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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「破滅と抵抗の助長」
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人の脆さ

 ◇ ◇ ◇



 第2魔法学院における授業風景は一時、混乱の只中で、それこそ生徒たちは思い思いに憶測を立てる。それはアルスに関する根も葉もない噂。

 やはり隠しようのないルサールカの被害は世界を駆け巡り、この学院もその影響を大きく受けた。


 学院での授業はテスフィアとアリスを少しの間、開放してくれる代わりに合間に質問攻めに遭うことまでは避けられなかった。

 それでも二人は素っ気なく否定する。


 言っても噂が広まるのは防ぎようがない。もう何を言われても二人は惑わされることのない決意を宿している。

 だからなのだろう、すべき事に向かって愚直に努力し続けた。


 今日もこれから……いつもの場所で特訓する。

 誰もいなくなった、何もなくなったあの研究室で。


 ビッシリと書き込まれた訓練マニュアルを眉間に皺を寄せながら読み、実行。できなければ二人で考えてできるまで続ける。急かされる一方で成長を妨げる感情であることを二人はこれまでに学んできた。


 だから、一歩一歩着実に身に着けていく。

 が、やはりアルスが提示する訓練は到底彼女たちでは早々身につけられるはずもないのだ。


 徐々に溜まる出来ないことへの焦り、こういう時の対処法までも記入されているのが釈然としないが、どこか二人して笑みが溢れてしまう。

 最近はずっと放課後は研究室に籠もりっきりだったせいか、そろそろ身体を動かしたい時期に突入していた。

 それを察したのか、アリスは分厚いマニュアルを閉じ。


「今日はまだ時間あるから訓練場に行こっか」

「そうね。どうせ人も少ないだろうから行きましょう」


 ここ最近は学内に蔓延する噂に尾ひれやら何やらが付き、日に日にヒートアップしているせいか、空き教室で談義している生徒も多い。

 そのため、予約しなければ取れない訓練場も最近は行けば空いていることも少なくない。


 何よりも訓練ができない以上にアルスに対する誹謗が苛烈し、さすがの二人も言い返すことはしないまでもどこかでガス抜きをする必要性を感じていたのだ。


 アリスは長大なケースにしまった黄金色のAWRを持つ。


 そしてテスフィアは……。


「私も早くこれを使いこなしたいし」


 そう持つのは普段愛用している刀型AWRともう一つ。小太刀のようなそれをしっかりと腰に差す。

 正直テスフィアは早くこれを使いこなしたくてうずうずしていた。明らかに今の自分では宝の持ち腐れだ。

 初めて使った時にすぐさま、理解してしまうほどに癖の強いAWR。

 武器に対して癖というものが本当にあるのか初めて実感したほどだ。現代のAWRは学院の貸出用も含めて汎用性に富んでおり、系統式に即した武器ならば大抵誰でも使用できる。もちろん個々人の使用履歴をリセットするという機能が貸出用には含まれているのだが。


 AWRには使用者に対して適用する機能があるため、再利用することができない一方で個人に対して扱い易いものへと馴染む傾向にある。だが、その機能を持たないのが学院の貸出用AWRだ。


 だというのにこのAWRは前任者がいたようにまるで言うことをきいてくれない。ついつい無機物であるAWRにも意思のようなものがあるのかと疑わしくなってしまう。

 というのも彼女が普段の速度で行う魔法プロセスに対してAWRが読み取り、刻まれた魔法式が先行してしまうという不可思議な現象が起きている。


 つまりテスフィアが想定するものとは別の構成を辿ることになる。故に不発に終わる。こんな欠陥品をアルスがくれるはずもないので、やはりテスフィアは自分に原因があるのだろうと思った。


 これを受け取りにいった時、ブドナは実に晴れ晴れとした表情をしていた。彼自身丹精込めて作ったと若々しい笑みを浮かべていたほどだ。

 だが、この扱いづらさを理解していたのか、テスフィアに渡すときに「まぁ、頑張りな」とだけ言った。


 それがどういう意味なのかその日の内にテスフィアは理解したのだが。

 どんな当て付けなのかアルスはこの小太刀に制作前から【雪姫セッキ】などと大層な名前まで付けている。


 何がいけないのか、もしかすると製作者であるブドナに聞けば明らかになるのかもしれない。しかし、テスフィアはこれがアルスに託された課題のように思えてならなかったのだ。

 だからこそ自分の力のみでなんとかしたかった、というのが正直なところだ。


 アリスも含めて今回の一件に間に合わせるつもりで二人は訓練に臨んでいた。それが叶わないと知りながらも無力な自分たちの怠慢を許すことができなかったのだ。


 そんな一時の猶予を得るためにアリスは「行こっか」とどこか儚げに促す。


「そうね。このまま続けても進展しなさそうだし」


 空元気というにはやはり問題の先送りであることを理解してか、どこか弱々しい。マニュアルにあるように魔力操作による訓練はほぼ日課として続けているため、今二人が直面している問題は魔力から魔法への構成を意識的に行うことだった。


 本来ならばAWRが代替してくれる過程ではあるのだが、現代魔法師はこれをイメージとして具象化させている節がある。というかほとんどの魔法師がこれに該当する。

 しかし、魔法の強弱という微調整に関して言えば一切介在する余地がないのが、イメージによる魔法行使の欠点だ。


 つまり、逐次的に魔法の書き換えが困難になる。これはアルスがテスフィアに見せた【霧結浸食ミストロテイン】の会得にも関係していることだ。

 構成段階で意図的にキャンセルし、後の構成を引き継ぐという離れ技。


 魔法による行使は現象から目的を達成するまでの間、術者は干渉を手放してしまう。よってこの構成を意識的に踏めるものは魔法を放った後でも構成自体の変更を可能にする。それは更に難度が高いのだが。


 この技術は今までの魔力操作の延長線上にある次のステップであることは二人とも感覚的にわかってはいたが、さすがに学生である二人には知識も経験も足りない。ましてや、今までの経験値がほとんど役に立たないのだ。


 特にテスフィアのように感覚で魔法を行使する者にとっては困難極まれりといったところだった。


 これから訓練場に足を運ぶのも遠回しにいって成果の確認でもあるのだ。




 しかし、訓練場に着いた直後、シエルがやっと見つけたという風に肩を上下させながらテスフィアに告げた。

 それは寮に直接連絡があったというものだ。もちろん掛けてきたのはフェーヴェル家の執事、セルバであった。


 すぐさま、帰宅したテスフィアはセルバから驚愕の事実を知らされる。

 彼女らがフェーヴェル家から学院に帰ってきたその日のうちに貴族の裁定(テンブラム)で争ったウームリュイナ邸が全焼したとのこと。


 セルバはただ事実だけを伝えてきた。その口調からもあまり伝えたくはないような気配がする。

 テスフィアとアイルの間には勝利後も拭えない確執がある。それを気遣ったのだろう。


 現在、アイルは軍の病院で一命を取り留めたということだ。


『お嬢様、ウームリュイナ家、当主モロテオン殿が亡くなられました。ウームリュイナ家では現在当主を含めて、いえ、アイル殿を残してほぼ全員の焼死体が確認されています。ただ……その中には……』


 カード型の受話器を耳に押し当てるテスフィアの力は予想以上に強くなっていた。言葉が出てこない。

 敵対していたとはいえ、相手を殺したいほど憎んでなどいなかったのだ。

 だからこそ、その衝撃はテスフィアの肩を震わせた。検死の結果では焼かれる前に何者かに殺されていたということだった。

 そして――。


「うん、うん、わかったわ。ありがとうセルバ」


 おそらくは母に止められていたのだろう言いつけを破ったはずだ。だからこそセルバはテスフィアに伝えていることを若干躊躇ったのだろう。

 こうしたナイーブな話の時は大概遣いに説明を任せる。

 それがどこかテスフィアをホッとさせているのだから、拭えない苦手意識は染みのように早々落とすことはできない。

 老執事は彼女に現実を受け止める試練と命の尊さを示す。彼女を一人の魔法師とし、次期当主として対するからこそ思い切って告げたのだ。




 受話器を置く執事は少し辛い顔をした。現実の厳しさや残酷さをまざまざと見せられた直後の出来事としては彼女に整理するだけの時間が足らないのではないかと思ったからだ。

 しかし、その判断はきっと間違えていないのだろう。今は彼女も一人ではないのだから。


 

 フローゼは親心からその辺りの判断が未だに甘い。知らなければそれでいいし、事実これは当主であるフローゼに関わる問題だ。


 だから、今受話器を置いたセルバに対してフローゼはため息を溢す。本人も自分の役割を替わってもらったという自覚がある。

 それは話し終えるまで待っていたことからもわかった。


「出過ぎた真似をしました」

「いいえ、こういう時に私は感情を抜きに伝える自信がなかったから逃げていたのね」


 娘を持ち一方であるべき親子の関係を築けなかった代償なのだろう。どうしても自分と娘を切り離してしまうのだ。

 次期当主にと思っている一方で自分の役割に未だ固執してしまう。テスフィアを信じ切れないのだ。任せ切れないのだ。


 フローゼとテスフィアは親子としての時間があまりに短すぎた。彼女は家を守るためにほとんど構ってあげることもできず、顔を合わせれば魔法のこと、将来のことを口煩く言い続けてきた。

 それが今になって後悔してしまう。


 こういう時に母としての助言よりも当主としての考えが先に立ってしまうだから。

 そんな母親の顔を見て、セルバは髭を震わせた。


 決してテスフィアの前では見せなかった親の顔だ。それをセルバは最近良く見かけると思い。


「大丈夫ですとも奥様。それは今からでも取り戻すことができるものですよ」


 妙に説得力のある言葉にフローゼは苦笑して「ありがとう」と長年仕えてきた執事に礼を述べるのであった。



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