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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第5章 「勝者と敗者の区別」
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果ての残滓


 本当に呆れた顔を浮かべるメクフィスは辟易とした様子で告げる。


「そろそろ諦めたらどうです? 痛いのでしょう? お望みでしたら意識することすらできずに首を飛ばしてあげますよ」

「フッ……いらない心配をするなよ。俺はお前の骸をヒスピダさんの墓標に晒そうとしているんだ」


 ジャンの瞳に込められた力強さを見て、メクフィスは予想していた解答にはぁ~と溜息を漏らす。


「じゃ~死、ね」


 片目が異様に見開かれた嗜虐的な表情はメクフィスという人間が抱く本質なのかもしれない。ただ、紫紺の髪の素体である彼女からは不自然さしかなかった。

 全身を低い体勢に屈め、同時にジャンも剣に変形したAWRを構える。魔力の残量で言えばどちらも大した違いはないはずだ。


 いや、アルスという素体を使ったことで魔力の消費は遥かにジャンより多い。

 だが――。


「致し方ありませんね。あなた程度に使うつもりはなかったのですが…………【纏い】」

「――ッ!!!」

「召喚降ろし【フェンリル】」


 その魔法名にジャンは驚愕した。

 メクフィスの身体を群青の魔力が覆っていく。否、魔力ではない。それは魔法であり、召喚魔法だ。

 これに似た魔法をジャンの弟子であるフィリリックも使うことができるが、遥かにレベルが違う。練度差ではない、明らかに異質な力――異能。


 召喚魔法を自分の身に降ろす。辛うじて存在する魔法【纏い】。

 現代では適性者がいない。いや、唯一適性というのであればフィリリックが該当するのだろう。しかし、本質的にはあれは【纏い】とは少し違う。系統故の適性であり、【夜叉の衣】が本来の魔法なのだから


 それでもフィリリックに適性があることでジャンも多少は調べて知識を付けている。だからこそ、わかる。

 あれは、自律プログラムを身体に反映させている。身体を意志の力ではなく、完全にプログラムされたシステムで動かすということだ。


 メクフィスの身体の周囲で形作る群青の輪郭。長い獣の耳に指先には爪のようなものが伸びている。魔法としての顕現は実体に近い。

 更には背に鬣のような揺らめきがあり、はっきりと視認できる尾。


 【フェンリル】という召喚魔法自体存在しないはずだ。少なくともジャンの記憶の中では――いや、それも的確ではないのだろう。大災厄以降、魔法は国家間で厳格な規定を敷いている。それより以前は見直され、禁忌として封印されてきたものもある。それを全て知っているかという断言できないのだ。


 もしかするとアルスの【不死鳥フェニックス】のように独自でロストスペルを解読した太古の魔法。少なくともビリビリと肌の上をひりつかせる感覚は、それが圧倒的な存在感を醸し出した架空の存在だからだ。まるで妖狐のようであり、狼のようでもあるその姿。



「――!!」


 刹那、ジャンを以ってしても一瞬でその姿を見失う。辛うじて追える肌で感じる危険信号はすでにそこにメクフィスの姿はいないことを意味していた。軽やかな音だけが微かに聞こえる。


 ハッと気付いた時には頭上に脚の裏が見える。瞬時に剣を掲げて防ぐが。


「ぐっ……」


 ドンッと全身にかかる負荷は未だ味わったことのない威力。ジャンの足元ではなく、衝撃による破壊の余波が地面を円形に陥没させた。

 腕の骨が軋み、足は堪らず屈する。


 幸いにも剣を足場にメクフィスは後退するが、ジャンに休む間などなかった。凍らせた脇腹の傷口がまた開く。

 【八津原の剣】を持ってしても押し込まれる威力。纏いとは召喚獣を纏っている、そのため、反発という作用が働くはずだ。しかし、現実はその魔物のような威力に押し負けている。


 空中で器用に回転するメクフィスに向かってジャンは着地を狙う。無数の針となったAWRが余すことなく串刺しにするべく一斉に飛ばされた。

 召喚魔法を纏っているとはいえ、それは物理攻撃を防ぐためのものではない。


 だが、着地という一瞬の隙は、隙に繋がることはなかった。足の指が触れると同時に身体が掻き消えた。

 何の手応えもなく針は奥の木々を貫通していく。


 ぶれるような残像だけが微かに自分へと迫る。遅れて二撃目を放つが、メクフィスは僅かな隙間を縫うように、完璧に回避する。身体を空中に踊らせ、逆さに着地した直後、高速でバク転を繰り返して迫る。


 ジャンとて単に攻撃を繰り返したのではない。一射目と二射目に一秒という時間差を付けたのもその一つだ。確実に捉えることができるとすればそれはジャンに攻撃を食らわすその一瞬。


 瞬く間に目の前に切迫するメクフィス。一方でジャンはAWRを手放しており、魔法を行使する素振りを見せる。

 次の瞬間――バク転の勢いをそのままに足を突き出してくるメクフィス。この至近距離で受ければ一撃で死ぬ。

 反転してきた針は半円を描くように頭上から戻る。今度は蹴りを繰り出すメクフィスの身体に降り注ぐ……はずだった。

 だが――。


「反射速度まで凌駕するのか!!」


 飛び蹴りを繰り出したメクフィスに誘われたのはジャンだったのだ。いや、誘われたという以前にあのタイミングでかわされるとは誰が予想できたか。視界の端に映った程度、もしくは超感覚で察知したのか、どちらであろうとも攻撃途中であるメクフィスに当てる軌道は人の身では確実に回避できない。


 そう、メクフィスに降り注ぐはずの針が二人の間に落ちた瞬間、片腕を地面に埋め、強引に足を引っ込めたのだ。


 直後、更に膂力を加えた蹴りが突き刺さった針を吹き飛ばし、ジャンの腹部に刺さる。

 骨が内蔵を傷つける程度ならば良い、しかし、ジャンは内部で骨が砕けるのを感じた。


 そして再度、メクフィスは片腕で身体を制止させる。衝撃を殺しきれなかったジャンは一直線に吹き飛んでいった。そして大木に激突し――。


「ガハッ――」


 ニィッと笑みを深くするメクフィスは地面を掴んだ手を全力で振り上げる。それはまさに暴力的なまでの斬撃に等しい。

 五指の爪は縦に長大な斬撃を走らせ、地面を分かつ。

 単純な破壊力、故に台風の如く地面を容易く捲れ上がらせる。


 肩口から入り脇下を抜けていく斬撃は、瞬時に発現した障壁を安々と切り裂き、身体を抜けていく。背にした大木が根本から斬られてずれるように幹を滑らせる。


 手放しそうになる意識。ジャンの思考は何も考えることができないほどに朦朧としていた。

 反動に前のめりに倒れそうになる。いや、踏み留まるだけの力は残されていない。


「私の勝ち。よくやったほうだわ。えぇ…………だから死になさい」


 その優しげな声すら遥か遠くで満身創痍となったジャンには届くはずもない。


 羽衣のような狼の輪郭が一層凶悪に増大する。

 勢いをつける足元には亀裂が入り、そして、弾かれるように姿が掻き消える。通った後だけが、爆風の如く土煙を巻き上げた。


 メクフィスでなくとももうジャンの命は風前の灯火であろうことは明白だ。だからこそ、終止符として動いたメクフィスは瞬く間に倒れる途中のジャンの上で鉤爪のような尖爪を振り上げる。


 しかし、ジャンがギリギリのところで力強く足を踏み出し、踏み留まったことに驚愕がメクフィスの背筋を泡立てた。それはある意味で無意識の抵抗なのだろう。

 そう、この状況で何をしようとも手遅れである。


 だが――。


 振り上げた腕に反してメクフィスの体勢が宙空で胸が突き出るように背が逸らされた。肩甲骨の辺りに衝撃が走ったのだ。

 続いてねじ込まれるように背中が熱くなる。


「なっ――!! 何が!?」


 苦鳴を漏らして背中を一瞥して、気付かされる。

 そこには白銀の剣が自分の身体を貫いたように切っ先を生やしていたのだ。


 一体何がどうなった。という疑問を視線を戻した直後に激痛とともに理解する。眼前では力を振り絞って立ち上がるジャンがコマ送りのように流れる動作で両腕で何かを突き出そうしている。


 その手元には半ばで刀身が絶たれている【八津原の剣】すべてが手遅れであるのは反射速度すら間に合わない段階に達していたからだ。

 自分の胸に沿えられる剣の断面。


 刹那、メクフィスの内部を通って刀身が接合された。肉を分け入って内部で刀身がくっつく。


「クソオオオォォォォォ!!!」


 再度腕を振り上げて、今度こそ相手を殺すために振り下ろされる腕は、しかし、頂点に達した時点で動くことを脳が拒否した。

 突き刺さった状態の【八津原の剣】をジャンは渾身の力を込めて振り抜いた。


「あの世で詫びてこい」


 覆われた【フェンリル】の輪郭が消え、メクフィスは鮮血を吹き出しながら仰向けに倒れた。もう、腕一本どころか、言葉すら喉から出てこない。


 続いてジャンも振り抜いたままドサッと力尽きたように倒れた。


 あまりに膨大な量の血が二人を包んでいく。

 もうメクフィスの中の素体は尽きた。そう身体が覆っていく経験したことのない冷たさ。

 それは薄っすらと開いた瞳は景色ではなく己の内側を映しているように空虚である。


 眠気が瞼を閉ざそうと重くのしかかるが、抗う術はメクフィスにない。

 それは求めていたものに触れたからだ。抗う必要がなくなった。これが死ぬということで、自分が誰なのかという記憶が蘇ってくる。


 完全に閉ざされた瞼の裏側にメクフィスは本当の自分を見る。そして……刹那的な実感を味わって安らかに息を止める。



 紫紺の髪の女性の外見が溶けるように変化し、メクフィスという本来の姿へと変わっていく。

 その容姿は最後に見せた女性に良く似ていた、いや、瓜二つと言っても過言ではない。唯一のその髪だけが変わっていた。もっと優しく温かみすら感じる黄味がかった茶色。


 穏やかであり、儚い印象を与える表情。



 ヒスピダのかたきは討った――無論、素直に喜べない後味の悪さを残して。

 ジャンは微かに開いた瞳にその姿を映して弱々しく呟いた。


「女性を手に掛けるのはもうこれっきりしにしてもらいたい、な」


 そう言ってジャンはアルスと分かれた方向を見る。早く、彼のパートナーであるロキの手助けにいかなければならないのだ、と。

 されども地面を這う腕は表層だけを掻いて身体を前進させてはくれなかった。





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