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不名誉な異名

 アルファのシングル魔法師が一気に一位の座を奪取した話題は各国に疑念を生んだ。あまりにも大きすぎる功績の数々。ある意味では各国軍上層部は震撼していた。

 何せ、アルファといえば昨年、魔物の大規模進行があったばかりだったのだから。


 アルファのシングル魔法師が着任してから一年余り、定期的に流れてくる功績にその都度、不機嫌になる少女がいた。


 そんな怒涛の成果は隣国である【クレビディート】にまで伝え聞こえてきていた。





 7カ国が一つ【クレビディート】が堅牢な国として知られ、そう呼ばれるようになったのはつい最近のことだった。

 前任のシングル魔法師の後からなのだから、まだ1年ほどしか経っていない計算になる。【不可侵】と謳われた魔法師は圧倒的な速度で異例のシングル入り、周囲からはそう期待されていたし、事実期待通りシングル魔法師へと上り詰めた。


 末席などという似非シングルなどではなく、正真正銘4位という高ランカー。【クレビディート】の歴史にファノン・トルーパーの名を残す結果と言えたが、当人はそれほど気にした風ではなかった。当然の道程、当然の結果だ。


 問題は別にある。


「キイイイィィィ……!!! せっかくシングルになってこの前だってSレート一体にAレートを三体もぶっ殺したのになんでこんなに話題にならないのよ!」


 起きて早々嫌なことを思い出してしまっただろう。

 キングサイズのベッドの上で幼さを色濃く残した少女が地団駄を踏む。どうしたって子供が駄々をこねているようにしか見なかった。

 余所行きの服に着替えるため、ウサを晴らすように脱ぎ散らかしていく。


「どこの誰かもわからない、アルファの1位がなんで後からシングルになった私よりも注目を浴びるのよ!! あ~最悪ッ! 何がクーベントの奪還よ!」


 要は世界を駆け巡った話題はファノンの高レート討伐よりも大陸奪還だったのだ。無論、国内にはファノンに対する歓喜の度合いは尋常ではなかったのだが。


 プンプンと剥れながら、仄かに甘い香りが漂ってきそうな女の子らしい室内で転がりながらベッドから降りた。

 異様に大きい姿見の前に立ち、下着を替える。17歳になるとは言え、体型は幼い。自分にはまだまだ成長期と言い聞かせていても一般的に見れば発育は悪いほうなのだろう。一度、部下に小脇に抱えられた時はショックで魔法なんて使っていられないほどだった。


 そんなこともあり、今日はショッピングセンターで服を買い漁る算段だ。これまで長らく外界に出ていたこともあり、ストレスは限界まで達していた――ここらで息抜きをしなければボイコットを起こしてしまいそうなほどに。


 それを見越したのか、定期的に彼女にはこうして休暇が与えられている。


 腰まで届きそうなほど長い藤色の髪を首元で二つに結い、下着姿になったファノンはわざわざ前屈みになってブラのホックを外す。外へ出かける時は下は替えないが、上は必ず替える。

 ファンシーなピンクの六段チェストの上から最上段だけ二分割された引き出しを少し爪先を立てて開けた。何故、高い位置に収納しているのかというと、こうして爪先立ちすれば背が伸びるとどこかで聞いたという単純な理由からだったが、ファノンからすれば藁にも縋る思いだった。


 下着が入っている場所は他にもあり、ここは少しばかり見栄が詰まっていた。


 明らかに自身のバスト以上のレースがあしらわれたブラを手に取ると慣れた手つきで肩に掛けた。というよりもサイズが大きいため随分余裕がある。

 ファノンは自分の薄い胸板を顎を引いて覗いた。


 そこには拳が入りそうなほどの空間が出来上がっていたが、ファノンは気にしない。心なし詰まってきているようにも感じるからだ。

 今日は三枚でいいかな、と一段下の引き出しから片側三枚、計六枚の嵩増し用パッドを抜き取った。そして毎朝の習慣となったパッドの詰め込み作業――バーゲンセールの袋詰――が始まる。


「ま、まだ三枚の壁は超えられない、わよね……フ、フーン、人間だしぃ早々急成長するわけじゃないし、いいもん。まだピッチピチの十代だもの、うんうん」


 三枚詰めてもまだ余る。そっとファノンは頬を引き攣らせながらもう一枚ずつパットを追加する。総計八枚となった胸元は張りのある双丘が建造された。そうしてやっと外見で女性として見えるのだ――自己判断だが。


 簡単に朝食を済ませ、身支度を整える。黒いストッキングを透かしてさえ綺麗な足がいつもより高いヒールを選びとる。お気に入りの純白の日傘を持って満を持して扉を開けた。


「おはようございます!! ファノン様!!」

「…………」


 軍服をビシッと決めた男がドアの前で満面の笑みを浮かべ、大口を開けて挨拶をする。

 それを見た瞬間、ファノンの浮かれた頬が下がり、目はどんよりと淀んだ。明らかな不機嫌、隠そうともしない腹立たしい無言の表情。


「今日は……!! チョチョッ!!」


 子供のような小さな手がドアのノブを勢いよく戻していく。即座に男は足を割り込ませ、身体を強引に捻じ込んだ。


「ふっざけんな!! 入ってくんな!!」

「痛い、痛いですファノン様! こ、これには事情がああぁぁ……ギャアアアアァァ」

「うるさい! 大声出したいのはこっちよ!!」



 男の顔がみるみる赤く染まってきた辺りでこのやり取りは幕引きとなった。



 ファノンの自宅は以外にもこじんまりとした一軒家だが、周囲には他の家はなく広大な庭があった。そのため、ポツンとした佇まいなのだ。


「きょ、今日は一段と暑いですね」


 男は外で窓越しのファノンを見てそう溢した。

 二人の間には室内と室外という差がある。閑静なだけあり声は拾えるのだが、涼しい室内とでは温度差は激しい。男は額から流れる汗をハンカチで拭う。


 ファノンは基本的に家の中に誰も入れない。潔癖症ということもあるが、女性でも滅多に招かれたという話は聞かないのだ。

 男性であるこの男が何を頼んだとしても入れてくれることはないだろう。


 窓越しに冷たい飲み物で喉を潤し、椅子に腰掛けたクレビディートが誇るシングル魔法師は頬を膨らませていた。


 ――これは相当ご立腹だな、さてどうしたものか。


「まだ何か言いたいことがあるの?」

「いえ、まだ何も言っておりませんが……」

「聞かなくても、見当がつくもの。今日は私非番なんだけど」

「は、はい。それはもう十分というほど承知しております。こんなこと私が告げるのも、ほんっとうに心苦しいのですが総督の命令とあっては……」


 チラリとファノンが哀れな者でも見るような目を向けた。


「ね~ロエン。あんたは私がどれだけ働いているのか知ってる? 昨日も一昨日もその前の週も、今月は何回休んだかしら」

「二回ほどでは……」

「ゼロよっ!!」

「は、はいっ!! それはもう部下として外界にお伴させていただいて……っ! いえ、心中をお察しすることなど……」


 鋭い視線を受けてロエンと呼ばれた男は冷や汗なのかわからない雫を頬に伝わせ、容易く言葉をねじ曲げた。

 物腰が柔らかそうな顔に魔法師にしては軟弱な気質がある。どこにでもいそうな好青年。二十代も半ばに差し掛かったロエンは同期の中では将来を期待されていた。彼は外界で6年経験し、中隊の隊長補佐もしたことがある。そんな彼がシングル魔法師の部隊に抜擢されるなど夢にも見なかったが、現実は想像とは違うということだろう。


 いや、それでも恵まれ過ぎていることに変わりないのだが。

 最近では扱いもわかってきたところだ。そのせいもあってお目付け役というか雑用係としてロエンがこうして赴くことは一度や二度ではない。


「でしょうね。総督にも一度外界に連れ出して討伐させようかしら」

「そ、それは流石に!! 総督に何かあれば……」

「私なら何かあってもいいのかしら? ロエン」

「決してそのようなことは、私が身を挺してでも」

「はい、いらな~い」


 「そんなぁ」とガクリと首を落としたロエンにファノンは飽きたように続きを促した。

 そしてロエンはしたり顔を一瞬浮かべると申し訳ない顔で見上げる。

 交渉についてもある程度総督から譲歩を引き出していた。さすがのロエンでもなんの材料もなくシングル魔法師の非番を返上させることはできない。

 というか恐れ多かった。


「本題に入る前にですね。総督からは今回の仕事が終わり次第三連休を、と」

「どうせそれも当日になってひっくり返るんでしょ」

「そんなことはございません。それにですよ? 総督が自腹を切って何店舗か貸し切りにするとのことです」


 ニヤリ、そんな心の声を確かにロエンは手応えとともに聞いた。万が一の時には彼女に出てきてもらう他ないのだが、国家存亡級の事件など早々起きるものではない。


「で、今回は何が問題なのよ。この辺の高レートはあらかた始末したじゃない。雑魚の相手なんて嫌よ」

「それなのですが、前回の遠征時に掃討した位置から西に2kmに魔物の射影を軍の索敵機が確認しております。場所が場所なので解像度は高くないのですが、どうやら変異レートの可能性が高いようです」

「何よそれ、どうせあってもAレートでしょ、そんなの私じゃなくてもいいじゃない!!」


 軍の報告では近日中に前回の討伐地区に中継基地を構築する計画が持ち上がっている。それほどの功績には違いないのだが、本格的な拠点作りの前に念のため、AWR内蔵のドローンを飛ばしたのだ。

 動力源を魔力として最大5km圏内を飛行できるが、これは上空からの撮影のため大森林中ではほとんど役に立たない。

 だが、今回に限っては絞って索敵が行われていた。


「管轄としてですね。以前の戦闘地から離れていないとのことで我らのほうが地理的にもまだ記憶に残っているだろうとの判断、らしいですね。何よりもあれ(、、)が近いようですし」


 あれと聞いてすぐにファノンは顔を顰めた。クレビディート南西にあるとされる【オルバネン大聖堂】。過去の遺産として貴重な文化的な価値があるとされている建造物だ。さすがに100年も前の建物だ。倒壊寸前に違いないが、辛うじて原形を留めている大聖堂をアルファに取られることだけは避けたいようだ。


 こういった過去を想起させる物を奪還することで明確な成果として世に広まるのも確かだ。アルファにルサールカと成果著しい大国に引けをとらんとする示威。


「くっだらない!! そんなの見つけて誰が喜ぶってのかしら。少なくとも私の休日を潰すほどの用じゃないっての」


 雲行きが怪しくなって来た辺りでロエンは頬を掻きながら。


「でも、そうなりますとファノン様が討伐した高レート付近は拠点作りとして軍も動いていますから、ここで妨害や打ち損じなんてケチが付いちゃいますよ」

「言いたい奴には言わせておけばいいのよ」

「そう言わずにぃ」

「うるさいうるさいうるさい!!」


 室内でファノンはリモコンを操作した。すると窓にカーテンが引かれたみたく色が着く。


 中の様子を伺えなくなったロエンはもう一度玄関まで駆け足で向かい、インターホンを連打した。


「ファノン様、ファノン様ってば、また子供って言われちゃいますよ」

「誰が言ったあぁ!!!」

「ゴフッ!?」


 勢い良く開け放たれたドアにロエンは顔面を強打して鼻を押さえて蹲った。


「何してるのよ。ほら、行くわよ」

「……い、行く気に、なってぐれまじだか」


 私服ではなくしっかりと戦闘服に着替えていたのだろう。それでも軍が正式に採用している軍服とはかけ離れていた。

 ブラウスのような服装に袖がなく腕を露出させており、肘から手首に掛けて別途袖を着用していた。それに加えて邪魔になりそうな裾広がりのスカート。これが彼女の戦闘着なのだが、正直街に行く服装よりも派手だった。そして絶対に欠かせないのがヒールの高い靴とお洒落な日傘。


 だが、隣に立ったロエンはチラリとある一部分を見下ろした。今日も今日とて不自然な双丘が小高い山を建築していた。

 これから討伐に向かおうというのに余計なお荷物を溜め込んでいる。外界に出る際にはいつも真っ平らな胸部も今は女性らしい偽の特徴がある。しかし、そんなことをロエンは口が裂けても注意することができない。


「ん?」

「――いえ!!」


 見上げるように振り返ったファノンの顔を見返すことが出来ず、ロエンは目を瞑って顔を逸らす。ブワッと全身を絞られたように背中に水滴が浮かび上がった。

 彼女が何にコンプレックスを抱いているかなど、軍内部では知らない者はないだろう。それ故に口にすることを避けていた。



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