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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「最強の暗躍者」
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孤軍奮闘

 魔物の攻撃を避けては、刀を振るう。

 DレートとCレートでこうも違うのかと言うほど攻撃の威力以上に刃が通らなかった。ドス黒い皮膚に傷を付けることはできても致命傷となるダメージには繋がらない。


 Dレートに相手を絞ってみてもこの物量では立ち行かないだろう。時間稼ぎにしても魔力の消耗は激しく、抵抗の意味すら感じさせない――誰にだって結果は初めからわかっていたことだ。

 それでも……無意味でも抗うことをテスフィアは放棄することはできなかった。


「――――!」


 魔物の鋭利な腕がテスフィアの眼前に迫った。なんとか刀を滑り込ませたが。


「キャ!!」


 その威力にひ弱な体は吹き飛ばされ、地面を擦りながら何度転がっただろうか。

 世界が反転した。

 湖に少し浸かった辺りでその勢いは収まった。混濁する意識、視点が定まらない。


 息も絶え絶えに顔を上げると、目の端が赤に染まっていた。

 突き動かされるように恐る恐る手で触れて見るとべっとりと血が手に乗り移っている。それでも死ぬほどの深手ではない。ならばまだ諦めるわけにはいかないと、刀を支えに立ち上がった。


 思考はすでに回らない。心臓が頭にあるのではないかと思うほどドクンッと脈打つ。

 すぐに刀を構えて無我夢中に足を交互に前へと動かす。魔物はテスフィアがいない間にメンバーに襲いかかろうと距離を詰めていたのだ。


 その数は減っていない。寧ろ増えてすらいるようにテスフィアには映った。今までの攻撃も魔物の核を捉えられず、滅ぼすまでには至っていない。

 その証拠に足を切り落とした魔物は這いずるように距離を縮めている。その眼は紅く怒りに激昂していた。


「させないっ!!」


 一閃は刀の型を模していない。ただ振り回しただけの弱々しいものだ。


「……!」


 魔物がそれほど怯んでいないことで初めて自分の刀を顧みるに至った。

 それは刀だ。テスフィアが長年使ってきた愛刀。

 ……しかし、そこに魔力は一切流れていなかった。

 応え続けた魔力がついに底を切らせたのだ。


 孤軍奮闘と言えば聞こえは良かった。それでも覆らない現実は対応説のように人間と魔物の相容れない関係を厳然たる事実としてテスフィアを弄ぶ。


 そこに追い打ちをかけるように蜘蛛の魔物が高らかに鳴き叫んだ。数本の足を上に掲げて祈りを捧げるようにケラケラと笑う。


 すると木の上から似たような蜘蛛の子供がぞろぞろと落ちて来た。獲物が弱ったのを待っていたかのように。


 もうテスフィアに驚く気力はなかった。最初から絶望の中だったのだからそれ以上の脅威はすでに計り知れない。


 立っているのもやっと……こうして防戦に回ってもあと数発も耐えられないだろう。

 魔物達は獲物をなぶるようにテスフィアに猛威を振るった。

 ふらつく足腰では躱すこともままならない。魔物の爪が袖を引きちぎり、一本に結った髪留を引き裂き、同時に僅かばかりの髪を散らした。


 バランスを崩したテスフィアの目に裂かれた髪が宙を舞う姿をスローに映す。

 その赤い髪は魔物の紅眼の紅色とは似て非なる光を放っている。

 不気味な血液のような薄ら黒い紅色ではなく、光を吸収し、それを己のモノとして主張する赤色だ。


 赤い髪が視界から外れるとテスフィアは力なく仰向けに倒れた。


 視線をずらせばメンバーのほとんどが恐怖に耐え切れずに気絶していた。どんなに幸せだろうと思ってしまう。

 自分は指一本も動かすことはできないのに最後の最後まで目を瞑れなさそうだ。


 魔物がテスフィアの目の前まで歩を進める。それを地響きから察していた。死が一歩一歩近づいてくる。

 不気味で不快で不調和な声もすでに遠かった。


(もうダメね)


 諦めにも似た自分への称賛。こんな状況でも枝葉の隙間から見える空に見惚れた。


(綺麗!!)


 しかし、その光景はすぐに遮られてしまう。魔物の足なのか手なのか先端の尖った物が狙いを定めるために一度テスフィアの顔前に迫って動きを止める。


 処刑へのカウントダウンだった。

 しかし、テスフィアは死とは別のことを考えている。


(これだけ絶望的な状況でも私の魔法は応えてくれたわ。あんたの言った適性が無いなんてもう言わせないんだから)


 不思議と零れる笑みと血を含んだ涙。

 確実に死へと誘う鋭く尖った切っ先が最頂部に到達すると一瞬の停滞の後、無慈悲に振り下ろされる。




「――――!」


 何が起きたのか理解できなかった。最後の最後まで瞼を閉じずにいたのに現象の説明が出来なかっのだ。


 振り下ろされたはずの切っ先は一瞬にしてテスフィアの視界からいなくなっていた。

 遠くで悲鳴にも似た叫びが聞こえ、木にぶつかるようにドスンッと音が続く。


 それはテスフィアを襲った一体だけではなかった。わらわらと囲んでいた魔物の一切が一方向に向けて引っ張られるように吹き飛ばされていた。


「遅くなった」


 聞き覚えのある声。不遜で横柄で言葉の端々に面倒くささを滲ませる男の声。

 新たに目に入ってきたのは不気味なまでに無感情なマスクを被った人物だった。


 ゆっくりと背中に腕が通され、抱え上げられる。


「本当にね」


 悪態を吐く彼女にはこのマスクの人物が誰なのか気付いていた。いや、気付く必要すらなくわかっていた。救援信号を出してもすぐに来ることはできないとテスフィア本人にもわかっていたことだ。それを可能にする人物がいるとすれば一人しか思い当たらなかっただけのこと。


「それだけ喋れれば大丈夫そうだな」


 と言いつつも、アルスはしっかりと彼女の全身に深刻な傷がないことは確認済みである。頭の傷も髪の隙間、おでこの辺りを切ったようで深刻なほど深くはなかった。

 こういうときに治癒魔法の適性がなかったのが悔やまれる場面であるが、毎度のことですぐに思考を切り替える。


 確かにアルスは彼女が魔物に屈服することを望んでいたが、それは彼女が死んでもいいこととイコールではない。

 だから少なくともマスクの下では安堵の顔を浮かべていた。


 テスフィアをメンバーの場所まで運び、落ちていた煌びやかな剣を地面に突き刺してそれを背もたれに座らせる。


「褒美に魔物の倒し方を見せてやるから、寝るなよ」


 生きていてくれたという言外が彼女に伝わったかは定かではない。

 そんな要求も満身創痍の彼女には酷な話だろうが、テスフィアの眼はしっかりとアルスを見返していた。


「200番代では仕留められなかったか」


 とローブを翻して腰からナイフを引き抜く。

 アルスのAWR220番鎖式【モーショネルリンク】は運動エネルギーの指向性だけを投射することができる。

 つまり、ナイフを投げれば直線としての方向に置いて標的となる魔物をその方向に飛ばすことが出来る。

 空間干渉魔法の応用だ。


 ただ、威力においては低い部類のため今も吹き飛ばされた魔物が起き上がり始めていた。


「Bが一体にC八体、D以下が三十八か……よくもまぁこれだけ集めたものだな」


 アルスは蜘蛛の魔物を眇めて見る。

 一瞬にして総数だけでなく、レートを判別したことにも驚いたが、テスフィアはそれ以上に禍々しいナイフと不気味な鎖に目を瞠った。

 今にも意識が遠のきそうだというのに不思議と高鳴る心臓がそれをさせまいと意識のドアを叩く。


 この湖を縄張りとしていたのがあの蜘蛛なのだろう。同種でなくとも魔法師同様にレートの高い魔物は低い魔物を従えることもまた珍しいことではない。


「レクチャーも兼ねてるんだ楽に死ねるとは思うなよ」


 じゃらじゃらと宙に投げ出された鎖を掴む。

 瞬時に魔力が鎖へと流れた。


 アルスはマスクを付けていてよかったと思う。彼の心に怒りや恨みの類は見られない。だからこそ今自分がどんな顔をしているのか、どんな表情を作るのか知られなくてよかったと。


 ナイフを手から溢すように放る。

 抵抗もなく吸い込まれた刃先は半分までを地面に埋まらせた。


 ――――ナイフを基点に一気に地面が凍りついてく。

 時間にして瞬き程度だっただろう。景色が一変する。

 生命力に溢れていた雄大な風景は一瞬にして銀色の冷凍世界に変わっていた。


 全てが停滞した世界。何十といた魔物は全て凍りつく。それも氷柱のような棘が魔物の体から枝のように生えている。


 その魔法をテスフィアは知識として知っていた。地面を凍りつかせて魔物の動きを封じた【フリーズ】はそもそも未完の魔法だ。その最高位に属する魔法こそが今、目の前で放たれた魔法、【永久凍結界ニブルヘイム】だ。


 声にならない驚き、彼の適性が自分と同じ氷系統だとこの時にテスフィアは勘違いした。

 そして、それはすぐに思いなおされる。


 アルスはそこまで意図したわけではない。彼女の適性に則して自分が持っている・・・・・氷系統の魔法でこれが一番使い勝手も良かったし、組み合わせ次第では楽だっただけの話。


 アルスは掴んだ鎖の位置を少し後ろに持ち直し、突き刺さったナイフの柄をコツっと蹴っ飛ばした。


 音波にも似た振動をテスフィアは肌で感じる。しかし、それは周囲の木々を見ても揺れているようには見えなかった。


 【震格振動波レイルパイン】個体の内部から振動を引き起こす魔法だ。

 それによって氷漬けにされた魔物は一匹残らず崩れ去った。

 アルスがナイフを引き抜くと氷の世界は光芒を引きながら霧散する。魔力に還ったのだ。


 そこには魔物の残滓さえも含まれていない。


「すご……い……」


 圧倒されて声が出なかったわけではなく、閉じられずにいた口のせいで喉が枯れ、掠れて後に続けなかった。次元の違い……それは喉が潤った状態でも言葉として発せられたかは疑わしい。 

 

 アルスは向き直る。テスフィアにではなく、氷漬けから解かれた蜘蛛の魔物に対してだ。あえて生かしたと推察できる。

 今のがゴミを掃除したとでも言うように返事に期待しないセリフが口を吐く。


「始めようか……まだ起きてるだろうな」


 振り返るアルスの目はどこまでも黒く、表情がわからないために何を期待してのものなかまでは分からなかった。

 それでもテスフィアは「あんなのを見せられて寝れるわけないでしょ」と呆れ顔で応対する。


 アルスはナイフを振り回せるように鎖の長さを調節して駆けた。

 テスフィアには駆けたのかすらわからない。瞬きをしたつもりはなかったが、いつの間にかマスクの彼は魔物の眼前にまで迫っていたのだから。


「もうお仲間はいないぞ」


 誰に言うでもなく一人で呟く。それはこの場の魔物をお前以外は全て屠った事実とどうする? という期待がい交ぜになっていた。


 激昂の咆哮。昆虫類を模した体躯には似つかわしくない人間じみた口から飛沫が放たれる。


 数十の足が振り上げられ、連撃がアルス目掛けて地団駄を踏むが如く繰り返された。

 湖の水分を含んでいるのか湿った地面が泥を跳ねさせる。

 そして何百と繰り返された連撃はいつの間にか地面を打てなくなっていた。


 魔物がそれに気付いたのか振り上げたまま停止する。真っ赤な複眼が呆然と見つめた先……。


「ははっ、それで何をするつもりだったんだ」


 アルスはマスクの下で嘲弄じみた歪んだ表情を作り凶笑する。

 魔物の数十、数百ともつかない足は身体を支える分を残して全て半ばから断たれていた。

 短くなった足では地面まで届いていなかったのだ。


 怒りに打ち震えたのか、複眼の紅が僅かに揺れた。


「グギギギィィィギギ!!」

 

 フシューと毒々しい息が口の隙間から洩れ出ると、異音を上げて首の付け根から新しい足が補充される。

 それでも失った分には及ばなかった。


「そんなこともできるのか、じゃ残りはいらないな」


 アルスはナイフを投擲した。真っ直ぐ放たれたナイフは空中で弧を描き、片側数十の足を一纏めに巻き付く。

 鎖を片手で全力で引くと。

 ミシミシと黒い足が擦り付け合った音が不快に鳴る。そして魔力を通して一気に引く。


 バキバキと容易く砕けた。地面にはすでに濃いグリーンの体液で埋め尽くされている。

 悲鳴を上げて巨体が傾く。補充された少ない足で懸命に支えようとするが、それも一瞬の停滞を稼ぐことしかできなかった。


 

 圧倒的、テスフィアは遠くで一瞬も見逃すまいと見開いた。テスフィアが弄ばれたように今はアルスが魔物を弄んでいた。

 もう反対側の足もナイフで刈り取る。

 地べたを舐める魔物をローブを背にしたアルスはただ俯瞰していた。


 その背中はゴミでも見るかのような物悲しさを漂わせ、テスフィアの意識を冷たくさせる。



「…………終わりか」


 マスクの穴から無感情の瞳が魔物を見下ろした。


「……!!」


 魔物の腹が少し膨らむ。それを最初は呼吸の類だと思っていたが…………アルスはマスクの下で口の端を上げて後ろに跳躍した。


 魔物の口から黒い液体が煙を上げて零れる。

 地面に触れた瞬間に湿った土の水分が蒸発し、一層の煙を昇らせた。

 一気に倍以上に膨れ上がると口から怒涛の勢いで黒い液体がアルス目掛けて吐き出される。


 高濃度の酸だった。


 それがアルスに一滴でも触れることはない。



・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

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