挽回のため闇夜を駆けるⅠ
ifストーリーになります。
年を越すにあたり、特別何かがあるわけではない。
それでもここ、第二魔法学院では冬期休暇、俗に冬休みと呼ばれる時期に差し掛かっていた。
この時期ばかりは学院も閑散とした様相を呈しており、疑似的な天候の調整も合わせて肌寒さを増していた。一年通して劇的な寒波はないが、それでも年を跨ぐ前後は比較的寒い調整になっている。
そして新年を迎える前になり、毎度のことながらアルスは朝から日が暮れるまで鬱々とした気分で狭くなった室内に辟易とさせられていた。
というのも届くは届くは、引っ切り無しに送られてくるため、対応に頭痛さえ覚えていた。
途中からは配達員に受取印を自分で押させて、空きスペースに置かせていたほどだ。
装飾過多な荷物の数々。
それは大小様々であり、瞬く間に室内を埋め尽くした。執務机の上にも細々としたものが置かれ、溜息を溢しながらアルスはチラリと視線を真横に滑らせる。
寝室は完全に開け放たれ、寝る隙間もないほど綺羅びやかな荷物が所狭しと埋め尽くす。まるで陣取りゲームでもしているような気分になってくる。
だが、彼が「いらないから持って帰れ」というのを躊躇ったのは、目の色を変えて朝からずっと嬉しそうに――まるで子供のようにはしゃぐロキの姿があったからだ。
これと言って各国に定着している記念日というわけでもない。いや、これについてはアルスが無知なだけの話だ。
7カ国に併合し、施策の一つとして年の内に特定の日付に記念日や祝日を設けた。その内の一つであり、年に一度のこの日は特別な位置づけとして人々の中で感謝を告げる一日という漠然としたものに変化していた。
よって感謝という意味とは幅広く捉えられ、一般的には親しい人へプレゼントを送るという騒ぎたいがための記念日というのが実情だ。しかし、それでもこの時ばかりは軍も最低限の防衛のみで穏やかな平穏を心がけている。
そんなわけでこの記念日に子供が該当するようで、魔法師に関して、学院にいる内は子供扱いということなのだろう、と思った。
仏頂面でバケツリレーの如くプレゼントが室内に運ばれていくのをアルスは見ていた。見ていることしかできなかった。
正直いえば、アルスもロキも常に外界で任務に就いていたため、こういった記念日とは無縁の生活を送っていたのだ。それでも年々増えていくプレゼントに嬉しさを微塵も感じない。
などと言えば失礼なのだろう。複雑な気持ちではあるのだから形容し難いだけの話なのだ。
ただ何も知り合いだけ、というわけではないので困りはするが。
言ってしまえばアルスの素性を知り尚且つ、関係を持ちたいという者は少なからずいる。もちろん、アルスの上にはベリックがいるため早々無知蒙昧な輩ではないので一層厄介ではある。
そのため、アルスは今日という一日を一方的な交友の押し売りだと思っている。
「アルス様、アルス様、見てください! レティ様から頂いてしまいました。アルス様のも来ています。お礼を言わないと――あ、それはこっちに」
そう言っていつもはあまり見せない興奮した顔で、キラキラした目を向けてくる。両腕で抱きかかえるプレゼントは赤いリボンで綺麗に梱包されていた。
ちゃっかり配達員に場所の指示を出しているロキの手際は完璧といえる。
「あ、あぁ良かったな」
冷めきってしまったアルスでも、こうしてはしゃぐロキを見るだけで幾らか荒んだ心が平穏を取り戻していく。ただ片す作業は相当な時間を要するだろうが。
「アルス様、見てください!! 総督からです!!」
強引に扉の中に押し込まれる巨大なぬいぐるみ。並み居る機材を押し退けてダントツに幅を利かせる。
「待てっ!? それ、どこに置くつもりだ。そんなもん入らんぞ」
「廊下に出し置くのもかわいそうですよ」
頬を引き攣らせて、アルスは内心で総督の顔を思い浮かべる。今頃、ほくそ笑んでいるのだろうか。
毎年、何故か実用性の欠片もないようなものを送りつける初老の男に今回ばかりはアルスもこめかみをヒクつかせた。
黙って立ち上がるアルスは器用にぬいぐるみの前まで移動し、見上げるほどの奴はどこから見ても愛らしい視線を向けているような気がしてくる。
首に付けられた手紙を引剥し、アルスは背中を向けて流し読みする。
そして振り向くと。
「良かったなロキ。それはお前に当てたもののようだ」
一応二人に、と書かれているが、あんなものを愛でる趣味はない。だから少なからずベリックが悪戯を混じえて送ってきたのだろう。
「本当ですかッ!!」
「あぁ、良かったな。総督も粋なはからいをするものだ。うんうん」
そう言って見えないところでアルスはクシャリと手紙を握りつぶす。これがもう少しアルスの知的好奇心を刺激するものであれば手紙もまた数日ぐらいは保管しておいてもいいのだろうが。
何の嫌がらせか、総督は毎年同じ物を送りつけていた。そして年々そのサイズはでかくなる一方だ。
ついには扉さえまともに潜れないサイズ。
そして日が暮れ出した頃になってようやく荷物の足が途絶えたようだ。
「ど、どうでしょうか……アルス様」
――レティめ。
自分の部屋で着替えてきたのか、ロキはフードに生えた耳と後ろの尻尾を揺らして少し恥ずかしそうに訊ねてくる。
着ぐるみパジャマであるのは間違いない。しかし、彼女が恥ずかしそうにしているのは下から覗かせる乳白色の足がすらりと延びていたからだ。内腿をすり合わせるように丈を伸ばそうとしているのか手はしっかりと滑らかな生地を掴む。
着ぐるみパジャマとはいっても、その作りはワンピースタイプ――しかも少々短い。
言葉に詰まりそうになったアルスは持ち前の機転で口を動かす。一先ず口を先に動かしてしまえば、言葉など後から勝手に綴られる。
ただし、常套句となってしまうのは避けられないことだ。
「良く似合っている」
しかし、これは子供っぽく見えるので褒め言葉として適切かという疑問はすでに手遅れだ。
だが、彼女は握る手を緩めるのと頬を緩めるのを同時に行い「ありがとうございますッ!」と語尾をしっかりと跳ねさせたのだからいらぬ心配だったようだ。
「うわっ!? なにこれ」
「ほぇ~、こんなの初めて見たぁ」
第一声だけでアルスは頬が引き攣るのを堪えることができなかった。
ロキはロキで着替えたまま表情をいつものように硬く引き締める。背筋を伸ばして凛と直立している彼女だったが、パッと見無愛想ではあるものの、服装によってはこうも威圧感が消えるのかと思うほど意味がない。
足場に困りながらもテスフィアとアリスが普段とは違い私服で初めて入ったようにキョロキョロと視線を振る。
「私ん家でもこんなに来たことはないわよ」
アルスたちの姿を見つけてから先をいくテスフィアは最低限の導線を確保するためにプレゼントの山を重ねていく。
「困ってるんだ。というかお前ら今日は帰省すると言っていたと記憶しているが、なんでまだいるんだ?」
「もう明日って言ったじゃない。今日はパーティーをしようって」
「俺は許可を出した覚えはないぞ。というか最近お前ら平気で俺の時間を奪っている自覚が薄れていないか」
自覚云々前にアルス自身記憶が曖昧なところがある。しかし、朝からロキが下ごしらえをしていたのはこのためだったかという合点もいく。
「アルス様はたぶんこういう行事に関心がないと思いましたので、私も口車に乗せられて黙っていたんです」
ロキが少しだけ気を落ち込ませて詫びる。
もちろん、そんなことでアルスが機嫌を損ねることはないのだが。
「一年の中で今日だけは無礼講なのよ」
胸を張って言い切るテスフィアに、今日ばかりはアリスも同意の頷きをした。
そんな二人も両手に目いっぱいの荷物をこさえている。
「そういうものか」
「そうそう。だからアルも早く支度して」
アリスが背中を押し、キッチンに連れて行かれる。なすがままである、それでも室内を見渡したアルスは今日ばかりは研究もできないだろうと早々に諦めた。
だが、アルスを押すアリスの手は真っ先に矛先を変えてロキへと向かう。
「なななな、何これ!? めっちゃ可愛いぃよぉ~」
「――!! ア、アリスさん、そんなことより」
スタタタッと凄まじい体捌きでロキまでを最短で詰めるアリスは勢いもそのままにロキに抱きついた。
背中に回される腕がワンピースを持ち上げ、それを必死に下げようと試みるロキの羞恥の目がアルスへと向く。
「ダ、ダメですアリスさん。これ、以上わぁぁ……」
頬ずりするアリスの朗らかな表情はまるで聞く耳を持っていない。
そんな光景にアルスは額を押さえるが、同時に視界を背後から塞がれる。
「見るなぁ!!!!」
「ちょっ、おまっ!」
背後から両目を塞ぐテスフィアだが、ダイブするように突っ込だため全体重がアルスにのしかかった。
背中に押し付けられるクッションは何の役目も果たさず、前のめりに二人は倒れ、積み上げたプレゼントの山々が崩れ去った。