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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「亡国事変」
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食いしばる力

 戸惑いの表情を一様に浮かべるのはアルファだけであった。この異様な空気に真っ先にシセルニアが声を上げた。

 誰であろうとこの場に居合わせることができるのは限られた者のみ。


「ラフセナル殿、これはいったいどういうことですか?」

「なに、言ったでしょう。すでに遅いのですよ。あなた方の話を聞き我らも決心が付きました。彼は【クラマ】を取り纏めている。実質的なリーダーです」

「「――!!」」


 シセルニアとベリックは驚愕の表情でメクフィスに忌々しい視線を向けた。


「どうかしているわ! 犯罪者集団をここに呼んで何をするつもり!!」


 しかし、これに同調する声は一切上がらず、ラフセナルはやれやれといった具合で肩を竦めて事情を説明する。

 ハオルグら、イベリスも遺憾を表情に湛えながらこの場をラフセナルに一任したように沈黙を貫いた。


「アルス・レーギンを捕縛するのは現実的に不可能であるのはあなた方が熱弁していただいたように、事実だ。優秀な魔法師を犠牲にしたくはない。確実性で言えば国内に不安分子を残したままではいたくないのだ」

「だからこそ、クラマを利用させていただくことにした」


 ハオルグの絞りだす賛同の声には決して慣れ合いを許さない確固たる意志が込められている。あくまでも利用するだけ、決してクラマが犯した罪が消えるものではないと。

 しかし、これが詭弁であるのは確かだ。実際、各地で度々起こる事件に関してクラマの関与を裏付ける証拠はないが、見え隠れする組織の陰謀が背後にはあることを誰もが疑っている。


 ここで明かすとすれば構成員が過去重犯罪を犯したということのみだ。それだけでも十分だったが余罪を含めて、今回で貢献を示せば表立ってクラマを非難しづらくなる。何よりこの事実はいつまでも隠せる類のものでないということだ。

 公にでもなれば市民感情は一気に高まるだろう。もしかするとそれすらも一時の時流として片付けられると思っているのか。



 当然、メクフィスという男はそれも込みでこの場にいるのだろう。

 崩れることのない満面の笑みで胸に手を添える。


「もちろん、承知のうえです。我々は元首の方々から正式な要請を受けたという事実が欲しいだけですので」


 当然の対価。毒を食らわば皿までも、とはいうが元首らは服毒量を見誤っているのではないかと感じるのはシセルニアだけではなかった。


「貴様らの要求がそれだけであるはずがない。バルメスの単年度収益に匹敵する請求もではないのか?」


 鋭い視線にはシセルニア同様の憤慨を感じさせる。ベリックはバルメスにおける指揮官代行としてヴィザイストを派遣していた。そのためバルメス国内の状況は正確に報告されており、クラマを利用しようとしたツケがいかなるものなのかを知っていた。だからこその厳格な指摘。

 そもそも犯罪者組織に支払う金銭など一文足りともないのだ。

 莫大な請求額はバルメスの衰退に壊滅的な追い打ちをかけている。


 しかし、メクフィスはこの正当な指摘を受けても表情を変えることはなかった。


「こちらとしても今回は正式な依頼。過去の不適当な請求についても遺恨を残したくはありません。一時的とはいえ協力関係(・・)にあるのですから。正当な対価としてバルメスへの請求を今回の現1位の抹殺に置き換えるということでいかがでしょう。額としては公平に見積もっているつもりですが。配分についてはそちらで、我々は支払われるのであれば問題ありません」


 店先で客引きをしているような笑みを浮かべ、親しみある顔で提案するメクフィス。これは互いを公平に捉えた上で、正式に要請・依頼、という面でどちらにとっても当然の対価であった。

 それ故にクラマという組織が現実的な傭兵組織と認知される土台を構築することになる。


「どうかしているわ!!」


 口を吐かずにはいられない。アルスの無実を信じるからこそシセルニアは越えてはいけない一線であることを認識した。何よりこの状況が全てを水泡に変えていく。

 権謀術数も手練手管も最初から意味がなかった。聴聞という形式は名目ではなくその通り決まった結論を補強するための情報収集の場だったのだ。

 

「暴挙も甚だしい。元首たる象徴の意義を見失う愚行だと気づけないなんて」


 キッと射抜くような視線で彼女は見渡すが、彼らの言い分は正当なものだった。国の存亡という問題を抱えている状況ではやはりシングル魔法師を総動員することは現実的には無理難題だ。それもある意味で暴挙に等しく、無能では済まされない愚物の証明。

 アルスの脅威度を正確に見積もった結論がこうなることは必然であったのだろう。



 もちろん、手を汚す覚悟であるのは確かだ。こうなることを誰も望んでなどいない。だが、対抗する手段がどうであれ、クラマを利用することが最善であるのは事実。しかし……必ずしも正しい術ではない。それもアルファのみが主張する善でしかないのだが。


 シセルニアとベリックはまさか、という思いを抱いたものの、依頼という手段はやむを得ない結果だ。クラマというどこにいるかもわからない不穏分子を留めてシングル魔法師を出動させては最悪寝首をかかれる。


 だからこそ、クラマを利用する。元首らの思惑など考えるまでもない。


 シセルニアはギリッと歯を食いしばりながら、その道理に思考を馳せる。ここにきてアルスがクラマの一員であるなどという憶測は完全に排除されている。だからこそ打って出れるのだろう――各国元首はアルスの抹殺をクラマに依頼することで自国のリスクを回避したのだ。

 それはどちらが倒れても構わないという理屈。何より、ぶつけることでどちらも倒れてくれれば問題は全て解決する。まさに一石二鳥。


 万が一どちらかが生き残ったとしてもクラマの実力はシングル魔法師に匹敵する。ならば疲弊したところでシングル魔法師を総動員し、殲滅すればいいだけのことだ。

 いや、最初からそのつもりなのだろう。


 馬鹿正直に企みを吐露してしまうことはないだろうが、クラマ……このしたたかそうなメクフィスという者がそれに気づかないはずは更にないと思われた。

 もしかすると利用とはそういう意味で使われていたとすると、クラマも承知の上で依頼を受諾したことになる。


 ここまで行き着いたシセルニアは得体の知れない思惑に身の毛がよだつのを感じた。


 言葉の上では大団円であるのだろうが、言いようのない不一致、齟齬が見落すにはあまりにも大き過ぎる不安を抱かせる。


 彼らが何をしたいのか、それが探れないもどかしさにシセルニアはこれ以上口を開くことの無意味さを悟った。やはりできることは少ない――この場では。

 ベリックにアイコンタクトを送るまでもなく、彼は懸念を問うた。


「どうやら今更議論の余地はないとみるが、我々も情報提供故の対策をお窺いする権利ぐらいはあるのでしょうな。メクフィスとやら、どのようにアルスを捕らえるのかお聞かせもらえるか」


 しかし、ここでメクフィスはスウッと手を突き出した。各シングル魔法師が警戒を強めるが何をするでもなく、単にベリックの言葉の訂正をする。


「一つ、これは最低条件として認めていただかなければならないことがございます。今回の件、残念ながら我らの力をもってしても捕縛は不可能でしょう……目標は殺させていただきます。改めて決議をとる必要はないと思いますが」

「ベリック総督、それは今更であろう」


 ハオルグの叱責は正しい。捕縛し、生かすというのは実に甘い思考だった。


 これはベリックが幼少期から成長を見守ってきたことへの率直な本心の表れだ。頭ではわかっていても口は最悪の事態を想定してか、勝手に口走ったのだ。

 即座に「失礼しました」と謝意を表す。


 そして改めて問いを重ねた。今度はアルファの総督としてではなく、この場の唯一の総督として。


「では、アルスの異能についてはどう対処するつもりか」

「異能ですか、うちの者が以前彼と遠距離戦闘を経験しておりますので、その辺りは見当がついています。もちろん、我らには彼を殺しうる秘策が用意してありますので……ただ、残念ながらそれをお伝えするわけにはいきません。我々の利用価値を守るためと判断していただければ」


 クラマと言えど、利用されているという認識があるからこそ手の内を全て明かすことは出来ないのだろう。

 ベリックに続いて、ハオルグが追求の言葉を投げる。合意の上とはいっても彼だけは未だ納得がいかないように言い募った。


「その可能性はどれほどあるのだ。無様に敗戦されたのでは今後目標との接触は困難を極める。それどころか、捕捉すら適わないであろう」


 するとメクフィスはそれまで貼り付けていた笑みを綺麗に消し去り、眼だけが柔らかい笑みを残す。だが、薄っすらと開かれた瞳の奥に何も映さず答えた。


「特に邪魔が入らなければほぼ確実、に…………」

「「「「…………!!!」」」」

「この場に首を晒してもいいでしょう」


 絶句の表情の中でただ一人メクフィスだけが崩れない微笑を貼り付けていた。



 それでも残る最大の懸念材料。アルスとクラマの関係についてラフセナルが問題を解消する。


「無論【クラマ】だけで向かわせたのでは共闘される可能性もある。こちらから監視としてクロケルを同伴させよう。やってくれるな」


 軽く目を伏せるクロケル。

 監視のみならばクラマを相手にしようと難なく撤退できることや、彼の能力が適任であるかのような弁舌に反論の声は上がらなかった。



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