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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「亡国事変」
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第二の戦場


 ◇ ◇ ◇



 7カ国における元首が一同に介するのは【7カ国魔法親善大会】以来のことになる。


 本日最後となる転移門へと歩き出すシセルニア。艶やかな黒を基調とした生地に紋様が入った引き振袖を着ていた。胸元は大きくはだけており、白皙のような肌、鎖骨が顕になっている。

 膝下で裾が広がり、細い脚線美を覗かせていた。重苦しい足取りはこれから向かう戦場での戦いの敗色が濃いためだろう。


 それでも抗う意思をベリックは若き元首に見ていた。


 アールゼイト家には代々受け継がれる着物という風習が残っている。古風なイメージを今もなお残している王家。

 今では滅多に着る機会はなく、特徴的な衣装は必ず下がる足場がない時に着る。ベリックは先代も同様に国の一大事にはかならず黒紋付きの礼装をしていたことを思い出す。

 これについて何故礼装なのかは定かではないが、アールゼイト家では肝心な場面ではかならず紋を背負う。

 見方によってドレスと大きな差はない。


 シセルニアも今回の会合がただの話し合いで終わるとは考えていない。それどころかアルファは実質的に6カ国を相手にしなければならない。


「大丈夫ですかシセルニア様」

「は~……えぇ、なんとかね。こんな所をアルスに見られたらまた皮肉を言われそうね」


 緊張からではないため息は予想される一方的な口論のせいだろう。いや、まともな話し合いにすらならないのではないか――弁明の余地はすでにないのだ。

 軽口はそれでも黙することへの拒絶の意志。


「その時は私が拳骨の一発でも見舞ってやらねばなりませんな。かわされるでしょうが」

「情けないわね」


 二人は転移門手前で側仕えと別れる。ここからは二人きりだ。

 だが、直前で飛び込んできた女性を見てシセルニアは一筋の光明を見る。


「よく戻ってくれたわね、リンネ」

「ハア、ハア、ハア……はいっ!」


 肩で大きく呼吸を繰り返し、大粒の汗を滴らせながら呼吸を整える。


「どうでしたリンネ殿」

「はい、会うことには成功しました。地点については聞いていた通りです。現在は洞穴で準備を進めているとのことです。まずは順を追って説明します」


 急かすベリックに一先ず収穫があったことだけを伝え、三人は転移門から転移する。

 眼前に聳え立つバベルの塔手前にはいつものようにアルファ専用の豪奢な馬車が用意されていた。


 会合場所までの僅かな時間がシセルニアが持てる武器である。どこまで揃えられるか、はたまたどれほど研ぎ澄ますことができるか。

 知識という情報を全て頭に叩きこまなければならない。その上でシセルニアの取りべき行動、指針を定めなければならなかった。


 馬車が走りだし、肩側の景色を独占する白い壁。異様なまでのその巨大さは馬車内の空気を押し潰すような圧迫感のあるものへと変えている。


 リンネはアルスとの会話を全て伝える前にシセルニアの格好を見て期待を裏切ることがなくてよかったと安堵する。彼女が正装に身を包むのはリンネの知る限り初めてのことだ。国を背負う彼女がその重責をか弱い身体の内に抱える覚悟の象徴。


「それでは初めにアルス様の意向ですが……」


 できるだけ速く、正確に、一言一句漏らすことなくリンネは口を動かし続けた。彼女が見聞きしたこと全てを詳細に語る。

 関係のない僅かなやり取りをリンネの独断で省くことはできない。シセルニアとベリックは彼女より遥かに思慮深く、些細なことから情報を汲み上げていくのだから。





 そして繰り返す時間もなくなり、二人は聞き返すこともなく黙って聞き耳を立てた。


 真っ先に口を開いたのはシセルニアだった。彼女はこの後、言葉のみの戦場で最前線に立たなければならない。一切の疑問を残さず解消するかのように改めて確認がはいる。



「アルスはそれだけしか言わなかったの?」


 それだけ、という台詞にリンネは自分がアルスから十分情報を引き出せなかったのではないか、手落ちがあったのではないかと思い、自分を責めそうになる。

 あの場では彼女がアルス相手にどこまでできたか不確かではあった。いや、探りを入れるという意味では力不足なのは否めない。


「は、はい。ただ一言リチア様と仲良く、と……」


 普段ならばその名を聞くだけで顔を顰めそうなシセルニアは唸るように考え始めた。

 すぐさま裏付けるようにベリックが推測する。


「リンネ殿の言うように今回は何かあるのかもしれませんね。アルスは直前までルサールカにいたはず……それだけしか言わない。言えないということは可能性の段階を出ないのでしょう。おそらくアルスはリチア様が何かを握っているかもしれないと踏んでいるのか」

「だとしても擦り合わせる時間はもうないわ……後はあの単細胞がどこまで合わせてくれるかよね」

「もちろん、応じてくれるかは怪しいですが」


 一先ず、シセルニアは保留としてリチアの動向を把握しておく必要がでてきた。これは謂わば賭けだ。彼女だけでも引き込めれば話し合いの場として発言力に正当性を見出す、もしくは一考の余地ができるかもしれない。

 怖いのは勢いだけで呑まれることだ。


 思考をストップさせてしまうことなのだ。だからシセルニアは考えさせるための言葉を選ばなければならない。


 ――イニシアチブなんて最初から譲ってあげるわよ。その代わりただじゃ終わらせない!!


 シセルニアとベリックはアルスという天才が残したメッセージを更に深く分析する。彼の悪いところは自分と切り離して物事を伝えるため、部分的な情報を無意識に伏せる傾向がある。

 もちろんベリックだからこそ気づける思考の傾向なのだが。


 無論、シセルニアも同様にアルスという存在を高く見積もっている。魔法師としてではない、同じ目線、同じ領域で会話ができる数少ない理解者なのだから。

 もちろん、彼との論戦ならばそう容易く負けないことは確認済みだ。読みの深さはピカイチだが、アルスには場馴れしていないという欠点がある。


 それを踏まえて考えるならば……やはり「それだけ」と断じるには安易だ。


「ベリック、リンネに口止めしなかったということは……」

「……!! お察しの通りだと思います、よ」

「よね」


 即座に気がついたベリックは小難しい顔で肯定した。十中八九間違いないと直感してしまったのだ。そして考えれば考えるほど抜け道はない。

 アルスが言ったように筋書き通りにことが運び、横槍を入れるのが困難になってしまっている状況を再認識させられただけだった。


 不思議そうにリンネが二人を見返し、完結した問題について解説を欲して見えたのだろう。

 シセルニアは情報の処理が粗方終わったため確認する意味を込めて、気苦労を隠さず話し始めた。細められた目はまだ手繰り寄せるべき何か(、、)を探しているようでもある。


「つまり、アルスは自分で言ったように相手さんの描いた筋書き通り運ぶことを望んでいる。置かれている状況を考えればそれしかないとも言えるのだけれど。彼は同じ場所に留まっているでしょうね。どう転んでもアルスは戦わずには避けられない。それだけ急激な流れの中にいて誰も抗いようがないほどに外堀が出来上がってしまっている」

「えっと、つまり?」

「私に……違うわね。アルファは擁護の立場を引っくり返し他国と共闘、もしくは道案内でもさせるつもりじゃないかしら」

「――!! そんな!!」


 少なくともリンネは時間というワードを受け取っている。だからこそアルファはアルスを見捨てない方法があると思ったのだ。


 窓の縁に行儀悪く肘を置くシセルニアは同時進行していた回路からいくつかの道筋を精査する。


「言い方が悪かったわね。ここまではできることがない、たぶん。事態の推移が早過ぎるのよね」

「相当周到に準備されましたな。そうなると……」

「わかってる。まだ……いえ、なんとかしてみせるわ!!」


 シセルニアもベリックも自国だけの問題でないことはすでに理解していた。クラマがどう動くか、手の出しようがなくても必ず付け入る綻びはあるはずだ。

 今はそれを信じるしかない。


 シセルニアは大きく深呼吸してあくまでも機が訪れるまでは従順な姿勢を見せなければならないと堅く決意する。クラマの目的はわからなくとも今アルスを欠くことだけは阻止しなければならない。


 ――アルス。私って天邪鬼だからそう言われると何がなんでも反発したくなっちゃうのよね。


 そう思っても実際できることは少なく、それすら見越したアルスの思考をいかに裏切れるかを探したほうが打開するには手っ取り早いかもしれなかった。

 いくらシセルニアでも喋らせてもらえなければ説得のしようも提案も出来ないのだ。



 ベリックも同様に次なる手の模索に取り掛かっていた。

 クラマの実力はすでに大凡の見当、言い換えるのであれば最低限の戦闘能力は予想できる。事実だとは思いたくなかったがそうも言っていられない。


 アルスが【背反の忌み子(デミ・アズール)】の討伐に向かった際の戦闘報告ではクラマの幹部らの実力がシングルに匹敵するというのは誇張でもなんでもない事実であることが読み取れた。

 他国がクラマという組織をどれだけ危険視しているのかが鍵になる。もっと言えば、彼らは全国に根を張り過ぎた。それは互いの利益の一致を意味し、切り離しづらい関係になってしまった。

 クラマは傭兵の真似事をし必要とされてしまう。この世界で隠然たる勢力であることは認めねばならない。



 舗装された道路の上で馬車がゆっくりと速度を落とし、無慈悲にタイムリミットを宣告する。


 恭しくドアが開かれ、先にリンネが降り、シセルニアに手を差し出す。


 決戦の場に向かって折り始めるシセルニアはすべきことを見つけて勇ましく一歩を踏み出した。

 しかし、その背後で意図せずパンドラの箱を抱える初老がいることに誰も気づけたものはいない。大事の前の小事では済まされないことを誰も知りはしなかったのだ……ベリック本人でさえも。


 ただし、パンドラの箱の中にあるものは災厄が全てではないことを理解しなければならない。それでも奥底、闇の底に微かな希望が眠っていることもまた知ることになる。





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