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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「導きの果て」
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凌駕する想定


 ◇ ◇ ◇



 苛烈な戦闘に乱雑と化した自然は災害というほどに多くのものを散らしていた。地に生えた下草はもちろんのこと、背の違う立派な木々は遮蔽物としての役目すらできず、修復することができないほど根本から倒伏しているような状態である。


 いや、横倒しになっているものも僅かであった。アルスとクロケルが戦いの場としたこの一帯に入ろうものならば、たとえ樹齢云百年とて一瞬のうちに終わりを告げることになる。



 瞬きすら許さない魔法戦。止むことのない応酬。


 地層という表現をするのならば、間違いなくその表層部は吹き飛んでいるのだろう。根深く張り付いた大木は地面にしがみつくように埋まっていたはずの根を露わにしている状況であった。

 が、どのみち逃げることの叶わない、佇むだけの命は早々に終わりを告げる。


 無数の風の刃は巨木をいくつも斬り裂いて通り抜けていった。


 物々しい音がいまわの声であるように、息づく生命が至る所で死んでいく。

 だが、当事者たちは気に留めることすらせず、目の前の脅威の対処に徹底していた。



 魔法の衝突を繰り返す中でアルスはクロケルという一魔法師の戦闘力を正しく評価していた。それ故に甚だ遺憾であり、実に不愉快でしかない。

 間違いなくシングル足り得る実力。


 魔法を繰り出しては時おり、一瞬の内に剣戟を繰り広げる、一進一退の攻防を展開していた。



 しかし、その連続される魔法の発動は両者にとって急かされるような息をも吐かせぬものである。

 間髪入れず、魔法の応戦は相手の隙を突くはずの戦術ではあるのだが、まるで時間に追われているような戦いだった。


 クロケルもまた自覚せずに無意識の奥で確かに焦燥感を抱いていた。それはここに来る道中も然り、もっと前からなのだろう。だとするならば、計画が実るこの段階で彼の意図しない焦りは戦いの中に確かに表れていた。


 一方でアルスもまた相当の焦り抱いていた。ここまでの戦いは狙い通りに運んではいたが、リーダーであるクロケルの実力が予想を遥かに上回っていたことにある。決死の覚悟は同時に捨て身であることとは同じではないのだ。

 そこには少なからず打算があり、彼には彼なりの勝算も織り込まれていた。

 だというのに、ここまでの戦いは互いに小手調べ。それでも一撃必殺となり得るほどの戦闘だ。


 これが小手調べ、様子見などというにはあまりに景色の色彩が乏しく、様変わりしてしまった。



 アルスの懸念とはパートナーであるロキだ。彼女の役割はあくまで時間稼ぎ、その間にアルスはなんとしても戦闘を終えなければならなかった。無論、これはアルス個人の目論見だ。

 ロキはおそらく倒すつもりで臨んでいるのだろう。彼女のためにその手段も、そのための武器も用意した。出来る限りの万全を期せたはずだ。


 だからこそ、それが通用しなければ彼女は逃げの一手を選択する手はずになっている。余力を残していれば【フォース】を使って逃げおおせることも可能なはずだ。

 ジャンに援護を頼んだものの、巨大な大樹が天に伸びたのを見れば然う然う簡単にはいかないことが察せられる。



 嫌な予想が的中してしまう可能性をアルスは最後まで振り払えずにいた。

 先程から戦闘の余波が全くといっていいほどしない。それが一層不安を掻き立てる。



 アルスがこうして今も戦う選択をしているのは少なからずロキに背中を押されたからだ。彼女がいて、細やかな日々があったからだ。

 だからこそ、自分の居場所に必要な彼女の音沙汰がないことに不安が募る。こうした不安を解消するためにアルスは独断行動を旨としていたはずだ。


 そう思った直後、悪い癖だと自分に言い聞かせるが。すでに彼女もアルスの一部となってしまったのだろうか。

 魔法師として弱みと成り得る存在に……そうとわかっても容易く切り捨てることがアルスにはできない。彼女の望みとは別にアルスにも望みが生まれたのだから。

 アルスが見た理想の景色を皆が共有した時、その隣には彼女が居て然るべきなのだ。いや、その光景を幻視した時、彼女が傍にいることはすでに決まっていたこと。


 ――どうする。最悪、ロキだけでも逃がすか。


 一人で二人を相手にすることが現実的なリスクを負うことになったとしてもアルスはその選択ならば後悔しないと断言できた。

 

 もう一つの空間干渉魔法を併用した探知を使えばギリギリ射程内にさえいれば確認することができる。が、意識を占有されてしまうため、一瞬の隙も見せることができない戦況では難しいだろう。


「…………」


 こちらの様子を伺うような風を纏った鋭い斬撃が一文字に飛来するが。

 アルスは魔力を込めた手でそっと撫でるように弾いた。思考は選択するための可能性を模索すると同時に、相手への注意は一切怠っていない。

 背後では鋭い真空の刃に斬られたのだろう、崩落したような音が立て続けに地面を揺らす。


「――!! へぇ~君のはそんなこともできるんだ。いやいや、魔力の同調……技術かな」


 感嘆の声を漏らすクロケルは拍手でもしそうな調子で分析の結果を伝えてくる。何ともチグハグな印象を与える声だ。戦いでは彼の焦りは感じ取れる、だというのにこうして悠長に、今までの戦闘を忘れたかのような――人格が切り替わったかのような変貌ぶり。


「悪いがお前にかまってる暇はない」

「それは僕も同じさ。忙しいのはお互い様……」


 察したクロケルは引き笑いを発して、現実として最も可能性が高い予想を告げた。


「自分で参加させておいてパートナーの心配かい? もう駄目だよ。時期にハザンが訃報を伝えに来るさ。君にとってのね」

「本当におしゃべりなんだな」


 冷徹な視線でクロケルを射抜くアルスは殺意だけを乗せた。

 それを受けてクロケルは「ハハッ……」無邪気な笑みを湛え、一瞬の静寂が訪れる。


 動き出しはほぼ同時。


 しかし、魔法という選択をあえてアルスは取らず、AWRを投擲する。

 同時にクロケルの魔法がアルスの周囲で発現した。彼の持つ刀剣はなんでできているのか想像すらつかない材質。その色は白銀の中心にラインを引くように真紅が走っている。しかし、メクフィスが使ったような血の色ではなく、鉱物のような冷たい表面を見せていた。

 鍔すらない緩やかな反りを見せる剣。細い刀身に浮かび上がる魔法式が淡い紅を発したのとほぼ同時。


「【穿角俊渦ファルガ】」


 アルスの足元から螺旋状に生える巨大な岩石の棘。

 全身に空くであろう大穴をアルスは瞬時に跳躍して回避する。投擲したAWRは弾こうと振りかぶるクロケルの手前で停止した。


 アルスが鎖を調節したのだ。そして調節し、掴んだ鎖の環が魔法式を発光させる。

 刃先から水の膜が形成され、瞬く間にクロケルを飲み込もうかという直後、スゥッと真紅の剣先がアルスの投擲した漆黒の刃先に触れる。

 そう、ただ触れただけ。


 水の膜は魔法としての発現を止め、ただ地面を濡らす。


 だが、反射的に鎖を引いたアルスは次に合掌のポーズを取った。乾いた音が反響するように響く。

 半透明の壁が左右からクロケルを左右から襲う――が、これも触れる直前で綺麗に霧散する。


 ――なるほどな。


 メクフィスに使用した【二点間情報相互移転シャッフル】への対抗策は万全だということ。やはり、この対応の早さはアルスでさえ知らない情報を彼が握っているからだろう。

 でなければ無系統に対する対応は即座にできるはずもない。


 【二点間情報相互移転シャッフル】や、空間を固定し、万力のように圧縮をかける魔法は空間干渉魔法の典型例だ。無論、掌握しているという点ではアルスの得意とする能力だ。

 だが、空間に干渉するという事象は相手が無防備であるが故に効力を発揮する場合が多い。


 クロケルの周囲に取り巻くような濃密な魔力量は彼の周囲において空間への干渉を不可能なほど定義するものだ。いや、体外に放出された魔力は情報の劣化がある。故に空間は逐次その情報を変質させているといえた。つまり変化し続ける固定情報を即座に改変する、一致させる必要がある。


 意図的に、的確に行われてはアルスに為す術はない。だからこそクロケルはアルスに関する魔法の詳細な部分までを理解しているのだと確証を得られた。


 だが、空間掌握魔法ならばやりようはいくらでもある。

 座標の定義を強固にし、クロケルを捉えるのではなく、更に奥へとプロセスを踏んでやればいい。


 ここまでの分析を即座に行ったアルスは続いて、合掌した手を離し、片手で掌打を繰り出した。

 クロケルの眼前で空間が揺らめくような歪み見せた直後、何もない空間から掌打にリンクした空間の壁が迫る。


 だが、今度は霧散することなく――ヒュンッと振り上げられた刀剣によって斬られてしまう。


 ――これも駄目か。良い眼を持ってやがる。


 まるで改変された空間を予期していたような出だしの早さ。それを逸早く察したものが感覚からなのかわからない。それでも気掛かりなのはあの碧眼。




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