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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「亡国事変」
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妥結の席はもたれず


「問題はAWRを経由しないことっすね。肢体の動作とリンクするそれは生身では到底耐えられるものじゃないっす。反応も知覚もAWRを経由していたんじゃ手遅れっすよ。一瞬で万力に挟まれたようにプチッといくっす」


 元首らの顔色を一瞥し、上々とばかりに両手を広げて打つ手なしとばかりに顔を振る。


「でも、それって勘付かれなければ大丈夫ってことでしょう?」


 それほど衝撃を受けていないのか、ファノンは何か対策があるかの如く飄々と余裕のある声を上げた。不敵ですらある声音は空気の弛緩をもたらす。


 即座に反論しようとするレティを遮ってベリックが口を開いた。


「無論、超長距離からの攻撃ならばアルスに手傷・・を負わせることもできるかもしれない。だが、アルスには空間掌握魔法故の探知能力もある。不確定要素を踏まえては手は出せないでしょう」


 ファノンの提案の綻びを見つけてベリックは即座に却下の方向に話を持っていく。ここからは無知な元首相手ではなくその手のプロと渡り合わなければならない。

 だが――ファノンはベリックに人差し指の腹を見せ。


「でも、やる価値はある。違くって? リスクは付き物でしょう。あなたがそう言ったんじゃない。強いって」

「…………えぇ、だからこそ全滅・・もある、と」


 厳然たる事実として放たれたベリックの発言はシングル魔法師全員を含めた侮辱とも取れるものだった。にもかかわらず即座に反論が出てこないのは、それ以上に軍人たる老兵の真に迫った鋭い眼を見たからだろう。

 直後、金切り声とともに憤然とファノンが一歩踏み出した。その怒りの捌け口になった傘型AWRはガキンッと物々しい音を立てて床に打ち付けれる。


「キイイィィ、このじじい言うに事欠いて、私の三器むぎゅっ――!?」

「はい、ファノンさん総督に向かって失礼です。それに我々より彼のほうがアルス・レーギンに関しては詳しいでしょう、事実であるならば、ですが」


 すぐさま、余計なことを口走りそうになるファノンの口をポケットチーフで覆ったクローフは顔だけを向ける。ことここに至り、クローフでさえも自国のシングル魔法師たるファノンの力を明かすのは躊躇われた。こんなことでもなければ口を塞ぐこともなかっただろう。


 柔和な表情、細い目が微かな猜疑心の光を宿して薄く開く。

 しかし、ベリックの意を決した顔を見て、口元を緩めて頷いた。問題にすべきは総督であるベリックがアルスを正当に評価していることだ。その意を汲みとったクローフはファノンならばという甘い考えを振り払う。


 背後ではレティがおこちゃまは引っ込んでな、とでも言いたげに少し上からファノンを見て鼻で笑い飛ばしているが、それに気づけたのはファノンのみで、口を押さえられた声はモゴモゴと声にならない呻きだけを発していた。


 彼女も年齢的には大人であるが、その容姿は誰が見ても幼い子供、更にいえばこの光景ですら見た目通りの期待を助長する。


 また分かり易いほど赤く茹で上がる姿にレティは一瞬可愛らしさを見、もう少しからかいたい衝動に見舞われたが、時と場合を弁えて脳内から追い出す。

 何か言い出すようなことがあればあえて言わないでおいたアルスの魔法まで口走ってしまう気がしたからだ――それも自分の溜飲を下げるためだけに。


 おそらくは討伐に向かった者しか知り得ない。ベリックには報告してあるはずだが、補足が加わらないということはやはり伏せておくべきなのだろう。

 レティが空間掌握魔法と聞いた時に真っ先に思い浮かんだ魔法は別にあった。【2点間情報相互移転シャッフル】――後にリンネから聞いたこの魔法こそ空間そのものに干渉、いや、掌握していなければなせる魔法ではないと感じていた。しかし、すでに報告書には奇っ怪な魔法としてこれらの情報を記載してしまっている。


 これを明かすのは間違いなく状況を不利にする。なんといってもこの魔法を魔物である【背反の忌み子(デミ・アズール)】も使うことができたのだから。

 いらない邪推では済まされないだろう。



 ポケットチーフをまた胸ポケットに戻すのが躊躇われたのか、クローフはファノンの細い手首を掴み自分で押さえさせる。凄まじい形相で睨まれるものの見えていないと言わんばかりに細められた目は意図せず顔ごと逸れた。

 後で小言を全身全霊で受ける覚悟とともにクローフは不意に雰囲気だけでも一新するためにこんなことを口走る。


「それにしても才能だけでも類を見ない、加え研究者としても数々の発明。そんな者をどこで見つけて来たんです?」


 本題としては逸れているものの、まったくの無関係とまではいかない可能性を秘めていた。どこから弱点・弱みが見つかるかわからない。

 だが、それ以上に興味という部分も無くはないのだろう。誰も諌めようとはしない。


――そういえば、アルスに関して幼少期は聞いたことがなかったわね。


 問題はその興味を抱く中にシセルニアが含まれていたということだった。彼女がアルスを知ったのは彼がすでにシングル魔法師ほどの実力を周囲に認められ始めた頃のことだ。

 当然、驚異的なまでの才能を秘めた魔法師の存在はシセルニアも聞き及ぶ。寧ろ、彼の存在があったからこそシセルニアはベリックを総督の地位に据えた原因でもあるのだから。


 だが、これはベリックとの間に生まれた決定的な齟齬。認識の食い違いだ。



 当然、シセルニアの中ではアルスは孤児として軍に拾われたものとばかり思い込んでいた。実際、それは間違っていないのだからベリックの語るアルスについて予想することなどできるはずがなかったのだ。


 一端思考を中断し、シセルニアは耳を傾けた。

 徐ろに語り出すベリックは淡々としているが、試行錯誤しながらであり何か懸念を含んでいるような彼にしては辿々しさを彼女に抱かせた。


 事実、ベリックはハオルグがどこまで知っているか測りかねていた。だろうという予想はこの場では危うすぎるのだ。

そんな懸念を汲んだのかシセルニアは視線で促してくる。


 そう、聞き逃すことを良しとしない予感がシセルニアを駆り立てていた。何か思わぬ見落としがあるような、そんな不安。奇妙な存在の誕生が決定的に底気味悪い気配を脳の片隅にこびりついていた。


 言われてみれば不可解極まりない。アルスという異常なまでの存在。人間であるのかすら疑わしいとすら思われるほどの少年がいるなど。

 いや、異能自体は珍しいがまったくいない話でもない――リンネがいい例だ。それを鑑みてもアルスという子供ながらシングルに匹敵する魔力を保有していたとて荒唐無稽なこともないだろう。

 自国の魔法師だったがゆえに考えに至らなかったような得も言えぬ不安に適当な免罪符を無意識に打っている。



 だがベリックの「外界調査で……」という言葉に完全にシセルニアの脳は思考を止めていた。「アルスという幼子を保護した」という言葉で完全にシセルニアの顔は青褪める。

 本当に陶器のような芸術品じみて生気が感じられない。汗が霜のような冷たさを放っていた。

 全身に鉄針を刺し込まれたように神経が強張り、意図せず萎縮する身体。


「…………ぁ」


 掠れた弱々しい声がふいに喉の奥から漏れる。真っ先に気づいたベリックは聞き流すことができればよかったのだろうが。


「シセルニア様……」

「おや、シセルニアさん、随分とお加減が優れないようですが」


 ベリックに続いてリチアが目ざとく気遣いの言葉を投げた。今度は完全に私情を含んだ小馬鹿にしたニュアンスが込められている。そう聞こえたのはシセルニアだけかもしれないが。

 それでも結果として絶句状態であったシセルニアの立て直しは早かった。


「ご心配には及びません。話を中断させて悪かったわね」


 リチアに乗っかり応戦する形でシセルニアも言い返すが、その表情までは優れることがない。ここにきて身を寄せる縁もないのだ。己をしっかりと保たなければならない。

 この舌鋒飛び交う戦場ですべきことは常に頭を回転させることなのだから。それは誰に頼むでもない、替わってもらうことのできない果たすべき務めだ。




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