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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「深緑の戦い」
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いつかの要請



 ここにきてアルスは一瞬、迷いが生じた。それは己に秘められた呪いにも等しいもう一つの力を開放すべきか――本来ならば迷うことなく使っていただろう【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】を。


 だが、暴走するならばまだよかった。自分が死ねばそれで済むのだから。

 しかし、認識遅延の魔法。ノワールとの戦いで試した時間停止の力はアルスの眼球を焼くような激痛をもたらしたのだ。それは侵食されるような恐怖、意識が塗り潰されるような得体の知れないものだった。


 ――後でロキに文句を言われるよりは、マシか。いや、あの世でなければいくらでも申し開きはできるな。


 決断し、力を開放しようとした直後。


「――!!」


 クロケルとアルスの中間地点に凄まじい速度でいくつもの球体が頭上から襲い掛かった。拳ほどの銀色の光が高速で視界を横切る。地面に穴を穿ち、それはすぐさま空中に浮遊した。雨が降っている途中で時間が止まればこんな光景になるのだろうか。

 自分の顔を映すほど光沢のある小球は表面を時折波打っていた。


 そして一拍して空から振ってきた男を見てアルスは肩を竦める。いちいち様になる男だと。


「絶妙なタイミングだったみたいだなアルス」

「もう少し遅れていたらお前の出番はなかったけどな」

「そうならずによかった。こっちも相当無理してきたんだ、お前のおかげでな。少しは労ってくれていいんだぞ。さすがにクラマが介入してくるとは盛大な合図もあったものだと呆れもしたが」

「だろうな。正直期待はしていなかった」

「おいおい、借りを返す絶好の機会なんだ」

「まだそんなこと言ってたのか」


 事前に打っておいた援軍の要請。金髪の青年――ジャンを視界に映し、鼻で笑うアルスは回避したクロケルを追って視線を固定する、が。


「こんなこともできたのですね。正直驚きましたし、一つ素体をおしゃかにしてしまいましたよ」


 【黒炎葬ゲヘナ】を受けて完全に死んだと思っていたメクフィスが標的の魔力を燃やし尽くして鎮火したのか、クロケルが解除したのか、抑揚のついた声音が変わらず聞こえてくる。


 一直線に並んだ形で挟まれたアルスとジャンは互いに背中を突き合わせる位置取りをした。


 そして姿を見せたメクフィスの風貌を見てアルスは鋭い目つきへと変える。

 そこにはつい今し方戦っていた青年ではなく、妙齢の女性がダークスーツに身を包んでショーティーのような手袋をしっかりと指先まで埋めるように引いていた。


 軽く身体を解し、手首を回す。紫紺しこんの髪は後ろで小さな団子を作り、肩下で緩やかな癖を見せていた。身長は低めだが、瞳、口、頬、表情を作るパーツが狂気じみた顔をこちらに向けている。


「もっと早く解除してくださいよ」


 ソプラノ調の高音で男を感じさせる言葉でアルスとジャンを挟んだ向こう側に不満を放った。


「ごめんごめん。あれ、喰らっちゃうと面倒なんだよね」

「おかげで貴重な闇系統を失いましたよ」

「それはすまなかったね」

「思ってもないことを。まぁ、さすがに二度同じ手は使えなかったですし、操作を奪えたのが腕一本では……」


 やれやれと顔を振ってみせるメクフィス。

 アルスの腕が意思に反して自らに向いたのは彼の魔法だったようだ。ともすればフェーヴェル家でメイドの意識を乗っ取ったのも彼なのかもしれない。



「魔物じみてやがる。どうやら姿を変えるだけじゃないな」


 分析するアルスは自分が合理的な思考から飛躍していることを理解している。それでもなお、現状を正確にジャンに伝えるため、見たままの要点だけを口にする。


 だが、ジャンは得た情報以上に何か確信に近いものを得たようで、一言だけ「なるほど」と腹の底に響くような声で自己完結する。


「クロケル……」


 ジャンが睨み付けながら主犯格であろうシングル魔法師にぶつける。


「あぁ、ジャン・ルンブルズじゃないか。君が来るとはさすがの僕も予想していなかった」

「随分と饒舌になったな」

「そりゃ、僕も我慢していたさ。僕は本来おしゃべりが好きなんだよ。でもね、先のない連中相手に何を語れというんだい。無駄無駄、馬鹿は馬鹿のまま死んでもらうしかないんだ。馬鹿は死んでも治らないっていうじゃん。ゴミはゴミらしくさっさと死んでくれないとこの世界は立ち行かなくなるんだよ。もうゴミを生み出すだけの存在はいらない」

「それを自分の元首にも言えるのか」


 リチアを思い出しながらジャンは言い放つ。そんな傲慢な考えは受け入れがたい。誰もが完璧などというわけにはいかないのだから。


「当然だろ。なんだったけ?」

「ラフセナルでしょうか?」


 メクフィスの助言がなければ思い出せないほどクロケルにとっては些事であった。


「彼にはもう退場してもらったよ。駒としては中々悪くなかったけど。あぁいうのがのさばるからゴミが増えるんだよね」

「「――!!」」

「自国の元首を殺したのか!?」


 ジャンにしては珍しく眦を釣り上げて怒声を荒げた。


「そう言っているだろう。しつこいな、安心しなよ。ルサールカの元首もいらないからちゃんと殺すよ」

「クロケル、それだけでお前を殺すことができそうだ」


 威勢を強めるのはいいが、ジャンとて一筋縄ではいかないことを知っている。ハイドランジのシングル、クロケルとは外界に出ることが少ない魔法師。その戦闘能力は定かではない。ましてや【クラマ】のリーダーなのだから、隠し玉を有していることは想像に難くない。



 ジャンとは過去に共同作戦で共に戦った経緯を持っているが、それも一度だけだ。即席の連携はどこまで通用するか判断がつかない。ましてやアルスには異能があり、ジャンにもアルスに見せていない魔法が多くあるだろう。今更隠そうとは思わないが、この場に及んでミスをしてもつまらない。


「系統による対策は無意味だな。奴もいったように可能性は低いだろうが。操術魔法、かなり強力だぞ」


 だからこそアルスは必要以上に全身を魔力で覆っている。一度掛かってしまえば解くのに数秒は要する。それでも四肢であればまだ自力での脱出も可能だろう。この戦いではそれすらも命取りとなるのだが。


「燃費の悪い戦いになりそうだな。過去にないこともないけどな」

「そんな魔物もいたか」


 操術魔法や相手に直接干渉する魔法の場合、相手の干渉強度を上回る必要がある。操術魔法を扱う者には一瞬足りとも油断できない。でなければ即座に自分の身体がいうことをきかなくなるのだから。

 メクフィスは素体を無駄にしたと言っていたが、姿を変えたように魔法の性質なども変化するのだろう。


 故に一戦交えた今も得体が知れない。



 どう仕掛けるか、アルスが思考するより早く。


「悪いがアルス、あいつはもらう」

「…………それは願ってもない」

「その代わりクロケルは確実に倒してくれ。リチア様に手を出されるのは我慢できないんだ。本当なら奴も始末したいところだが、こっちにも事情ができた」

「それは欲張り過ぎだ。俺も仕返しをしなきゃならないからな」


 そう聞いてもクロケルはクックックと笑みを溢す。


「必死に抗いなよ。殺される者と殺す者は行き着けば同じ結果になるものなんだから。殺されたくないから殺す。片方が殺す意思があるのだから結果は変わらないさ。もしかすると少しは噛みつけるかもね」

「噛み殺してやるよ」


 アルスの皮肉混じりの台詞を受けて一層笑みを深くする。


「ジャン、ロキも離れた場所で戦闘になっているはずだ。悪いが終わったらそっちを見に行ってくれ」


 出来る限りの手を打ち、予想通りの展開に運んだとしてもロキではハザンを相手にやはり勝ち目は薄い。アルス自身、加勢に行きたいのだが。

 メクフィスと呼ばれた――今は女性――相手ならばまだ良いが、クロケルには気がかりな点が多く。姿を変えるメクフィス以上の不審感を抱いていた。


 何故ならばアルスを呼び出した招待状の中には、彼に関する秘密が明記されていたからだ。


 アルスとジャンは言葉による確認もなく動き出した。過去の連携でも唯一合図としての役割を果たせるコンビネーションが一つだけある。


「全てが終わったらお前の口から聞かせてくれ」


 背中越しに聞こえるジャンの一言をアルスは正確に理解した。そう、ベリックたちが緊急招集を掛けられたという事態を想像するのは容易い。ならばいくらアルファが擁護しようともアルスについての秘密をどこまで隠し通せるか、と考えた時に潮時だろうと思ったのだから。


 ジャンがアルスの異能について既知としているニュアンスの言葉をアルスはそのまま受け止めて「わかった」とどこか嬉しそうに返した。


 その直後、アルスとジャンは一斉に魔法を行使する。まるで特訓でもしていたかのような立て続けの魔法の組み合わせ。


「【永久凍結界ニブルヘイム】」


 一瞬にして世界を氷結の世界へと塗り替え、続いてジャンが流れるように魔法名を告げた。


「【破砕の磁界リバース・ゲイル】」


 白銀一帯の木々にピシピシと亀裂が入る。頭上で小球だったジャンのAWR【レイジボール】がくっつきその容積を肥大化させている。白銀を映したような球体は小惑星のように神々しく回転していた。

 小指の爪ほどの周囲を取り巻くレイジボールの破片と思しきものが電磁場を作り上げる。


 発現と同時に全身が吸い寄せられる感覚は決して錯覚などではなく、アルスはすぐさま自分とジャンの座標を固定するように地面もろとも障壁で覆う。

 塵なども含め空気中のありとあらゆる物質が吸い寄せられていた。次第に目視できるほど空気の層が取り巻く。


 アルスが凍らせた木々がその身を削られるように吸い寄せられ、取り巻く空気層にキラキラとした氷の破片が混ざった。


 クロケルは一端距離を取ったと思えばそれ以上、微動だにせず、ただ見上げている。メクフィスも似たようなものだ。元々吸引するだけの魔法を昇華させている。言ってしまえばアルスの魔法との組み合わせも含まれ、それがこの魔法の効果的な使用法である。


 頸動脈を切ったはずのメクフィスが平然と姿を変えて現れたことからもすでに人間を相手にしていては勝機を逃す、とアルスは見ていた。

 だからこそ、これで死んでくれれば楽なのだが。


 ――そうそう上手くはいかないだろうな。というか、そろそろか……!? 前やった物よりデカくないか。


 アルスは気持ち障壁の強度を上げる。いや、やはり不安なのか、もう一枚薄い膜が覆った。

 直後、上昇していた球体が停止し。


 今度は吸い寄せ、バラバラに破砕した塵を凄まじい勢いで吐き出した。

 まるで爆発したかと思わせる破裂音が一瞬にして衝撃波を走らせ、細かい礫を弾丸のように弾き出す。


 断続的に数秒もの間生身ならば穴だらけでは済まない礫の雨は続く。


 土煙があまりの苛烈に巻き起こり、球体が全て吐き出した直後、アルスも障壁を解いた。


「任せた」

「任された」


 そう二人は交わし、ジャンはレイジボールを使って捕捉していたメクフィスに向かって走り出す。やはり生きているのだ。それが嬉しくもあるのだから不思議なものだ。


 土煙に紛れて一直線にジャンは駆けた。そして――。


「俺達はあっちだ」

「がはっ!!」


 ジャンの掌打、その手の上には楕円形のレイジボールが隙間を作って張り付いている。撃打インパクトと言われるAWRを併用した掌打。

 空間が振動する破裂音が腹部で鳴る。


 威力もさることながらメクフィスの華奢な身体は一直線に吹き飛び、その後をジャンは追う。




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