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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「深緑の戦い」
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万難を排する希求

 何か対策を講じる時間的余裕はない。ハザンは状況を正確に認識するよりも目の前の少女が繰り出そうとしている、異変とも取れる魔法の構成を目の当たりにしていた。



 だらりと力無く垂れ下がった両腕の指先から地表に向けて迸る電撃。それをロキは震えながら持ち上げる。

 空中で電撃が編まれていく、消えては迸る瞬きが次第に網目のように空中に枝分かれしていった。

 無数の雷が天に向かって昇っているようでもあり、それは木のように枝を伸ばす。


 緊迫感がハザンを対等の認識に至らせる。この魔法において相手は己を殺しうるものであると。

 少女をさっさと片付けておけばよかったなどという後悔は微塵もない。だが、彼女に期待した役割とは大きく掛け離れている。


 戦いにおいてどこか驕っていたのだろうか。そんなはずはなかった圧倒的強者としての優位性は自覚していたが、戦いにおいて噛みつかれることは多々あることなのだから。それでも少なからず侮っていたのことは認めなければならなかった、内心で沸き立つ高揚を押さえるので精一杯なのだから。


 この殺し合いの本質とも取れる互いが命の奪い合いを可能にした状態。

 久しく忘れていたものだった。


 しかし――。



 即座に動こうと思ったハザンだが、すでに先手は打たれた後。

 何より彼にはロキがどんな魔法を使用するのかがわからなかった。最もそれは大した影響のない余念だろう。

 ハザンには構成を破壊する魔法が残されているのだから。


 相手が何をしようとも無駄なのだ。ハザンが唯一そこに面白みを見出すとすれば、それは最速に近い雷系統の魔法に合わせなければならないということだった。

 構成を破壊するとはいえ、それは魔法として構成され、発現しなければ意味がない。破壊するものがなければ無意味なものなのだ。


 間違っても早出しをすれば実に不味いことになるだろう――そんな懸念は微塵も抱いていないのが彼である。寧ろゲーム感覚であった。


 一瞬の死闘がこれほど深く根強い高揚を与えてくれるものだと知れた時、ハザンは頬から笑みを消した。静かに身体の芯が疼く。


 ――なんだ!?


 そう違和感に苛まれ発した言葉は、目の前に広がる電撃が空気に溶け込み、それきり雷としての主張を止めたためだ。

 明らかな異様さ。どれほどの魔法を発現させようかという直前になって、キャンセルしたかのように綺麗さっぱり電撃は姿を晦ましたのだ。軽く宙に向けた指先は再度糸が切れたように落ちていく。


 ――そうだ、何せあの重傷だ。魔法を構成するのも困難のはず。もう瀕死に近い、興が削がれ……!!



 まさに興が削がれた、と思った直後。

 周囲の魔力は情報劣化するでもなく、光の粒子として今もなお浮遊し続けている違和感。微かに舞う星屑のような光景の先でハザンの視点が奥の少女の口を捉えた。


 緩めた気が本能に従って全身を駆け抜け――少女が何かを紡ぐ。

 到底聞き取れるものではない、掠れたように死に際の最期の言葉。言葉すら発したのかすら怪しいほど小刻みに動く口元。



「辿れ……【伏雷フシイカズチ】」

「――ッ!!」


 周囲に漂う魔力がピタリと動きを留めた。凪のように止んだ空気、何かが移動しているような焦燥感が警鐘を高らかに奏でる。

 ロキの目の前で鳴る雷轟が一瞬だけ閃いては即座に姿を消した。


 コンマ数秒の後にハザンは背筋を強張らせる。視覚で捉えることなど適わないと察したからだ。しかし、それは諦観ではない。

 その証拠に遅れることなくハザンは魔法を紡いだ。そこには一切の動揺や不安の要素が入り込む余地のない悠然としたもの。


「ハンッ――【構成破壊の衝撃ルーツ・アクターブレイク】!!!!」


 ハザンを中心として瞬時に周囲、全方位に向かって衝撃が走る。彼を基点、衝撃に触れた魔法の構成が破壊、その種類問わず一切合切がその現象を現象として留めることを許さない魔法。

 風のような衝風がドーム状に拡大する。一迅の風が余すことなく吹き渡り、ロキをも呑み込む。


 これでここら一帯の魔法的要素は全て消し飛んだはずだ。無論、魔力はその干渉下にはないが魔法としての存在はありえない。だからこそロキが魔法を発動したのを待っていたのだ。


 何をするつもりかわからなかったが、すでに考える意味を奪い去った後だ、完膚なきまでに勝ちの芽を摘んだことになる。

 風前の灯火だろう、自分にこの魔法まで使わせたのだ。ハザンは一撃で殺してやろうと慈悲深い、不気味な笑みを浮かべる――が。


「――!!!」


 彼が見たものは眼前に走る静電気ほどのか細い雷光いなびかりであった。手を伸ばせば触れられる距離などというものではない。それこそ眼球にすら焦げ目がついてしまうほどの超近距離。


 こちらを見つけたと言わんばかりに空気の間隙を縫う雷の龍。

 それは伏す雷である。


 どこにでも魔法として瞬時に構成される。構成と再構成を繰り返す雷であった。

 相手の魔力のみを頼りに隠れ潜む魔法、故にその根幹まで行き着くのは一瞬のことである。


 【構成破壊の衝撃ルーツ・アクターブレイク】は魔法の構成を破壊する魔法である。だが【伏雷フシイカズチ】は構成から魔力までを戻り、再構成される工程を瞬時に繰り返す。経路は散布された魔力である、これが回路の役割を果たす。

 しかし、構成までの魔力やその技術は到底短期間で習得できるものではない。故に【月華】であり、事前に準備しておいた魔力のおかげであった。


 【構成破壊の衝撃ルーツ・アクターブレイク】の干渉外として唯一無二の最上位級魔法。そして相手の魔力を頼りに辿る。魔力という固有情報を発した段階で何人も逃れることが適わない。


 しかし、ハザンがそれを理解することはできず、構成を破壊したと思っていた魔法が擦り抜けてきたことだけを現実として目視した時、すでにそれは回避できる類のものではなかった。


 糸のように瞬く雷はハザンを呑み込むほど肥大化し、龍のアギトのように丸呑みするように全身を抜けていく。


「――ッガアアアアアァァァ!!!!!!」



 アルスが対策を講じられたのは、事前に長距離戦を繰り広げたおかげであり、彼が構成を破壊する魔法を使えるということを知っていたからだ。


 雷霆の八角位でも不可避の【伏雷】。アルスには使用できない魔法であるのは、これが魔法として構成を魔力まで戻ってしまうからだ。微細に分解、再構成される【伏雷】はロキの使用できる【鳴雷】よりも彼女に適した魔法であるといえた。


 魔力をソナーとして変換できる彼女には、特に。



 霞みゆく視界で呆然と立つロキは呼吸がだんだん弱々しくなっていることに気づけない。息苦しいことすら気づけない。目の前でもがくようなシルエットだけが虚ろな瞳に写っていた。

 口からゴフゴフッと咳き込む度に溢れる血は、当然のように口の端から滴ることを止めない。


 軽く押されただけで踏み留まれるだけの力すら残していないのだ。



 だから……だから、瞳に映った実像が動いてもロキはどうすることもできない……抵抗しようとすら脳が働かない。ただ呆然と限界を振り切った痛みが何もかもを朦朧とさせているのだから。

 口から流れ出る血を止めるための手すら動かない、生にしがみつくことを止めてしまった。


 鏡のように反射する瞳には、全身から煙を立ち昇らせた巨体が顔の前で腕をクロスさせて身を屈めていた。そして――ゆっくりと立ち上がった。

 口の端からはロキとは違い少量の煙が漏れ出たように映る。


 そして彼女は意識できない。認識できない。瞳に映る巨体がいつの間にか映す範囲を超えていたことに。

 視野の全てを覆ってしまうほど至近距離に来ていたとしても。


 立っているのすらやっとのロキは激痛の元たる腹部に強烈な打撃を無防備に受けた――そして完全に意識が絶たれる。

 ハザンは全身の肌を焼く痛みに顔を歪めることなく、戦闘狂と化したように瞬時にロキの目の前まで移動し、力の限り拳を振り上げた。



 宙に投げ出されたロキは溜め込んだ血を吐き出しながら吹き飛ぶ。ドサッと無機物のような乾いた音を立てて地面を転がる。

 ピクリとも反応を示さない彼女は屍のように呼吸音すら枯らしていた。無造作に汚れた銀髪、血を含んだ毛先が地面の上で風に揺られているだけだ。

 うつ伏せに転がり、血液がゆっくりと血溜まりを作り始めていた。


「さすがにやばかったぜ」


 右手を開閉させて痺れを確認するハザンはパラパラと皮膚が崩れていく。否、それは皮膚ではなく硬質な土の塊であった。

 雷系統を相手にする段階でハザンは最悪の事態も想定していたのだ。全身を薄く土気色の防護壁が覆っていた。


 防護壁というほどのものではない、それこそ魔法に対して耐性を上げる程度の代物だ。それでも外見からでは早々気づかれないため最後の最後で相手の予想を上回る。

 ハザンにとっての【構成破壊の衝撃ルーツ・アクターブレイク】が攻撃という意味での切り札であるように、【一度の対価(サクリファイス)】は保険としての切り札であった。


 土系統に属する魔法であるのは明白だが、これは薄い膜であり防護壁以上に魔法の威力を軽減してくれる。今回はその系統すら功を奏した。雷系統の劣位である土系統の魔法であったのだから。


 痺れが取れたのを確認するとしっかりとした足取りで生きているのかすらわからない少女の元まで歩き始める。


 ――即座に地面に電流を流さなかったら、もう少し時間がかかったな。


 生死を分かつ戦いで、無残ではなく、必然の結果が厳然と目の前に横たわる。

 まさかここまでとは、思いもしなかった。故に快楽は少々方向転換しているようだ。まさか最高位クラスの魔法が飛び出ようとは。


 頭に血が昇ったのは一瞬で、今はどこか戦場に身をおく者として冷めていた。

 それは足元で転がり戦意や生命を喪失させてしまった物に対してだ。ほぼ決着はついていた、それでも最後に見せた足掻きは見事の一言である。


 故に自らの手でしっかりと一撃の元、葬れなかったのが少しだけ後悔が湧く。


「死体を嬲る趣味はねぇ、つまらない幕引きだった」


 それが正しい在り方なのだろう。それでも反射的にやり返した一撃はハザンの意図とはずれていたのだ。

 背後で聞こえる戦闘音は遠く、聞こえたのかすら怪しい振動が鼓膜を揺らす。


 忘れていたかのようにハザンは振り返る。


「まだ、やってるか。あっちでウサを晴らさせてもらうとするか……!!!」


 踵を返し、一歩動き出した時……ハザンは違和感を感じ、自分の足元を見た。

 そこには血に染まった小さな手が裾を握っていたのだ。握っているというほど力強いものではなく、辛うじて指を引っ掛けたような。


 それでもロキが動かしたという事実にハザンは驚愕と同時に歪な笑みを頬に湛えた。


 奇跡的な執念。事切れていると疑わなかった入れ物が最後の最後で見せた魂の欠片。

 それでも指はハザンの裾を引っ掛けている。


「あぁ、クロケルには感謝しなくちゃな。そしてお前にも」


 この戦いで初めてハザンは腰に刺さった柄のみのAWRを抜いた。浅黒い肌の上を虫が這って行くような衝動に駆られる。掲げる刀身は風を纏った半透明の刃を構築している。透かすようなそれを逆さに両手で持つ。



 冷たく肌を濡らすような冷気が乾いた風に乗って吹き抜けた。有りのままの世界で変わることのない空気が生命の終わりを告げ、肌を荒らす乾きが鼻を掠めていった。

 その中でたった一つ嗅ぎ取れるもの……それは命が眠る、神経に触れたようなツンとした冷気が死を予感させる香りだ。すべては自分の腕の中に委ねられている。


 それがハザンには堪らなく心地よく思えた。


 弱々しい日差しの下で、陽を覆う雲の翳りが地表を塗り潰していく。

 まるで世界に急かされるようにハザンは赴くままAWRを振り下ろす。ただ垂直に降ろす。




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