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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第5章 「主人格の符合」
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壊れた心と残った心

 これほど清々しい気分はいつぶりだろうか。

 思考をクリアにすればするほど身体は迷いなく動いてくれる。最も効率良く殺すことができた。

 アルスは無心に近い状態で手から離れたAWRの鎖を操作する。


 さすがに理性を手放すことまではできない。逆に言えばそれをやってしまえば魔物となんら変わりないのだろう。いつものように同じことを繰り返すだけの単純作業だ。


 鎖を腕に巻きつけ、長さを調整する。刃先は【次元断層ディメンション・スラスト】で覆っているため、防ぐことすら無意味だ。

 胴体を両断された敵は一人の例外もなく地面を転がった。それでも、それでも怯むことなく襲い掛かってくる。


「あぁー物言わず襲い掛かってくるだけで随分と楽だ」


 アルスは手を魔力で覆ったまま握る、同時に生々しく鎌を握った手が潰され、骨が突き出た。しかし、苦鳴すら洩らさず当然のように鎌を口に挟み、怒涛の勢いは止まらない。

 一斉に襲い掛かってくる敵にアルスは不敵な笑みを浮かべる。チラチラ揺れる前髪の隙間で妖しく瞳が光った。


 雪崩のように積み重なり、容赦なく中心に向かって鎌が振り下ろされる。一太刀入れる度に血飛沫が舞い上がった。


「何をやっていますの!!」


 ノワールの叱責に鎌の動きが止まる。その中心にいたのは仲間である黒衣の男だ。

 無数の刺し傷はすでに男の絶命を告げている。


「ご苦労様……」


 背後で鳴った声に全員が振り返る。そこには鎖が円を描くように全員を取り囲んでいた。

 馬鹿の一つ覚えに走りだすが、鎖から伸びる障壁が邪魔をし誰も出ることが叶わない。【二点間相互移転シャッフル】によって一人と入れ替わったアルスは即座に全員を障壁に閉じ込めた。

 天に届きそうなほど高い円筒形の障壁だ。


 数秒の時間があれば彼らでは脱出できない強度の障壁を作ることは造作もない。障壁を破るためには即座にそれを上回る攻性の魔法を要する。

 探知魔法師ならば魔力の流動から脆い箇所を探れたかもしれない。それも彼らには無い物ねだりなのだろう。


 こんな手段を取ろうとアルスは何も感じなかった。もう何者も凶気を止めることはできない。これがアルスという魔法師の根底にあったものだ。

 何よりも冷たく感情を切り捨てる。冷え切った脳が冷徹で殺傷力の高い魔法を構築した。


「【日食の剣ソード・オブ・エクリプス】」


 強大な岩石から削りだしたような巨大な剣が雲を割いて浮かぶ。その切っ先は円筒形の障壁の上に据えられていた。

 地殻変動のような重苦しい重低音が鳴り、静かに落下する。


 障壁を裂きながら閉じ込められた連中の上に突き刺さったのは一瞬。

 地面に罅割れが走った。その衝撃はここら一帯の地面を捲れ上がらせるほどだ。

 しかし、僅かな地割れの直後、硬質で巨大な剣はその刀身を膨大な魔力の残滓へと変えた。



 その光景は嗅ぎ慣れない鉄臭を砂埃とともに風に含ませる。口の中が匂いによって変な味を感じ取ってしまう。




 顔面蒼白となったのはテスフィアの背後で逃げることもまともに直視することもできないメンバーたち。

 テスフィア自身、吐き気を催しそうになっていた。


 もう見ることもできない。目頭に溜まる滴が拒絶するように顔を背けさせる。水すらも今は喉を通らないだろう。

 こんな地獄絵図、堪えられるはずもなかった。グドマのドールたちとは訳が違うのだ。あの時は自我もなく、傀儡となった彼女たちの救いと言い聞かせることもできた。

 やらなければやられてしまう、彼女自身にもついていった責任がある以上目を背けず立ち向かえた、そういう状況だったのだ。


 今、テスフィアが見る光景はそうではない。ように映った。殺さない手段もあるはずだ。それほどまでに圧倒的なのだから。

 それでも確実に殺す。残忍な方法をわざわざ取っているようにさえ見える。


 だから堪えられなかった。

 催しそうになったテスフィアは顔を背け、グッと目を瞑った。


「あなたもそうなのですね」

「――!!」


 ロキの切なそうな言葉にテスフィアは意識を引き戻し、自然と耳を傾ける。


「アルの歩んできた道を否定するのですね。これがアルス様の……最強と謳われる魔法師の姿です。夢でも見ていましたか? 誰もが羨む強さ、好き勝手になんでもできると思っていましたか? チヤホヤされてばかりだと思っていましたか? その魔法師がどれほど心砕いているのか、これが現実です。綺麗事では世界は守れないのですよ。以前言ったことがありましたね。あなた方はアルス様がどれほど貢献しているのか知らないと」

「…………」

「想像もできないのだから仕方ないのでしょう。でも……」


 啜り泣き始めたロキはアルスへと視線を注がせながら、それでも震える口を開く。


「悲しいじゃないですか……ずっと一人で背負ってきたんですから……誰も人殺しなんてしたくないじゃないですか……ッ……だから私は傍で彼の荷物を少しでも軽くしたいんです。共有したいんです……でも私は……」


 吐露するロキの瞳から思いの丈が雫となって溢れた。自分の存在意義、それは彼のために命を使うことだったはず。

 いつからだろう。追いかけていたはずの、大きくも血塗られた背中を見ていられなくなったのは。

 自分だけが救われる道の中に彼が交わっていないと気づいたのは。


 きっとバルメスでの一件からなのだろう。ロキの抑え難い愛は彼の幸福を誰よりも望んだ。学院に入ったことも良かったはずだ。テスフィアやアリスという教え子ができたこともアルスにとって大きな変化を与えたはずだ。

 だからこそ、そんな彼女が見せる拒絶の反応をロキは悲しく思ってしまう。



 ◇ ◇ ◇



 呆然とモルウェールドが膝を屈したのは、ノワールを残して全員が死んでしまったからだろう。細い地割れがすぐ隣を走り、足元から怖気が這い上がってくる――恐怖という名の虫が股の下を痺れさせた。

 万が一の時に自分を守ってくれる存在がいなくなるというのをモルウェールドは経験したことがない。


 それでもどこかで諦めきれない野心が口を閉ざさせていた。いや、恐怖から口を開くことができなかったのかもしれない。何人部下が殺されようとも自分に危害を加えられないのならば……。

 だが、あの目を見ていると、少将として当然の保身が当然ではなくなる。


 一対一となったノワールとアルス。


「いいですのぉ。この痛みも、その狂人も凶人も、全部が狂気の沙汰。私もぉぉあなたもぉぉお!!」


 はぁ~と甘い吐息をノワールは空に向かって吐き出す。


「御託はいいから、さっさと死ね」

「イヒッ!! ヒヒヒヒヒヒッ。やれるものならやってみる……の」


 魔力が黒い霧となってノワールの周囲に漂う。そして二体の【死神の怨念(クレセント・リーパー)】が現れた。

 彼女が生み出せる【死神の怨念(クレセント・リーパー)】は最大で三体。残る一体は音もなくアルスの頭上から鎌を振り下ろす。


 が、やはり同じことの繰り返しだった。暗殺の技術として死角をつくのは定石。それは単純に感知されないためだ。だというのにわかっていたように半身引いて安々とかわしてみせる。

 一顧だにせずナイフを一振り。


 単純な物理攻撃ならば霧を斬るだけで終わる、それが最大の強みでもあった。しかし、アルスが薙いだ直後、幽体のはずの【死神の怨念(クレセント・リーパー)】は原型を明確に構築した――氷の彫像として。

 

 この魔法が召喚魔法、または幽体という点でのみ生じる欠点をつかれたことにノワールは眉根を一瞬寄せた。

 幽体状というあやふやな定義の元に構築されているのだ。ある意味で霧状とも呼べる代物だ。故に物理による攻撃を通さない。だが、それだと行動の制限が掛かる。だからこその召喚魔法として発現させているのだ。

 発現の定着を召喚魔法で補ったと言える。そのおかげで召喚魔法の弱点となる核も極力微細。さすがに物理攻撃だったとしても魔力を併用し、尚且つ核を捉えなければならないが、肉眼ではまず捉えることができない。


 逆を言えば定着を曖昧にしたため発現するための定着が弱いせいで魔力による影響を受けやすい。特にアルスが放ったような魔力そのものを凍らせる魔法に関しては劣位にあった。

 それを的確に見切られたことはノワールとしても笑顔で受け流せるものではない。


 全身を氷の塊にされた幽体がゴトンッと地面に埋まりそうな音を立て、粉々に砕け散る。構成成分があくまで魔力である以上、魔法による干渉対象なのだ。それが閉じ込めるように【死神の怨念(クレセント・リーパー)】を氷へと変質させられたのではなおさらだろう。


 刹那、ノワールはアルスを見逃しそうになる。

 目まぐるしく視線を移動させた。左右にフェイント、バックステップを踏んだと思った直後に一気に切迫してくる。


(間合い内はマズイッ!!)


 視線を真っ直ぐに固定し、【死神の怨念(クレセント・リーパー)】を割り込ませる。

 滑り込んだ【死神の怨念(クレセント・リーパー)】にアルスは再度同じ魔法を繰り出すはず、だからこそノワールは自らの魔法ごと大鎌で薙ぎ払った。


「考えそうなことだな」


 不吉な台詞が旋律のように奏でられる。まるで誘導されているのが、こちらであるかのようだ。

 そんな惑乱する胸中は苛立ちを募らせる。

 畑違いのアルスが専門であるノワールを誘導するなど神経の束を逆撫でされた気分だった。


 手応えのない大鎌を力の限り手首をひねり、反転させる。怒りをぶつけるかの如く【死神の怨念(クレセント・リーパー)】を自ら再度引き裂く。

 刃先が地面に埋まるも、幽体以外刃に触れた感触がない。


「クソオオォォォ、死ね死ねしねえぇぇ!!!」


 逆に自らの視界を塞いでしまったことで恐怖心が肥大する。大振りとなった大鎌をやたらと振り回していた。


「ハアハアハア、クッ!?」


 眼下、すぐ真下からナイフの刃先がノワールの顔面目掛けて突き放たれた。即座に柄で弾き、大きく下がったが、アルスはすでに間合いの中。


 後ろに下がりながら、目にも止まらない速度で放たれる斬撃に防戦一方となった。

 それでもノワールは大鎌を器用に扱い致命傷を避ける。身体に入る刃はすでに掠った程度の傷では済まなくなっていた。


 腕や足、赤く滲んだ傷は部位によって出血量が違う。


「痛い、痛いって痛いのおぉぉ!!」


 叫びながら振るう大鎌。全身をピリピリとした痛みが駆け巡る。それでもノワールの口元は強引に持ち上げたような歪な笑みを形成していた。


(右、いや左。次は……下、右……)


 相手のナイフだけに神経を注ぐが、それでは何も変わらない。ノワールは不意にアルスを見た。


 こんなに痛楽しいのに彼の表情はどんな感情表現もあてはまらないものだ。

 視線をアルスのすぐ真横にずらす。


 発現までに1秒もかからない。【死神の怨念(クレセント・リーパー)】よりも高位の魔法【忌子の慟哭(ヘルズス・クライ)】。


 突如アルスの左肩に腕ほどの赤子がしがみつくように現れた。透かすような真っ白い肌に底が見えない空洞の眼窩。無邪気な笑顔で口を開けるがそこもまた漆黒が詰め込まれている。

 大音響の泣き声は一瞬で体内を駆け巡り、聴覚から脳へと空気振動を直に伝えるはずだ。


 無論、ノワールとて無傷とはいかないが術者としての対策はある、鼓膜が破れるぐらいは覚悟の上だった。


(気づいてからでは遅いですの、先輩)


 笑った口が更に開きかけ。

 赤子――【忌子の慟哭(ヘルズス・クライ)】の額にナイフがざっくりと突き刺さった。そして刃先から眩むような微振動が空間を揺らし、真上に振り切られる。


 空間自体が断絶し、当然【忌子の慟哭(ヘルズス・クライ)】は構成を絶たれ、笑顔のまま左右で顔がずれて霧散した。


「――!! なんで、どうして、気づけない、絶対に気づけないのにいぃぃ。ああああぁぁぁぁ!!!」


 アルスの目を見たノワールは彼がどこを見ているのか悟る。


「嘘ッ!! 私の視線で……あ、あああぁありえませんの」

「…………」


 そしてアルスの返答はないままにナイフは一瞬停滞したノワールへ襲いかかった。

 肩口から斜めに入る冷たい異物、肉が絶たれていく感触。そこに【次元断層ディメンション・スラスト】は付与されていなかったが、決して浅い傷ではない。


 即座に身体を捻ったのが功を奏したと言える。もしかするとまだ【失楽園シツラクエン】の効果が持続していたのか。

 どちらにせよ致命傷とはならずに済んだ。


「アアアアアッアアアァァ!!! いっだあああい、イダイ、いたいのおおぉぉ!!!!!」


 胸を手で押さえ、乗り移った血の量にノワールは歯を食いしばる。

 フラフラしながらも痛みをねじ伏せ、錯乱気味に振るう大鎌も身体に染み付いた型を守り、決して単調になることはなかった。

 なのに――。


「どうして、どうして当たりませんの。もう嫌ですの、私だけ痛いのわあああぁぁ。ッツ! 先輩も、先輩も一緒に痛くならないと嫌ですのおぉぉ、何で私だけ、私だけ、こんなに痛い……」


 ブシュッと大鎌を持つ腕の腱が血を吹きながら斬られる。脳が痛覚を拒否してしまうほどの痛みは手から大鎌を落とす。右手の感覚もない。

 後ろにバックステップした直後のことだった。足は両方とも地面から離れている。そして彼女の目の前には触ろうと思えば触れる距離にアルスの姿がある。

 その手には有無を言わさない黒く光る刀身。心臓を突き刺すことだけを目的とした構え。


 そしてもう抵抗する得物はノワールになかった。


「イヒッ……」


 まるで別人のように沈静化したノワールは空中で嘲るように笑んだ。そして握り込んでいた左手を勢い良く開く。手の中には何かの種子のような黒い物が握られていた。

 そして……そっと小鳥の囀りを思わせる声調で発した。

 

「【黄泉の黒蓮(ダーク・ロータス)】」




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[良い点] やはりロキはアルスの唯一理解者ね、そしてまさかまた一段下がるとは、最早フィアの才能でしか説明ができない
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