きスペースであるキッチンへと逃げ場を求めると。

 軽快なインターホンが来訪を知らせてきた。


 それはここの住人であるアルスでさえ久しぶりに聞いたほどで、すぐに反応できなかった。が、その必要がないのは視界を確保するために身体をずらしたことでわかる。

 なんと言っても朝からずっと開けっ放しなのだから。



 お互いに目を合わせると、相手は艶やかなに表情を変えた。血色の良い白い頬が自然と持ち上がり、いつもは降ろしたヘアースタイルとは打って変わって後ろでセットされている。

 スラリと毛先をカールさせた毛束が腹部の辺りで弾んでいた。


 いつもは見ないであろう私服姿。

 一度お辞儀をすると、マフラーを取り、首周りを露出させるオフショルダーのニットが大胆に艶めかしい鎖骨を曝け出す。


「こんばんわ、アルスさん」

「…………フェリか、今日は賑やかだな」


 わざわざ扉が開いているのだからインターホンなど鳴らさなくとも、と思うがそこは実に彼女らしい。

 アルスとしては入室を促す挨拶を交わした程度だが、フェリネラはどこかもぞもぞと持ち上げるように不安げな視線を向けて、一向に入ろうとはしない。


 指に引っ掛けた手土産が寂しげに膝の前で揺れていた。


 斜向いから突き刺さるような視線が三つ、それに気づかないアルスではない。


「あ、あぁ……悪い悪い、すぐに片す」


 フェリネラが通るにしても彼女の性格上、いくらゆったりしたスカートだろうと跨ぐという行為はしないはずだ。とはいえテスフィアやアリスには該当しないのは家柄の問題か、はたまた教育によるものなのか。

 少なくともテスフィアはフェリネラ寄りではあるのだが、やはりそこは性格だと無理なり納得させる。


 だが、アルスの一声に三人の落胆の声は溜息となって室内を重く満たす。


 訝しむアルスの向かいでは儚く微笑むフェリネラがいた。どこかわかっていたような顔で踏み出す歩みは流麗な足運びであるが、気持ち歩幅が狭まっているようでもあった。


「この馬鹿ッ!? 先輩の服装見て何も思わないの」


 ぼそっと告げられた言葉にアルスは一瞬だけ悩む素振りを見せた。


「フェリが綺麗なのは今に始まったことじゃないだろ。今日は一段と綺麗だが…………そう言えばお前らにおべっかを使わにゃならんだろ」


 明らかに悪い顔をテスフィアに向けるアルス。

 何せテスフィアもアリスも今日は余所行きの格好にしては、違いに気づかないなんてことはありえないほど綺麗なのだから。


 ただテスフィアに関しては少し制服をイメージさせる身なりをしている。

 二人共いつぞやにアルスがフォールンで買った、もとい買わされた紅玉の付いた髪留めとブレスレットがそれぞれに付いている。


 自分の髪色のように赤く顔を染めるテスフィアは柔和な目元でこめかみに青筋を立て、アルスの眼前にずいっと近づき。


「おべっかねぇ。どの口が言うのかしら? 私とアリスを見て自分の言葉で褒め称えなさい!! じゃないと良い物あげないわよ。後悔するわよ」


 背後では喜々としたフェリネラが素知らぬ顔でキッチンに向かう。今の彼女にはそれが精一杯だったのだ。

 油断をすると幼い頃より鍛え上げた仮面がだらしなく持ち上がってしまう。それでもたった一言で最高潮に達した機嫌が、先程とは比較にならないほど軽やかになった足取りへと変えていた。

 アップテンポの心音が小気味よいメロディを奏でているようだ。



 結局、アルスはパーティーに参加する条件としてテスフィアと新たに加わったアリスに見たまま抱いた感想を告げることで折れた。

 やはり本心かどうかの問題は過去を想起させるが、それほど悪い気もしないので特に口を挟まず、全員がテーブルを囲む。



 少しして、ロキも自室で着替えを済ませた。この中では少しアルスが浮いた状態だったが、その心配はなく、万全の準備を整えていたということなのだろう。

 端的にいえば全会一致で着替えさせられたのだから疑う余地などない。



 こうして賑やかな夕餉が始まった。

 無論、夜食に関してはロキが腕を振るい、フェリネラが実家に戻ってこの日のために取り寄せたという炭酸飲料がグラスの中に注がれる。気泡を浮かび上がらる黄金色の液体が食卓を一層爛々と彩る。


 とは言え、普段は閉めることのない襖の向こう側は見たくない惨状になっているのだが。



 今日ばかりは騒々しくても許されるというテスフィアの言葉を信じてアルスは身を委ねる。こうした賑やかな食卓を囲むのは随分と久しぶりだ。

 まるで部隊にいた時のようで、ふと頬が綻ぶ。


 だが、こういう時に一歩輪の外で雰囲気だけを味わうアルスを強引に引き入れようとする彼女たち。それを嫌々でも受け入れる自分が……戸惑う自分が嫌いにはなれない。



 食後に一息吐くと、待ってましたとばかりにテーブルの上にホールケーキが乗っけられた。ちなみにこれはテスフィアとアリスが持ってきたものだ。

 正直、あまり甘い物が得意でないアルスだったが、水を差すような言葉を強引に紅茶と一緒に飲み干す。


 しかし、良い意味でケーキはアルスの期待を裏切った。


「結構旨いな……」


 それほど甘くなく、果実をメインに扱ったケーキのため果実独特の爽やかな香りが甘みを和らげて鼻の奥を抜けていく。スポンジも柑橘系の果汁が含まれているようで、それでいて果実単体の甘味と酸味を残している。


 これならば女性がよく口にする別腹という言葉の意味を少しは理解できるかもしれない。


「どこの店のなんだ、結構したんじゃないのか?」


 これほどの物となると富裕層など高級店が軒を連ねる場所しか思い浮かばない。随分と奮発したのだろう。

 だが、ケーキを口に運ぶ度に気になる視線が。


「美味しいってアリス」

「そうだねぇ、本当に良いところのケーキだからねぇ~」


 そんな含んだ笑みを見合わせてテーブルの下で二人は手を合わせた。見ればまだ二人は自分たちのケーキに手を付けておらず、アルスの感想を待っているような光景であった。

 しかし、アルスの言葉を聞き、二人は上機嫌でフォークを持ち、思い思いに頬を綻ばせた。



 そして次に待ち構えていたものが最もアルスを困らせたのはいうまでもない。

 一斉に渡されるプレゼント。


 なんと言ってもこれはあまりにも酷く、居た堪れない。今日は誰かを祝う日ではないはずなのだが。

 そうは言っても彼女たちの顔は今日という日を楽しんでいるようでもある。


「私たちは見返りが欲しいわけではありませんので、アルス様には黙って用意させていただきました。ですので、日頃の感謝です」


 代表してロキは柔和な笑みをアルスに向けた。その両手で持った梱包された包みを順繰りに受け取っていく。

 きっと、実用性云々を言い出すのは野暮ですらないのだろう。


 妙に気を利かせたつもりらしいテスフィアは少し呆れたように溜息を吐き。


「いいのよ。勝手にやってるだけなんだから。それにあんたが用意するものは高価過ぎて逆に渡しづらいったらないわ。だから今回は女の子に囲まれて居心地悪くなりなさい」

「これぐらいしかできないけどねぇ。今日ぐらいは、はいアル」


 他意のない無邪気な笑みをテスフィアとアリスは浮かべ、二人でそれぞれ片腕を突き出しテーブルの上でプレゼントを滑らせる。


「…………ああ」


 こんな、あまりにも一般的過ぎる、それでいて遠すぎるやり取りはアルスの経験上ないことだ。だからこそアルスは反応に困る。こういう時はどんな顔をすればいいのだろうか、それでどんな言葉を告げればいいのだろうか。


「そうですよアルスさん。私たちが好きでやっていることですので深く考えずに受け取っていただけるだけで嬉しいのです」


 見かねたように朗らかな微笑を浮かべて、フェリネラは考えずに受け取って欲しい、とただそれだけを告げた。


 その場で開けるアルスは少し心苦しく思いながら一つ一つ丁寧に中身を取り出す。


 ロキは手編みのマフラー、フェリネラは手袋、テスフィアとアリスはニット帽と示し合わせただろうチョイスにアルスは「悪いな」と口をつきそうになって思い留まる。

 そうではない、彼女たちは労力を惜しんでなどいないのだ。


 だから、たった一言だろうと「ありがとう」と自然と感謝が溢れる。


 テスフィアとアリスから受け取った帽子は網目が怪しい、相当手こずったのだろう。だからこそ価値があるのかもしれない。想いが込められるなどという不確かなものは、手にして初めて気づくものなのだろう。


 少なくともアルスにとっては本当に価値ある物を初めてもらったような気持ちになった。



 テスフィアとアリス、フェリネラは実家で年を越すということで明日の朝には帰省するらしく早めのお開きとなった。

 なお、アリスは毎年お呼ばれされているようで、すでに恒例化された決定事項らしいのだが。


 

 

 全員ともきっちり後片付けをしていくあたり、女性なのだと思い直させる。


 しかし、どうにもアルスは浮かない顔を覗かせていた。正直いえば戸惑いはあったものの、素直に楽しい一時だったのだろう。

 無駄に時間を使ったなどと微塵も思わなかった。だからこそ浮かないのだが。


 きっと今日という一日を正しく理解するならば、誰かを祝う日でも、誰かに祝われる日でもない。一方的に日頃の感謝を受け取ったアルスはどうにも釈然としないものがあった。


 確かに面倒事ではある日常も、こうして思い返せば悪いことばかりではないのだ。全てが新しく、全てが初めての経験ばかり。

 それを無駄に思ってしまうのはアルスが育った環境のせいだ。だが、徐々に、そう少しずつ人と触れ合うことの大切さがわかっていくような。

 それはきっと毎日を印象づけていく彼女たちがいてこそのものだ。決してアルス一人では成し遂げられない積み重ねなのだろう。


 で、あるならば……。


「どうかしましたかアルス様?」


 そんな覗くように上目遣いのロキと視線が交わる。

 きっと日頃言葉にしない、できないアルスにとってそれを表現できるものは限られている。


「ロキ、少し出てくる」

「こんな時間にですか?」

「あぁ、どうも貰いっぱなしは性分じゃないらしい。それにあいつら、朝には出ていくと言っていたしな。今日の内に渡したほうがいいだろ」

「…………!!」


 一瞬だけ目を見開いたロキの顔が確かに穏やかなものへと変わっていく。それはアルスへ感じる変化であるすごく彼らしいものだったからだろう。あの殺伐とした世界と切り離されたとは言い難いものの、それでも失わない何かを彼は見つけ始めていた。

 そしてそれはロキにも言える。


 何故ならばその心の在り処は自分がアルスへとプレゼントを送った時と同じだからだ。それがどこか嬉しい。


「はい、いってらっしゃいませ。でも……」


 そう言って警告を発するようにロキは指を一本立てて助言する。


「高価なものも嬉しいのですが、やはりそうではなくて、アルス様ご自身が選んだものであることが一番嬉しいはずです。皆さんがしたように、相手のことを想って送られたものならばどんな物でも」

「わかった。ありがとうロキ」

「しかし、こんな時間に開いているお店があるのでしょうか?」

「できれば作ってもいいんだが、それだとやはり悪い癖がでるからな。【フォールン】にある店ならば大概顔は利く……それとロキ……」

「はい?」


 ほんのりと柔らかく頬を染めるロキはキョトンと目を丸くして問いかけてくる。


 支度を済ませながらアルスは苦笑して。


「遅くなるかもしれないから、先に寝ておいてくれ。お前も随分疲れているようだしな」


 そう言外に告げるのも彼女たちはフェリネラが持ってきた飲料を呑み、盛り上がる場に、雰囲気酔いしたと思われる。というかそうだと信じたいだけだが。

 現にアルスはなんともないのだから、彼女たちは完全に雰囲気で酔ってしまったのだろう。


 なんとも不可思議なことだが、学院に入ってからというものバタバタしていたのは何もアルスやロキに限った話ではない。そんなこともあり、アルスは早めに切り上げさせたのだ。


 ロキはニヘラァと頬を持ち上げ、いつもより眦が下がった目で何かを訴えてくる。いや、ただ空虚なだけで、良く見れば焦点が定まっていないような、次第にウトウトと瞼が塞がり始めた。


 仕方ないとばかりにアルスはひょいっとロキを抱きかかえて自分のベッドの上に寝かせる。先に、なんて言わずともすぐに寝付いていただろう。ベッドまで移動するだけで寝てしまったのだから。





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