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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「深緑の戦い」
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孤独で狂気な快楽は正常


 ロキとハザンが離れ去り、残された三人は一瞬足りとも油断なく立ち尽くす。この場で何者も三人の意識を逸らすことは適わない。何が口火になるかわからないような緊迫した空気は互いの力量故だろう。


 そんな空気を弛緩させるように気さくな雰囲気を纏ったクロケルがパンッと手を叩く。


「こちらも始めようか。どのみち君には死んでもらわなければならないんだし、早いにこしたことはない」

「なんのために外界で待っていたと思ってる。本当に殺せると思ってるならめでたい奴だ」


 アルスの悪態すらクロケルは満面の笑みで受け止めた。

 髪を掻き上げたクロケルは透き通るような碧眼で鬱陶しそうに目を細める。


「まったくとんだ回収作業もあったものだよ。僕の言う通りに自害でもしてくれれば一番楽なのにね」

「そうでしょうとも……本当に厄介な者を作ってくれましたね」


 後ろ手に手を組んで紳士然と直立するメクフィスは呆れ混じりに告げるが。


「そうは言っても彼が生きていて助かった……気はするんだよね。ま、いいや。さっさと終わらせようか」


 そのクロケルの台詞にアルスはいくつかの疑問点が浮かぶ。しかし、それは答えのないものだということをすぐに知った。


「またですか。彼が生きていてよかったことなんかあったんですか?」

「う~ん。あれ、ないね。さすがに【悪食】があそこから出てきた時には冷や汗を流したものだけどね」

「本当に耄碌したんじゃないんですか? それでしたら我らが討伐しようがどちらでも良いという結論に至ったと思いますが」

「ははっ……やだよ面倒くさい。そうそう、助けがくるなんて思わないほうがいいよ」


 言われるまでもないことだとアルスは肩を竦める。そんなもの期待もしていなければ、来られたら来られたでやりづらい。どちらにせよ、だ。


「助けはこないのか……それはよかった」


 これで何の気兼ねもなくなった。そう判断したアルスはただの殺戮人形に変われる。さすがにパートナーを残して勝手に死んだら後でグチグチと文句を言われそうだ、ということが一瞬脳裏を過ぎった。


 気がつけば心にやり残したことのしこりがこんなにも多くあることに気付かされる。まだ約二名の面倒も途中なのだから。

 それでも、そう思えばどこか沈む感情の中に自分が微かに残る。それは今までにない心地よさと……嬉しさがあった。


 戦うという思考の中で不要と切り捨てた感情は確かに今も邪魔な物であることに変わりはない。それでもその邪魔な懸念や心配や予感があることで何かが少しずつ変わってきていた。

 言葉にすることはできずとも、心臓が生きているという実感を自分に知らせるように一定のリズムを内に響かせるのだ。


 一瞬の瞬きは絶妙な快調へと切り替わる。最効率化された思考と、残った心が上手く調和したのだ。


 ――そろそろロキも離れたか。


「じゃ、始めるか。お前らが始めた殺し合いをその身で贖え」


 身体に纏わりつくような魔力の奔流にクロケルもメクフィスも僅かに持ち上がった頬を下げる。


 とはいえ、アルスはすぐに動けない。これは戦いにおいて未知な相手と敵対する場合における警戒心だったが、あの碧眼は以前元首会合の時に見た時のそれではないのだから。

 故に一手は慎重に…………とはならなかった。


 勢い良くローブを翻して腰から、漆黒の刀身を持つAWRを引き抜く。

 魔法としての構成は発現までの道筋を一瞬にして辿った。


 空間に小さな渦が無数にアルスの周囲に発現し、神々しい魔力光を放つそれらはアルスの使うAWRの形状を模した魔力刀。


 【朧飛燕】念じるまでもなく数多の剣が敵に対して容赦なく射出される。


「「――!!」」


 クロケルとメクフィスは二手に分けさせられる。

 アルスは連続音を置き去りにし、メクフィスへと対象を絞る。一気に接近するアルスはナイフを振り抜いた。


 が、二人共AWRの所持は外見で見て取れなかったものの、予想通りの手応を感じた。それは決して物体としてのAWRの様相とかけ離れている。

 まるで血液を凝固させたような赤黒い短剣に防がれてしまう。



「おかしな能力だな」

「お褒めに預かり光栄です」


 ピクリとも表情を変化させない白髪の青年にアルスは系統の予想を立てられずにいた。幾合か剣を交える度に少しずつ押せてきているが。


「――!! チッ!?」


 振るおうとしたAWRの標的を移し、即座に一歩距離を取る。すぐ側面から螺旋状に捻れた根が分厚い槍を形成し、その先端は極限まで鋭くなっていた。

 完全に回避できないほどの巨槍。


 土系統の最高位。情報としては有益だが、状況は予想以上の危機をもたらしている。【生樹の根(ランドケイル)】は魔法としての性質以上に物理攻撃による部分が大きい。


 アルスは即座に対物障壁を構築すると同時に、指をクイッと持ち上げる。


 ――【深緑の鳴動(グランド・クウェイク)

 

 魔法によって硬質化された地層がずれるように地面を割って重なるようにせり上がる。さしずめ津波のような分厚い土の壁が防護壁として割り込んだ。

 一見して拮抗するかのように思えたそれは練り込む魔力量に差が生じたのか壁に罅が走る。


 が、アルスは同魔法を更に重ね掛けし、土壁はぐんぐんと迫り上がった。壁面を突き抜けたのはその時だった。

 辛うじてアルスの頭上に逸れた螺旋の根は土壁と一緒に天に昇っていく。


「【黒炎葬ゲヘナ】」


 そんな今にも笑い出しそうな声音で紡がれたクロケルの魔法にアルスは舌を打つ。一瞬で根を焼き払い、頭上から降り注ぐ黒炎は鎮火する気配を一切みせない。

 それもそうだろう、魔力を焼く魔法なのだから。それは燃焼という形態を取っているものの、実際に燃やしているという現象とは掛け離れている。当然、水で消せるわけもなく。


 ――くそが! あれは避けれたとしても……。


 刹那「何もさせませんよ」と上機嫌な言葉が背後から聞こえるが。


「そのために二人いるんだろ?」

「――!!」


 振り被られたメクフィスの腕を押さえ、ナイフの刃先を首に差し込む。手慣れた動作で的確に頸動脈を切断する。鮮血が吹き出すまでの一瞬でアルスは回し蹴りを見舞う。


 そのままメクフィスは身体を折り曲げられたような姿勢でクロケルの少し手前まで吹き飛んだ。


 障壁系の魔法は頭上の黒炎に対して時間稼ぎにもならない。ならば、術者を直接叩くしかない。


 魔力を燃やし、火勢を強めれば瞬く間にアルスは取り囲まれる。掠るだけでも黒炎からは全身を嘗め尽くすだろう。その者の魔力を燃やすために。

 微かに頭の片隅にあった断片的な記憶が、この魔法に警鐘を鳴らしていた。


 

 頭上を見るまでもなく揺らめく影が迫る。すぐさまアルスはクロケルへと向けて走るが、まるで自我でもあるかのように黒炎は空中で拡散するように火の粉を飛び散らせ、追尾してくる。


 降り注ぐ黒炎はまるで行く手を阻むように覆い被さる直前――アルスは左手の指を弾くように交差させた。

 今まさに首筋を押さえて着地したメクフィスとの座標が入れ替わる。


 【二点間情報相互移転シャッフル】互いの位置情報を即座に複写し、正確に重ね合わせることで互いの位置が入れ替わる。


「一人脱落――」


 切り替わる視界を即座に認識する。目前のクロケルに対してアルスは【次元断層ディメンション・スラスト】を纏った超振動の刃を振り上げた。実力など関係ない、突然目の前に現れたアルスに対して相手は対応できていない。


 無防備なクロケルの瞳は真っ直ぐアルスへと向けられていた。この距離では回避はおろか、防ぐこともできない。だというのに死への恐怖は微塵もなく、不敵に口元が弧を描いた。


 ――!! 直感に等しい。アルスは考えるより早く染み付いた身体が違和感を逸早く訴え、視線がAWRを握った手元へと落ちた。

 振り上げるモーションに移った腕は殺す相手を間違えていたのだ。意思に反してその切っ先は己の顔面へと向けられていた。

 いつ、手首を返したのかさえわからない状況でただ一つ言えることは、死ぬのは間違いなくアルスであった。それは奇しくもクロケルが言ったように進んで自害する構図。



 腕は意識してもなお、いうことを利かない。一秒にも満たない刹那、対策を取る間もなく自分で自殺を図るという奇妙な事態が起こった。


「クッ!!」


 体勢など気にしている余裕はない。アルスは強引に身体をねじる。自分の腕だ、顔面に走る切っ先は予想通り円を描くように軌道を調整してきた。

 そして――向かってくる腕の内側に潜るように回避したアルスの頬は深く切り裂かれた。それでも【次元断層ディメンション・スラスト】の解除には成功しており、間に合わなかった時のことは考えたくはない。


「はいっ、終わり」


 だが、そんな油断は敵を目の前で見逃されるはずもなく、クロケルはこうなることが予想していたように剣を振り被っている。

 それがいつ抜いたものなのか、アルスは瞬時に理解する。抜いてなどいない、最初から持っていたのだ。


 空間にノイズのようなものが走り、徐々に鮮明になる刀身。




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