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不名誉な異名Ⅲ

 ファノン率いる討伐部隊は三日目の正午にして中継地点を経由し、物資を一部置いていき、先の戦闘で負傷した者を治癒して早々出立していた。

 その中にはロエンも含まれたが、全員軽傷で済ますことができた。


 中継地点である基地はこれから建造に移ろうという段階で【クレビディート】からの物資も含め、補給線の開拓も課題として残されている。無論、これについては早々に確立できるものではないため、中継地点に繋がるように今後は補給線付近の警備・警護任務が新たに追加されるだろう。


 【オルバネン大聖堂】までほとんど距離もなく、全隊員は軽装装備で戦闘態勢に移行していた。ファノンの荷物もほぼ全部置いていてく。

 だが、彼女のAWRの特性上治癒魔法師や探知魔法師は補佐として腰に大きな筒を抱えていた。


 障壁などの防御系魔法を圧倒的に得意とするファノンに限ってはAWRがなくとも魔法の行使は容易い。だが、彼女とて魔法師、万全を期す装備で望むのは当然といえば当然だ。


 来た時との違いを上げるとすれば、ファノンは可愛らしい黒いフリルの付いた日傘を持っていることだろう。


 ロエン自身、今回の任務に関しては比較的身軽な状態だった。腰に下げた複数のフックには外界時におけるアイテムを装備するが、それらも全て置いてきている。フックだけが寂しく揺れていた。

 今回は何かあれば中継基地まで後退することを想定しているからだ。中継基地には一定数の魔法師と工兵が配備されている。

 籠城できるだけの城もなければ、防壁すらない。しかし、見晴らしは良く、堀も結構な深さがあるため待ち構えるには絶好だろう。

 ファノンがいる場合の戦略としては彼女の張った障壁に守られながら安全地帯からの攻撃が常だ。というよりも必勝なのだ。


「ファノン様、座標からしてそろそろです」

「…………あっそ」


 隣を走るファノンの表情は例の一件以来変化を見せない。それでも昨日と比べれば返事してくれるだけマシなのだろう。

 心なし距離が遠い。


 それも時間が解決してくれるだろう。いつまでも引きずらない、というよりも忘れっぽく、サバサバしているという意味では子供でよかったとホッと胸を撫で下ろす。


「そういえばロエンには夢があったわね」


 唐突ではあったが、声を掛けられて悪い気はしない。関係修復の兆しが見えたとばかりに淡白な声にロエンは喜々として答えた。


「はい! 私も一度は自分の部隊を持ちたいと思っております。まだまだ実力不足ですが、いずれは……」


 夢を語るロエンをチラリと一瞥したファノンは鼻で笑うように「持てると良いわね」と不気味な笑みを浮かべて喉を詰まらせたロエンは含みのある言葉に「え、えぇ……」と弱々しく相槌を打つほかなかった。


 そして昨日の一件がまだ尾を引いていることを思い知る。

 ロエンは不可抗力ながら典型的に昇進できない類の人種だった。



 魔物との遭遇を数度こなす。以前の掃討戦からそれほど日が経っていないため、この辺りはまだ大丈夫なようだった。本来Sレート級がいる場合は一帯を縄張りとしていることが多く、そこの支配者を討伐すれば自然と散り散りになる。もちろん、ファノンによってあらかた魔物は討伐したはずだ。


 探知魔法によって即殺必中で前進していくと一行は切り崩されたような岩山に到達した。


 【オルバネン大聖堂】だ。これは岩肌を繰り抜いて建てられた聖堂で奥行きも深い。


「どお?」


 ファノンの問いに大筒を腰に下げた探知魔法師の女性が耳をそばだてる。この部隊の探知魔法師は聴覚を駆使して探知する。


「……かなりくぐもってますが、いますね。件の変異レートかの判断は付きませんが、最奥部に一定のリズムを刻む音がします。索敵機によるとちょうど大聖堂に向かって移動していたようですし、間違いありませんね」

「ふーん。まっどのみち行くしかないんだし……ね、ロエン」

「えっ!! はい!!」

「じゃあ、どうぞ」


 半歩ずれたファノンが道を譲るように日傘の先を大聖堂の入り口に向けた。

 即座に助けを求める視線を巡らせるが、誰も視線を合わせてくれない。挙げ句の果てには親指を立てる者までいる始末だ。

 ガックリと項垂れるとAWRを抜いて歩き始める。ガクガクと足が震えて引け腰になっていた。すると尻を押されるようにドンッと衝撃が走ってつんのめる。

 尻を刺されたような痛さがあった。


「だらしないわね。ちゃんと付いてるんでしょ、名誉だと思いなさい」

「そりゃ俺も男ですから付いてますが、こういう時に役に立つものではありませんよ」

「あらそうだったの、男の勇気はそこから湧いてくるものとばかり思っていたけど」

「そんなわけないじゃないですか」

「あ、そういえば小さい時に聞いたことがあったわね」


 この話の流れに乗っかってしまったことをロエンは酷く後悔した。特に背後からの重圧のせいなのだが。


「確か、金の玉とかいう隠し玉があるとか」

「……いっ!!」

「そうそう、男は金に困ったら一つ売って生計を立て直すと教えてもらったわ。そのためにスペアがもう一つあるとか、ね?」


 ロエンはファノンの視線を追って内股になって手で隠した。今にも日傘で突っつかれそうな恐怖があったからだ。


「そんなホイホイ売り買いできるわけないじゃないですかッ!! 誰ですかそれ教えたの」

「ババ様だけど、エクセレスの裏付けもあるわ」


 しっかりと情報の確証を得ているようだが、そもそもが間違っていた。

 そしてロエンはこの部隊でも探知を担当している探知魔法師を呆れた顔で見たが、当のエクセレスは人差し指と親指の間を縮め「ちょっとだけ」だと言外に告げていた。


 顔を左右に振ったのはロエンだけで、それ以外の隊員は皆一様に頷いている。


 面倒くさそうにファノンは溜息を吐くと傘を拡げて。


「ふんっ、大丈夫よ。私達も後ろから続くから、それとも何? 守られないとビビって入れないの?」

「い、いいえ~。そんなことはありませんとも、魔法師たるものビビリとは無縁です」

「そっ、それを聞いて安心したわ」


 満面の笑みを浮かべて「ささっ」と入り口を指差すファノン。


 もうロエンに選択肢など残されてはいなかった。いや、すでに昨日の失態で気づくべきだったのだろう。こんな所で夢を断たれてたまるかっ! と奮起させて歩き出す。

 だが、入り口の階段を三段ほど登った辺りで、本当にいくの? みたいな顔で再度確認のために振り返った。


 だが、実際に確認するまでもなかった。

 すぐには気付けないほどの落差があったが、ロエンは視線を落として藤色の髪を見る。


「何よ!?」

「い、いえ。なんでもありません」


 何かの罰ゲームのように一人で突入させられると思い込んでいたロエンにとって生涯で一番ホッとした瞬間だった。


 先頭をロエン、その後ろにファノン、他の隊員は周囲を伺うように円を描く陣形だ。これは本来ならば推奨されることのない陣形だが、こと彼女の障壁魔法があれば一箇所に集まっていることは至極当然といえる。


 探知魔法師は探知に専念し、隊員はAWRを抜いていつでも魔法を行使できるように戦闘態勢に移る。周囲を確認した男はポツリと現状を分析した。


「外壁は今にも崩れそうなのに、案外内部はしっかりしていますね」

「今にも倒壊すると思ってたのに……」


 愚痴を溢すファノンに全員が気が気がでない様子で目を凝らす。埃っぽい内部はところどころ空いた穴から陽が差し込まれていた。

 破壊された横長の椅子は原形を留めておらず、足元には時代錯誤な祭服や乾いた骨が転がっている。


 聖堂というだけあり、入って正面にところどころ欠けた祭壇があった。その上には埃を被った典礼書がページを開いた状態で置かれている。


「どうやら神さんは助けてくれなかったようだ」

「罰当たりなことは滅多に言うものじゃないわ」


 ファノンのお叱りを受けた隊員は後頭部を掻いたが。


「なら、黙祷でも捧げますかい?」

「冗談、敬虔な信徒じゃあるまいし、どこの誰かもわからない相手に捧げる時間があるなら自分の身を守ってるのが吉よ」

「仰るとおりで」


 無駄口を叩きながら進み、先に祭壇の確認にいったロエンがジェスチャーを送ってくる。


「見つけたみたいね。あなたたち無駄話はこの辺りでおしまいよ」


 無言で頷く隊員たちは身を引き締めてジリジリとロエンの示す方向へと警戒しながら歩を進めた。

 祭壇の両脇に簡素な扉が寂れた金具を鳴らし少しずつ開く。


 ファノンが探知魔法師の女性に視線を移すと強張った首肯が返ってきた。つまりビンゴだ。


「面倒だからさっさと行きましょう。どうせ、変異レートだろうと見てみなきゃわからないのだし、雑魚同士の混合なら楽なんだけど」

「私もそう祈っております」


 ロエンが背中を預けて扉を開き始める。


 籠もったような空気が漏れ、足場はひんやりとした石畳、壁面も石が積まれたようにどこか薄気味悪い雰囲気を醸し出している。

 ここまで来るとさすがの隊員たちもなんとも奇怪な音が耳に入ってくる。


「なんですかね。この笑い声のような音は……」


 そう、まったく抑揚のない笑い声に聞こえるのだ。無機質でありながら一定のリズムを刻んでいる。

 ロエンはドア越しに顔を覗かせた。埃なのか、視界が利かないものの目を細めて中心のクネクネと動く不気味な影を見た。


「もう、埒があかないじゃない!!」


 押しのけて先んずるファノンはヒールを石畳に打ちつけながら甲高い音を鳴らして踏み入った。ポケットからハンカチを取り出すと口元を抑える。


「うっわ、見るからに気持ち悪そう……ロエンちょっと、ちょっかい出してみてよ」

「わ、私がですか!? ファノン様なら一発で大ダメージを与えられるじゃないですか」

「いやよ、よくわかりもしない奴にいきなり大技は使いたくないの……」


 ファノンは障壁など防御系魔法は系統関係なく使用することができる一方で、特定の系統を所持しないために攻撃に転用できる魔法は少なく、一撃が馬鹿みたいな魔力量を消費する。その代わり威力は絶大だが。


 ここで使うには様々な懸念材料が残されたままだった。密閉された室内では倒壊は免れないだろう。


「それに隊長を目指すならここは男を見せるべきところじゃなくって?」

「それを言いますか」


 誰かがロエンの背中を押した。それも複数の手だ。


 恨みがましく背後を見るが、すでに満場一致のようだった。悪い予感を抱きながらもロエンは二歩、三歩と距離を詰めていく。

 さすがにチキンレースのように当たるまでとはならないだろうが、できれば一発で御免蒙りたい。

 一定の距離になると魔物の輪郭も薄っすらと見えてくる。


 焦げたような黒い身体は優に2mはあった。石畳の隙間から生えているかのようで、長い根っこのような両腕は自身に巻き付いている。頭なのかも判断できない突起に無数の穴が空いていた。それが揺れることで音が鳴っているのだろう。


――初めて見る、やはり変異レートか。だったら手加減はせず先手必勝だ!


 AWRに魔力を流し、正中線に沿って構えると大上段まで振り被り、逆さに持ち替えた。


 隊員が何をするのか見当が付いた様子で、ファノンの背後に密着する。


 ロエンは胸元まで剣を降ろし、その刀身に光が宿った。


「【火葬インシネレーション】」


 カチッと火打ち石を擦り合わせたような音が魔物の周囲で鳴り響き、直後、爆発的に発生した青い火柱が一瞬で魔物を消し炭にする。

 ロエンがこの部隊に配属が決まったのはやはり彼個人の実力故だろう。


 火系統の魔法を行使し、同時に風系統の魔法によって大気中の酸素濃度をコントロールする。魔物の周囲には高濃度の酸素が密集した状態。それを発火させ、爆発しないように上空に逃げ道を作り、周囲を風の膜で螺旋状に巻き上げる。


 これによって生まれた魔法が【火葬インシネレーション】、一瞬の焼却である。


 プスプスと焦げた臭いが室内の上部に溜まっていく。


「ロエンのくせにやるじゃない」

「まあまあですね」


 ファノンの意外な称賛に水を差すように同期で入った三つ年上の男が頬を上げてそんなことをいった。あれぐらいならば自分もできるから褒めるに値しないとでもいうようなヤキモチが垣間見える。


 隊員も一先ず倒したと見て、緊張の糸を緩めた。どうにもロエンを手放しで褒める言葉が喉の辺りで支えている。

 何はともあれ、あれほどの火力ならば魔核が体内にあろうと一緒にして黒焦げだろう。


「はい、終了。やっぱり私はいらなかったじゃない。変異レートっていうからどんな厄介な奴かと思えば確認するまでもなく雑魚の組み合わせだったようね。そうと分かれば総督に文句でも言ってやる」

「賛成です」


 人の悪い笑みを浮かべたファノンだがやはり怖さは微塵もなく、寧ろ可愛らしさすらない。彼女に続き、一息付くようにロエンが肯定する。

 隊員は帰れるとあって随分気が緩んだ中、ただ一人だけ緊張な面持ちで項垂れている者がいた。


 それは隊の要、探知魔法師である彼女だ。これでもクレビディート内では最高探位保持者である。


「エクセレス? ――!!」


 ファノンはそう呼びかけたのと同時に振り返った。その視線の先には今だ煙を立ち昇らせている魔物がいる。

 魔核を捉えているにしては消滅までの時間が長すぎるのだ。体格にもよるがあの程度ならば瞬時に崩れ去っていいはず。


「ファノン様……」


 エクセレスと呼ばれた女性は腰に下げた大筒に強張った手を添えて石畳の床を透かすように見つめていた。


「ま、真下ですッ!!!」


 直後、大きな縦揺れが大聖堂を直撃する。ボコボコと捲れ上がるように石畳がひっくり返った。




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