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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「破滅と抵抗の助長」
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針の穴を強行



 周囲の警備を担当するレティの部隊は常に緊張状態にあった。外界ではあまり見れない種類の緊張だ。それは要人警護というレティ以外にはほぼ縁がなかった任務だからだろう。


 探知魔法師も今日はあまり役に立ちそうもない。


 周囲を囲う形で警備にあたっている中でレティの傍に馴染みの顔が気掛かりを貼り付けて近づいてきた。


「隊長、サジークの奴は上手くやったみたいですね」

「そうっすね。かな~り不安だったすけど、アルくんはあれで馬鹿が嫌いじゃないっすからね」

「それは、私では不適任ということでしょうか?」


 ムジェルは呆れながら肩を落とす。本来は彼の役目だったのだが、サジークが頑として聞かなかったのだ。変なところで義理堅いところがあるため、レティも相当人選には気を配った。

 そんなこともありレティの表面上では伺えない安堵が言葉には込められている。


 結局誰でも良かったのだ。交渉ごとではムジェルのほうが適任ではあるのだが、外界での魔物を即時殲滅という点でいえばサジークの方が時間的にも早い。

 実際のところリンネが同伴するとなれば話し合いというより警護に適任な人選ではあったのだろう。


「適材適所っすよ。寄り道してなければそろそろこっちに到着する頃っすね」

「あいつにしては少し遅い気もしますが……」

「どうやらこっちのほうが先に終わったみたいっすね」


 中から背負われた形でシセルニアが戻ってくるのが見えた。随分焦燥しきった様子だが、ベリックの表情を見るからに大事はないようだ。


 ぞわりと背筋が泡立つのを意図せずレティらは味わった。それはまさに刹那と言えるだろう。レティでさえ気づくのに一拍遅れたのだから。


「動くな……」


 そんな怒声でもなければ叫ばれたわけでもない。殺気が静寂を切り裂いて駆け巡る。それだけで呟かれたような言葉は全員の鼓膜を震わせた。


 宮殿は周囲を見渡せるように奇襲に備えた作りになっている。だからこそ、接近を関知してからでも動けるはずだった。だが、結果としてリンネが察知してからここまで到着するのは僅か数秒程度の出来事だったのだ。

 彼女自身予想を上回る速度に理解が追いつかなかった。


 そこには長髪を流した男が腰に下げた長大な太刀の柄に手を添えている。


「へぇ~あんたが来るんすか。第2位」


 一人で先行してきたのだろう。彼の背後で遅れながら迫る軍勢が強風の如く気配を運んでくる。

 今ならという考えは安易過ぎた。本当に動けば首と胴体が切り離される。そんな微動だにすることが躊躇われる空気の中で一番状況を理解しているはずのリンネが動く。



 彼女には果たすべき役目があり、それは後一分と立たない内に果たすことの適わないものへと変わってしまう。リンネはこの状況でも動かざるを得ないと判断したのだ。


 ジャリッ――一人ならばという安直な思考と重責は足が動くのと同時。


 レティとヴァジェットは物音すら立てずに移動する。それは周囲を置き去りにするほどの神速域での一瞬のやり取りであった。



「――ッ!!」


 そう、二人が視界に収まったのはリンネのすぐ傍だった。それこそ死線の只中だ。レティは左手を突き出し、ヴァジェットの眼前に指を鳴らす直前で止める。

 一方のヴァジェットは長大な太刀を抜きレティの首筋に突きつけていた。薄皮が切られたのか、赤い血が刀身に乗り移り赤く染め始める。


 しかし、ヴェジェットの太刀の刃先はレティの背後にいるリンネまでを射程に含めている。そのまま振り切ればレティとリンネは揃って首が飛ぶだろう。

 この一瞬で勝敗は明らかだった。


「やめておけ、その指が動くより早く私は振り抜ける」


 涼やかな眼差しは薄っすらと開いているだけで、せせらぎすら聞こえてきそうな無心の境地にいる。レティは自ら隙を作ることができないことを即座に理解した。気を逸らすことなどできるレベルではない。

 それでもここで敗北を認めるわけにはいかなかった。


「どうすっかね。やってみれば案外どうとでもなるっすよ。最大威力だったら全員道連れ……」

「試してみたらどうだ?」

「いいっすね」


 口端を上げたレティはまるで全員を道連れにするような笑みを向けるが、魔力や弾くための指は予想に反して解かれていった。

 直後――。


「うらあぁぁぁぁ……!!!」


 全身に電撃を纏った巨体がレティの首筋に向かっている刀身を真っ向から殴りつけた。だが、まるで抵抗を感じず、首筋から離れていく太刀は弧を描くように頭上へと移動していく。

 ヴァジェットは弾かれた威力を殺しつつ次の動作に移っていた。宙を舞うように遠心力を載せた太刀が頂点に到達し、背を向けていた刃が反転する。


 ――ック!!


 レティは乱入したサジークを褒めてやりたいが、それでも相手が一枚上手。

 まさか、距離を取らせることにも成功しないとは。それだけではない、ほとんどタイムラグがなく次の初動に移った段階では稼げた時間はコンマ数秒程度だった。


 それでも先ほどよりはマシになっただろう。レティは構えていた指を弾く。

 太刀が振り下ろされるより早く、中間で爆発が起こった。


 調整する暇すらなく無駄に威力を弱めれば一列になったレティ、サジーク、リンネは真っ二つだ。


 後れて爆発範囲を留めるために腕輪に魔力を通すが、すでにレティは衝撃によって大きく吹き飛ばされていた。全身を熱波と有無を言わさぬ衝撃が容赦なく身体を打つ。



 シセルニアの上に覆い被さったベリックは必死に身を屈める。即座にレティが爆発の余波を留めたとはいえあの一瞬で走り抜ける衝撃は並大抵の火力ではない。

 ベリックや隊員らは両腕で顔を覆いやり過ごす。


 爆発の轟音とほぼ同時に宮殿にある全ての窓ガラスが粉砕された。


 ベリックはシセルニアを庇いながら振り返り喉を詰まらせた。

 状況は最悪だ。シセルニアも懸念していたようにアルファに対する拘束はあって然るべきだろう。それはおそらく監視程度であるはずだ。

 しかし、現場を目撃され不穏な行動をしているこの場では言い訳すらさせてもらえまい。そもそもリンネを派遣することもできなかっただろうから、この状況は必然だったはずだ。


 そう言い聞かせても到底納得できる状況ではない。


 ――あまりに早過ぎる。ましてやイベリスが出張ってくるとはな。


 イベリスはあの場でクラマの起用に難色を示していた故に話し合いで交渉できる可能性を秘めていたのだが、ヴァジェットが対話を破棄した段階で彼の行動命令に制限はない。

 だからこそイベリスという枷はアルファが最も懸念していた相手だった。


 ヴァジェットでなければまだなんとかなると踏んでいたのが裏目にでた。

 この際、レティの判断は最善ではあるのだ。

 しかし――。


 ベリックは晴れた視界で最悪の光景を見た。

 レティは爆発の衝撃を回避できず宮殿の外壁に衝突している。彼女もシングルの名を冠する魔法師だ。瞬時に衝撃を和らげるための受け身をとったのだろう。

 気を失うほどダメージは受けていない……いや、衝撃やその後によるダメージはと限定すべきだった。


 レティは足を曲げて器用に立ち上がる。勢いを付けるための腕はその機能を完全に失っていたのだ。

 だらりと垂れ下がった両腕は真っ赤に肘から下が爛れている。顔以外の全てが所々服を焦がし穴を開けていた。当然、その下に見えるのは白い肌ではなく痛々しいまでに赤く血が浮かび上がるように染まった肌だった。


 即座に顔を庇ったのだろう。


 あの一瞬で犠牲を出さずに切り抜けられたのは大きい……大きいが、その代償は決して小さくないものだ。


 問題はリンネを逃がすことに成功していないということ。

 そしてリンネを庇ったサジークも決して無傷とはいかなかった。背中の衣類を焼き、肌に張り付いた布が黒く焦げていた。


「イッタイッ!! ふぅ~、大丈夫っすかサジーク」

「えぇ、大丈夫ではないですが、大丈夫です」


 レティほどのダメージがないのは爆発時、庇うように手前にいたレティのおかげであり、その余熱によってサジークも到底無傷とはいかなかったが、まさか女性であるレティを差し置いて弱音を吐くわけにはいかなかったのだ。


 背中を今も火で炙られているような激痛の中でサジークはレティを見る。こちらに向ける精一杯の安堵の笑みに愕然とした。その姿はあまりにも痛々しく、こんな姿を見たのはそれこそ数年ぶりだ。

 もっと言えばサジークもムジェルも最悪の魔物との絶望的な討伐時の不甲斐ない自分を後悔し、二度とあんな光景を見たくないと二人は誓った。


 それは全隊員に共通する決意だ。自分が死んでもいいとさえ思える決意だった。


 それを違えてしまったという不甲斐なさが一瞬にして脳に血を巡らせた。背中の痛みは即座に消し飛び、自分に対する怒りと相手への怒りが沸点を超える。

 覆いかぶさる中には未だリンネがいるにも関わらずサジークは歯が砕けんばかりに噛み締めていた。


 レティの部隊も当然軽い火傷を負っている者もいたが、それも少数であり、気にも留めない。

 そこから抜けだしたのムジェルである。彼もレティの姿を見て、冷静沈着である彼もまた自制心との葛藤に苛まれた。


「まだっすよ」


 たった一言絞り出したレティの声に二人はハッと我に返る。己の不甲斐なさを恥じるのは全てが片付いてからでよいのだ。

 最悪の選択を犯しそうになる寸前で二人の意識は距離を取った男へと向いた。





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