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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第7章 「英雄譚」
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誰のための英雄

 § § § ――――――――――――――――――――――――――――――――


 ◇ ◇ ◇


「ああああああぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!!」


 少年は目の前に置かれた現状を脳が理解するのを拒む。それでも目を逸らすことができない。

 こちらを見つめる化物の双眸。


 妹の変わり果てた姿を見て、少年は怖気とともに胃の中のものをぶち撒けた。

 まるで身体までも目の前の光景を拒むようで、ひたすら気持ち悪かった。


「一つの完成形としては我々の願いは実った。一度は死んでしまったが、些末なことだ。生命を概念を覆したのだから」


 そんな掠れたような老人の声が揚々と室内を反響する。そして研究員らは少年を意に介さず一人の研究者に拍手を浴びせた。


 研究の汚点を破棄したツケは研究そのものを頓挫させる失態だった。それを挽回するために新たな研究がここで行われ、それが結実した瞬間だ。

 数値化できないほどの魔力量。クロノスを使った実験がここまで成果を見せたことに、研究目標は逸れたが今までの研究によって破棄された失敗作は無駄ではなかった証明でもある。


 化物を量産してそれをひたすらに隠して研究を続けて行けたことは国の支援がなければ不可能だったはずだ。


 さすがに破棄場が一杯になる前に日の目を見れてよかったといったところだろう。


 研究の責任者であろう老人は半魔の成果を満足そうに眺めて「苦節六十年、実に長かったが、まだ先は長い。我々の目標は人類の新しい進化なのだから」と感慨深く噛みしめた。


 皺の痕が付いた白衣を翻して老人は振り返り、やっと少年を見た。そこには新しいモルモットを見つけたような狂気じみた笑みが口元を彩っている。


「さて、血の繋がりがどう影響するのか。興味深い……なあに君を一人残しはしない。安心するといい、大丈夫だ。きっと君も妹のように成功する」


 今もって弾む声で老人は少年に悪びれない笑みだけを向けたが、少年はすでに抜け殻のように虚ろな瞳を冷たい床に落としていた。

 その口はブツブツと壊れた人形のように何かを仕切りに発するだけだ。そこに意味や意図はなくただただ、壊れただけ。



 まるで哀れな子供への慰みでもするように老人は研究員に優しく指示を出す。

 両脇を抱えられ、腕へと太い注射針が刺さっていく、それすら少年は表情をピクリとも動かさない。


「ラ……ラティ……ファ……ラティ……ファ……」


 だらりと首が垂れる中で少年に打たれた液体の効果は予想を上回って効果を表し始めた。誰も予想していない反応、激痛を少年に与えた。

 思考を放棄しても脳に伝えられる痛みが否応なく身体を痛めつける。まるで身体が何かを拒むと同時に作り代えられていくようで、バラバラになりそうだ。


 右腕が意思に反して奇っ怪な動きをし、それを研究員が慌てて押さえつける。


「これは初めての効果だ。データは取っておけよ」

「は、はい……」


 その異常事態に老人は慌てふためく研究員を諌め、的確に次の指示を出す。


「経過を観察する。強化隔壁の中に放り込んでおけ」


 周囲の喧騒をまるでフィルター越しに聞いているかのように少年の耳を掠めていく。それでも次に湧き上がった来た感情はどうしようもない憎しみだった。

 自分の英雄を嘲嗤った者たちに対して、飲み下せない怒り。生きる全てを奪った彼らと己の甘さが悔しくて許せなかった。


 何かを刺された右腕は液体の中に浸かる妹と同じように黒く変色し、皮膚の上を波打つように身体が作り変わっていく。だが、それを少年は抗うことをせず、力任せに振り回した。

 大の大人が掴んでいるが、細やかな抵抗はその大人を軽々と宙に舞い上げる。


 心が痛くて、目が痛くて、自分が醜くて、妹を取り返したくて。

 少年は殺意だけを乗せた眼差しを一人の老害に向けた。


「……!! なんだ、その眼は……」


 好奇心だけを表情に張り付けた老人は少年の双眸に宿る鮮やかな碧眼を見て、ぞわりと鳥肌を全身が襲った。


「ラティファを返せ。誰もお前らのおもちゃになるために生まれてきたんじゃない。僕の妹を……僕の英雄を返せ!!」


 彼が見る世界は酷く鮮明であると同時に無数の情報を視覚に映し出していた。それが何なのか理解はできなくても、扱い方は知っていた。それが何故なのかなどどうでもいいことだ。

 少年の感情を正しく反映してくれるのならば何でもいい。


 無力な少年がたった一つの願いを叶えてくれるものであれば何だっていい。



 左右から吹き飛ばされた研究員が起き上がり、手を翳して魔法の光芒を引く。

 反対側で少年を押さえていた研究員はすでに離脱していた。


「殺すんじゃないぞ。我々は今、人間の進化を目の当たりにしているのだから。それを虱潰しに調べられないとあっては一生の汚点だ」

「了解しました。ですが、四肢があれば危険です」

「うむ、許そう」


 そう老人の許可を得た研究員は魔法を発しようした。が、結果としてそれが魔法として構成されることはなかった。


 少年の眼にはそれが魔法であるという以前に、全てがデータ化され読み解く段階を終えていた。脳に刻まれる膨大なデータ。しかし、どう対処すべきかは自ずと見えてくる。


 瞳の中の魔法式が、相手の魔法構成を書き換える。


 腕を翳していた男は手元を見て異変に気づく間もない。腕が魔法もろとも捩じ切れたのだ。


「ぎゃあああああ!!!」


 鮮血を撒き散らしたが、少年はその絶叫を耳にして思い出す。世界とはそういうものだったのだと。

 そして魔法というものがなんであるかを少年はたった一度の解析で理解した。


 どういうふうに扱うのか、その全てが手に取るようにわかったのだ。


 しかし、右腕が異様に硬く、黒く変色していた。体内を流れるものが決して血でないことを薄っすらと察した。それでも激情の中において妨げる要因とはならない。


 まるで試験的に手を動かす少年。

 瞬く間に研究員は身体の一部をねじ切られていく。魔法としての構成を座標のみに留め、発現と同時に座標を空間ごと組み替える。

 咄嗟に思いついたが、人体を壊す術を少年は体感で会得していた。



 最後に残された老人は言葉にならない呻きを漏らし、縋るように少年に歩み寄る。それはまさに知識の探求だけを求めた欲求に突き動かされただけの行動。

 膝を折って縋りつくように枯れ枝の手を少年の頬に触れさせた。


「素晴らしい……」


 少年の軽蔑するような視線を物ともせず見つめ返す老人は、最後まで何かに憑かれた眼をしていた。


 少年の手刀が閃き、何事もなかったように腕を置き去りに足を動かした。

 背後でゴトンと床を叩く音だけが静寂の中で鳴り、足にこびりつく血溜まりを少年は意に介さない。


 そうしてラティファが入る容器の前で少年は膝を折った。

 

「すぐに治してあげるから……ぐっ……」


 瞳の輝きは薄れさせることなく、見つめた腕の解析を勝手に始めていた。

 異物を解析することは難しくなかったが、少年には何をどうすればいいのか、それがわからない。ただ自分でないものが入っていることだけは瞳が訴えてくる。

 だから、一から情報を書き換えるという激痛との戦いが始まった。




 それから随分と時間は過ぎて、研究として全ての隔壁を閉ざし、一人と英雄の孤独な城ができた。

 ここにある全ての資料に眼を通し、必死に理解する。


 ただ、少年は自分の構成に手を加えたことでいくつかの、大事な何かを膨大な情報と一緒に書き換えてしまった。

 研究を一人で引き継いだ彼は何を目標にしていたのかすら、喪失してしまったようであった。

 容器の表面に触れて、少年だった彼は化物に向かってそっと口を吐く。


「誰に言われようとも世界を変えて見せるよ…………早く変わりとなるモノを作らなきゃね」


 自分で発しておきながらその言葉に疑問を浮かべた少年だったが、些細な違和感は往々にして本人では気づくことができないものなのかもしれない。



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