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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「亡国事変」
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推測の共有 

 ◇ ◇ ◇


「まさかリンネさんまで同行しているとは思いませんでした」

「えぇ、まさか私も同行する羽目になるとは思いませんでした」


 実際にリンネが同行しているとなれば、納得できる理由にアルスは気づく。そもそもアルファの意思次第ではこの場に討伐隊が来ても不思議ではないのだから。


 だが、こうして物資を届けてくれるというのは現在何も持たないアルスにとってはありがたいものだ。


「悪いな、最悪アルファに顔を出さなければいけなかったところだ」


 表情には出さないがサジークもリンネも言葉の意味するところを正確に理解していた。そうならないためにこの場にいるとさえ言えるのだ。


 実際、アルスは必要な物資を手に入れるために窃盗も辞さない覚悟を持っていた。もちろん、戦闘になる可能性もあるが最低限入手しなければならない物に関してはやむを得ない。


「今はどちらに?」


 恐る恐る問うサジーク。この手の駆け引きを苦手とする彼だがここは先陣を切らねば始まらない。一歩後ろで佇むロキを見れば訓練でもつけていたのかもしれない。

 この場に魔物の反応があったのならリンネが気づくはず。


「すぐ近くの洞穴を仮宿にしている。そっちの方に運んでもらえるか?」

「その前に……その前に一つお伺いしなければならないことがあります」


 背中を向け移動に移ったアルスが一瞬立ち止まり振り返る。

 緊迫した空気を感じ取ったのは現実的な脅威ではなく、現1位に対する不信故の発言からだ。


「それもそうだな。そういうのも込みだった」


 アルスはサジークがこの場に物資を運ぶためだけに来たのではないことを知った。そうだろうと予感を持っていたが、あえて待っていたというのが正しいだろう。

 相手側に情報を引き出させる手段として触れずにいたのだ。


 仲間であると同時に今はその境界線があやふやになっている。

 ましてやアルファにはアルスをどうするかという今後判断するための情報が決定的に不足している。


「アルス様は今後どうなさるおつもりですか? アルファへの正式な救援要請をなさるおつもりはないのですか?」

「ないな」


 リンネの悲痛をともなう願いは早々に崩れた。もちろん、現実的には一時的とはいえアルスを拘束する必要もあるだろう。だが、彼がアルファの保護下にあるのならば7カ国への弁明の機会も生まれよう。いらぬ憶測だけで断定されないためには彼が必要なのだ。


 刹那、サジークの身体が膨張したように筋肉が隆起し、電気へと変換された魔力が纏わりつく。

 鋭い目は失望と覚悟が同居する。



(フォースか、ロキより遥かに纏う電気量が違う。相当使い慣れているな)


 最初から全力全開。

 アルスはサジークの最高順位を思い出す。彼は二桁とはいえ、シングルに限りなく近い。レティの右腕と言われる男だ。

 アルファに肉弾戦でフォース使用時のサジークと渡り合える者はほぼ皆無かもしれない。


(腕慣らしには良いが……)


 サジークの覚悟が並外れているのを眼の奥に見た。さすがにこのままかち合えばどんな手段も厭わない迫力がある。


 背後のロキも臨戦態勢に入っているのを感じ、アルスは諸手を上げた。


「そういきり立つな。折角運んできた物資までおしゃかにはしたくない。リンネさん、俺が戻れない理由はいくつかありますが、何から聞きたいですか?」

「ご冗談を……」


 当然、全てという言外を聞き入れアルスは場所を変えるために洞穴へと案内する。



 アルスがアルファへと救援を求めないのは一人で解決できると踏んでいるからと、ベリックに啖呵を切った手前言い出しづらいから……というわけではない。

 今回裏で手を引いているのは間違いなくクラマだ。


 それも随分と用意周到なことこの上ない。アルスが考えるにクラマの目的を推測した結果、最悪の場合人類が激減することも視野に入れなければならなかった。


 相手はこれまで各国を退け、今日まで生き残ってきた強者。

 配下にイリイスを取り込んでいたことからも相手の戦闘力は未知数と言える。その上で彼らがアルスを執拗なまでに邪魔者扱いするのは、やはりクラマにとって最大の難敵と判断したからだろう。逆を言えばアルスを欠き、今は亡きヒスピダまで手に掛けたとなれば現シングル魔法師を脅威と捉えていないことになる。


 それが実力によるものなのか、はたまた何か秘策があるのかまではわからない。


 十中八九アルスはまんまと外界に追い出されてしまったことになる。ここまではおそらく掌の上なのだろう。


 クラマにとってアルスを追い出すだけでは済まないはずだ。力そのものを脅威と捉えたから標的になったのだから。

 ならば必ず生死を賭けた戦いになるはず、そのための下準備はすでに終わっているのだろう。



 洞穴内部で壁面に寄り掛かるように隊員らがアルスの話に耳を傾ける。

 一つだけ確かなことをアルスは告げた。


「何にしてもクラマは俺を殺したいらしい」


 衝撃の予想。いや、話の途中で隊員らも薄々気づいていた。

 ならばこそアルファで迎え撃つという手段は現実的に思える。


 しかし、それが出来ないことをリンネは真っ先に気がついた。


「アルス様は国内での戦闘は避けるべきと判断したということですね。つまり我々が考える以上にクラマという組織の脅威度を遥かに高く見積もられている、と」

「そうなるな」

「犯罪者として各国にアルス様を処罰させる。いや、そういった自由にできない拘束さえあれば十分と考えているかもしれませんね。アルス様さえ自由に動けなければクラマは何かしらを仕掛けるにしても楽になる。もっと言えばアルス様さえ亡き者にできればいいと考えるのならば……」


 血の気を失ったリンネは導かれるように思考が先に行くのを止められない。それはどう転んでも最悪の展開になる。

 これがボードゲームならばたった一手が悪手になる。しかもそのミスは敗北への一方通行だ。


 アルスが打てる手は最初から選択肢などない。今の現状そのものが唯一残された活路なのだ。


「後はクラマが何をしようとシングルですら止めることができなくなる。それが何であるかはわからないが、結果として魔法師が半数を下回る惨事になれば詰みだな……」


 詰む、それはアルスだけに留まらない。現在の防衛でさえ多くの魔法師が駆りだされている。そしてバベルの防護壁も弱まる中、防護壁外での討伐ができなければ侵入は容易だろう。

 雪崩のように魔物が生存圏に押し寄せてくる。バベルの塔の倒壊を意味するのだ。


 それを隣で聞いていたロキは毅然と言い放った。


「どこの助けも期待できない。要請できないということですかアル?」

「まぁな、一人なのはいつもと変わらない……っと悪かった。今回は二人だな」


 ポンッと置かれた手をロキは喜々として受け入れる。相手がシングル魔法師に匹敵しようと恐れる理由にはならない。そう感じるだけの信頼がいつもと毛色を変えていることが恐怖心を根こそぎ取り去る。


「もおぉぉぉしわけございませんんん!!!」


 平身低頭、サジークがガンッと地面に頭を打ち付けて涙ぐみながら謝罪する。すでに謝罪を通り越す鬱陶しさがあった。

 これだけの巨体が両手を地面に突き、擦らんばかりに額を床に付ける姿は見たくもない迫力がある。というよりも気持ち悪さと暑苦しさがある。

 だが、半歩後ろで見下ろすロキの目は鉄のように冷ややかだ。相手が格上であろうとロキに取っては問題外なのだろう。


 アルスはロキの見ているのかもわからない視線を隠すように一歩ずれ。


「いや、謝るようなことじゃない。お前は務めを果たしただけだ。何もなければこっちが疑ったぐらいだしな。少々気が早いのは不安だが、間違ったことをしたわけじゃない。気にするな、一々気にしてたらやってけないぞ」


 どこか幼少期を思い出すような目のアルスは自分も通った道だと告げる。彼の場合は無関心故に不況買うだけであってサジークのように役目に忠実だったかというと甚だ疑問だ。

 そもそも魔法師のイロハすら気にしてこなかったのだから。


「アルスさまああぁぁぁ!!!」


 抱きつこうとするサジークの顔を足で踏み、話を戻す。


「リンネさんが来たということはそちらでも動きがあったということですね」

「ご推察の通りです。私は一刻も早くこのことをシセルニア様にお伝えしたく思います」

「まぁ、構いませんよ。この時点ではそうできることもないでしょう。後は時間次第といった感じでしょうかね」

「その時間が肝心なのです。アルス様、すでにアルファだけの問題ではありません。これは人類に対する反逆の狼煙なんですよ!!」


 確かにリンネの言う通りだ。だからこそアルスはできることは限られていると考えている。いや、そう仕向けられているのだ。

 時間は手遅れとなった状態から始まっているのだから。


「俺が考えている通りならばすでに配置は済んでいると思いますよ。各々の敵をね」

「どういうことですか?」

「それはなってみればわかるんじゃないですか?」

「アルス様ッ!!」

「いえ、何も意地悪で言ってるんじゃないんです。多分覆らない。俺としてはとことん相手の思惑に乗って道化でも演じようかと思ってましてね。それが一番の活路なんです。まぁ、シセルニア様は膨れっ面になるかもしれませんが」


 こんな状況になってもアルスはまだ軽口が叩けた。いつもよりも一人を感じないからなのだが、それをアルスが実感するのはまだ先のことだ。

 しかし、一切の懸念がないといえば嘘になる。

 ここで言うべきなんだが、結局アルスがそのことについて口を開くことはなかった。そう、クラマがアルスに挑むというのは慎重を期してきた彼らのことだ、きっと異能のことも既知としているはずだ。


 ならばその対処とは一体どういうものなのか、どこまで知っているのか。それだけが気がかりだった。


「本当にアルス様は人が悪い。すでに7カ国は緊急招集を掛けました。これより大きく情勢が変わるかと思います」

「でしょうね」

「アルス様には申し訳ないと思いますが、総督もシセルニア様もすでにアルス様の容疑を晴らすため奔放しておられます。こちらにも援軍を……」

「なら俺がここに残る! もちろんレティ様も理解してくれるはずです。アルス様、私に……」


 サジークの申し出は非常にありがたいものだ。何故かしみじみと胸を打つ波紋にアルスは至って冷静に返す。


「ありがとう。だが、今はやめたほうがいい。今のアルファではお前クラスが抜ければ穴は大きい。それに二桁がいないんじゃベリックやシセルニアの動きを縛る。忘れるなお前はアルファの魔法師だ」


 突然の感謝にサジークもリンネも目を丸くする。初めて聞く言葉だ。アルスから放たれた変化を二人は聞き逃さない。

 そしてリンネは勝手に始めたレティとの賭けに嬉しくも負けた。


 感慨に浸っているリンネとは対象的にサジークは反射的に答えた。きっと彼に取ってアルスはやはり尊崇するに値する魔法師なのだ。

 

「それを言うならアルス様も」


 変わり身の早さはやはり気になるが、これが彼の持ち味なのだろう。


「表向きの問題だ。大罪人の俺を抱えていたアルファの動向を各国が見逃すはずはないからな。今は付け入る隙を作らないのが得策だ。助けに来てくれるんならやっぱり時間、か」


 助けにくるような魔法師はアルファから出してはいけない。アルス自身そこまで考えてのことではなかった。もっといえば、どちらでも良いのだ。

 しかし、ベリックやシセルニアがこれからしようとしていることを考えるのならばという話に過ぎない。


 だが、万が一助っ人が来るとしたら……それはきっと馬鹿な奴なのだろう。甘い奴なのだろう。我が身を省みないほどのどうしようもない人好きな奴なのだろう。


「できれば少し手伝ってもらいたかったが、すぐに戻ったほうが良さそうだな」


 リンネは一刻も早くこのことをシセルニアに伝えなければならない。当然、護衛のためにサジークたちも帰還したほうがいいだろう。

 ざっと荷を見た限り、注文した物は全て揃っている。まさか、これらを掻き集めるのに一々許可を取っているわけではないはずだ。つまりは窃盗に近いグレー。

 長居することでリスクを上げるのも馬鹿らしいというものだ。


 サジークは未だ名残惜しそうに留まるか考えているのだろうか。

 ぐっと不甲斐ない己を嘆いてか拳を握っていた。一度下された最高位の決断をサジークは受け入れなければならない。

 後ろ髪を引かれるような顔を向け。


「アルス様、ご武運を。必ずや疑いが晴れ次第駆け付けます」

「期待せず待ってるよ……っとリンネさん!」

「はい、何でしょうかアルス様?」

「大したことではないんですが、シセルニア様にリチア様と仲良くとお伝え下さい」


 キョトンとしたリンネは考えるよりまず、言伝としてインプットする。

 アルスの顔を見る限り、訊いても教えてはくれないのだろう。




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