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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「変化の向こう」
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服毒

 横腹を治癒されながらヴィザイストはフローゼに対してボソリと小言を吐いた。


「面倒な奴を育てたな」

「押し付けられたのよ。あなたも知ってるでしょ」


 テレサの部隊は必ず任務を達成する代わりに一度解き放たれれば傷を負う。行きと帰りの人数が違うのだ。しかし、任務に対する信頼性は高く評価される一方で隊員の補充が激しかった。


 彼女の部隊には軍という規律を重んじる組織に属しておきながら荒くれ者が集まっている。というのも密かに軍内部ではテレサの部隊に配属されることを蔑称として【棺送り】と呼んでいた。

 実際他の部隊でも手を焼いていた魔法師や、軍規違反などの罰に対する減刑措置として厄介者払いされ、行き着くのがテレサの部隊なのだ。


 それは彼女の失脚を目論んでのものだった。などと言えば大袈裟だろう。何かと不興を買いやすいテレサへの当て付けのはずだった。しかし、周囲の思惑とは裏腹にテレサは見事に隊を纏め上げた。その手腕はフローゼから賜ったものなのかは分からないが、連携という言葉ほど似合わないものはないだろう。数の暴力、それも一兵が並の魔法師よりも腕が立つ。訓練時でさえ死傷者が出るほどだった。

 外界で育ったような連中だ。寧ろ人類の生存域での生活のほうが不慣れである。


 そんな彼女はフローゼの部隊から離れ、大隊の指揮官として現在アルスが奪還したゼントレイ大陸の防衛を引き受けていた。防壁の建造を終えていると報告が上がっていたはずだ。


「テレサのおかげで何枚始末書かされたと思ってるの」

「だろうな、よくあれを扱えたものだ」

「冗談、テレサはしたたかよ。私の指揮官としての方向性は彼女とは真逆。あの呼び方も本当のところ上っ面だけよ。それにしても総督はよくテレサを使う気になったわね」

「形振りかまってられない状況ということだな。今回ばかりは外も静かであってほしいものだ」


 少し考える素振りをしてフローゼは問う。


「レティは戻しているのでしょう?」

「もちろんだ。出立前で助かった」

「なら大丈夫じゃない? 確実に負けるとわかっていて馬鹿はしないでしょう」

「准将の実力はどうなんだ?」


 一応資料には三桁と表示されているが、その程度では粗暴の悪い連中を纏められるとは思えない。フローゼのように魔法師としてはいまいちだとしても、彼女に大規模の部隊を預けた時の手際は鮮やかと言わざるをえない。そういった即断即決ができるからこそ彼女は多くの支持を得ていた。

 テレサはどちらかというと力でねじ伏せるタイプだ。ヴィザイストの挑発に対してもいつでもかかってこいと言わんばかりの冷静さ。あれがブラフならばとんだペテン師だ。

 

 順位が実際の戦闘能力とイコールでないことはヴィザイストも理解しているが、大きく乖離するものでないことも知っていた。


 だが、フローゼは口先を尖らせて「さぁ?」とだけ答える。


「テレサはてっきり指揮官として左遷されてきたものとばかり思っていたけど、テレサがまともに戦ったのなんて私の下にいた二年間で一回だけ、全力じゃないでしょうけど二桁はあるんじゃないかしら。そもそも私の印象としては彼女は指揮官向きじゃないことだけは確かね。その分勘は鋭いけど」


 燻っている火種を嗅ぎ分ける嗅覚は優れているというレベルではなかった。

 一度動き出してしまえば命令など聞く耳を持ち合わせない。ブレーキが存在しないのだ。動き出したら最後、どちらかが倒れるまで徹底的にやり続ける。

 無論、彼女がそこに至るまでは慎重なのだが。


「俺もテレサとは入れ替わりに外界には出なくなったからな」

「毒を食らわばと言う意味を抜きにしたら、テレサの持つ力はレティに次ぐわ」

「だからだろうな。ベリックも思い切ったことをしたが、毒は毒だ」



 ◇ ◇ ◇



 時刻は少し遡り、貴族の裁定(テンブラム)のフィールドとなった窪地の中で移動しながら丘陵に着く。汗を吸った衣服も今は乾いていた。

 やはり頭脳戦というのは時間の経過を忘れさせる。まだ黄昏時には遠く、アイルの心同様に点在する雲はあれど快晴のようだ。

 アイル陣営の歩兵はほとんど消耗がなく、この場にいる仲間の中でも一番傷を負っているのはシルシラだった。


 隣を歩くシルシラの足取りはいつもどおりだったが、いつのもような決然とした顔も今は伏せたきりで、きつく口元は一文字に引き結ばれていた。


 誰が見ても後悔を引きずっている。溜め込んでいるような、そんな表情だった。


「シルシラ、大丈夫かい?」

「えっ!? アイル様すみません。私がもっと早く弓兵を突破できていれば……」

「そうじゃなくて、傷、傷」

「あっ! はい。大したことはありません」

「そっか」


 負けたというのにどこか吹っ切れたような笑みをシルシラに向けた。それはいつものように作られた表情ではない。だから、彼女にはこの顔が何を意味しているのかまったく理解できなかった。

 怒っているのか、それとも自分に失望しているのかさえ。


(いいえ、私の悪い癖ね)


 自分に言い聞かせるように頭を振る。そして痛みを引き連れて左腕を少しだけ持ち上げた。

 そこにはアイルが自らの袖を引き裂いて巻いてくれた包帯がある。結び目も緩く、油断すると落ちてしまいそうだったが、こんなことは初めてのことだった。


 自分が怪我をすること自体いつぶりだったかと記憶を遡ってみる。


「あぁーっ!?」

「ん、何?」

「なんでも……」


 頓狂な声に反応した主には言えまいと、シルシラは語尾が跳ねそうな調子で胸の内に留めた。そう、古い記憶だ。



 ◇ ◇ ◇



 隔絶されたように屋敷の隅にひっそりと佇むシクオレン家で英才教育を受けていた時、体術の訓練が終わり鬱々とした気持ちを晴らすために外に飛び出したことがあった。


 その時はまだシクオレンの決まりで次期当主との顔合わせはご法度だったのだ。十二歳だったシルシラは当然アイルの顔も知っていた。

 訓練漬けの日々に嫌気が差し、屋敷の片隅、誰も寄り付かないような木陰で膝を抱えていた時だ。不覚にも背後に立たれたことを察したシルシラは咄嗟に腕を振り抜いた。


 乾いた音が葉の囁きを割いて鳴り響く。


 頬を瞬く間に赤くした少年を見た時、シルシラはやってしまったと思った。そこに立っていた少年を何度目に焼き付けるよう言いつけられたことか、自分は彼とその兄のためにシクオレン家に生を受けたのに。

 少年に対する礼儀作法を身に着けてきた、当然その中には教育だろうと手を上げて良いなどどこにもない。


 彼女が生涯仕える主がそこにいた。


 すぐさま額を擦り付け謝罪の言葉を何度も紡ぐ、もう自分は従者としての役割を果たせない。それが意味する処は追放だ。シクオレンの名を捨てなければならない。


 真っ青に染まった顔でシルシラはまず赤く晴れた頬をなんとかしなければと顔を上げた。不意に頬がヒンヤリとした。男の子でありながら女の子のような細く綺麗な指がシルシラの頬についた傷に薬を塗る。


 戸惑いながらも見上げると、今にも泣き出しそうな顔を必死に堪えているアイルの姿があった。

それがどうしようもなく愛おしく、それでいて可笑しかった。


 アイルが小さな手で握りしめた薬の容器は彼がいつも持ち歩いているものだ。シルシラはその容器の中に指を入れ、一掬いすると、頬に塗布した。

 円を描くように優しくゆっくりと。


 しかし、泣くのを堪えた頬は強張っており硬い。だから、シルシラはもう片手で反対側の頬も円を描いた。

 ぐるぐる回し――。


 少し力を込めて頬を引く、シルシラは姉のように優しく微笑んだ。画像で見た彼はいつも笑っていたし、彼女はその印象が強く、きっとアイルは笑っている顔が一番良いと思った。


『ホラ、笑ってください。アイル様は笑顔が素敵ですから』



 ◇ ◇ ◇



 思い出す最上の思い出。この時にシルシラはアイルを自分の主と決めた。二人きりの秘密。会ったことをその時は忘れなければならなかった。たった一度……幼き少年に会えたからこそ彼女は従者という道に疑問を挟まず今日まで頑張ってこれたのだ。

 それがいつしか薄れていき、従者としての責務のみに没頭していたように思える。


 あの頃のアイルは大人になるにつれていなくなったのだと思っていた。彼女の知るアイルは夢のように劣化していた、いや、別物になってのだ。それを成長というべきなのかはわからなかったが、シルシラは記憶が経年劣化しないようにそっと蓋をした。


 それでも心に残る揺るがない芯が彼の行動に不安を抱きつつも見守らせていた。


 でも……。

 持ち上げた腕を見て、シルシラは変わっていないことが嬉しかったのだ。自分が信じて主と決めたあの時のアイルは何も変わらずここにいた。

 

 今までとこれからで自分のアイルに対する忠誠に違いはないのだろう。自分は従者でアイルは主だ。その務めは果たさなければならない。


 だからこれはシルシラの心が少しだけ暖かくなったという話なのだ。



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