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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「導きの果て」
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裏切りの裏切りは正しく道を示す



 ◇ ◇ ◇



 今までにこれほど清々しい殺しをハザンは経験したことがあっただろうか。

 最後まで諦めない少女のその惨めな最後に手を下せるという愉悦。力あるものが正義、最後に立っていた者が正しい。そう裏付けるような現状は柄を握った腕にじっとりとした熱いものを滲ませた。


 必要以上の力を込めて垂直に振り下ろした腕は肉を裂いていく感触を伝わせることがなかった。


「――!!」


 気付いた時には、あまりに不自然な光景がハザンの目の前で起きていた。現象にハザンはこめかみに青筋を立てて顔を怒りに歪める。

 半透明の刃は少女を掬うように全身を覆ったコバルトブルーの水に防がれた。微動だにしない切っ先。自分の込めた魔力より遥かに濃密な防護壁。その色はまるで魔力量の多さを示すように澄んでいた。


 まるでカプセルに閉じ込められたような銀髪の少女を目の前に、ハザンはAWRを引き即座に後退する。


 その膜が意志を持っているように襲い掛かってきたためだ。


 そして着地と同時に視界の奥で凄まじい速度でこちらに向かってくる影。

 赤いローブを靡かせて小刻みにフェイントを入れて、ハザンへと駆けてくる。その者にハザンは一瞬の動揺を引き起こし、すぐさま臨戦体勢に移るが。


 小柄な影はロキの傍で足を緩めることなく、瞬時にハザンへと切迫する。

 反射的に薙ぎ払った剣を滑るように屈んで回避した小柄な影は、回避と同時に脇腹に蹴りを見舞い。軸足が回転し、鞭のような足蹴りが片足の内膝に数撃。


 ものの一秒の間に打撃音が連続する。そして、ハザンが振るった腕を再度戻す手前で膝が地面に折れる。

 一歩たりともその場を動いていないように地面には小さな足が軸になって回転しているだけだ。そしてまた、軸足が地面の上を軽く擦るように回り。


 回し蹴りが腹部に叩き込まれ、ハザンはその小柄な体躯から想像もつかない衝撃に地面を擦りながら吹き飛ぶ。


 ダメージはほとんどない――が。


「――なっ!!」


 ハザンが衝撃に抗うように地面に足のラインを引いて吹き飛ばされる中で、なんとか減速に成功し、踏みとどまれると思った直後、背後にあるはずもない巨大な水の玉。

 全身が倒れるように飲み込まれていく。


「【死水の牢獄(ウォルピノス)】」


 フードでその表情までは確認できないが、愛らしい声は若々しく、子供のそれである。

 しかし、そこから発せられた魔法は禁忌に抵触する。


 真っ赤なフードを取り、その毛先から赤い色の髪。大人サイズのローブ。

 その姿をハザンは既知としていた。

 未だ抜け出そうとしないのはいつでもできるからだ。しかし、彼女の姿を確認した今、クロケルが渡した奇妙な容器の意味を理解した。


「手酷くやられたな」


 外見だけでいえば見下ろす銀髪の少女と大差ないように思える。しかし、実年齢でいえば彼女は瀕死の少女と比べても何倍という歳を重ねていた。


 外界に出るため、厳重な警備突破するのに相当遠回りしたが、間一髪で間に合ったようだ。魔眼を併用した治癒魔法。彼女自身、治癒魔法を使うことはできないが、唯一特異とされる魔眼。【セーラムの隻眼】は生命を司るとされる魔眼だ。


 であるならばその力は生命力さえも干渉することを可能としている。この力は命を吹き込むこととされているが、その実、人の命に関しては創造することはできない。それは神の所業だ。

 だから彼女――。


「イリイス……」


 内部から水の玉が弾け、地表を濡らす。

 ドンッと重量を感じさせる着地を見せたハザンは焦がれるように破顔していた。


「嬉しそうだなハザン」

「あぁ、これ以上ないほどにな。たくクロケルの野郎も気の利いたことをしやがる。何よりもてめぇが裏切るだろうと読んでいやがったんだからな」


 その言葉にイリイスは眉間を寄せて思案顔をする。彼女の行動原理は誰が決めたわけでも、誘導したわけでもない。単純にアルスという一人の魔法師に出会ってしまったがために変わった、心変わり――いや、そう簡単には変わることはできないのだろう。


 なんせ、イリイス自身がわかっているのだから。これはそれを気づかせてくれたことへの返礼でしかない。


「お前は勝てない相手には勝負を挑まないんじゃなかったか? チキンは治ったってことかハザン。それとも弱い者いじめでもして舞い上がったのか?」

「そのガキは俺が最後まで面倒見る。水を指すんじゃねぇ、と言いてぇところだが。いつかはおめぇをぶち殺してぇと思っていたからな。念願叶ったりだ」


 しかし、イリイスはハザンの身体を見て、そこそこの手傷を負わされていることに目の前で眠るように包み込まれた少女へと内心で称賛した。

 どうにか、止血は終わったようだ。魔眼の力とはいえ、単純な魔法とは構成自体が異なるため、常に魔眼を併用しておかなければならない。さすがに完治まではできないだろうが、この純粋な魔眼によって生み出された力の中にいれば自己治癒力を高めてくれる。まさかこんなことに使うことになろうとは想像もしていなかったが。


 ゆっくりと地面を滑るように離れさせ、範囲ギリギリまで距離を取らせた。


 ――もう終わりにしよう。私はそう決めたんだ。最後にせめてもの礼は尽くさせてもらうぞ。


「彼女の命、私が全力を以って守り抜こうか」


 不退転の覚悟をその瞳に宿し、ハザンへと敵意を向ける。左右で琥珀と蒼穹、しかし、同じ思いを乗せていた。復讐に身をやつし、身を焦がし、時間を浪費する。その果てに落ちたレッテルに彼女は終止符を打てる。


「じゃあ、間違いないんだな。間違いないんだよなあぁ?」


 醜悪な顔で無邪気な笑みを限界まで露わにするハザンは無傷とさえ思える高揚を全身で感じていた。


「もうクラマにいる理由もなくなったからな。私は抜けさせてもらう」


 どこか不自然さを抱きながらもイリイスは指をクイッと曲げる。


「来な、木偶」

「ババア!!!」


 イリイスは両腕を軽く振り、連動するように余った袖の中から【水刃】が生える。

 腕を引きながら駆ける彼女に対して、ハザンもまた頭に血を昇らせて2mほどの刃渡りの剣を構える。刀身がほぼ見えないことを考えればバスターソードに近似していた。


 一瞬で両者の間合いに躊躇いなく踏み込む。

 大地を文字通り割ったハザンの上段斬りを巧みに身体を逸し、紙一重でやり過ごすと、その刃の背に【水刃】を滑らせる。

 軌道はまさしくハザンの顔面に向けられて走った。


 瞬時にAWRから手を放し、ハザンは上体を逸らす。その後をイリイスが抜けていく。

 ピィッとハザンの厚い頬を裂く。


 無論、これで仕切り直しというほど戦い慣れていない二人ではない。

 空中で何回転とローブの端を巻き込んだイリイスは着地と同時に反転して一足飛びに巨大な背中を狙う。


 再度AWRの柄を掴んだハザンは消失させた柄のみとなったAWRを手早く前方に構えて、イリイスが辿るであろう射線上を塞ぐように刀身を伸ばして地面に突き立てた。

 直後、見えない壁に阻まれてイリイスの一太刀は弾かれる。


「――ッ!!」


 だが、透ける刀身が裏目に出た。これほど幅広の刀身ならばイリイスの視野を防げたはずだ。左右どちらから揺さぶるか。

 その先入観が思わぬ展開を生む。


 刀身で導線を塞ぎ、二択を選択するイリイスをハザンは迎え撃つのだろうと思っていた。その裏をかいて跳躍して頭上からという戦法を瞬時に取ろうとした直後。


「オラァ!!」


 その半透明の向こうで巨体は刀身を突き破るように迫る。いや、いつの間にか刀身は消失し、真正面から巨大な足の裏が襲った。

 まるで来た道を戻るようにイリイスは吹き飛ぶ。辛うじて両手の【水刃】をクロスさせて直撃は防げたが、やはり……。


 ――馬鹿みたいに魔力をぶつけやがる。


 見れば【水刃】はその膨大な魔力を纏った一撃に構成を乱されていた。


「【身綴じ大地(クェイク・ガーデン)】」


 吹き飛ぶイリイスを包むように大地が海のように割れ、左右から飲み込まんと大口を開けた土の波に挟まれる。ドーム状に頭上まで両端から半円を描いていく。それは長大にイリイスが吹き飛ぶ更に奥まで続いている。


 日差しが手前から段々と閉ざされ、空洞が埋められていく。足は地面を蹴り、数回バク転を繰り返して勢いを増して後退した時、イリイスはローブを脱ぎ、投げ捨てた。本来腕に直接刻んだ魔法式を隠すためのもので、本当の正体を隠すためのもの。しかし、ハザン相手にその必要はない。


 露わになった両腕に刻まれた魔法式が輝く。


「【万物の洪水(アルンカドラ)】」





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