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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「破滅と抵抗の助長」
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アルファ最精鋭

 ヴァジェットは飄々と余裕を見せて着地する。まるで爆発の衝撃を全て受け流したとでもいうようにだ。


 その回避方法を目視できた者はいない。どんな方法で切り抜けたのか、それがわからない一方で戦力的な差は広がるだけだった。

 微かに煙を上げる太刀が白色の光を放ち、第2位の得体の知れない実力を垣間見せた。


 至近距離に加えて瞬き程度の爆破予兆。誰も反応することなどできないだろう。

 しかし、実際ヴァジェットはあの刹那――攻撃目標を即座に変更したのだ。レティらから目の前の爆発に。


 全身を呑み込む爆炎を全て受け流したのだ。それを実現できてしまうのが彼の魔法であり、技術だった。


 それでも無傷とはいかず、チリチリと燻りを見せた腰下まで伸びる毛先を一顧だにしない。片手で軽く掬うと鮮やかに波打つ刃文をスゥと髪に滑らせた。10cmほどの髪がハラハラと舞う中で彼はレティたちから視線を外さない。


 だが、レティの傷を見るなりヴァジェットは剣先を鞘へと収めた。


「すぐに治療しなければ一生使い物にならなくなる。これよりアルファはイベリスの監視下に入る。勝手な真似さえしなければ手荒なことをせずに済む。詳細はハオルグ様から聞くと良い」


 これに真っ先に顔を顰めさせたのはベリックだった。すでにシセルニアは対策を考えるだけの状態ではない。何よりこの状況では強行突破は難しいだろう。


 ベリックは歳のせいか怒りに類する感情が湧き上がってこなかった。それでも通すべき意志は持っている。頑ななまでの確信だ。リンネは確実に離脱させないことには全てが始まらずに潰える。


 ――それにしても一周すると相手を信用するというのか、疑わなくなるというか。俺も焼きが回ったな。


 あの場で全員を欺けたと思っていた己の落ち度に虫唾が走る。いや、この状況はほぼ間違いなく最初から決まっていたことなのだろう。それほどまでに迅速過ぎる。

 ならばベリックは繕っていた自分が馬鹿馬鹿しくなった。


 ――覚悟など改めて問うまでもないな。総督としても、保護者としてもすべきことは何も変わらない……やるぞレティ。


 そう視線を向けた先で激痛に歪んでいた口元が明らかに肩の荷が降りたと告げている。

 伝播する好戦的な雰囲気がレティ部隊員を即座に臨戦態勢に移行させた。トップの決断に疑問を挟まない敵対的な空気が埋め尽くした。

 先頭にはサジークとムジェルがAWRを完全装備して異色の魔力を纏わせる。


「そうか、残念だ」


 本音なのかもわからない声音が身を切り裂くような魔力の迸りを駆け巡らせる。

 この状況下でヴァジェットの敵と成り得るレティは戦闘不能状態。それでも戦意を挫けさせない隊員の練度は相当なものだ。

 この場の隊員は勝算を考えない。レティの決断はいつだって間違えないことを知っているからだ。正確に言えば間違っても後悔しないほどには長い付き合いなのだ。信頼と信用は一切の迷いを生まなかった。


 その中で彼女に託す命は微塵も惜しくない。ましてやアルスに関する今回の一件で、少なくともこの場の魔法師は感謝しか感じていないのだ。だから返せるものならばいくらでも無茶をしてのける。



 ヴァジェットを取り囲むようにジリジリと位置取りをし、一瞬足りとも視線を逸らさないように身構えた。魔物を相手にしてきたとはいえ、目の前にいるのは人間だ。

 多少なりとも抵抗があり、それは確実に刹那的な判断力を欠如させる。


 そうとわかりながらも彼らは各々のAWRに魔力を通す。


「わかってるなサジーク。これ以上隊長に無茶はさせられないぞ。それこそ男の……」

「わかってるぜ。それこそ男の名折れだ」


 何よりも殺さないと殺されるという状況は相手の力量を遥か上に見ているからだ。だが、一切の躊躇いも二人は見せない。

 相手がシングル魔法師だろうとレティやアルスを害するものを二人は見逃すことなどできないからだ。


 そうレティが判断したのならば黙って従うのが部下である二人の役目である。レティの両腕とも言われることのある二人だが、これは諌めるという意味の腕ではなく何かをなすための力になることだと二人は考えていた。



 こういう状況下での戦闘は初めてのことだったが、隊に乱れはおろか虚勢は見れられない。

 もしかするとレティの部隊ではヴァジェットを人間と見て対処することを止めたかのようだった。



「【双対撃】で行くぞムジェル」

「同感だ。先行し過ぎるなよ」


 かつてない緊張感を味わうと同時にこれほどまで使命めいた行動原理に突き動かされることもないだろう。

 サジークが告げた作戦名【双対撃】とは本来ならばレティが標的と交戦して、交互にサジークとムジェルが入れ替わる戦法であり、これは彼女の性格を反映したような攻撃的な作戦だった。

 それでも最大の気遣いが含まれているのは、他の隊員は極力近接戦闘を避けるという点にある。


 獣じみた巨漢が凄まじい電撃に包まれ、嵌められたガントレッドが断末魔のような奇声と白光を散らす。

 そしてムジェルは毒々しい魔力の色素が不気味にトンファーへと集まりだした。


「惜しい戦力。が、秩序を乱せばそれも致し方なし」


 あの長刀を抜くためにはやはり不要な動作が存在するはずだ。そのため先手を決められれば太刀を抜かせずに……とサジークは考えても。


「甘くはないわな」


 しかし、隣にいる頼もしい男は一拍も遅れることなく魔法を発動させた。もしかするとムジェルはレティのピンチに即座に動けなかった自分を恥じ、挽回の機会を得たと思ったのだろう。少しでも先陣を切りたかったのだ。


 奇しくも合図はやはりレティであった。

 背後で聞こえる「リンネさん、もう一歩も近づけさせないっすから堂々と行っちゃっていいっすよ」という空元気とも取れる虚勢が隊員らに発奮する効果をこれ以上ないほど与えた。


「レティ様……」

「行くっす!!」


 リンネが動き、それを見越したヴァジェットが視線を動かし太刀に手を添える。

 が、今回はムジェルの方が速かった。


「【荒野の死期(ウィル・ダネス)】」

 

 トンファーの先端が下がり先端から滲みでた黒ずんだ紫の液体が絞り出される。まるで汚水のようなそれが地面に落ちた直後。

 自我でも持っているように青々と茂った芝地が黒く汚染されていく。

 その勢いは範囲を拡大させるようにヴァジェットへ周囲を覆いながら襲う。


 これはアルファ内でもあまり知られていない魔法であった。故にヴァジェットは即座に動かず魔法の性質を分析した。

 足止めするには十分な警戒を与えられただろう……だが。


 一陣の風が吹き抜けた。


 それほどまでに神速の居合。ヴァジェットは自分の周囲に円を描くように地面を斬りつけたのだ。

 このことに気づけたのはムジェルの放った魔法が彼を取り巻くだけでその活動を終えてしまったからだった。


 背筋という背筋が強張る。

 果たして自分にあの太刀筋が見切れるだろうかと。


 気づいた時には首と胴が離れているのではないかと。彼が瞬時に行ったのは確認であった。自分はまだ生きているか、という。


 毒を扱うエキスパートとしてプライドが圧し折られたかのようだ。魔力の性質変化を得意とするムジェルは戦闘面で言えば補佐が主な立ち位置だった。それでも神経を麻痺させるこの魔法が見破られるでもなく単純な境界線の構築をなされただけで破られた。


 範囲を侵食していく【荒野の死期(ウィル・ダネス)】は座標を指定せず触れる空間を侵食していくため、明確な指向はない。外界でも使い勝手のよい魔法であり、主に神経に作用する毒であるのだが。


 言ってしまえばヴァジェットは侵食されるだろう自分の範囲を己の魔力で埋め尽くしたのだ。それは魔力を乗せた太刀で一閃させることによって空間における魔力濃度を極限まで引き上げたのだろう。


 ドーナツ型に黒く朽ちた芝がホロホロと崩れ、土へと帰った直後。

 隣の巨体が風を巻き込みながら姿を消した。


 一直線にヴァジェットの目の前に姿を現したサジークは強大な拳を振り下ろした。

 まだムジェルの放った魔法の効果は切れていないが、それを彼は見越し先んじて攻勢に出たのだ。


 真上から振り下ろされた拳にヴァジェットは鞘から微かに刀身を覗かせて受ける。轟音のような金属音は予想に反して小さいものだ。

 というのもあの雷を纏った拳を直に受けられるはずがない。その証拠にヴァジェットは半身を引いて衝撃を受け流す。


 僅かな円形の中で彼は半歩しか動かずにサジークの攻撃をかわしたことになる。


 しかし、完全に太刀を抜かせていないため、サジークの判断は正しかった。それにムジェルが発動した魔法の効果も着地するのと同時に切れる。


 間隙を縫うような攻防はサジークの【フォース】によるところが大きい……なのにだヴァジェットはその速度に付いてきていた。


 いや、これは予想外と同時に想定していたことだ。そのための作戦である。

 サジークがぴったりとくっついていることにこそ勝機があるのだから。


 【荒野の死期(ウィル・ダネス)】の範囲から抜け出た二人は徐々にサジークが押し始めてきていた。だが……。


「完全に受け流されている! 相手が悪いのか……」


 ムジェルの評価はサジークの巨体から繰り出される豪腕は本来ならば比較的遅く感じるだろう。だが、それを解消したのが【フォース】という諸刃の魔法だ。

 だというのに反射神経……いや、未来予知とも取れるヴァジェットの動きにムジェルは臍を噛んだ。


 押しているように見えてもそうではない。

 そう思った直後、落雷の如く繰り出されたサジークの拳に対して的確に合わせ身体を滑り込ませる。肘を軽く小突いたようにムジェルには見えた。刹那――サジークの丸太のような首が引っ張られるように上へと跳ね上がる。


 長大な太刀を鞘ごとサジークの胸元に突き出し、間髪入れずに柄を引き抜き、その柄尻が顎を打ったのだ。下手な肉弾戦よりもAWRによる攻撃であるがためにその威力が引き上げられている。


「まだだあぁあーー!!」


 跳ね上がった首を強引に筋力だけで戻す。

 サジークの怒声にムジェルも気を引き締めた。何も呆然と眺めていたわけではない。


 跳ね上がった身体を強引に屈めるサジークはぐぐっと上腕二頭筋や三角筋が膨れ上がる。両腕で何かを押し潰すように腕を胸の前に縮めた。

 瞬く間もなく胸の前に生まれる光球。そこから凄まじいまでのスパークが迸った。


 間近で見れば一時視力を失うほどの眩しすぎる電撃の固まり。

 それを見た隊員たちは一斉に魔法を行使する。連携において一分の誤差も生じなかった。



 サジークとヴァジェットの二人を覆い隠すように地面から幾つもの支柱が生える。その数は優に20本を越えた。

 岩のような硬質な表層であるとともに鋭利な先端を築いている。身の丈ほどの棘の山が雑然を生えた。

 様々な系統がその頂点に魔力を通す。魔法を魔法で干渉すれば相克をきたすが、隊員たちが構築したそれぞれの棘の山は魔法としては不完全過ぎる。


 それを裏付けるように彼らは発現した今もプロセスを続行していた。故に他の魔法に割く余裕はない。


 この瞬間を待っていたムジェルは練っていた構成を一気に魔法へと昇華させた。己の魔力を最大限まで練り上げ、複雑な迷路を構築していく。それは無限に、永久に、永久に彷徨う出口のない幻覚魔法。その最高位にさえ位置する魔法である。


「少しの間沈黙してもらう【無限迷宮ラビュリントス】」




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