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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「亡国事変」
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来訪者


 ◇ ◇ ◇


 一個小隊が外界の鬱蒼とした森林地帯を物ともせず疾駆していた。手慣れた動きではあるが、全員が大きな背嚢を背負い、夜逃げを連想させるほどの大荷物を抱えている。

 先頭に立つ威風ある出で立ちの男はその筋骨逞しい肉体で全方位を警戒していた。


 今回小隊の指揮官として任されている短髪の男は私的な任務だというのにいつも以上の気合を入れ、見た目とは打って変わって慎重に行動していた。


「確かこの近辺のはずでしたが」

「間違いないでしょう。座標は一致しています。それにアルファからとはいえルサールカ領域に侵入しているというのに魔物の影がないのは、つまりそういうことでしょう」


 ここまで離れた位置をルサールカは領土として奪還できていない。もちろん、過去の調査などから通過したという記録は残っているが、ここ最近では防衛に徹し国内の戦力増強に力を入れているせいか外界調査の頻度も減ってきていた。

 ただ、ルサールカにはジャンという3位がいることから、以前に何度か外界調査としてこの辺りは探索済みになっているはずだ。


「もちろん、アルファのように本格的な領土の奪還までは乗り出していないルサールカですが、領域を支配するレートの魔物は発見次第即殺しているはずです」


 外界にいるというのにその女性はカジュアルなアレンジを加えたメイド服を着用していた。膝上のキュロットスカートなどメイドと判断できるのはなんとかエプロンドレスになっているくらいだろう。後ろに髪をホワイトブリムで結んだようなフリルの飾りが雰囲気だけを漂わせている。


「なんでそんな格好で来たんですかリンネさん?」


 先頭を走っていたサジークが厳しい顔で目のやり場に困った。


 もちろんリンネにも言い分はある。何故こんな寒空の下、生足を晒さなければならないのか。

 リンネは空中で短いスカートの裾を引っ張った。一応ズボンタイプなので駆けても捲れることはないのだが、内部に侵入する冷気はスカートと錯覚してしまう。


「まさかシセルニア様が突然言い出すとは思いもしませんでしたが、サジークさんも指揮を任されていながら座標だけを頼りに向かおうというのですから……」


 出立直前になってサジークは密かに元首の宮殿を訪れ、内密に報告だけを済ませた。

 だが、それに対して探知魔法師としての見地を述べたら目視での発見というではないか。まさかとは思ったが探知魔法師を連れていなかったのだ。


 当然、サジークにそこまで考える余裕はない。今回は全面的にレティから一個小隊を預かっているのだから。

 今回レティには大きな務めがあるため、万が一の時に動かせる戦力を分散させていたのだ。


 これはベリックが表立って自由に動けないだろうことを予測しての保険程度だったが、必要性も同時に高いと判断したための分散。やはりアルファはアルスを擁護する立場で動かなければならない。それは公にできるものではないはずだ。


 重要度で言えばかつてないほど、サジークは珍しく気張っていた。だが、まさか非公式に外界に出るなどと想定しておらず、正式に要請しなければならない探知魔法師を確保することは難しい。

 また軍の支給する探知機器は専門の知識を必要とする。当然、脳筋なサジークに手先の器用さを求めるのは酷な話だった。

 さすがに近くまで行けば向こうから合図を出してくれるだろうという他人頼みなことを口走った結果、即座にシセルニアがリンネを貸してくれたのだ。傍付き兼護衛、兼補佐である彼女はアルファの眼として探知に優れた異能を持つ。


 即座に決断されたことに一番驚いたのは当然リンネ本人だ。準備も何一つできていなかったが、シセルニアはそんな時間は与えてはくれず、せいぜいが着替えをするのみ。

 そのためなんともシッチャカメッチャカな服装になってしまい、見た目だけはギリギリメイドを残している姿だ。


 さすがに寒さは魔力で覆う量の調整で多少は緩和できるものの、やはり抜けていく冷気は体温を下げていく。魔力とは万能の物ではない。消費量もあれば当然、魔力操作によって注意力も乱れる。

 万全を尽くすのであればそれなりの格好というものがあるのだ。


「面目ない」


 サジークは初歩的なミスだとでも思っているのだろう。えらく落ち込んだ調子で謝罪を口にする。

 もちろん、彼自身に落ち度はあったが、唐突なこともあり、ましてや今回は表立った探知魔法師は使えない。良くて護衛、警護を生業としている非正規の魔法師に当たらなければならないが、情報の漏洩というリスクもある上、時間も掛かると予想される。

 つまり、あの場ではリンネが加わるほかなかったのだ。


 当然、ある程度、情報収集も兼ねてリンネを同伴させるというシセルニアの思惑はすぐに察せられた。だからこそ抵抗の言葉は一言も出ない。


「こちらもアルス様との連絡は取れないものとばかり思っていたので、願ったりなのですが……」

「リンネさんの事情も理解していますよ。これから大きく世界は動き出しますからね。その前に」

「はい、一番の問題はアルス様の考えです」


 懸念を孕んだ表情にリンネはみなまで告げない。

 当然、ここにいるメンバーはレティの部隊員だ。デミ・アズール戦で死地を伴にした仲間も少なくない。

 だからなのか、この状況が半ば予想されていたことに何処か口を閉ざしがちだ。レティがアルスの孤独を、戦う理由を否定したように彼が自ら気づく前に事が起こってしまった。


 その上でまだ一人で戦うことを選ぶのならば……サジークもリンネも腹を括らなければならなくなる。

 誰に指示されたわけではないが、自ずと果たすべき役目を理解していた。


 強張る表情はサジークだけではない。しかし、彼にはその覚悟が一層強い。

 結果が見えてようとなすべきことは行動で示すのが彼の信条とするところだ。良いところであり、悪いところだ。ギリッと握られた拳はガントレット型のAWRで覆われ、微かな魔力の淀みを感じさせる。


 僅かな魔力を機敏に感じ取れたのはリンネだけだっただろう。しかし、あえて彼女は見なかったことにした。

 こういった覚悟が如実に現れるのはきっと彼が男でリンネが女なのだからだろうと思う。意地とでもいうのか変なところで意志を貫きたがる人種。

 白黒付けたがるのは男の業なのかもしれない。と存外どうでもいいことを考えながら一抹の不安が過ぎる。


 以前レティが言っていたようにアルスは圧倒的な戦闘力故に孤独を選び、自ら死地を望む。誰にも頼らない道を突き進む。それは裏を返せばどうしようもないお人好しなのだろう。

 しかし、リンネが抱くアルスというのは何に対しても一切の情を切り捨てる戦闘機械だと思っていた。頭で計算し、損得で動く。利己的が故に人間臭さを感じるもののどこか奇怪に思える。


 だからこそ彼は他人に頼ることをしない。それは最も効率的で勝算が高く。彼自身の益に繋がることなのだろうと、リンネから見るアルスとはそういう人物だった。

 もちろんレティの言わんとしていることも理解できるのだが。


 今回の一件が総督の予想通りだとするならばアルスが起こす行動はリンネとレティの二人がアルスに抱く人間像によって大きく食い違う。

 リンネが正しければアルスは最悪の行動を取ることになる。それは彼自身が最も望んでいることだからだ。サジークもリンネよりの考えなのだろう。だからこそ臨戦態勢になっているはずだ。


(これは博打なのでしょうか?)


 自問する。

 自分とレティ、どちらが正しくアルスという魔法師を認識しているか。ただ賭けにすらならないのをリンネ自身誰よりも理解していた。


 何せ彼女はレティのいう甘いほうのアルスを信じたいと思っているのだから。


 そしてリンネはプロビレベンスの眼を閉じた。


「見つけました。このまま直進で1kmです」


 一瞬にして強張る目の前の背中を見て、リンネはクスクスと笑い出す。見た限りではまだ何とも言えないが。

 とにかくレティ隊の中でも特攻役のサジークにしては随分縮こまった背中である。


「クスクスッ……大丈夫ですよサジークさん。何かあれば私が前に出ますので、アルス様もまだ私の眼については何も情報を得ていないですからね」

「――!! それだけはさせません。古い考えかもしれませんが、俺も男ですから……」

「……!! そう、ですか。わかりました、その時はお願いします」

「微力ながら全身全霊を以って身体を張らさせていただきます」


 そう発した言葉だけは有無を言わせぬ威厳が含まれている。いや、プライドだと言えるのかもしれない。


 このご時世に男女の差などあってないようなものだ。確かに一昔前までは男が女を守ることを宿命付けられているような風潮にあり、今もなお皮肉として活用されたりはするのだが。

 こう真正面から言われると逆に時代錯誤の矜持に乗せられるのも悪くはないのだろう。

 


 本来ならばリンネとて覚悟もなしに同行していないと言い返してやりたいのだが、そんな気持ちさえも呑み込まされる意地を感じ引くことにしたのだ。

 こうも真面目に言い切られてみると悪い気がしなかったのが一番の理由だった。


「では折角覚悟も決まったことですので向かいましょうか。すぐに開けた平地に出ます」



 


 

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