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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「導きの果て」
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靄を晴らす安堵

 空中で落下までの間にアルスはクロケルの異質な能力の分析を行う。空間に直接干渉する魔法を察知できたのか、その点についてはロキのような魔力をソナーとして使用している可能性がある。

 だが、仮に発現箇所を察知できたとして、それをアルスが感知できないというのは現実的に不自然だ。


 ならば、魔法だと仮定する。これは即座に却下した。魔法の発現はAWRを通すことが最良であるが、速度重視など意表を突く場合はAWRを経由しない場合も戦略として考えられた。だとするならば何かしらの事象改変があって然るべき、それをアルスが見逃すというのは現実的ではないし、そこまで耄碌したつもりもアルスにはない。


 疑問を解消するための情報もなければ、迫る地面も待ってはくれない――そして相手も。


 アルスの着地を狙うクロケルの斬撃――軽く振り払われたそれは真紅の斬撃。

 先程とは明らかに違う、異質さ。

 いや、完璧さと形容すべきだとアルスは感じた。


 魔法とはいくら緻密に構成を辿り、情報を組み込んだとしても魔法本来の姿に近づくことはあってもどこかに不備は生じる。だからこそ人類が使う魔法は未完成であり、魔物が使用する魔法が根源的に完成されているのだ。


 無論、単一魔法式を刻むアルスは最もそれに近いと言えるだろう。魔法式を正確に辿り、調整すら可能にする。言ってしまえば初位級だろうと魔法としての現象が全てにおいて合致すれば上位級にすら匹敵してしまう。

 ただ人間には感情があり、思考する。そうしたノイズがどうしても魔法式に反映されるため完全にはなり得ない。


 だからこそ、クロケルが放った斬撃は、魔法という観点において数多の系統魔法を超越するあるべき姿なのだ。特に人間には成し得ない不純物のない、純正の魔法と呼べる。


「こんなこともできるんだな」


 ただの斬撃であるならば回避するのは容易い。着地を狙ったと言ってもアルスならば防ぐのも可能である。ただ、先程のように魔力を同調させて弾くという所業はおそらくできない。


「――!!」


 アルスは着地する直前で回避すべきだと判断するが。

 眼前になってその線のような斬撃は一瞬にして網目状に展開した。


 魔法を発動してからの構成を改変するという異常な状況。しかも、一切淀みのない魔法定義は邪魔することなく有り様を変化させた。

 アルスが普段行うように相手の魔法に対して構成を破壊するという力技は少なからず魔法の構成に付け入る隙が生じているからだ。


 だが、今眼前の斬撃の網は内包魔力量とは別に情報の定着度合いが桁違いだ。どんな障壁を張ろうと分が悪すぎる。同魔力量で発現したとしても構成に差があれば確実に破られる。


 一秒にも満たないアルスの思考。辛うじて手の中に戻ってきたAWRを瞬時に閃かせた。


 両断された斬撃は羽が舞うように千切れて宙空に漂い薄れていく。

 空間ごと斬ってしまえば構成の完成度など意味がない。


 ただ、やはり魔法では相手の手の内を披露される時間が惜しい。

 ピタリと着地したアルスは一歩でクロケルに向かって駆ける。


 神速と表現できるアルスの速度は間違いなく全力だ。そして手に持っていたはずのAWRは再度投擲。

 しかし、今度は様子見などではなく確実に命を絶つための攻撃であった。


 巧みに手首で操作するクロケルの刀剣は武芸のような優美な動きを見せた。

 そして表情から感情が消えて飛来する漆黒のAWRを見据え、的確に薙ぐ。


 だが、弾かれる直前でアルスは投擲したナイフに追いつき、柄を掴み取ってタイミングをずらす。

 クロケルも視界に収めていたアルスの姿にピタリと剣のタイミングを合わせてくる。


 鼓膜が休まることなく響く金属音。音が重なるような錯覚を起こす剣戟。

 それは間合い同士の重なりであり、突如大きく踏み込んだアルスは真横から首を跳ねるために一閃させる。到底慎重を期した戦いではない。故にアルスの剣筋に対してクロケルは刀身を防ぐのではなく、アルスの手首を狙って振り下ろす。


 が――アルスはナイフから手を離し。


「【オートハイツ】」


 自律プログラムを即座に組み込んだナイフはクロケルの首裏に回り込んで首筋目掛け貫く。その間、クロケルはそのまま引かれた鎖の上を余分な動作と知りつつ押し付けるように斬った。鎖を絶つことができない、いや、絶つことを目的としていなかった。

 魔法としてのプログラムが組み込まれたのは刀身部分であり、鎖は対象外となっている。そのため、クロケルの刃は一手無駄を打たされたことになる。


 それでも即座に鎖を押し付けてできた空間に身体を一歩ずらし、背後からの刺突を回避する。


「――!!」


 一瞬のやり取りにおいてアルスが一歩先んじていたのだろう。

 クロケルの回避を予想していたように顔のすぐ真横を通ったナイフを今度は眼前にまで切迫していたアルスが柄を掴み取った。

 そのままクロケルの首を一周するようにアルスは首から上を刎ねるために薙ぐ。


 

 しかし、無慈悲に相手を殺すためだけに振り抜いたナイフは空だけを切り裂く。

 直後、屈んだクロケルは剣を一瞬の内に翻し、空中で無防備となったアルスへと振り上げる。


 それを振り抜いた鎖を張ってなんとか凌ぐが、刀身は鎖を押し返すのではなく、滑るように抜けていく。

 そして今度は頭上で翻った剣が軌道を戻るように振り下ろされるが、その間アルスとて防御のみに徹していたわけではない。



 思考すらままならない流麗な攻防は互いに一歩も譲らず、全ての動作が刹那的に最善の選択を実行する。



 鎖から手を離し更に足が地面に触れる――爪先のみで重心を移動し、地面を蹴る。

 左手は振り下ろそうとしたクロケルの腕をきつく掴み、そのまま足を払うが。


 予想していたのか、ステップを踏むように軽く跳んで躱される。だが、それでもアルスの攻撃の手は緩まない。相手を攻める戦略が即座に脳から身体に伝達されていく。


 回避した跳躍をそのままにアルスは片手一本で腕を引き、蹴りを側頭部目掛けて叩き込んだ。


 しっかりとクロケルは腕で防ぐが構わずアルスは蹴りぬいた。



 凄まじい脚力に逆らわずに吹き飛ぶ。一直線に風を切るほどの速度を軽減するためにも一度腕を地面に突いて跳ね、空中で捻って体勢を整える、が。


 突いた手のすぐ傍まで迫る氷結の侵食。【永久凍結界ニブルヘイム】が目前まで迫っていたのだ。

 身体が地面に近づく直後、自ら後ろに跳躍して触れるのを逃れる。



「――ッチ!」


 さすがに接近戦においてもそう容易い相手ではない。ピリピリとした感覚が頬に走った。蹴りを見舞った直後、クロケルも手元で切っ先を軽く振るっていたのだ。

 辛うじて顔を逸したが、何もしなければ片目を失っていたはずだ。


 たらりと頬の上を嘗めるように血がゆっくりと流れた。



 地面に突き刺したAWRの柄に足を置き、アルスは鎖を掴む。

 右手を突き出し【永久凍結界ニブルヘイム】から今も回避するクロケル。小刻みに後退する速度は加速していく。

 このまま機会を逃すアルスではない、追撃のための魔法を即座に唱えた。


「【空置型誘爆爆轟デトネーション】」


 瞬く光点はクロケルを追って連続して轟く。が、さすがのアルスも最高位に属する魔法の同時発動に加えて専念できない理由もあるためなのか、火力は弱い。無論、一発でも直撃すれば……。


 誘爆は一秒の内に何発も轟くが、辛うじて回避し、クロケルが瞬時に展開した障壁は、衝撃を容易く防ぎ、回避するための後押しもする。だが、確実に爆轟はすぐ傍まで迫っていた。



 この時間的猶予をアルスは攻撃に費やすことを躊躇った。今ならば、まだ離脱できる。

 そうジャンが向かっていない今、ロキサイドの戦闘はどうなったのか。


 やはり彼女には荷が重すぎた。いや、それがわかっていてアルスは彼女の参戦を認めたのだ。最初から死を覚悟した戦いのはずだった。


 ――まったく手のかかるパートナーだ。いや……違うな。


 これが愚かな選択であるのは外界に出る魔法師にとって当然といえるのだろう。それでも自分の中で優先順位をつけることすらできないものだ。

 心配は不安は考えるまでもない。何よりアルスが彼女の身を案じていることにこれだけ驚いているのだから。

 だからこそ、一歩踏み出した足は意志を反映したように身体と心を動かす。同時にもう一つの視野を広げることに躊躇いはなかった。彼女の元へ駆け付けたいという本心がこれほど簡単に踏み出させてしまうのだ。

 軍規や規則、最善や最良など構う必要などない。


 自分が一人になる選択をしたのは誰かを目の前で死なせないためだ。ならばやはりアルスは彼女をも守ってみせる、と軽くなった心が揺るぐことのない決意は固める。


 だが、踏み出した足がピタリと歩みを止めた。そして、何かを察したアルスは口元を緩ませる。それ以上踏み出すことを止めてしまった。



 僅かな間であろうと、この二人の戦いにおいて僅かとは、十分な時間を意味した。回避する中でクロケルもまた口元が動き、連動するようにAWRに真紅の魔法式が浮かんでいた。

 そして、全身が爆煙に呑まれるのと同時にそれは発現する。


「【三叉の天槍(トライデント)】」


 炎、水、雷、三系統複合魔法。

 炎と水の曲折しながら先端が二股に分かれており、周囲を雷が覆う。そして二つの系統に挟まれるように真ん中で雷の穂先が突出するように伸びていた。


 全長は優に三メートルにも匹敵する長大な槍が爆煙の中で瞬光のみ発し、チカチカとその全貌を微かに透かす。そして、一瞬で爆煙を吹き飛ばしてしまうほどの速度で飛来した。



「…………」


 遠くに意識を奪われていたアルスは何も危機感を覚えていない。そう、少しだけ安心したのだ。

 確認した人影をアルスは確かに感じた。


 だからアルスは流れるように半身になった身体から真っ黒な魔力を放出した。周囲から伸びる蛇の頭のようなシルエットは不気味に揺れている。

 片腕で受け止めるように持ち上げられた右腕。全身がその意志に従うように真っ黒な魔力が伸び、長槍を絡め取る。


 瞬く間に飲み込まれるが、ピタリと三叉の穂先はアルスの眼前で時間を止めたように滞空し、先端からその姿を消失させていった。

 そのまま、軽く塵でも振り払うような動作の後、綺麗に【三叉の天槍(トライデント)】はアルスに吸収される。


 そして、クロケルもまた黒煙が晴れた先で平然とその様を見据えていた。


 その周囲、至る所に空間の修復後が微かに景色を歪めている。爆煙に巻き込まれたクロケルだが、その実【空置型誘爆爆轟デトネーション】の誘爆が最初の数発で途絶えてしまっていたのだ。

 それが彼の魔法によるものなのか、わからない。

 しかし、無造作に設置された光点は爆発という現象を起こすことなく、役目を終えてしまった。



 こちらに向ける怪しく光る碧眼をアルスは真正面から面倒そうに見返すのであった。





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