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不名誉な異名Ⅳ

 エクセレスの警告に全員が真下へと即座に視線を向けた。

 そしてロエンが黒焦げにした魔物は吸い込まれるように地面へと引き込まれていく。全員の足元が不自然に盛り上がりを見せ、即座に揺らいだ足場から飛び上がって離脱する。


 今度は地面が飲み込まれていき、隙間から蠢く何かが見えた。それは天へと昇るように床を丸呑みするほどの魔物の大口、飛び上がった隊員を一呑にするべく襲い掛かる。


 空中でエクセレスとファノンだけが石を足場に上手く体勢を整えた。


「――!! 【サンドリオ・デスワーム】!!」

「うえ、こいつがなんで埋まってるのよ」


 空中で下から向かってくる口を見て、ファノンは頬を引きつらせた。口だけといった蛇に似た身体は鱗のような外殻に覆われており、口腔内は螺旋状に並んだ無数の歯が隙間なく埋め尽くしていた。

 一度飲み込まれれば切り刻まれるだろうことは容易に想像できる。


 頭部の大きさだけでも全長は200mを優に超えると予想された。


 空中で丸呑みにするつもりなのか【サンドリオ・デスワーム】は身体をうねらせて加速、上昇する。一瞬のうちにファノンは決断、実行に移した。


 日傘の先端を真下へと向けると瞬時に魔力が流れ、真っ平らな対物障壁が明確な境界線を敷いた。足場の役割も兼ねて構築されたこともあり、強度だけを重視した対物障壁。それを突き破らんとする衝撃が一気に障壁ごと押し上げる。


 全員がファノンの障壁に着地すると真下を見て冷や汗を流した。

 が――。


「ホラッ!! 次、真上!! 急いで」


 叱責を受けて即座に全員が魔力をAWRに流し込む。上昇を続ける障壁は天井との距離を詰めていた。


 岩山を繰り抜いて作られている【オルバネン大聖堂】の天井は硬く厚みがある。

 このままならば圧迫死は免れないだろう。


 隊員たちは各々が持つ最高威力の魔法を発動した。相克など気にしている余裕はなく、直接魔法同士が触れさえしなければ最低限の相克で済ますことができる。

 訓練ではなく、実戦の経験が各自的確な場所へと魔法を一斉に導かせた。



 晴れやかな空に噴火の如く、粉塵が舞い上がった。

 見事に貫通したファノン率いる部隊はそのまま天高く押し上げられる。空気が薄くなり、耳鳴りがし始める。雲にも届きそうな上昇。


 遥か彼方まで見えそうなほどの地平線はどんどん未知の領域を写し出していく。しかし、一定の上昇後、そこから先は見えず、次第に見える範囲が小さくなっていた。

 そう、隊員たちは上昇するだけして、現在は絶賛急降下中であった。


「アアアアァァァ……!!!」


 さすがにこの高さから落下経験などあるはずがない。ロエン然り、誰一人としてこの窮地を脱する術がわからなかった。

 いや、この場で最も頼りになる人物がいた。


 下から凄まじい風に顔を歪めながら隊員たちは泳ぐようにファノンに助けを求める。彼女は平然と大の字になって落下を楽しんでいるようでもあった。


「「ファノン様あああぁぁ……」」


 誰かがファノンの細い足首を掴み手繰り寄せる。それに次々と続いて、男たちは連結し始めた。


「キャッ!! あんたたち、汚ない手で触るな!!」


 空いた片足で男たちの顔を踏みつけていく。男は踏みつけられてもなんのその、更に顔を近づけた。

 ジョリ……そんな感触にゾクリとした震えが背筋を走る。


「お助けをおおぉぉ……!!」

「うるさい、触るなあ~」

「カハッ!!」


 意識が足元に集中していると、向かいからなんとか移動のコツを掴んだロエンが勢いのまま、死に物狂いで腰に抱きついた。

 それは落ちまいとする必死の懇願。


「ギャアアア!! どこ触って!?」

「ファノン様、今だけは後生ですから我慢してください。そして助けてくださいいぃぃ」


 真下には地中から這い出てきた巨大な【サンドリア・デスワーム】が木々を薙ぎ倒しながら暴れまわっていた。取り逃がした餌でも探しているのだろうか。

 一回りするだけでも木々がバキバキと悲鳴を上げて倒れる。


 ファノンは真っ赤になった顔でロエンの頭に日傘の柄を打ち付ける。


「痛い、痛いですファノン様ああぁぁ」

「死ね、死ね、死ね!!」


 グッと目を瞑るロエンとは逆にファノンは近づいてくる地面を視界に収めて優先順位を決めた。こんな茶番じみたことを続けている猶予は案外なかった。


 落下速度的にもまずは減速する必要があるだろう。


「エクセレス……」

「畏まりました。ですが……」

「わかってるわよ」


 大声で叫んでいるわけでもないのに二人の間では良く声が通る――彼女が持つ系統が風である。


 髪の毛を舞い上げらせたエクセレスが腕を翳した直後、下から上昇気流が巻き起こった。隊員たちは各々減速して一瞬の無呼吸状態に陥る。

 その瞬間、全員が口や目を手で覆った。ファノンを掴んでいたロエンらも例外なく離す他なかったのだ。


 彼女だけならば自力で減速もできるし、全員の落下速度を落とすこともまた造作もない。しかし、それは一瞬のことであってすぐさま重力に従って急降下することだろう。


 だが、その風にファノンは日傘を差して逆に上昇していく。傘の骨組み部、微妙に膨らんだ二等辺三角形の生地が幾何学的な魔法式を浮かび上がらせた。


 そして隊員の真下に薄っすらと浮かび上がる障壁の数々。全員は空中に浮かぶ足場目掛けて着地した。


 真下では未だ暴れまわる【サンドリア・デスワーム】が木々や土を無尽蔵に呑み込んでいく。


「さすがに着地できたとしてもあんなのの傍とか勘弁願いたいです。ありがとうございますファノン様」


 ロエンは足場にした半透明の障壁から見て冷や汗を流す。声もなく頷いている隊員もいた。


「さすがにAレート内でもトップクラスの大きさを誇るこいつがこんな近場に潜んでるなんて……」

「ロエン君、元々生態も何もわからない魔物です。これだけのサイズが地中を移動してきたのならば何かしらの痕跡があって然るべき【オルバネン大聖堂】の地中に移動して来たのならとっくに崩れ去っていますよ」


 いくら副官といえど【クレビディート】の最高探位保持者であるエクセレスに君付けで呼ばれても仕方がない。それにこれもだいぶ慣れてきた。

 年齢的に大差ないとはいえ、一応相手は年上だ。


「エクセレスさん、一応各国の報告に上がっている魔物は記憶しているつもりですけど、あの疑似餌は……」


 ロエンが資料で見た限りでは【サンドリア・デスワーム】は尾の部分が特殊な構造をしており、耳に残る音を鳴らし、餌をおびき寄せるために一定の魔力を散布することで知られている。

 本来はもっと単純な作りで人間が見ればすぐに違和感を抱く。というのも巨大な蟻塚に酷似しているからである。

 何故こんなことをするかというと【サンドリア・デスワーム】の特徴の一つとして視覚や嗅覚が存在せず、魔力を感知し魔物を捕食することが多い。もちろん【悪食】と呼ばれる特性はなく単に大食らいなだけである。

 だが、今回は不自然ではあったものの人間の体躯をしていた。


「まっ、それが変異レートだと勘違いさせた原因でしょうね」


 ふいに真上から回答が降ってくる。見上げればスカートの白いフリルの裏地だけが見えたが、ロエンは即座に視線を逸らした。

 ちょうどファノンが傘を広げてふわふわと降ってきたところだ。


「となるとこの辺りは地盤が相当きちゃってるわよ」


 自分用、一人サイズの足場を作り、降り立つと、そこから段続きに障壁の階段が生まれた。

 傘を肩に載せてクルクルと回しながらファノンは階段を降りてくる。


「いくつか餌場があったと見るべきね」

「そう思われます。さすがに屋内までは索敵機も侵入できませんから、発見場所は屋外ということになります」


 空中に浮かぶ幾つもの半透明な床をステップし、ファノンの近くまで来たエクセレスが推測を口にした。


「ファノン様、あれどうやって討伐しましょうか」

「ん~正直、大聖堂もあのざまじゃ遠慮する意味もないしね」


 一同は眼下の歴史的建造物を見下ろした。だが、見当たるのは瓦礫の山のみで人工的な建物は影すら存在しない。


「ま、しょうがないですね」


 ロエンに続いて隊員らも渋々頷く他ない。

 一先ず、討伐できれば問題はないだろう。だが、あれをどう討伐するのか、やはりファノン頼りになってしまうのは仕方のないことだった。


 【サンドリオ・デスワーム】はAレート級と位置づけられている一方でSレート並の魔物と目されている魔物だ。というのもサイズによってその討伐難度が跳ね上がるからだ。

 さすがのロエンが知り得る知識よりも遥かに大きい魔物にSレートはあるだろうと考えていた。


 これを索敵機で見た者が変異レートと誤認してしまうのも常識を超えているからだ。まして尾の形状がそもそも変化しているため、何かしらの変異が見られることも確かだった。

 今回の場合は主にそのサイズが該当する。


 あれとまともにやり合えば小蝿でも払うかの如く一瞬の間に死ぬだろう。

 さらに言えばあの鎧のような外殻を剥がす作業も必要になってくる。魔核まで到達するまでにどれぐらい時間が掛かるのか見当もつかない。


 すると【サンドリア・デスワーム】が見つからない獲物に痺れを切らしたのか、移動し始めた。その先はアルファの排他的領土内であった。いや、すでにアルファは更に先を奪還していたはずだ。ほぼ領土といって差し支えない状態だ。つまり領有権内に該当するはずだ。そうなると【クレビディート】が取り逃がした者の処理を任せてしまうことになる。


 つまり、シングル魔法師であるファノンが取りこぼした、という風評が広がってしまうのだ。そうなれば彼女の実力に疑念を持たれるだろう。


 そんなロエンの心配をよそにファノンがエクセレスへと何の気なしに問う。


「エクセレスぅ、あれ持ってきてる?」

「すみません、さすがに必要ないと思い中継基地に置いてきております。私たちが持っている換装はファノン様の愛用しているものに限りますので数もそれほど……」

「よねぇ~、いいの、必要な時以外は置いてきて良いって言ったの私だもん」


 しまったという顔でエクセレスが頭を下げたのをファノンは優しく許した。


「ですが【絶界障壁】は持っております」

「あれだけでもいいけど、どうせだからスカッと行きたいでしょ?」


 その悪戯っぽい笑みに釣られてエクセレスも同意の相槌を打つ。


「お好きなように……では、すぐに私が戻って取ってきます」

「いいわよ、あれ結構重いからね」


 二人のやり取りにロエンが割って入る。一応副官として今後の方針を確認しなければならない。というよりも全員が聞きたがっているのだ。


「ファノン様、では一度中継基地まで後退するということでしょうか?」

「そうなるわね」

「了解しました。うし、じゃ最短ルートで戻りましょうか」

「じゃ行きましょう、女性だけついてきなさい」

「「はい」」


 声を発したのはエクセレスともう一人治癒魔法師だった。女性という単語に他の女性隊員たちも了解の意を示す。そして不吉な予感を抱きながらロエンは恐る恐る口を開く。


「ファノン様? 女性だけです、か?」

「えぇ、中継基地で迎え撃つから囮頑張ってね」

「「「…………」」」


 まさに読んで字のごとく絶句状態だ。


 嘘であってほしいとすら考える余裕はない。彼らの中では九分九厘予想が予想でなくなっていた。


「特にロエン、空中とはいえ、私にあんなことしといてただで済むと思ってるの?」

「あ、あれは仕方なく……」


 ギロリと隊員の熱烈な視線が集中する。それは誰かに押し付けてこの場を凌ごうとする卑しい考えが一致したが故の行動だった――後、数名は少しばかり妬ましさが混じっているようだ。


「あんたらも同罪だあぁ! 私の脚にしがみついて、あまつさえ髭を押し当てるとか気持ち悪いことをしてくれちゃって」


 わざとらしくエクセレスが除菌シートを取り出してファノンの脚を拭き始める。


「というわけで頑張ってね。それで今回の件は見逃してあげましょう。っねエクセレス」

「はい、ご温情に彼らもやる気になっているようですね」


 うんうん、と納得したファノンは手を左右に振り「頑張ってね~」と口にした直後、全員が浮遊感に冷や汗が吹き出た。足場がなくなったのだ。


 だが、彼らも修羅場を幾度と超えてきた猛者。瞬時の判断は見事の一言に尽きる。


 ファノンの表情から逸早く察したロエンは足場が消失する直前に飛んでいた。

 そしてエクセレスが移動したファノンの足場に指先を引っ掛けることに成功する。が、ロエンの足に負荷がかかっていく。


 見れば何人か落下していく中で強者共はロエンの足にしがみつき、しがみついた男の足を掴む。そうして10人ほどがはしごのように連結した。


 あまりの負荷にロエンの顔が見る見る赤く染まっていく。


「早く落ちなさいよ! アルファ領内に入っちゃうじゃない」

「ん゛んん~……」


 筋張った腕で必死にしがみつくロエンの指先にファノンがしゃがんで一本一本剥がしていく。


「ファノン、様……」


 悲痛なロエンの叫びは限界を迎えたことを告げていた。重力に逆らうことなどできずに連結した10人は魔物の上目掛けて落下していった。


「よし、じゃ私たちも行きましょうか」

「この高さですけど大丈夫ですかね」


 エクセレスの言うとおり、まだまだ高い位置なのだ。人間が落下すれば万が一の幸運すらありえない高度。

 しかし、そんな懸念をファノンは鼻で笑い飛ばす。


「これぐらいで死ぬようなのを私が隊に引き入れていると思う?」

「愚問でしたね。失礼しました」

「でも……」


 そう言って彼女らの足場である障壁が遥か彼方まで伸びていった。ファノンを先頭に天空の床を駆けていく。


 直後、大きな爆発音が背後から伝わってきた。


「なんなく着地もできないから、気付かれるっと」


 そう、彼らが着地するためには真下に向かって魔法を放つ他ない。その際、自身を座標に固定せず、構成プロセスに組み込まないことで反動を受けられる。

 これがもっとも馬鹿でシンプルな方法なのだ。


 そんな音と魔力を放てば【サンドリア・デスワーム】に気付かれないはずはない。



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