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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
6部 第1章 「高くも低い隔たり」
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メランコリック

 ◇ ◇ ◇



 洞穴を仮屋として改造するがやはり二人だけでは限界があった。

 集めてきた木材を組み合わせて、風を凌げる程度の出入り口を作るのがやっとであった。そのため貴族の裁定(テンブラム)の際にもかなり汚れてしまっていた――時間的な余裕がなかったともいえるが。


 一応トランク内には数日分の着替えなど必需品が大半だ。陽が落ちた頃、仮屋に戻って早々にロキはきつめに言葉を発した。

 洞穴の中はそれほど奥行きもない代わりに広さは十分だ。ロキは真っ先に自分の鞄を開けてはゴソゴソと中から救急キットを取り出す。

 アルスほどの大荷物ではないため、それだけでもだいぶ収納は制限されるはずだが、万が一に備えていたロキにアルスは頭が上がらない。


 用意しておいた薪に魔法で火を点け、洞穴内部が照らされていく。小振りな岩が二つ中央に椅子代わりに置かれており、ロキはその上を指差した。


「上着を脱いでください。止血だけでも済ませますので」

「……あ、ありがとう」


 気圧され気味に返事をし、上半身裸になる。その間、釘付けとなった視線は極力意識しないようにするが、岩に座った直後。


「生傷が絶えませんね……」

「あぁ……」


 ポツリと遣る瀬無い気持ちが溢れ、背中に小さな手が触れる。

 簡素な作りで入口を塞いだためか、冷気とともに梢の葉擦れの音がサワサワと良く聞こえた。



 ロキは暗澹あんたんとした気持ちで現実を受け止める。脂肪のない引き締まった身体、綺麗な背中ではあるが目を凝らせば治療痕は少なくない。

 その上に新たな傷が覆い被さっていた。


 ノワールとの戦いでできた額や頬についた傷はすでに血が止まっている。


「そんなものまで持ってきたのか、というか持ってたのか」

「はい、事前に用意しておいたのですが、役に立ってよかったです。こんなところではまともな治療もできませんので」


 救急キッドの中にはメスや縫合用の糸が入っている。外界では治癒魔法師が万が一やられた場合に備えて最低限の医療具は持ち歩くものだ。

 ただやはり自分でできるだけの知識ともなるとなかなか難しい。


 ロキが取り出したのは直接縫うための道具ではない。それは本当に万が一の場合だ。今回は縫うほどの深い傷はない。

 何よりもアルスがそんなものまでと言ったのはロキが手に取った巻物のように丸められた紙片だ。


 手のひらサイズの紙片。その両面に幾何学的な魔法式が描かれていた。

 アルスがバルメスでの戦闘のおり、聖女と謳われた治癒魔法師ネクソリスが術後に使っていた簡易式治癒魔法だ。

 あれほどの大きさは手に入れるのですら困難だろう。そもそも使えるのは治癒魔法師のみだ。繊細な技量を要求されるが簡易化された紙片程度ならばはロキでも使える。


 患部に紙片を押し付け、上から手を沿えた。後は魔力を通すのだが、ここで肝心な部分を魔法式が代用してくれる代わりに魔力を満遍なく注がなければならない。


 次第に背中の一部分が温かくなる。

 簡易化され、扱い安くなった分、効果は小さい。それでも自ら縫ったりと手間や痛みをともなわないため重宝されているが、一度きりの使い捨てに加え、魔法式が傷つきやすいという欠点も併せ持っていた。また簡易化されたとはいえ、まだまだ使用できる者は少ない。

 入手経路も制限されており、購入にも枚数制限が設けられているほどだ。軍での購入が主な経路だが、治癒魔法師を連れて行くほうが結果的にコストが安い。


 魔法式には特殊なインクが使われており、使用後は紙片に吸収されてしまう。真っ黒になった紙片が焚き火の足しにされていった。


 ロキは無言のままアルスの左腕を持ち上げる。そこには先程アルスが不注意で負った傷が今も血を浮かび上がらせていた。深くはないが、浅いと言うには痛々しい。


 患部を見たロキはさり気なく問いかけた。ただしその顔は憂慮を湛え、遠くを見ているふうでもある。


「アル……どうしたのですか、こんな傷を作るなんてらしくありません。彼女たちのことではなかったのですか?」


 今日までアルスの顔色を事細かに観察してきたロキにとってアルスの返答は本当の意味で苦悩とは遠いように感じていた。寧ろ間接的な要因なのではないだろうか、と。


 きっと彼のことだ。二人への期待は高まっていたのだろう。今回のことはテスフィアを恐怖の淵に叩き落としたと言える。


 そんなアルスを横目に見てロキは治癒に専念した。


 感じ入るように目を閉じたアルスは鼓動も穏やかに言葉を紡ごうとしている。

 不本意であり、避けられなかった。彼女たちには魔法師という側面だけ見ていれば良いはずだった。本来ならば必要のない光景。

 必要悪というのは結局の所、当事者の都合でしかない。他人にそれを理解しろとは言えない。


 だからこそアルスは見せたくなかったのだろう。軍に居ればこんなことは誰に見咎められることでもない。だが、学院はあまりに別世界過ぎた。無縁過ぎた。

 あの場に自分の居場所など最初からなかったのだ。


 浴した穏やかな生活が己の心が冷たいことを自覚させる。それがわかっていながら名残惜しさを抱き、自分とは決して相容れないのだと気付かされた。

 弱気など縁のないもの、常に即物的な考えを優先してきたアルスがこうして後悔や諦めにも似た感情を抱くのも……テスフィアの怯えるような顔を見てしまったからだろう。


 そんな心の内を見透かされているようなロキの問いにアルスは諦めてポツリポツリと言葉を吐き出す。

 

「フィアもアリスも大丈夫だろ。あの馬鹿たちはあぁ見えて繊細だが、一晩眠ったら忘れるんじゃないか?」

「そんなことを言ったらまた小言が飛んできますよ」

「望むところだ。返り討ちにしてやるさ。でも早々乗り越えられるものでも、受け入れられるものでもないか、な」

「そうでしょうとも、なかなかショッキングでしたからね」

「……はぁ~、だよな」

「でも私は二人なら大丈夫だと思いますよ。意外に現金なところもありますから」


 アルスはロキが何のことを言っているのかわかってしまう。それだけに言葉に詰まった。頼んだ言伝は元々ロキには事前に伝えている。もちろんその内容についてもだ。


 こんな上辺だけの会話だけなら随分と楽なものだとアルスは気が軽くなるのを感じた。。

 だが、ロキは気づいているのだろう。アルス自身が抱える問題に対して何も告げていないことを――結局は問題の先送り、遠ざけているだけだ。


 合わせてくれているのか、どこか胸中を曝け出さなければならないような責任、待っているのだろう。その気遣いに応える必要をアルスは感じた。


「悪かった」

「……いいえ」

 

 素直に本質から逸らしていたことに対して謝罪する。

 無数にあった傷も半分を治癒し終えていた。正確には止血で傷が完全に塞がったわけではない。消毒程度にこの後は細かい傷を洗う必要があるだろう。


 背中から腕の治療が終わり、ロキは真正面へと移動すると膝立ちになる。

 気まずさ、というよりも面と向かって吐露するには気恥ずかしさがあったのか、アルスは目を瞑った。


「自分という存在を思い知らされたんだ……」

「……」

「誰かさんたちの影響を受けたのか、俺がこんなことを思うなんてな。もうどこにも俺がいられる場所はないんだと知ったよ。初めからわかっていたのにな……」

「…………」

「関わりを持てば巻き込むことに繋がるし、知らない世界をまざまざと見せつけることに意味なんてないのにな…………わりと楽しかったんだけどな」


 ロキは目を瞑るアルスを直視することができなかった。

 すでに諦めの言葉を口にするアルスは後悔の念を感じさせる。弱気なアルスを見るのは初めてのことだ。


 だが、それだけは決して口にして欲しくなかった。仕方のないことだったと悔いることはできても避けることはできなかった。

 だってそれは、世界の有り様がそうさせただけのことなのだから。


 アルス自身、気づいている。わかっているのにこんな言葉を口にしてしまう自分はなんとも情けない姿だと自覚していたが、解れた心を止めることができなかったのだ。

 途端に馬鹿らしくなってきたアルスは片目を薄っすらと開けて後頭部をワサワサと掻く。


「つまらないことを言った。もう大丈夫だ、ありがとう」


 ポンッとロキの頭に置かれた手はいつもとは違い力無く感じる。


「あっ……」


 なんとか言葉を紡ごうとするも声にならず、言葉を選べない。なんと言えばいいのか、何か言わなければならないのに、アルスの胸中に重く沈殿する孤独感を払う言葉が見つからない。


「今日は汗をかいた、小川があったから風呂でも作ってくるか」


 なんとも不自然な物言い。空笑いを浮かべたアルスを引き止めることができなかった。


 外界の初冬は冷え込むため、小川でも水浴びは流石にできないだろう。

 まず、外界で風呂にありつける余裕は普通ない。それでもアルスが作るという意味をロキは一人になりたい口実だと思った。

 実際に可能だとしても彼は落ち着く時間を欲した。


 一人背中を向けるアルスはタオルと着替えを持って外へと歩いて行く。


(また……私は……)


 情けないと感じたのはロキのほうだった。ここで彼を一人にしてしまえば今までと何も変わりはしない。テスフィアの前で宣言したことが嘘になってしまう。


 アルスがロキに胸の内を開いてくれたことは大きな前進だ。だが、それで彼の抱えた問題を解消できたわけではない。

 解消する必要なんてないのかもしれない。アルスは自分で答えを見つけるのかもしれない。それでもロキは自分がいる意味を求めた。

 傍に居れるだけで良いなどとは考えない。アルスを納得させられる答えを用意できる自信もない。


 それでもロキが自ら導いた言葉で一言でも聞いて欲しい。

 一人になどさせてやるものかと鼓舞するように立ち上がる。

 何の役にも立たないのかもしれないが、それでもいいのだ。言葉を交わすことで何かが変わるかもしれない。

 その第一歩をロキは踏み出す時が来たのだろう。


(もう何もできないのは嫌)


 しっかりとアルスの言葉を咀嚼し受け止める。その上で彼女が思うこと。

 利己的でも、何でもいい。本心で告げたい想い。


 ふ~っと大きく息を吐き出したロキは両手で自分の頬を勢い良く挟んだ。室内にパチンという音が反響し静寂を引き裂いた。




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