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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「亡国事変」
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閉ざされた口


 全員がたった一人を責めるような、そんな構図。

 心なし顔を向けているのがわかる。いや、実際自ら口を開くのを待っているような節まであった。


 ゆっくりと一拍おいてシセルニアは諦めたように口を開こうとする。できれば各国元首の意思が統一されていたとしても付け入る隙があるのかまで探りたかったが、そう安々とは探らせてはくれないということだろう。


「本件に……」

「その前に報告を先によろしいかしらシセルニアさん。一応こちらは大凡の被害を把握できていますので」


 言葉を遮る形でリチアが割り込んだ。まるで意図したかのようにタイミングが良い。

 ただいつもならば優越感に浸ったニュアンスがあるのだが、今回に限っては咎めるための言葉が出てこない。というのも彼女の表情には余裕が一分も見えなかったからだ。


 これは事前に打ち合わせていなかったのだろう。各国元首らは鼻白み、微かに眉間に不快感を寄せた。


「シセルニアさんには聞きたいことがあるのでしょう、それはもう多いのでしょうけど、順序を間違っては困りますわ。詳細を聞くのであればまずはルサールカ元首である私が務めを果たすべきかと考えますわ」


 チラリと流すような視線で見渡す。

 それに応対したのは開議の宣告をしたフウロンであった。唸るように考えるとすぐさま「いいでしょう」と合意を得るために顔を振る。


「アルファに肩入れしてもろくなことにならんぞ、ルサールカの」


 棘を多分に含んだラフセナルの茶々をリチアは毅然と返した。


「正確性の問題ですわ。アルファが指示したのならともかく今回はそういう話ではなくってよ。無論ルサールカは首謀者への報復を正式に宣言しますわ。それでもご不満かしらラフセナルさん?」

「フンッ、わかりきったことを」


 不承不承納得したのか、ラフセナルはクロケルに耳打ちし、一端口を閉ざす。


「では、現在調査中の段階ですけれども、フォネスワにおける死傷者数は五百を超えました、今なお増え続けています、わ」


 机の上に放り出されたリチアの繊手がグッと堅く握られる。ふるふると震えながらも思考を切り替えるためなのか一度拳を解く。

 この報告を聞いていた元首らも予想を遥かに上回る被害に一様に顔色を悪くした。


 何が過ったかといえば、無論、バルメスでの一件だ。あれから然程経っていないというのに人類史に残る汚点。何よりも近年やっと魔物の脅威に対抗できる力をつけてきたというのに。

 そんなままならない焦燥感は無慈悲にも人間同士の争いから生まれるのだから遣り切れない。


 リチアは手元のコンソールを操作し、マイクロフィルムから読み取る。公開するという意味で、この場の全員の目の前に立体的なスクリーンが浮かび上がった。

 会合時は基本的に紙による資料のみが用いられる――その場で処分するためだが。

 中で得た情報を外に証拠として持ち出さないための配慮である。だが、今回ばかりは全員が共有するために取った手段だ。こんなことでもなければちゃんとした議事録が残るのだが。


「見ての通り、使用された魔法は【空置型誘爆爆轟デトネーション】。その他上位級魔法の連続により二次的な被害の拡大。使用者は二名以上と推測されますわ……でなければ相当な手練」


 含むような言葉は誰に対しての者なのか察するまでもない。しかし、リチアはあえて明確にせずそう答えた。

 

 この段階でシセルニアはリチア――延いてはルサールカの考えが自分の思惑通りでないことを知った。あくまでも犯人を断定しないというだけでシセルニアに助け舟を出すでもなかったのだ。もちろん、彼女に出されたのでは釈然としないものを感じざるを得ないのだが。


 しかし、張りぼて船であろうと、手で漕ぐことになろうとも乗船できるのならばまだいい。

 ただし、針路を定める舵を取るのはルサールカだということをシセルニアは忘れてはならないのだろう。


 ――なるほどね。リチアさんがそのつもりなら……えぇ、いいわ。


 方策を得ることには成功したのだろう。少なくともリチアはこの場で何かを探している。今のアルファよりも圧倒的に情報量で言えばルサールカ側のほうが優位。


 よってシセルニアは一つの仮説を立てる。

 ルサールカ、正確にはリチアはアルスに関しての何かを知っているということ。それは状況をひっくり返せるだけの手札なのかもしれない。しかし、それを切るつもりはおそらくルサールカ側にはない。

 先ほどのヒントを鑑みて、アルスが主犯格なのか判断出来ずにいる可能性もある。


 そこまで行き着いた思考を突如、否定した。


 ――違うわね。ほぼ間違いなくアルスが犯人でないことに確信を得ている。でなければ他国との足並みを乱す必要はない。それに先んじて情報を出す意味……。



「そして、問題は我が国のシングル魔法師。ヒスピダ・オフェームが殺害されたことにありますわ……」


 一瞬リチアは言葉を呑み込む。癒えることのない余憤が彼女の下唇に歯を立てさせた。


 これまでの流れからして時系列順に並べるとこうだ。

 まず、犯人はヒスピダを何らかの方法で外界へとおびき出している。これは彼女がシングルであると同時に商人として任務以外に外界へと調査をする機会がこれまでにもあり、可能であること。


 何より、ヒスピダがまともに戦闘もせず倒されるとは考えづらく、必ず戦闘になったと思われる。その証拠に彼女は単一魔法を使用した痕跡がある。使用後として刻み込まれた魔法式は消失してしまったが、抵抗の証だ。そして魔法書型AWRは現場から持ちだされていた。


 犯人はヒスピダ殺害後、悠々と防護壁のほつれから侵入し、大虐殺を引き起こした。まさにホロコースト――焼かれた贄である。

 だが、ここで問題視すべきことをリチアは意図的に隠匿した。


 それはヒスピダの死体が発見されたのがバベル防護壁の影響がギリギリ及ばない距離だったことを。

 これは軍部でも正確に知っている者はいない。常に弱体化し続けている防護壁の効力がどの範囲まで及ぶのか、誰にも知る由もないことだ。調査するだけでも時間的な浪費は馬鹿にならない。


 だというのにあたかも既知としているかのようにヒスピダをまんまと効力範囲外ギリギリにおびき出しているということは、偶然にしては出来過ぎている。

 もちろん、誰でも知り得る情報ではない。たとえリチアであろうとも今回のようなことでもなければ調べるまでには至らなかったはずだ。基本的に軍では防護壁を絶対視していない。

 特にアルファを隣国に持つルサールカではその範囲は歪に湾曲していることから2年前より探知機器を用いての探査を主としてた。それは防護壁として正確な情報を割り出すために効果範囲内に置かれているため今回のように範囲外となると定期的に飛ばされるドローンや魔法師を派遣する以外には難しい。


 防護壁の効力内であったならば異常な魔力に反応したはずだ。でなくとも何かしらの機器にはデータとして記録されているはずだったのだ。だからこそリチアは己の無知に対して腹立たしさを我慢できなかった。

 防げたのではないかという繰り返しの後悔。


 あの……あの……むごたらしい姿を見てはどんな慰めでも、名状し難い悲しみの深さなど測りようもなかった。

 そう、リチアは映像としてヒスピダの姿――木に打ち付けられた姿を見て呼吸を止めた。

 

 だからこそ、リチアはこの場で全ての情報を曝け出す愚行をせずに復讐に燃えた瞳を静かに灯す。

 誰でも知り得る情報ではないはずなのだ。

 7カ国に亀裂が入ろうとも構わない。初めてだ、ここまで憎んだのは、ここまで許せないのは――己自身さえも。


「我が国のシングル魔法師が殺害された件については甚だ遺憾ですわ」

「無論だ、シングルは魔法師の象徴であらねばならん。到底見過ごすことのできない由々しき事態だ。よもや国内に目を向けねばならんとはな」


 ハオルグが憤然と黙祷を捧げるように目を伏せた。直後――。


「情けない話だ。シングル足る魔法師がよもや逆賊に一杯食わされ、おっ死ぬとはな。シングル魔法師の実力が疑われる」

「――!!!」


 侮蔑混じりに品位の欠片もない言葉がラフセナルから放たれる。

 絶句するリチア。各国元首もこの発言には賛同できない表情をしたが、真っ向から否定することもできない。

 シングル魔法師という格付け制度が生まれた経緯を考えれば当然、一理ある主張だ。不適切であろうともシングル魔法師とは逆境に立たされた人類の希望。

 魔法師の最高峰なのだ。それが栄誉ある死を迎えずに敗北するなどこれまでの体制に汚点を残したとも言えた。


 ドンッと机を叩く音が室内に只ならぬ空気を走らせる。


「自惚れるなラフセナル。シングルは全人類の財産だ。貴様のように替えの利くものではない!」

「感傷に浸って事態が好転すると思っている単細胞は楽でいいじゃないか」


 応戦するラフセナルだったが、ハオルグの背後で身体ごと向けるヴァジェットが剣呑な空気を迸らせた。太刀の刃先が微かな光を漏らす。


 それを受けてラフセナルの隣にクロケルが移動し、不気味な笑みで見返す。

 まさに一触即発。この場ですぐにでも戦闘が繰り広げられるような。


 全員の意識は完全に二人に向かっていた。


 この状況下でならばとレティは考えるが、実際何をどうすればいいのかわからない。まだ何も始まってすらいないのだから。

 だが、調べるには動くほか無い。今後警戒されたとしても自分の目算がどこまで合っているのか。


 レティは意図して不審な動きを取る。視線はヴァジェットとクロケルに向け、右手をポケットまで下ろす。だが、そこでレティは手の動きを止め、予想が当たったことを苦々しい思いで知る。


 背後に感じる圧力。


 レティの背後には銀を溶かしたような液体が球体を作って浮かんでいた。

 肌で感じたプレッシャーにレティは小声で「事前に準備していたっすね」とジャンに問いかけるも返答はない。


 それに加えて向かい側ではファノンが欠伸しながらもこちらに気づかせるように意識を向けているのがわかる。


 ――やっぱりきついっすね。


 この一瞬のやり取りにヴァジェットとクロケルは互いにじっと見合っていた。一時も視線を逸らさずに。

 静寂は緊迫感を得てもなお続く。

 

 この中でただ一人、シセルニアだけは別のことを考えていた。切らねばならないカードをどのタイミングで切るか、それが肝心になる。自ら切るのか、切るように迫られるのか。それだけでも大きな違いだ。


 リチアの言葉を受けて、大凡の見当は確信に近い域で彼女の中に情報として追加されていた。


 ――ルサールカは何かを探っているわね。


 この結論が最も近い気がする。知り得た情報を元に考えるとルサールカはこの場で探りを入れていると考えるのが一番妥当なのだ。それが何かまではシセルニアに知りようはない。だが、自国の魔法師であるアルスに関係していることは間違いない。であるならば元首であるシセルニアも無関係ではいられない。


 よって口火を切るのもやはり彼女が最初である。


「随分と悠長なんですね……リチアさんありがとう。では以上を踏まえて私からいくつか申し上げたいことがございます」


 比較的柔和な微笑。一度リチアに向けてこれ以上ない感謝を告げる。

 ここにきて肝が据わっているとベリックに思わせる余裕のある声は抑揚のある鮮明なものだった。先に仕掛けるという意味でベリックも気を引き締める。



 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] アルスってデミアズールの件でほぼ世界を救ったに近いと思うんだけど…。なんだかなぁ、1位を軽視しすぎじゃないかな
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