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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第5章 「主人格の符合」
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静止した時間の流れ

 ◇ ◇ ◇



 【凍獄デスピア・エクスキュート】という魔法は四方が囲まれた状態が最も効力を発揮する。最上位級魔法だが、魔法大全グリモワールに収録されている事象改変とは大きくことなっていた。


 それが何を意味するのか、フローゼは椅子の背もたれを浮かして目を見開く。


「構成を途中で変えた!!」


 胴体を氷柱に貫かれた黒衣の一団を見て過程を推測する……しかし、フローゼの驚愕は卓越した魔法技術すら後回しにしてしまうほど冷やされていく。

 何事もなかったかのように佇む少年の姿を見て侘びしさを抱いた。


「ヴィザイスト、彼に何をしたの!」

「想像通りだ。弁解はベリック共々せんよ……」


 裏の仕事がアルスに回ったのはある意味で仕方のないことだった。魔法技術も然ることながら、卓越した魔法師というのは限りなく少ない。公にすることのできない案件に軍では対処しきれなくなっていたのだ。外界以上に内側での厄介事は慎重を期す。その上、並の治安部隊や魔法師では手に負えなくなっていたのが現状だ。


 その中にはクロノス襲来後の非人道的な研究に尾を引いているものも少なからずあった。軍の汚点とはいえ、ベリックが就任して間もない時期は魔物の大進行とも重なり外に目を向けざるを得なかったのだ。


 そのためアルスに白羽の矢がたった。誰も望んで子供に人殺しをさせるつもりなどなかったのだ。


 アルスは完璧に仕事をこなすことを徹底した。ベリックやヴィザイストの命令の中に当初命を奪えという類の指令はない。

 だからこそ、甘かった。


 ここに来てヴィザイストはベリックの思惑の一端に思い至る。


 アルスを学院に放り込んだのは軍のためでもあったはずだ。だが、彼が外界に出ることで救われる命の量、その重みをアルスは自覚できていない。だからこそ情操教育のためと思っていたのだ。おそらくその中には命を奪うことに忌避感を抱かせることも含まれていた。軍の都合とはいえ、失われたものを取り戻すことができるのもまだ彼が若いからだ。


 殺戮を繰り返す中で心を保つのは難しい。だからこそ心を守るために心を殺す。

 だが、それは間違った方法なのかもしれない。


 ヴィザイストはアルスがまだ隊にいた時に幾度かアルスの笑顔を見たことがあったが、それもだんだんと失われていったのも間近で見てきた。

 もともと感情表現が得意でないアルスだったが、ヴィザイストが本当の意味で深刻な事態だったと気づいたのは、グドマの一件があったからだ。


 僅かなやり取りではあったが、任務に関してストイックなアルスは結果だけを報告して帰ってしまうのが常だった。だからこそその後に続いた雑談に彼が耳を傾けた時は驚いたものだ。



 ヴィザイストはフローゼの射殺さんばかりの視線を一心に受け止める。彼女は魔法師育成プログラムに否定的だったのだ。もちろんその必要性も理解出来なくはないのだろう。けれども育児のために退役したフローゼからすれば許せる類のものではなかったはずだ。

 今にして思えば三巨頭の間でもこの話題については自然と避けていたように思えた。


「あいつは才能があり過ぎた」


 ついつい溢してしまうのもヴィザイストの本音だからだろう。魔物相手ならば恐怖を克服すればどうにかなる。だが、同じ人間を殺すというのは並大抵のことではできることじゃない。

 アルスはそれを初任務の時にこなしていた。


 今のアルスはその時の顔に戻っている。

 ヴィザイストは苦渋を呑み込み、自分の少し前で事態を眺めている男に忠告を出す。


「モルウェールド、もう終わりだ。全滅しないうちに隊を引かせろ」

「ふざけるな、掠った程度で引く馬鹿がどこにいる」


 戦いを見ていて、アルスもおそらくヴィザイストと同様の魔法にかかっているのだろう。それがなんであるにせよ、すでにアルスは克服しつつある。

 それがモルウェールドにはわからないのだ。


 これまでアルスとノワールの戦いは明らかにアルスが劣勢だった。傍から見れば不思議な光景だ。いつものアルスならば確実に致命傷を与えられたはずなのだから。

 だが、何かしらの魔法が働いていたとしても、今の一撃は決定的だ。ノワールの表情を見ても信じられないというのがやすやすと読み取れる。


「闇系統、それも精神に干渉するタイプだわさ。だろ、少将殿?」


 ミルトリアの推測にヴィザイストは裏付けを得たように納得した。

 精神に干渉されるというのは闇系統の中でも稀な存在だ。何よりも厄介な点は自分が術中に陥っているのかの判断がつかないことだろう。


 どういった魔法なのか、アルスが魔法をノワールにほとんど使わないところから見ると、何かしらの精神の誘導があるのかもしれない。


「フン、あなたがミルトリア・トリステンか。わかったところでノワールの魔法は解けん。見てろ」


 モルウェールドは脂肪の付いた指をパチンッと弾く。

 すると包囲していたのだろう、黒衣の一団がぞろぞろと茂みの中から姿を現した。

 ざっと見ただけでも40人近くいるだろうか。


 それでも……。


「モルウェールド、全滅させる気か!」

「悪党をのさばらせておくほど、私は寛容ではないんでな。しっかりと目に焼き付けておけヴィザイスト。貴様らが祭り上げた1位がハリボテだということをな」


 顎をクイッと上げると一斉にアルスへと走りだす。


 隣に座っているミルトリアは我関せずと視線を戦いの場に戻す。


 「やれやれ、まだこんなのが根付いているのかい」という小言に反応したのはセルバのみだった。

 「そのようですね」と、どこか諦めにも似た苦笑だけが二人の間で交わされる。


 セルバだからこそアルスの戦いにも気づくことができたのだろう。躊躇なく殺すことができる人間というのは経験が必要だ。積み重ねることで薄れていくのだから、彼の戦いは何人もの死体が山積みになっているはずだ。


「私が」


 誰に断りを入れたのか、セルバは天高く飛んできた黒衣の魔法師に向かって軽やかに跳躍した。まるで人形のような姿は宙を乱回転しながら降ってくる。手足がバタバタと振り回され、先端から血が飛ぶ。


 セルバは左手で飛散する全ての血を握り潰し、器用にローブの襟を片手で掴み取った。

 着地したセルバはすでにこの者が息絶えていることを確認するとそっと横たえる。


「さすがにフェーヴェル家と言えばセルバ殿だな、今もってなお老眼とは縁遠そうだ」

「フォッフォッフォ、お褒めに預かり光栄です。ですが、さすがに老いには誰も敵いますまい」


 左手の白手袋をひっくり返し、丸めてポケットに入れたセルバは何事もなかったかのように両手を後ろに組み、緩やかに歩き出す。


 そんなヴィザイストの手放しの称賛の揚げ足を取るようにミルトリアが難癖をつける。


「セルバ、あんたも随分老いただわさ」


 そう言って、杖の先端を斜向かいにいるモルウェールドへと向けた――モルウェールドの立ち位置は全員よりも若干前にいるため彼からは背後の様子は見えない。


 そこには腫れぼったい頬に赤い筋を付けた少将の姿があった。


「申し訳ございません。閣下、何分私がお守りするのは主様のみでございますので」


 慇懃に腰を折ったセルバはあくまで自分の仕事の範囲外であることを告げた。

 事実セルバはフローゼに掛かる血のみを握り潰している。それでもヴィザイストやミルトリアには一滴も掛かっていないのは偶然なのだろう。そもそも魔法師という意味では飛んでくる血液は体外に放出される魔力の前では付着しようがないのだが。


 それもまた一手間であるのも事実だ。


「……クソッ!」


 汚い物が付着したようにモルウェールドはハンカチを取り出して拭うと、そのまま捨てた。それでも彼は目の前の惨劇から目を逸らすことができずにいる。


(なんだ、これ……)


「なんで殺せない!? 何が起こってるんだ」

「モルウェールド! 早く撤退させないと全滅するぞ!!」


 軍部でも最強の部隊だと踏んでいたモルウェールドの過信がこの現状を生んでいた。秒単位で確実に殺される部下。

 少しも惜しいとは思わなかったが、殺せないのでは意味がない。でなければベリックの失墜もその後釜に自分が収まることも空想で終わる。


 確かに魔物相手ならばアルスは引けを取らないだろう。だが、研鑽に研鑽を積み、命をゴミと思うような残忍な連中を育てたのだ。ノワールなら確実に殺すことができる。それはつい二日前にも証明されたはずだ。ヴィザイストというアルファ内でも名高い魔法師を相手に圧倒的な勝利を収めたのだから。


 モルウェールドは過去の大進行の失態、もとい屈辱を想起し、何かに背中を押されたように叫んだ。


「ノワール!! さっさと殺せえぇぇ!!!」


 ハアハアと肩で荒く呼吸するモルウェールドは敗北が脳裏を過ぎったのか、バッと振り返ると。


「ヴィザイスト、貴様も軍人ならば協力しろ。でなければ共犯も同然だぞ!」

「何を言い出すかと思えば、この身体でやり合えというのか少将。脅迫にすらならん。命を粗末にすることまでは軍では教えていないと記憶していたが、少将のところは違うのかな。そうまで言うのならば、まずは少将閣下が先陣を切るべきでしょう。ならばこそ、私も見てみぬふりはできませんな」

「貴様ッ!!」


 それを言うならばフローゼも全く無関係とは言い難かった。しかし、あれをどうすればいいのかという対策を立てられない。

 説得するというならばまだしも捕縛、殺すという目標の前ではアルスの枷も無くなる。今の段階ですら彼は魔法師としての力量の全てを発揮していないと確信が持てる。

 何よりもあの魔法……。


 最初に半透明の障壁に加え、今も不可思議に肢体を潰される魔法に彼女は未知の恐怖を抱く。相手も相手だが、それ以上に得体が知れない。



 空間干渉魔法についてヴィザイストは既知としていたが、それを教えることはできなかった。何よりも聞かされた内容では今のアルスが使っている魔法の説明ができない。

 やはり、まだまだアルスの秘め事はベリックのみが知り得ているということなのだろう。ブラックボックス、明かされては行けないパンドラの箱のように思えた。


「空間に直接干渉するのかい。しかも逐次変数の書き換え、いいや、空間の圧縮だわさ」

「「――!!」」


 ヴィザイストとフローゼはほぼ同時にミルトリアへと顔を向けた。元々魔法の研究をしていた彼女ならばその発言にも説得力が増す。

 だが、解き明かすことをして良いものなのか、差し出口を挟む余裕はなかったが、結果として彼女はそのあたりを弁えていたのか、そこまでしかわからなかったのか。


「事象の改変の結果として空間自体に干渉するのは当然だわさ。だが、あの小僧は魔法を使っていない。フェッフェッフェ、あれそのものが魔法なのかもしれないのか」

「あれが魔法じゃないと言われるのですか?」


 フローゼの疑問は当然だ。同じことをヴィザイストも思っていた。


「堅物のあんたたちにはわからないだわさ。まぁ、単純な話、要はどの系統にも属さないだけのことだわさ。そもそも火・水・風・氷・雷・土の六系統は万物の摂理から生まれたのに、何故エレメントと呼ばれる系統が存在すると思う? これをちゃんと説明できたら銅像でも立つだわさ。最も有力視されている見解が遺伝さね。系統は変化すると言われている。これが混血によるからだとも言われているだわさ。つまり、全部で八系統しかないなんてのは魔法師たちの先入観、研究者たちは誰もこの世に八系統しか存在しないなんて思っていないものだわさ。もちろん存在しない以上証明のしようもない。だからあれは新たな系統、今のところ系統外ということになるんだわさ」

「系統外ですか、確かにアルスは全系統の魔法を高水準で使えますが」


 ヴィザイストの補足を得てミルトリアは予想していたとばかりに笑んだ。


「系統に含まれないからこそ、他系統に優劣が存在しないのかもしれないだわさ」


 優劣が存在しない。そのことにヴィザイストはアルスの禁忌に一歩踏み込んだ気がした。

 


 

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