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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「亡国事変」
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覚悟

 シセルニアは真っ先に喉を鳴らした。

 見慣れた荘厳な城がこの時ばかりは分厚い城壁のように侵入を拒んでいるように感じたからだ。


 そんな主人の表情を見たリンネもどこか気持ちを引き締める。

 シセルニアは一瞬立ち止まり大きく深呼吸するといつものように粛然と歩き始めた。


「わお! 可愛いっすねシセルニア様」


 そんな場違いな声が跳ねるように全員の耳朶を打つ。


「待たせてしまったかしら」

「いいえ、うちも今来た所っすよ。とは言っても中には入れてもらえないんすけどね」


 支柱に背中を預けていたレティが勢いを付け向き直る。そしていつもとは違った衣を身につけたシセルニアに見惚れていた。

 気合の表れと受け取ったのかレティは陽気な雰囲気を消し去る。


「今回の招集はやっぱりアル絡みっすよね」

「そうね。で、何か問題は?」

「大有りっすね。いつもみたく付き添いのお飾りじゃ私もいられなくなったっすから」


 この場にいて唯一レティだけが感じ取れる。

 7カ国親善魔法大会の時のように簡単な話し合い、押印のためだけでは済まされない空気が肌をヒリつかせていた。


 リンネもまた魔法師ではあるが、戦場から遠ざかっていた彼女にはこういった微細な変化を嗅ぎ取れなくともしかたのないことで、シセルニアではなおさらのことだ。

 ベリックに至っては最初から覚悟していたのか、レティの言葉の意味を理解し。


「それでレティはどう考える。今更引けんぞ」

「もちろんっすよ。なんであれ、彼を説得してください。最悪強引に行きます」


 レティが指差す先には扉の前でこの城の一切を任されている老人が見慣れたケースを抱えていた。


「ふむ、どちらにしろ。あちらの要求を聞かなければな。今回は特例に等しい」

「レティさん。よくわからないけど、条件として説得をすればいいのね」

「お願いしますっす」

「じゃ、行きましょうか」


 シセルニアが先導するように歩き出し、次いでレティが半歩後ろにつく。

 リンネは反対側、ベリックはその隣だ。


 異例につき、本来の体面は完全に当てはまらない。シセルニアらが到達する前に開かれるべき扉の前で仕立ての良い礼服姿で老人は頭を深々と下げた。


「申し訳ございません。シセルニア様、入城される前にこちらへ……」


 差し出されたケースが開かれる。黒いクッションのような下地が敷かれており、貴重品を預かるための物なのはひと目でわかる。

 普段ならば会合のために使われる四階から五階に上る前にチェックが入るのだが、今回は入場する前という異常事態。


 即座に反応したのはレティだった。


 彼はこの城の管理責任者として長年会合時に全指揮を取っている。この城では彼が法律であり、それは先代各国元首により定められた規定の上で行われている。

 だからこそ今回は異例なのだ。


 黒く染まったケースは内外から一切の魔力の流動を絶つ作り。

 つまりは貴重品類の中にAWRの存在は絶対だった。

 しかし――。


「残念っすけど、それは断るっすよ」

「――!! どういうことレティさん?」


 まさか彼女が拒絶するとは思わずシセルニアは咄嗟に訊き返した。


 この城、延いてはバベルの塔にくっつくように作られているこの場所では全ての武力に繋がるものは預ける決まりだ。でなければ入ることはできない。


 レティは顔を向けて呆れ混じりに不平等を訴える。彼女とて今回ばかりは役目が全く別物となれば例年通りとは行かないのも通りだ。

 つまりレティは今回、名ばかりの儀仗兵ではなくれっきとした護衛としてこの場に立っている。


 「簡単なことっすよ」と切り出したレティは指を一本立てて最上階を示す。


「先着した連中だけAWRの持ち込みを許して、うちには預けろってのは通らないっすよ。それで入れないなら上の連中をなんとかしてもらわないと元首と総督の入城をうちが止めるだけっすね」


 レティの言い分は正当なものだ。

 シセルニアは今回アルファがどういった立場なのか、予想を遥かに越えて悪いと感じた。だが、レティが付き添う上での条件は彼女の中では譲ることなどできないのだろう。

 

「なるほどね。最悪の場合は……だったらアルファがそれに応じる必要はないわね」

「シ、シセルニア様!! これは規則……」

「なら例外は良くないわね。規則というのならそれは各国に等しくあるべきだわ。行くわよ!」


 毅然とシセルニアは老人を通り過ぎるように横にずれる。先にリンネとレティが扉を開けるために両側に先回りする。


「わ、わかりました。私もこのようなことを規則とは思いたくありません。私はこの城を管理しあるべき形のまま保つ責任がございます。それと同じくしてここは皆様が集まる唯一の治外法権であります。願うのは恒常的な維持にございます」

「理解しているわ。それでも優先すべきは物ではないの」

「……くれぐれもご承知いただきますよう」


 腕を上げた直後、リンネとレティが添えていた扉が内側から開かれる。


「レティさん……」

「わかってるっすよ。ああ言ったっすけどAWRがあろうとなかろうとシングル相手じゃ出方次第ではうちにできるのは道連れ程度っすからね」


 冗談めかしているつもりなのだろうが、万が一を考えたレティの表情は真に迫る緊迫が覗いている。


 元首同士は同格であるため、互いに命令に強制権はない。だが、唯一それを覆すのが元首が集うこの場だけなのだ。前例はないが、各国元首による提案に賛同できない場合、またはそれに応じない場合、当事者を除く元首の全会一致でのみ強制権を――強権を行使することができる。


 事実上の元首という地位が凍結することになる。成り得る可能性を秘めていた。


「道連れなんて物騒ね。まだ若くして死ぬなんて考えたくないものだわ」

「っすね~」

「大丈夫よ。そんなことにはならないわ。どうせハッタリ、ブラフ、噛ませ、脅し、威嚇、最初から話をするつもりがあるのかしら」


 誰に対しての確認なのかシセルニアは物憂げな目を後ろに向ける。


「わからんでもありませんが、くれぐれも穏便にお願いしますよ」

「りょう~かいっ」


 一連のやり取りに目まぐるしく表情を変えるリンネ。気が気でない様子とホッする安堵を交互に繰り返していた。さすがのプロビレベンスの眼でも室内、かつ相手がシングル魔法師ともなれば出番はない。


 だが、リンネだけはこれ以上先に進むことができなかった。


「いってらっしゃいませ皆様」

「えぇ、行ってくるわ」

「総督、シセルニア様をよろしくお願いします」

「うむ、姫は軍事方面はてんでですから、そちらでしたら任せてください。とは言っても今回私が呼ばれたのは大凡の察しが付くだけにどこまでできるか」


 この中でベリックだけは今回の議論に参加できるとは思っていない。寧ろ初老の男は戦いの場がここではないことを薄々予感している。まだ足らないピースは多く、この窮地に立たされてもなお傍観するように一歩引いた位置から観察する必要があると思っていた。


 こんな時だからこそ全体を見なければならない。絶世美を背後から見て実際ベリックが役に立てるかというのは些か疑問を残すと感じていた。


「うちにはないっすか?」

「レティ様もくれぐれも慎重にお願いします」

「…………言うっすね。さすがに死線を切り抜けた仲だけのことはあるっすね」


 気さくに人懐っこい笑みを浮かべ、腕を曲げて拳を作る。


「何かあれば自爆するっすから」

「そんな物騒なこと言わないでください!!」

「冗談っすよ。冗談」


 三つ編みに結ったお下げを跳ねさせてレティは階段を見上げる。冗談では済まない可能性は十分ある。だが、自爆という手段はとってもシセルニアもベリックも死なせはしない。

 

 袖の下に隠したAWR。右手首に装着してある腕輪こそが秘策だった。万が一の場合は大爆発を起こせば良い。爆発を一瞬で巻き戻すAWRが腕に巻かれてさえいれば目眩ましにはなるだろう。

 構成を一定範囲以上広がらなくするための【メテオメタル】で作られた腕輪はチンケだが構成そのものを巻き戻すという特質を有している。

 

 問題は攻性魔法を使うためのAWRと同時並行で使わなければならないため相当な特訓を要した。無論、隊員たちと肩を並べて戦うにはレティの得意とする爆炎は不向きだったためだ。だからこそ彼女はこの【メテオメタル】の習得に努力を惜しまなかった。


 この【メテオメタル】の特質は進行中の魔法構成に対して独自の遡及プログラムを組み込むことで事象後の構成が巻き戻るという奇妙なもの。

 特質は魔法ではないが唯一の性能であるためレティはこの腕輪型AWRのことを【瞬間再起リ・バース】と呼んでいる。


 だからこそ【瞬間再起リ・バース】を取り上げられればレティは二人を爆炎から守ることができずに文字通り自爆で終わってしまう。



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