表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「最強の暗躍者」
23/549

順位の務め

 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 テスフィアと外界ですぐに分かれたアリスのグループは少し離れた所から直進していた。

 迷うことがなければ、本部のある北に向かっている。

 本部が置かれるのは、開始地点から北に4kmの場所だ。


 森林に分け入ってから、だいぶ経つがまだ魔物との遭遇は果たしていない。アリスは緊張に押し潰されそうになりながら歩を進めていた。

 戦闘は避けられないと思いながらも遭遇しないことをどこかで望んでしまう自分がいるのだ。


「アリスさん、焦らなくとも大丈夫よ」


 進む速度がではない。アリスの余裕のなさから出た思いやりだった。

 彼女もタイプで言えばアリスと似たようなものだが、積み重ねて来た自負と上級という立場から少しばかり背伸び出来ている。

 セニアットは最後尾でグループ全体を見渡している。アリスの背中から察したのだろう。


「ありがとうございます」


 焦りからのものではなかったが、素直に投げ掛けられた優しさに礼を述べた。

 そんなにあからさまだったのかと羞恥にすぐ顔を前方に向けてしまう。


 アリス達の進行速度は他のグループと比べても特に遅かった。先導する彼女の足が慎重になり過ぎているせいでもあるが、この道とも言えない地面ではそれも仕方のないことだった。

 異常に成長した巨木の根が地面を歪め、灌木によって見通しが利かないのだ。これでは真っ直ぐ進んでいるのかも自信がなくなる。


 そんな道とも言えないような所をアリスは薙刀型のAWRで障害物を切りながら先導している。その腕や足には擦ったような傷が付いていた。


 テスフィアやアリスのグループに限ったことではないが、指令系統は順位の高い者の務めになっている風潮があった。そういった決まりはないが、やはり学院に所属するということはそういった縦社会の構造に依存するということなのだろう。


 歩き始めて一時間ほどだろうか、開けた場所に出ることができた。

 距離としては普通に歩いた半分にも満たず、本部までは半分来ているのかといったところだろう。

 巨木が林立した場所は間隔が開けており、視界もさっきまでと比べればスッキリしている。

 そこで一同は足を止めた。

 やはり神秘的だ。魔法師として外界に出る機会がなければ一生お目に掛かれなかったと後悔するほどに。

 生存圏内にも森林のような場所は存在するが、これほどの感動を覚えることはないと言い切れる。

 そんな見惚れている時間を割き、我に返したのは突然の出来事が原因だった。


「――――!」


 奇怪な笑い声のような不協和音がすぐそばで鳴ったのだ。本能的な警戒心が湧き、身体が強張り、手に力が籠る。

 慎重に行動していたつもりだったが、それは警戒すらせずに巨木の影から姿を現す。


 野犬……ではない。

 その姿は間違いなく魔物独特の黒い身体。

 異様に発達した犬歯は刃のように鋭利だった。


「ひっ……!」


 誰が上げたのかアリスの背でそんな恐怖の叫びが聞こえた。

 そのおぞましい姿を見たからではない。その紅一色の瞳に射竦められたのだ。

 痩せ細った体は獲物を見つけたことで歓喜の叫びを上げているようだった。


「嘘っ!」


 無意識の声がアリスの口をついた。

 その魔物の背後からもう一体現れたのだ。

 同種だろうが、僅かに違う。

 首が太く、犬のような顔は不気味に傾いていた。


 セニアットがたじろぎ、狼狽した声を洩らす。


「Eレートが二体! 【デア・ウルフ】! アリスさんここは撤退すべきだわ」


 その提案は恐怖からなのかわからなかったが、アリスはすぐに首を振った。


「無理です。あれではすぐに追いつかれます」


 アリスの声は震えていた。それでも冷静に状況を把握して分析できるほどには思考は正しく可動できている。

 アリスたちは歩き慣れない道をゆっくりと進んできたが、元々この外界を根城にしている魔物に対して逃げることは容易ではない。足の速度では多少時間を稼いだだけではすぐに追いつかれるだろう。


「だったら私が時間を稼ぐからそのうちに……」


 セニアットは監督者の務めからか囮を買って出たが、アリスはそれも拒否した。

 単純に許容出来なかっただけだが、それよりも確かな策がアリスの中にはあったからだ。

 

「ここは私が引き受けます。先輩は防御魔法を使えましたよね。万が一の時はそれで時間を稼いでください」

「あなた一人ではさすがに……」


 セニアットとアリスの順位にはほとんど差がない。だから一人ではなおさら難しいと言おうとしたが、アリスは最後まで喋らせなかった。


「大丈夫です。それに一体ならばそもそも苦戦はしない筈です。なので一匹を倒したら皆さんの力を貸してくださいね」


 そう優しく微笑んでメンバーへと顔を向ける。


 恐怖に慄く彼等にはこの後の戦闘を考えて自信をつけさせなければならない。

 意識してのことではなかったが、それは外界に出て恐怖に屈した魔法師を再起させる重要なことだと何かの講義で聞いた気がした。いや、毎日通っている訓練時に聞いたのだろう。

 魔物に恐怖するだけではなく、魔物は倒せるんだという場面を見せることは仮初にしろ動ける原動力となる。



 アリスは薙刀を片手に魔物に向かって歩いた。

 心臓はいつも以上に早鐘を打ち鳴らし、足は震えて歩くのでやっとだ。

 それでも前に出るのは、この中で最も順位が高い者の務めであり、このために訓練をしてきたのだという自負からだった。


 深呼吸しても喉が震えるだけで、落ち着きを取り戻すには程遠い。

 決意を固めてAWRに魔力を通す。


「――――!!」


 こんなにスムーズに通ったっけという疑問はすぐに解消された。


(そういえば……頑張ったもんね)


 目に見える成果に嬉しくて、場違いにも微笑んでしまった。不思議な自信が満ちてくる。それは恐怖を緩和する緩衝材の役目となったのだろう。


(大丈夫!!)

 

 AWRを覆う魔力が淀みなく刃を象っていることへの鼓舞だった。


 アリスは平然と魔物との距離を詰める。

 ゆっくりと薙刀を回し始め――緩慢な初速はすぐに最高速でアリスの周りを球体が囲んでいるように錯覚を起こすほどだ。


 魔法力以外にアリスにはこの槍術の圧倒的な技術がある。


 臨戦態勢に入った魔物は距離を近づけるアリスに猛然と襲いかかった。

 一直線に二体が飛びかかり様――鋭い爪を振りかざす。


「【反射リフレクション】」


 魔法名を口に出したのは技術が劣っているからではなく、気合いの表れ……己を鼓舞するためのものだった。


 【反射リフレクション】は魔力を反射する魔法で物理攻撃には適用されない。

 しかし、魔物の爪は壁に阻まれるように弾かれた。


 その結果に安堵しつつアルスから聞いていたことを思い出していた。魔力操作の訓練の時だ。

『そもそも魔物は体内で魔力が生成されているわけだが、魔物の場合は黒い体がAWRのようなものだからな、だからあいつらの魔力は常に体外で纏わりついている』


 そのせいで単純な武器が魔物に通用しないのだとも言っていた。

 ならば【反射リフレクション】の適用内だと思ったのだ。


 だが、【リフレクション】だけでは倒せない。

 だから弾かれて後ろに跳び退った一体に的を絞ってアリスは駆けた。


 着地と同時にアリスは刃を下から振り抜く。

 「ギギッ」と不気味な鳴き声を上げ、深々と抉る――――衝撃で少し地面から浮くデア・ウルフは直感したはずだ。四足であるならばなおのこと、地面が愛おしくこの滞空が命取りであることを。


「まだ!」


 アリスはその一瞬の停滞を見逃さない。アルスから受けた警告は全て事前に復習済みだ。

 

 すぐに薙刀が縦横無尽に旋回を始め、魔物の体を余すことなく切り刻んだ。

 最後に振り抜いた箇所に確かな手応えを感じ、刃は薙ぎ払ったままそこで動きを止めた。核を捉えたのだ。

 魔物の体がボロボロと朽ちる。


「やった……みんな残りの一体を……」


 アリスは顔を離れた一団に向けた。これで後はみんなでかかれば倒せるという浮かれた気持ちはこうむるべき失態を生んだ。慣れた魔法師ならば相手を完全に殲滅するまで気を許すことはない。もっと言えば外界に足を踏み入れたその瞬間から一切の油断は思考から弾き出されるのだ。


「危ない!!」


 その声の直後、背後で魔物が何かにぶつかった音が反響した。

 アリスを覆う半円の防護壁。

 これはセニアットの得意とする魔法、【スパイラル・ベール】だった。


 風の振動を利用した防護壁だ。得意というだけあり、かなり高密度の風がアリスを取り巻いている。


「ありがとうございます」

「強いのにどこかヌケてるのね」


 上級生というより姉のような指摘をするセニアットはすぐに視線を残りの魔物へと向けて。


「あなた達も参加しなさい。アリスさんに全てやらせるつもり?」


 その叱責もあったのだろうが、アリスが一体倒したことで少なくない希望を見い出すことができたのかもしれない。それぞれが握るAWRに力が入った。

 その瞳は恐怖一色ではない。


 アリスの周りで陣形を敷くように配置に着く。


 あとは多勢に無勢。

 危なげなくグループとしての初討伐を果たすことができた。



 

 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


   


 課外授業開始の一報を受けた本部はいよいよといった様相を呈していた。

 準備に抜かりはない。


 本部内では軍にいた頃の作戦本部さながらの機材が運び込まれ、軍での所属経験者である教師勢を迎え入れている。


 外では上級生の増援部隊が待機していた。教師達に対してロキは何も言う必要がないのだが、外に控える生徒達にはそうもいかない。


 ロキは本来そういった人の前で弁舌を振るうのが得意なほうではない。しかし、アルスの期待に沿えないことのほうが忌避すべきことだ。


 本部の幕舎然としたテントから出ると辺りの不穏な空気を機微に感じ取った。それは増援部隊でありながら戦う前に恐怖を色濃く落としている生徒たちの物だ。


 当然、五十名近い生徒達の視線が集まる。


「現時刻を以て課外授業が開始されました。事前にお伝えしました通り、《コンセンサー》にて指示を出します。状況の判断は各人にお任せします」


 滔々(とうとう)と告げられていく確認。


「必ずペアでの行動を心がけてください。それと恣意的な独断については本部では一切手を貸しません。自己責任・・・・になりますのでご了承ください」


 それは指示に従わず勝手に動き、その結果危機に晒されたとしても本部では対処しないという脅しを含んでいた。


 もちろんただの脅しだ。これで統率が取れるかは怪しいが経験から効果は見込める。

 実際この課外授業は多少の被害が想定されているので何かあれば小より大を優先させてもいいと考えていた。無論理事長もそれをわかった上でアルスに頼み込んだのだから。 


 ほとんどの生徒は息を呑んだ。それが三桁魔法師からの言葉だからだろう。

 そして目の前の銀髪少女は教師達を従えた本部の指揮官でもある。この場でロキに対して色絡みの視線を向ける者はいない。一切表情を変えずに抑揚のない声は従わないことの恐ろしさを擦り込まれたように背筋に冷たいものを感じさせていた。



「それでは一班から十班は即時展開してください」


 本部は外界に置かれているため、魔物に狙われる可能性は十分にある。今はアルスとロキによって周辺を殲滅しておいたが、それも時間稼ぎ程度にしかならない。

 そのために十組、二十人は周辺の警備も兼ねている。


 ロキが踵を返した直後、増援部隊の一人が声を上げた。


「魔物に対して二人では力不足ではないのですか」


 二年生の女生徒だった。

 魔物に対する恐怖からの質問であるのはこの場にいる生徒達にもわかったが、これは既に決まったことだ。


 ロキは励ますような言葉を選ばなかった。単に厳然とした事実だけを述べる。


「エリア内にはDレート以下の魔物のみです。何故かは秘匿案件のために伏せますが、貴方がたは理事長が実力ありと判断したから増援部隊にいるわけです。Dレート程度ならば二人で足りると理事長が判断しました」


 それは励ましの要素が含まれたが、ロキの意図した結果ではない。


「ですが……」


 それでもまだ女性徒は不安だと告げる。やはり不安なものは早々解消されるものではないということだ。

 実戦経験があれば話は別なのだろうが。


「Dレートとは言え、何が起こるかがわからないのが外界です。ですので状況は各人に任せます。殲滅が不可能ならば一年生とに逃走して構いません」

「……わかりました」


 逃走の許可、これは彼女だけでなくこの場で魔物との戦闘に不安を抱く者全てにとって支えとなる手段となった。無論、事前の話し合いで明確にしているはずなのだが。


 ロキは判断を任せると言ったことをここまで噛み砕かないと理解できないのかと内心で思った。

 それも魔法師である雛には仕方のないことだとわかっても……。



「ロキ君!」


 中から野太い教師の声が掛かった。


「今行きます」


 それを合図に増援部隊は動き出した。




 ロキのコンセンサーは二つ、一つは増援部隊に指示を出すためのもの、もう一つはアルスとの直通のものだ。

 教師の報告は常駐型探知魔法に僅かに反応があったということだ。

 高レートを想定した探知魔法はそれ以下を取りこぼしがちだ。だが、完全に無視しているわけではない。探知魔法の圏内にいても反応が出にくいというだけだ。今回は運よくと言えた。

 片方のコンセンサーに手を添え。

 

「B・Cレート北西4km地点、総数十七です」

『嗅ぎつけて来たか、すぐに向かう』

「お願いします」


 すぐに切り上げて、反対側の耳に付いている増援部隊用のコンセンサーに意識を集中する。


「十三班南東1100m座標1981/6145増援お願いします。十四~十七班は東500m、1123/4579で34・60・79の増援をお願いします」

『『了解』』

『向かいます』

『十二班到着、負傷者あり増援を要請します』

「わかりました。二十二班は増援後そのまま北へ十二班の増援を」

『了解』


 目まぐるしい戦況でもロキは混乱をきたさずに的確に指示を飛ばした。

 その手腕には教師達もただただ感嘆を洩らすばかりだ。


 しかし、教師の一人……モニタリングをしていた教師が慌しく声を上げた。


「4番グループ、エリア外に出たぞ」

「「「――――!!」」」

 

 想定済みだったロキに焦りの類はない。無論怒りは別だ。


 エリア外、本部を中心として7km圏外をエリア外と設定している。生徒達にこのことは十分に言い含めているはずだった。

 このエリア内で出没する魔物はDレート以下であることはアルスの働きで疑いはないのだが、総数まではわからなかった。

 しかし、エリア外となると魔物の探知は正確性を欠くため、ほとんど役に立たない。


「ロキ君、どうする!?」

「落ち着いてください。場所は?」

「西北西圏外1650m」

「わかりました。七~十班はすぐに西北西1650mの2377/7467、4番グループの援護に向かってください。エリア内までの同行をお願いします」

『『『『了解』』』』』

「一~六班は防衛ラインを下げてください」


 なんとか間に合えばいいけど、という思いと同時にロキの中である違和感が生まれた。



・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ