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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「破滅と抵抗の助長」
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先手と先制


 ◇ ◇ ◇



「シセルニア様っ!! 中で何が……」

「大丈夫よリンネ」


 病的な白さの顔でベリックの肩を借りながら上がってきた彼女は少し休んだ程度では回復できないだろうと思わせるほどだった。

 ここまで上がって来るのがやっとなほどであるのは、生まれたての子鹿のように小刻みに震える足が物語っている。


 それでもシセルニアの思考は至って明瞭であった。それ故に彼女は休息を必要としない。今すべきこと、今でしか打てない策があるからだ。


 寝ている時間がこれほど無為に思えた時はないだろう。そして誰にも託すことができない思考領域がはじき出した結論。休むのはそれからでも遅くはない。


 リンネも彼女の性格を理解している。どうせいくら言おうとも聞き入れてくれないだろう。彼女の弱った瞳の奥で爛々と輝く光はリンネを側近として雇い入れた時と同じ類のものだった。

 魔眼という暴走する危険性を常に持つ不発弾に周囲は誰一人としていい顔をしなかった。だからシセルニアがリンネを救う事自体には難色を示す者はいても声を上げて否定するまでには至らなかったのだ。


 しかし、そんな異能者を側近として雇い入れることは周りの官僚や使用人までが拒絶したのだ。無論、元首であるシセルニアの身を案じてのことだ。

 それでもシセルニアは頑なに意志を貫いた。当然、リンネの言葉でさえも。


 彼女の人を見る目は本質をも映しだしたなどと未来予知のように今になって周囲は口々に言うが、実際のところはそう単純な話ではないことをリンネは誰よりも知っている。


 シセルニアは自分の描く未来予想図に向けて導いてくれるのだ。彼女は決して権力で無理を通したわけではなかった。その時、シセルニアは呆れたようにこう言った。


 「誰も認めないのならば認めさせればいい。たったそれだけのことよ」と。だからリンネは畏怖される力だろうと自分の持てる全てを使って探知魔法師、探位保持者となったのだ。

 確かに事後承諾だったのだろう。それでも結果を示したリンネはシセルニアの協力もあり、次第に周囲の不満や不安を解消することができたのだ。


 あの時と同じ瞳だった。


 すぐに軍本部に移る必要がある。そう思ったのはシセルニアとベリックだ。


 すぐに魔法師を動かせる場所でなければならない。今、二人には全隊員へと指示を出すことができないからだ。さすがにここで回線を開けば傍受されることは容易に考えられる。


 二人は元首会合でアルファの潔白を訴え、それはきっと受け入れられたのだろう。それでも外見からでは確実性に欠ける。

 そもそも全員を信用させることはできない。なぜならばあそこにはシングル魔法師が同席していたのだから。

 アルスに関する情報を僅かでも秘匿したベリックを訝しむ可能性があった。

 いや、あの場ではすでに決まっていた結果に対して情報を引き出された後だ。ならばアルファに対する処遇も大凡固まっていたはず。


 問題はそれがどこの国かということだった。


 廊下を早足に歩くが、リンネにおんぶされているシセルニアはこの後の予定を告げていた。


「いいリンネ。あなたが頼みだからね」

「わかりました。必ず成し遂げます」

「もう一度おさらいするわよ。まずルサールカに向かいなさい。ここで得た情報を引き合いに出して協力を取り付けてちょうだい。あの香水女なら大丈夫。問題はジャンが余計なことを口添えしないかだけど、そこはリンネに頼むしかないわ。その後はテレサと合流しなさい。いい? 全ては時間よ」

「畏まりました。命にかえても」


 だが、そう発した直後。リンネは弱々しく後ろから両頬を挟まれた。まるで氷を直接押し付けられているような冷たさだ。血の気を感じないというのだろうか、しかし、身体の震えが指先まで伝ってきて頬を小刻みに振動させていたことは確かであり、彼女の必死の訴えでもあった。


「命にかえたら私は一生恨むからね。私にこれ以上後悔させないでちょうだい……お願いだから」


 首筋にひんやりとした頬があたるのを感じたリンネは自分の発言が不適切であったことを思い知った。リンネ自身未だに恐縮ではあるのだが、シセルニアは自分を家族のように思ってくれている。

 従者としてではなく、家族として接してくれている。


 だからリンネは胸中で。


 ――必ず。


 と強く決意する。


 実際問題、これはリンネにしか頼むことができない任務であった。何故ならばリチアと会うことは可能なのかもしれないが、誰にも見つからずというのは探知魔法師でも困難だろう。一々身元確認している猶予などないのだ。

 歴戦の魔法師が厳戒態勢にあるこの状況では異能レベルでなければ不可能といえた。下手に魔法による探知では見つかりやすい。


 何よりもこの時のためにベリックが内側に残しておいたテレサが大きな役割をもつことになる。アルス確保のため、表向き大隊を率いてもらった。というのも各国がアルファを監視しているのはこの段階でほぼ確信していたことだ。

 そのため大隊の半数以上を表向き帰還させてテレサを潜伏させている。だが、これについては正確な指示を出せていないのが現状である。現地に潜伏できる場所など限られており、それについてはテレサに一任するしかなかったのだ。


 そのため、他国どころか自国ですら居場所を把握できていない。だからこそ広範囲に探知できるリンネが必要なのだ。もちろん魔力による探知では対策されているだろう。視覚として捉えられるリンネやアルスでなければ見つけることが困難である。

 テレサにも勘付かれれば逃げられてしまう。厳命しておいたが彼女のことだ。どうなるかベリックにも判断できない。


 だからせめてもの情報提供に事前にテレサに伝えた潜伏場所を伝える。


「テレサには富裕層からバベルまでの原生林地帯に潜伏しておけと伝えておいた。そこそこの人数だ潜伏するにはあそこしかない……が、まず間違いなくいないだろうな」

「――!! ちょっとベリック!」


 シセルニアの叱責に近い言葉をベリックは苦笑気味に受け止める。

 時間がないという状況で居場所が掴めないのは最悪だ。上官からの指示に背くといえば聞こえは悪いが、テレサは独自のやり方を貫く、変なポリシーを持っている。それでも明らかな越権行為がないためお咎めは基本的にない。いや、そもそもテレサの部隊は軍内部でも問題の多い者がいるため外界の前線へと厄介払いされていたのだ。


 つまり処分できない魔法師というのは意外にも多い。敵前逃亡や上官命令に背く、はたまた部隊内での不和が生じた時に内輪揉めで半殺しまでしたという魔法師がお払い箱として移動させられるのがテレサの部隊なのだ。気性が荒いと言えば可愛いものだが、彼らは一様に良家の上官に対して手を上げた荒くれども。


 もちろん、軍の体制そのものが貴族などの位の高い者を受け入れてしまう構造であるため価値観の違いというのは大きな問題だった。もちろん、これがただの軍属というのならばどうとでも処罰できるのだが、外界で戦える魔法師ともなると然う然う手放すこともできないのだ。


 よって軍では高官らの沈静も兼ねてテレサの部隊に預けている。せめて外界で一体でも魔物を倒して散れ、という処刑宣告。

 それはテレサにも言えたことでもあった。


 

「もちろん、テレサはそこにはいないでしょう。それも織り込み済みです」


 ベリックは彼女が指示に従わないことを確信していた。指示の最上位にあるのは「誰にも見つからない」というものだからだ。

 つまりベリックの指示した場所では彼女は見つかるリスクをいくらか背負っている状況になる。当然、ベリックにも……。


 だからベリックは潜伏場所としてその場にいないと判断できる場所が有効に働くように誘導したのだ。テレサが指示した場所から離れて潜伏するとなれば自然と絞られてくる。

 富裕層からバベルまでの中間地点には広大な樹海が横たわっている。これは外界への本来の世界を内側に残し、奪還を人々から忘れさせないためであると同時に、軍の負の遺産である研究施設が今も風化を待っている。


 よってあまり人が立ち入らない環境は姿を隠すには打って付けだ。故にベリックがそこを指定することでテレサの選択肢から消す。彼女のことだベリックの指示も含めて見つからないという受け取り方をしたはず――仲間でさえも見つかるなと。

 だからもしベリックの遣いに見つかってしまった時には本当の命令として彼女は聞き入れるだろう。


「リンネ殿、あそこにいないことがわかるだけでもテレサを見つけるのはかなり楽になるんです。彼女は今でこそ外界の最前線で拠点を守護しておりますが、元々は内側で傭兵まがいのことをしていた者。だから彼女が行き着きそうな場所は目星が付くんです」

「それは……?」


 リンネはシセルニアを気遣ってか視線は真正面に据えたまま声だけで問う。シセルニアはぐったりとしているが、彼女も作戦の肝であることを理解しているのか聞き耳を立てていた。


「ほぼ確実に【アンデル山脈】にいるはずです」

「えっ!!」


 頓狂な声を上げるリンネだが、それも無理からぬことだ。彼女はおそらくこの国のどこか、という考えでいたはずなのだから。


「なるほどね。あそこなら普通考えないわね。そもそもアルファじゃないし」

「今の警戒態勢であるならば国境を超えるのは容易でしょう。アルスが外界にいることは確実視されていましたから、どこも防衛ラインに眼を光らせているでしょう」

「まさか、国境を超えるなんてことをするものでしょうか」


 テレサという人物を知らないリンネからすれば信じられる話しだろう。

 だが、ベリックから言わせればそれぐらいはなんとも思わないほどに彼女は優先すべきことを決めている。

 それは部下に対して雄姿を与えてやることだ。彼らが己を存分に役立たせる場所を提供してやることだけなのだ。そこに正義も悪も存在しない。

 いや、きっと幾ばくかの自制心は持ち合わせているのだろう。彼女がフローゼの下で副官をしたのは良い方向に進ませているはずだ。


「本来ならば大問題でしょうな。今回ばかりはそうも言っていられないことは承知の通り。事が事だけでなければテレサを内側に招き入れることは私とて躊躇いがあった」


 そうなれば必然的にフローゼも一時復帰という案も考えなければならなかったほどに。


 それでも予想通り彼女は身を潜めた。何よりもその場所が件の国に近いことは実に好都合だったのはまさに天の采配かと勘違いしそうなほどだ。

 が、全てが全て上手く行くようには世界はできていない。上手く運び過ぎれば逆に不安にも駆られるというもの。


 それを裏付けるようにリンネの足が止まる。もう数歩行けば正面玄関から外へと出られるというのに。


「……ッ!? こ、これは……3km地点よりこの宮殿に向かって包囲されました。私が気づけないなんて!!」

「くそッ! 思ったより早い」


 舌を打つベリックはシセルニアへと弱々しい視線を投げる。この先どうすれば、という考えは即座に対策が思い浮かばなかったためだ。


「かなりの速度です、もう時間がありません。総数千、先行してこちらに手練が来ますっ!!」

「リンネ降ろしてちょうだい。あなたは早く行きなさい」


 肩をポンポンと叩いたシセルニアは気丈に振る舞ってみせた。まだ地に付けた足は床を踏みしめるには力が入っていない。それでもなんとか自分の足で立つ。


 ほぼ同時だったレティらが即座に臨戦態勢に移る前にリンネはシセルニアの前に移動する。

 入り口からたった数歩歩いただけでリンネの予想を大きく裏切ってその者は姿を現した。


「全員動くな……」




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