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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「亡国事変」
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緊急招集

 名ばかりの身体検査を終え、シセルニアたちは最上階へと登る。

 厳格ある扉。今回は一層物々しい雰囲気を誰もが感じた。


 廊下最奥部に見える扉は来る者を拒むような重圧を放っている。

 真っ先に気づいたレティであったが、彼女の心配をよそにシセルニアは毅然と歩を進めた。


 図らずも以前、アルスと来た経験が役にたったということなのだろう。すでに話し合う時間はない。情報という材料のみをかき集めて、その整理すらできていない状況。


 それでも眼を凝らし、的確に判断しなければならない。どんな内容になるにせよ彼女には即座に考え応答しなければならない。

 その覚悟が決まったということなのか。


 後ろを歩くベリックは場慣れしているのか、落ち着いた様子だ。ただ彼も同じようにシセルニアを心配しているのか、柔らかい眼をその細い肩に注がせていた。


 三人分の足音だけが廊下でやけに響いた。一つずつ順に制止する。

 レティは確認のアイコンタクトを送り、軽く頷いてから取っ手に手を沿える。扉が開くと同時に室内との空気が入れ替わるように気流ができた。


 白色の明かりが漏れ、開ききる時にはシセルニアは眼を細めて見据えた。


 予想していたように室内にはシセルニア――アルファを除く各国が雁首を揃えている。


 ――つくづく最後には縁があるわね。


「あら、時間は間違えていなかったはずよね」

「ちょうどだ」


 そんな重苦しい、腹の底から震わすような声を放ったのはイベリス元首ハオルグだ。厳しい顔つきに日頃から鍛錬しているのか太い腕を組み、真っ直ぐこちらに視線を固定していた。

 背後では瞑想しているように瞼を閉じた長髪の男が長大な太刀を帯刀している。第2位ヴァジェット・オラゴラムである。


「これで全員揃ったな、それではシセルニア殿、ご着席を」


 元首中最年長のハルカプディア元首フウロン・イズス・ヤーン・ハルカプディアが掠れ気味の錆びた声で温和に促した。


 室内を見渡せば各国元首、並びにシングル魔法師が揃い踏みだ。当然、リチアとジャンも含まれている。バルメスにおいては暫定的に以前の会合時に見えた顔が同席していた。


 ただこの場において総督はベリックのみである。


 シセルニアの席は最奥部。

 視線を受けながら規則正しく巨大な円卓を回る。席の隣にはリチアがおり、その後ろにはジャンが腕を後ろ手に組んで含むところのない直立不動。

 視線とは元首もあるが大部分はシングル魔法師であった。

 その意図するところを察しレティは付き添いながらこれ以上ない不愉快を味わっていた。

 パキッ――指を鳴らしてみせ、レティは足を止めて振り返る。


「いったいなんのつもりっすか!」


 普段のレティからはまず聞くことのできない押し殺すような低い声が発せられた。

 ピリピリと肌を焼くような空気の変化。後ろを向いているジャンからはわからなかったが、この場にいる全シングル魔法師から敵意にも似た圧力がシセルニアとレティ、ベリックに向かった。


 そう殺意ではない。AWRを持っているのもよくよく考えれば用途は限られてくるのだ。


 全員がシセルニアへと視線を注がせているわけではない。もっと細かく言うのならば全員がその一挙手一投足に注視しているのだ。様子を伺っているなんて生易しいものではない。

 彼らからはいつでも動けるという意思が伝わってくる。元首に武器を向けるという威圧、牽制であるのは明らかだった。


 もっとも顕著だったのは第8位ガルギニスであった。ただ彼に限らずこの場にいるシングル魔法師はそうする必要を感じている。要は忠告なのだ。


「立場を弁えろレティ・クルトゥンカ」


 レティらとは反対側で横行に机に肘を突き、見下すような色味の双眸が上下差を理解させるための声を張らせる。


「ラフセナル、様……」と機先を折られたレティはそれでも「しかし、これではシセルニア様に対する……」と口を吐こうとするが。


「だから立場(・・)を弁えろと言っている。貴様如きが差し出口を挟むな。わからぬか、もはや聴聞に等しいのだ。ルサールカの被害を見てみろ、逆賊を排出した駄国が対等とは思うなよ」


 ギリッとレティは意図せず睨んだ。その程度の了見でここまで言われる筋合いはない。何よりもレティ共々アルファはアルスを犯罪者だとは誰一人思っていない。


「ヒィッ!!」


 ガタンッと椅子を鳴らしたラフセナルを庇うように一歩前に踏み出た。柔らかい張り付いたような微笑。眼鏡のレンズ越しに渋々といった感情が見て取れる。


「失礼、それ以上は敵対行動とみなしますよ」

「そこまでだッ!! ラフセナル殿、その件についてはシセルニア殿に責は取りようがなかろう。ましてや駄国とは口が過ぎる!!」


 諌めの言葉は同時にシセルニアに心痛を与えた。無能の謗りはいかようにも受けると覚悟はしていたつもりだったが、言葉として耳朶から入ってくる擁護は暗に告げる痛みをともなうものだった。

 ハオルグの張った声に静寂が訪れる。


 だが、彼は言外に含ませるでは済ませない。


「無論、シセルニア殿には誠意を見せていただかなければならないがな」


 内心でシセルニアは冷ややかに開戦の口火が切られたのを感じた。そしてすでに自分が到着する前に口裏はある程度合わせられていることも知る。


 ハオルグの言葉を後押しするように背後でカチャッと意識を引き戻されるような金属音が床を軽く叩く。

 ヴァジェットが自分に意識を向けるためにわざと音を鳴らしたのだ。


「レティ・クルトゥンカ、貴殿も自国の元首を守るためにAWRを持ち込んだのだろう。抜かせてくれるな。すでにシングルに空きを作っているのだ。無駄なことをしても仕方なかろう。この場には私一人ではないのだからな」


 静謐を受け入れるにはレティは少しばかり熱を宿し過ぎていた。何よりも有耶無耶にさせるには理解し難い理屈だ。


「勘違いっすよ、それ。守るためになんて曖昧な理由じゃないっすよ。守れるからAWRを持ち込んだすから」


 強がりだ。それがわかっていてもレティはそう言わざるを得なかった。この流れが悪いのは誰にだってわかる。ラフセナルが発したように聴聞の体をなそうとしているのは明らかだ。

 さすがのレティでもシングル魔法師5人を相手にしては一瞬の隙すら作れないだろう。


 まず、万全な状態のファノン・トルーパーがいる時点で先制できても時間を稼ぐことすらできないだろう――噂通りの【不可侵】ならば打つ手はない。


 レティは入室直後に全員が自前のAWRを持ち込んでいることを確認した。さすがに室内で日傘はないだろう。ましてやあの銀光を放つ傘を日傘だとは思いたくはない。


 そんな一触即発の空気を沈静化したのは目の前の金髪の男だった。


「やめてくれレティ、これじゃ進むものも進まない。まだ何も決まっていないし、始まってすらいない」

「あんたがそれを言うんっすねジャン」

「こちらも問題(・・)を軽視していないということだよ。アルスとは仲が良かったからね」

「随分と勘違いが進行してるみたいっすね」

「君がそれを言うのかい」


 苦笑気味にジャンは冗談めかす。だが、間違いなく場の空気は一端落ち着きを取り戻した。


「レティ、ジャンの言う通りよ。まだ来たばかりじゃない」


 シセルニアは振り向きざまにジャンへと礼を込めた視線を送る。今の言葉で大凡の見当を付けることができた。

 レティを制したジャンの言葉は意図したのかわからないが、シセルニアにヒントを与えていた。


 その点でいえばレティにはヒヤヒヤさせられつつも内心で「ナイスアシスト」と褒めていたのだから。

 席まで歩き始めたシセルニアを慌ててレティが追う。


 ――「問題」、「軽視」、さすがにリチアさんが指示したのではないと思いたいけど。


 シセルニアはレティの行動を諌めずに状況の把握に全力を注いだのだ。結論としてすでにこの場ではほとんど方向性は決まっているのだろう。少なくとも意思を統一させている――本当のところは一国を除いてということになる。

 つまり、ルサールカだけはまだアルスが起こしたとされる無差別テロを問題として捉えているということだ。


 何も解決していない。見えていない問題。加えて「軽視」。単純にアルスが起こしたとされる事件に対して表面上しか見えていない他国とは一線を画する。もっといえば真逆に近い。

 当事国であるルサールカがこの思考に行き着いたということは。


 ――やっぱりルサールカは何かを握っているという可能性はほぼ間違いないわね。


 手札が見えてきたとシセルニアは椅子に浅く座り姿勢を正した。


「それではアルス・レーギンによるルサールカ襲撃についての詳細と報告、対策までを議題に方策を決めるための議論を始めよう」

 

 全員の顔を見渡し、フウロンは代表して立ち上がり、声を張り上げた。



 



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