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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「亡国事変」
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異質な来訪者

 その間もベリックの独り語りは進行する。


「当然、外界に捨てにいったのであろうことは疑いもない。アルスが生きていたのは奇跡に等しい」

「それも今となっては後悔せざるを得ないのでしょうけど」


 同情を込めたクローフの言葉をベリックは意識して受け流す。


「もちろん、外界ということからアルファの魔法師である可能性は高いが、捨てに行ったと目される親を特定することはできなかった。場所が場所だけに当時、そこまで踏み入れた部隊はいないはずでしたので」


 簡単に済ませる。詳細な部分を省かざるを得なかったとはいえ、感づかれた様子はない。元首らも奇妙な話ではあったが、そこから得られる情報が役に立たないと判断するや次の議題へと移る。


 

 そう、シセルニアとベリックにとってここからが正念場となるのは改めて確認するまでもない。だというのにシセルニアが考えていることは先程ベリックが語った新事実――アルスについてだった。

 自分以外には不可解極まりない程度で済むが、彼女だけは違う。もっと言えばアールゼイト家だけは違った。

 

 ――ここに来て……どうしてこんなことに……いえ、今すべきことは……もっと他にある。幸いにも気づかれた様子はないわ。


 脳内容量の大部分を埋め尽くされながらもシセルニアに振り払う余裕は残っていなかった。それほどまでの衝撃。これが露見すれば……。

 刹那、シセルニアの脳内に物騒な道筋が過る。


 ――ならば、いっそ……。


「アルス・レーギンについてですが、現状彼は外界、遠方にて逃走した模様です。さすがに近辺に潜んでいることはないのではないでしょう。そこまで彼は無能ではないでしょう。それに最後に消息を絶ったのはルサールカではなく、アルファ、ですわよねシセルニアさん?」


 そんな思考をよそに隣のルサールカサイドから敵意の籠もった声が響いた。だが、その声に乗せられた敵意が誰に向いているかなどジャン以外に察することはできないだろう。如いて上げればシセルニアは勘づけたはずだが、当人はそれどころではない様子。


 これに対してシセルニアは一拍遅れて反応を示すが、最も状況を把握しているベリックが自ら回答に回った。


「その件については我らも予想だにしていない事態、即時、捕縛隊としてテレサ率いる大隊を向かせましたが、間に合わず」


 ここまでは言い分として体面を守ったのが功を奏した。用意しておいた回答を述べるだけでベリックは済めば良し、だが――。


「ここにきて取り逃がすとは……」


 言外な追求は先ほど、アルスの脅威度の議論で粗方済んだ。今更、一国では太刀打ちできるはずもないのは理解したはずだったが。

 しかし、ここでアルファが協力的であると思わせることで調整を保つのは至極自然な流れだった。ベリックは早々に手札を切る。


「その件に関してはこちらで追尾の結果、外界での潜伏地を補足しております」

「「おおぉ~」」

「それはさすがと言うべきか」


 感嘆の中にクローフの手放しの称賛が入る。これでアルファがアルスに対して協力的と表向き疑われることはないだろう。絶好のタイミングだったという感触……アルファが動く上で決定権や方針はアルファ以外の6カ国で協議されるはず、この場で対立的に思われるのは最悪だ。この手札はリンネが持ち帰ったアルスの言伝により切らなければならないカードでもあった。


 ここまでを踏まえてハオルグは率先して口を開く。全体の指揮権を得たいのか、はたまた経験から来る助言なのか。


「いや、標的であるアルス・レーギンは知略に長けていると判断する。我らでは数手先をいくのは困難だろう。どんな可能性の芽も潰さなければならん、となると直前まで確実に補足してからでなければシングルを動かすことは難しいだろうな。対抗手段であるシングル魔法師を投入するのはそれらが判明してからだ。誰も留守中に国を襲われたくはないだろう」

「無論です。やはりここは我々よりも一桁の方々にお伺いしたほうが早いでしょう。どうですかヴァジェット殿」


 補足という言葉の再確認をハオルグは意識して行ったのだろう。

 クローフは華麗に話の腰を逸らす。この中で最も冷静に状況を推察できるだろう男に問いを投げた。先ほどのやり取りでも彼は国の存亡については誰よりも意識が高く、2位という順位に対して驕る気配を微塵も感じさせない。

 もっと言えば他のシングル魔法師は少し癖が強い気がしたため、消去法ではあるのだが、彼()に改めて確認・・する必要はあるだろう。これはある意味で言葉の裏に隠れた諫言であることに気づけたのはアルファを除く6カ国のみ。



 痩身痩躯の男。武芸者を連想させる獲物を腰に下げ、堂に入った佇まい。綺麗に分けられた深みのある群青の髪は一切の癖を感じさせずに、真っ直ぐ顎下まで伸びている。照明を照り返す髪は艶すら感じさせる。それが一度揺れ、ヴァジェットは瞑想していたようにゆっくりと瞼を開く。

 

 ハオルグも少し椅子を引き、自国のシングルがどう見るか、その知見に意識を傾ける。元々ヴァジェットは剣術として名を馳せた道場の正当後継者だった。廃れた対人のための剣術。人を殺めるための技術だ、ならばこそ思考を読むという熟達した剣士特有のスキル。経験からくる相手をやり込めるための直感ともいうべきその見識は一聞に値する。


 それは幾度となくハオルグを唸らせたほどのであった。相手が魔物であろうと彼の予言ともつかない予感は悪い時ほど当たる。

 だからこそその予感が役に立たないことを知りつつもハオルグは聞き耳を立てるのだ。


「万全を期すならばすでに解は出ているでしょう。自国の防衛を徹底するまでです、それこそ虫の侵入すら許さずに。その間に対抗策を見つける。危険性を重視するならば一刻も早く打って出るほかありますまい。猶予を与えては何をしでかすかもわからない。彼も我らの行動は予想しているでしょう、決死の覚悟を以って臨ませていただきます」


 どこか進言する雰囲気を匂わせる言葉を間近で聞き、ハオルグは一度だけ理解を示す表情に変える。


「外界では何ができるはずもない。最も恐ろしいのは打って出られることだ」


 ハオルグの懸念を踏まえ、再度、クローフに集中した視線。


 詳細な説明など不要だ。少なくともシングル魔法師の大半を投入しなければならない、だというのに自国防衛のために安々と離れられない。アルスが的を一国に絞れば後手に回らざるをえないのだから。


 わかりきったこと、元首らの顔色を見ずとも察することは容易い。

 今更ヴァジェットに聞き直したのはやはりイベリスだけは最後まで難色を示したからという他ないだろう。


 だが、唯一アルファだけは最後の抵抗を見せる。

 ベリックが立ち上がったのは他でもない、シセルニアが抵抗を見せないからだ。彼女にしては珍しく思考の泥濘に足を取られてしまっている。機を逸すれば手遅れとなるのは明白だった。


 シングルの投入に難色を示さないわけがない。必要性を訴えておきながら元首らは積極的に打って出れないのだ。当然、リスクを考えれば安易に首を縦に振ることはできないだろう。この場に各国総督が同席していたならば結果は少し違ったのかもしれないが。


 いや、それも行き着くところでは結論を覆すには至らなかっただろう。ベリックとて他国の火事ならばもっと慎重になったはずなのだから。



 何か対策を模索しながら立ち上がったベリックの袖が不意に引かれる。振り向けばシセルニアの少し疲弊した顔が、されども意志の強い眼差しを見た。

 ベリックは安堵と危惧を抱きながら重い腰を落ち着けた。ただし――それも結局は悪足掻きでしかないことをすぐ理解することになる。


「ならばここはアルファが全戦力を以って……」

「あぁ、駄目だ。タイムリミットだ。もう決しているのだよ」

「なっ!?」


 ラフセナルの遮る声にベリックは「何を……」と聞き返すことすらできない。自分達を見つめる視線はまるで聞く耳を持たないと言いたげである。不毛なやり取りを繰り返すかのような異様な疎外感。


 軽快に指をパチンと鳴らすラフセナルは「おい、入れ」とだけ告げた。

 そして重く閉ざされていたであろう、扉がゆっくりと、静かに、確実に開き、人影を覗かせる。


 そこにいたのはまるで見覚えのない青年。

 美質な雰囲気を纏い、足音すらさせない流麗な足運び。眼の上で切り揃えられた透き通るような白髪は背後で中ほどで結われていた。

 対比させるような喪服と見紛うフォーマルな服装。

 眉目秀麗を絵に描いたような出で立ちだ。だが、彼へと注がれる視線は明らかな敵愾心を宿しているものの、それを自制する相反する感情が混ざっていた。


 そんなことを露程も意に介さず男は雰囲気に違わない微笑で艶やかに腰を曲げた。その所作は派手派手しくも様になっている。



「お招きいただき光栄に存じます皆々様方、私のことはメクフィスとお呼びください。以後よろしく」

 


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