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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第8章 「泡沫の世界で」
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目覚め



 イリイスもまた魔法師として多くの技術を見聞きするという意味では今まで表に出れなかった分、好奇心は大いに刺激されもした。が、クラマの構成員ということもありなんとも曖昧な扱いを受けていたのだ。


 そんなわけで日がな一日をのんびり過ごすことに安住を覚えていたが、いくら中身が歳をくっていようとも、この盛んな年頃の身体が疼くのだ。耄碌して一日中寝ていられれば楽なのだが、身体がそれを許さない。


 そんなわけで僅かな睡眠時間でも充電できてしまう身体が恨めしくもある。

 何が言いたいのかというと、要は暇なのだ。


 どこか鬱陶しそうに髪を払い、彼女は白々しく口を吐く。


「まったく、うい奴らだ。外界だというに」


 フリンとロキは揃って訝しむ視線を向ける。何といってもあの見た目で言われたくはない。

 彼女が看病という役割に割って入るのであればロキも黙っているわけにはいかなかった。


「いえ、さも平然とアルの病室にいる時点で、イリイスさん、あなたも怪しいものです」

「なっ!! ガキを私が相手にするというのか…………プッ、ハッハッハ……」


 意表をつかれたように笑うイリイスは無駄に長い袖で口元を覆ってすぐに堪えた。

 何故か自分が場違いな気がしてならないが、それでも如何ともし難い可笑しさがある。


 呆気に取られる二人を他所に落ち着くために息を吐き、一拍置くと、イリイスはあるべき姿を説く。


「お前たち、よもや看病も一端にできんとは」

「いえ、私は出来ます」

「私だって治癒魔法師なんで慣れたものですよ」

「ま~聞け。女の身に生まれ落ちた以上、看病とは身だしなみの一つだ。それができませんじゃ、情けないとは思わないか?」


 どこか二人に納得させるようなニュアンスの言葉は同時に常識の欠如を指摘されたようでもある。

 もちろん、素直に納得しないのだが。


「私は看病どころか全てのお世話をこなせるつもりです」


 一歩も譲らないロキに張り合うためか、治癒魔法師としての矜持なのかフリンも一歩踏み出して成長途中の双丘の上に手を沿えた。


「馬鹿にしないでください。これでも私はプロなんです。私が看病すればどんな人も極楽浄土なんですッ!!」

「……それは死んでいく場所だぞ。う、うむ、まぁそれもよかろう。しかし、今の二人を見ている限り、ほど遠いな」

「では、イリイスさんにはできると?」

「ハンッ、私を誰だと思っている。伊達や酔狂で長生きしているわけじゃない」


 そういって勢いを付けて椅子から降りると袖をたくし上げ、ロキの手からタオルを取り、もう一度湯に付けて絞る。


「フフッ……てぃ!」


 イリイスは盛大にベッドの上に飛び乗り、掛け布団を一気に引っぺがす。

 それはかつての強大な敵に挑むかのような勇ましさを見ている二人に与えた。


 そして――二人に覚悟を問う。


「良いな、心しろ……」


 ゴクリと生唾を飲み込む音は確かな不安と踏み出す覚悟……もとい、後戻りできないことを自覚させた。

 まるで初めて外界に訪れた時のような未知の領域だ。そこに踏み込む勇気は僅かに足らず、されども後戻りするには大いに興味があった。


 尊大そうに頬を持ち上げて、悪そうな顔でイリイスはアルスを見下ろす。


「生娘のように喚く貴様の姿が目に見えるようだ、フフッ……では、行くぞ!! …………や、やっちゃうぞ~」

「「…………」」


 ここに来て威勢が良かったのは最初だけだ、イリイスの手がゆっくりと差し出され、一定の距離で止まる。彼女もまたどこか幼い外見ながらも艶っぽい吐息を吐き出した。

 啖呵を切って、自分ならば造作もないと思っていたが。


 ――いかんいかん。これではまるで……。


 まるで、彼女たちと何も変わらない。イリイスは歳を重ねることは様々な感情を希薄にさせるものだと思っていた。しかし、こうしていざ実行に移すとなると緊張感が凄まじい。


「イリイスさん?」


 彼女のどこかギクシャクした動きに眉根を寄せたロキが急かされるように発した。不安は確かにあるのだが、勿体つけられるというのはやはり心臓に悪い。


「わ、わかっている。黙って見ていろ!!」

「…………」


 じっとりと細められるロキの目に、似たような視線をフリンもイリイスに向け始めた。


「えぇぇいっ!!」


 年長者として此処は示さなければならない。長く生きるということは何事にも動じないということ、なのだと。


 小さな手が下着を捕らえた――指が内側に引っかかり生暖かさが伝わる。


「ウキャッ!!」

「ウキャ?」


 咄嗟に手を放したイリイスの喫驚を反復したロキの視線は更に訝しさを増した。落胆の溜息を盛大に吐いて。


「イリイスさん……どうやら生娘はあなたのほうだったようですね。なんか可愛いので減点です……もう私がやりますのでお二方とも出ていってください。これでは埒があきません」

「ロキさん、私はその後の治療が……」

「えーっい!! 今のは何かの間違いだッ!!」

「イリイスさん、ロキさんは減点でしたけど、私は加点してあげますから」

「いらん」

「はぅ……」


 イリイスに一蹴されたフリンは瞳を湿らせて愕然と表情を翳らせた。サイドに結った髪も心なししょげている。



「貴様がさっさと起きないから……私の威厳が……どうしてくれる~」


 声を震わせてイリイスはそのままアルスの上で腰を落とした。少しくらい年上っぽい振る舞いをしたかっただけなのだ。

 構って欲しかっただけなのだ。それほどここは外界にしては退屈過ぎた。


 イリイスが躊躇いもなく腰を落とした衝撃は病人であるアルスを考えれば非常識である。

 咄嗟に止めに入ろうかとロキが膝をベッドの上に乗せたその時だった。


「人の身体で遊ぶやつに言われたくはない」


 片目を微かに開けたアルスがさっそくの呆れ顔を向けている。


「起きるタイミングはあったはずだぞ」

「いい気味だ。そんなことより……」


 イリイスはアルスが目を覚ましたのに気づいていたが、たぬき寝入りを決め込んだ彼に少し悪戯心がくすぐられたのだ。だから、少しだけ茶番に付き合い、起きるためのタイミング作りをしてあげたというのに、あまりにも手痛い仕打ちだ。


 イリイスの泣き言をサラリと流し、アルスは掠れ気味の声を弱々しく上げた。

 だが――。


「アル……おはようございます」

「あぁ、お前も無事でよかった、ロキ」


 そういってアルスは動きを確かめるように左手を持ち上げて微笑むロキの頭の上に載せようとした、が、彼女はその手をすり抜けてアルスの胸に飛び込んだ。


 小刻みに震える唇が、今は上手く言葉を発せない。誰にも見られないようにロキはアルスに抱きつく。その手はもう離さないと言わんばかりに強く彼の身体を引き寄せている。

 まだ少し朦朧としているアルスは現状を少しずつ意識に反映させていく――左手でロキの髪を梳くように撫でながら。


 彼女たちは事前にネクソリスからアルスが起きるであろう、日にちを聞かされていた。もちろん、ネクソリスも以前の経験から導き出した予想でしかなかったが。

 ネクソリスが騒がしくしたら起きるかもしれない、という冗談半分の気休めを真に受けた結果が今日のような茶番だ。しかしながら、それによって幾分かロキの不安が和らいだのも事実である。


 アルスの上から静かに降りたイリイスは疲れたような溜息を一度溢す。


「助かった」


 彼女の姿を見てアルスはすぐに察した。いや、何事もないこの結果こそイリイスがいればこそなのだろう。

 そんな謝辞をイリイスは鼻を鳴らして手をヒラヒラとさせる。ただし、袖のせいで手が見えないため、正しくは袖が揺れているだけなのだが。


「格好良く、礼には及ばん、と言いたいところだが、少々苦戦した」

「そうか……」

「お互いしぶとさだけは確かなようだな」


 そう締めくくるイリイスにアルスは目を伏せる。それ以上の感謝を彼女は受け取らないだろうと思ったからだ。


 必死にしがみつき、すすり泣きを堪えるロキはもうしばらくこのままだろう。

 何よりこの部屋にはアルスの知らない人物がいた。


「すまないけど、喉が乾いて……」

「あ、はい――すみません、すぐにっ!!」


 できれば身体の異常がないかだけでもフリンは調べたかったが、少しだけこの空間の中に自分は入ってはいけない。そう感じた彼女は、輪に入らないように一歩下がって見守っていたのだ。

 この瞬間こそフリンが治癒魔法師を目指した最大の理由なのだから。


 しかし、そう要求されれば慌てて水差しからコップに移してアルスの前まで持っていく。

 左手は塞がっているため、わざわざ回り込んだ。


 まだ上手く身体を動かせないアルスはゆっくりとそのコップを掴み。


「……!!」


 すぐに水を口に運ばず、アルスは己の右腕をまじまじと見た。記憶を辿る必要もないほど確かに斬り飛ばされた腕が違和感なく動く。微かに流れる自分の魔力、理解する必要などないほどありえない光景だった。

 腕は現代治癒魔法でもくっつけることは可能だが、魔力の流動は諦めなければならない。


 その疑問に応えたのはロキだった。

 目元を袖で拭い、上体を起こすと「フリンさんが、アルの腕を……それにネクソリス様も」と紹介を交えて告げた。


「ここまで治癒魔法は進化していたのか、見れば見るほど完璧な施術だ」

「あ、ありがとうございますッ!? あ、それより早くこのことを皆さんに教えなきゃ! それまではごゆっくり」


 年寄りくさい気の利かせ方をしたフリンであったが、彼女が反転した直後。


「少し待ってくれないか」

「はい? 血色も良いですし、身体に異常はないはずですが」

「アル?」


 彼の瞳は目覚めたばかりにしては真剣そのもの。

 ロキは真正面から見て、フリンへとコクリと頷いた。できればまだ安静にしてもらいたいが、彼の顔はまだ休むことを許さないかのようだった。


「できればまだ起きたことを知らせるのは少し待って欲しい」



 


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