課外授業の実施をお知らせします
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同じクラスとなったのは理事長の配慮なのだろう。
ロキの自己紹介は恙無く終えることができた? 本人に不手際はなかったのだが、周囲が騒ぎ立てるのは学院特有のものだろうか。
ロキのフェミニンな容姿は男性以上に女性受けがよかったということだ。
魔法学院では同年代の生徒が多い。特に決まりがあるわけではないのだが、それこそ魔法師としての素質さえあれば年齢は問われないのだ。ただ一般教養も授業にある以上、明らかな年配者が入学することはない。その場合は軍にある養成施設に入るのが良いのだろう。
無愛想な自己紹介でさえ、余計な追い打ちとなったのは言うまでもない。さらに言うならばロキの順位は人を集めるに足るものだった。
魔法師を目指す彼等はやはり順位に縛られる。ロキが順位を聞かれるのは必然だった。
しかし――。
「570位!!」
これは誰があげたものなのか……ロキの周囲でそんな吃驚の声が上がる。
それを遠目に聞いていたアルスは思い当たる節があった。それは昨日の模擬戦でロキもまた測定対象だったということだろう。加えてあの大魔法だ。
禁忌に該当するものの、それも魔法の行使として測定対象として認識されたということだろう。
四桁を一気に三桁半ばまで上げたとしても不思議ではない。
雷霆の八角位……雷系統の中で最高位に属する魔法【鳴雷】を使ったのだ。大幅に順位を上げてもなんらおかしくはなかった。本来ロキは100位代の実力があるのだから。
ロキの順位をきっかけに正面に映し出されるスクリーンには試験結果の反映を知らせる文字が上がった。
このスクリーンは授業での使用以外に随時学内でのお知らせを告知する情報発信の役割もある。
取り巻いていた生徒達は思い思いにライセンスを片手に黙々と散らばった。
人に順位を聞くくせに自分のは知られたくないという身勝手な行動故だ。
その隙にロキがアルスの隣へと移動すると、空いた席に着く――アルスの隣はほとんど空席だ。それも不気味がった意味合いが最近ではほとんどである。
歓喜の声と落胆の声が入り混じる教室内でロキは自分の順位についての疑問を訊いてきた。
推察通りの答えを返すと順位が上がったことに少しばかり顔が綻む。
軍にいたロキが順位を気にするのが不自然に思い、アルスは訝しげに眉を寄せる。
順位に一喜一憂するのは学院では当たり前のことだ。当然のようにテスフィアとアリスも含まれる。
いくら意味のないことだと言っても気にはなるのだろう。
これに過剰反応するのは彼女達よりも順位の低い者達だ。
「4500位に7833位か、やっぱり二人は頭一つ出てるわね」
そう感嘆の声を洩らすのはよくテスフィアとアリスに教えを請いにきている女生徒だ。
「シエルももう少しで四桁じゃない」
小動物を思わせるシエルはテスフィアとはまた違った可愛らしさを覗かせて照れた。
テスフィアの切り返しは褒め言葉だが、テスフィア自身あまり上がっていないことに落胆の翳りが落ちている。
一方の相方――という括りは本人達からしてみれば不本意だろうが、アルスは実力では大差ないと見ているのであながち的外れでない括りだ。
アリスはというと8867位から驚異的なまでに順位を上げたが、これ自体は驚くものではない。
元々入学試験を参考にした順位だったのだから、今回の精密な測定こそが本来の能力に近い正確なものだということだ。それでもここまでの振り幅は稀なことだが。
そしてあらかた自分の順位を確認し終えたクラスメイト達は注目の的であるロキを探すように教室に視線を巡らせた。
探し当てた時、一瞬の間があったのは隣にアルスがいたからであろう。
腫れ物を触るような目が隣の男子生徒に移ったのは仕方のないことだ。
それも三桁魔法師とわかった今ではより一層だろう。
「ロキさんはアルス君の知り合いなの?」
声をかけて来たのは先ほどテスフィア、アリスと話していたシエルだった。見かけによらず勇気があるなと思えば、しっかりと後ろには二人の姿もある。
「はい。アルとは以前より親しくさせていただいています」
これは事前の打ち合わせ通りの受け答えだ。声だけ聞けば抑揚の利いた微笑を連想させるだろうが、実際は無感情に淡々としており、機械的な声である。
当たり障りのないちゃちな打ち合わせだが、シエルが少しだけ驚いたのは以前からの知り合いという内容だけで済んだ。
ともすれば現金なもので口火を切ったシエルに続いて続々とロキの周りを取り囲むクラスメイトたち。
質問攻めに合うのは致し方ないことで、きっと編入初日などこんなものなのだろう。アルスにはわからない光景だが。
事情を知らなければ当校でもフェリネラに迫る次席を射止めたのだから一躍時の人だ。
そんなごった返した場所をアルスは気付かれないようにそっと離れた……戸惑うロキに同情しながらも微笑を浮かべて。
それに逸早く気付いたロキが捨てられた猫のような目を向けてくるが、アルスは慣れろとばかりに教室を後にする。
これは不機嫌になっているのだろうか。
昼前の授業中、アルスは本に向けていた視線を隣に移した。
前下がりに切り揃えられた銀髪で表情までは窺い知ることはできないが、やはりいつも通り無表情なのだろう。
テスフィアのようにわかりやすい性格でない反面扱いづらいと感じるのだ。
だからと言って機嫌直しのために時間を割くことはない。
どの道昼食時には同じことが繰り返されるのだから。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り終わると、案の定生徒が押し寄せた。気が付けば教室の外でも待機している輩がいる。
そして真っ先に駆けて来たのは……アリスだった。
我慢していたとばかりに髪を撫でくり回す。
「はぁ~……ロキちゃん可愛い」
頬が緩みきった、完全に和んでいるアリスに呆れ混じりの声が投げ掛けられる。
「それにお昼時間使い切るんじゃないでしょうね」
「待ってぇもう少しでお腹いっぱいになるから~」
どういう体の作りだ、なんて的外れな返しをアルスは呑込み、当然のように用意していなかった昼食を取りに食堂へと向かう。
実質一年生のトップスリーが出揃った形だが、それに分け入っていく強者はいなかった。
アリスに撫でられていた間、ロキは人形のように身を任せていたがアルスが教室から出ていくのを見ると凄まじい勢いで後に続く。
当然、それに続く二人――主にロキを追いかけたアリスにテスフィアが続いた形だ。
廊下を歩く一団の後を追いかけてくる者はいない。
その中にアルスが入っていることでより一層の奇異な視線に晒されるのであった。
食堂は本校舎の隣に併設されている建物内にある。主に売店などの店が軒を連ねているが、そこは唯一の魔法学院だけあり、名立たる名店が腕を振るう場だ。
学食だけでなく階層毎に取り扱っている物が違い。学業で必要な物は全て揃っている。
校内では寮生がほとんどなため、お昼時に雑然と賑うのは予想通りだった。
ランチメニューを受け取ったアルスは十人掛けのテーブルに座る。
ロキがその隣に来るのは理解できるが。
「何故お前達までくっついてくる」
「いいじゃないお昼ぐらい、アルだって初めてでしょう?」
「初めてだが、それと何の関係がある」
わけのわからない理論を展開し始めるテスフィアを他所にアリスもトレーを置く。
「おじゃましまぁす」
混雑しているものの空席はまだある。そもそも全校生徒が押し寄せてこないと満席になることはないだろう。
テーブルの端に四人が固まり、アルスの向かいにはテスフィアが毅然と腰を下ろした。
迷惑にならないなら構わないが、この二人は何かとアルスの時間を奪ってきた張本人だ。
ついつい溜息が溢れてしまう。結局続けざまに溜息を吐く羽目になるのだった。
「お隣よろしいかしらアルスさん」
どこかで聞いた声。
食事の手を止め一同が声の主に向いた。
間違いようがない光景が広がっていた。
ただ一人艶やかな黒髪を垂らしてフェリネラがトレーを持って返答を待っている。
明らかに混雑している中でフェリネラを中心とした不可侵の空間が出来あがっている。ここまで来ると逆に怖いなと、羨望の眼差しで避けるように譲る生徒達を一瞥してそんなことを考えた。
その間をどう捉えたのかフェリネラは首を傾げて、傍まで近寄り。
「ダメでしょうか?」
腰を軽く折り、片手で髪を耳に掛けたフェリネラが眼前にあった。
驚愕の声? なのか黄色い声も入り混じって所々で湧き上がる。
それをBGMにするのは易いが、このフェリネラという人物をアルスは苦手に思っていた。
どうにも理事長に似た気があり、妖艶な肢体、口から紡がれる言葉には抗い難いものが含まれているようにも感じるのだ。
「お好きに」
素っ気ないセリフはフェリネラのペースに乗せられないための防壁である。
脆い防壁だということは自覚の上だ。
「ありがとうございます」
丁寧でありながら、何か含みのある声音。
本人は自覚してのことではないのだが、生まれ持った気品からか威圧的な声音ではないにも拘らず相手よりも優位に思わせてしまうのだ。
アルスの隣にフェリネラが席を確保した。
すぐに座らないのは初対面の人物が加わっているからだろう。
「初めましてロキさん」
フェリネラがアルスに断りを入れて、奥のロキに微笑んで顔合わせを果たした。さすがにロキの転入は全生徒に行き渡っているようだ。
艶やかな笑みを受け取ったロキはアルスと同じような第一印象を抱いたが、それが表情に反映されることはなく、作りすらしない表情で受け答える。
「初めましてフェリネラ嬢」
ロキは昨晩の打ち合わせで上級生の名簿に目を通している。だから彼女のことは知識として知っている、軍の関係者だと。
テスフィアとアリスにも伝えたロキに関する最低限の情報をフェリネラとも共有し、一先ずの顔合わせを済ませる。
この異様な光景を目の当たりにした他の生徒から要らぬ視線の集中砲火を浴びることとなったのは言うまでもない。絶世の美女四人に囲まれているのだから、嫉妬が渦巻くのは避けられないことなのだろう。
しかし、それが止んだのは直後のことだった。
千席以上の座席が置かれる食堂には随所に五つの大型スクリーンが設置されている。
新しいお知らせの告知がテロップ、アナウンスの後、映し出された。
『五月二十八日に課外授業の実施をお知らせします。当校の生徒が卒業後、魔法師としての第一歩を踏み出す後押しとして実戦訓練を行うことに相成りました』
聞こえの良い理由と共に淡々と告げられていく。
『皆さんには実戦と同様に魔物の討伐を行っていただきます。詳細な説明に付きましては各クラスにてプリントを配布します。
繰り返します…………』
プツッとディスプレイに戻ると動揺が湧き、騒然となる。
誰かが食器を床に落とす音は一つや二つではない。
魔法師を目指す生徒達には避けて通れない課題であると同時に最大の難所である。
気骨のある者は今からやる気を露わにするが、やはり戸惑いの声がほとんどだった。
アルスのテーブルはというと。
アルス、ロキは事前に知っていたため食事の手が止まることはない。
実戦経験者のフェリネラも突然のことに驚きはしたものの知ってか知らずか「理事長も大変ね」と他人事のように食事に戻った。
残るは――。
「よ、余裕よ……ねっ」
誰に問うわけでもない問い。視線は未だスクリーンに向いていた。
「…………なんで今」
答えのない疑問を浮かべていたアリス。その疑問に答えられるのはこの場ではアルスだけだが、教えても事態が好転するわけでもないし、逆に行き場のない鬱憤を募らせるだけだ。
二人は一様に真っ青だった。
「どうするのかしら?」
隣のフェリネラがアルスに聞こえるほどの小声で呟く。
斜に向ける視線。
めんどくさげに今度はアルスが小声で答えた。
「すでに厄介事は回ってきてる」
答える必要はなかったのかもしれないが、彼女も監督者としてまったく知らないわけにはいかないだろう。
「……そうですか、お手を煩わせます」
「まったくだ」
それ以上フェリネラがこの話をほじくり返すことはなかった。
目を伏せて切り上げる。それはアルスの心労を慮ってのことだ。
♢ ♢ ♢
昼食の後、校内は実戦訓練の話で持ちきりだった。
魔物を直に見たことのない彼等ではそれも仕方のないことなのかもしれない。
何故かいつも以上にテスフィアやアリスの周りに人が集まっていたのだ。
その理由がわかったのはいつものようにアルスの研究室での訓練の最中に発した一言からだった。
「グループを組もうたって自分達で決めていいのかすらわからないのに先走ったってねぇ」
「そうだね。あれにはちょっと参っちゃったよ」
二人は辟易とした苦笑を浮かべた。
顔に余裕はないが、二人以上に切羽詰まったクラスメイトに冷静にはなれたのだろう。結果として自分達が何のために訓練を積んできたのかを明確な敵の出現によって意識したのだ。
軽口とまではいかないが以前とは違い、訓練中でも会話するぐらいには慣れて来たのだろう。
おそらく寮に帰ってからも訓練を続けていたに違いない。弛まぬ努力の成果は目に見えて表れていた。
お互いに抓らずとも魔力の移動を行えるようになっているし、しゃべりながらでも行えているということは習慣化されてきている証拠だ。まだまだ緩慢な移動だが、それでも驚異的な成長速度だった。
「課外授業が近づいたらまた詳しく開示されるみたいだしね」
「グループを組むより魔物を討伐するための訓練をしろってのよ」
この悪態についてはアルスでも一瞬目を瞠ってしまった「よく言う」と。
積み上がった本で気付かれてはいないが。
「実際、五人組は理事長が決めるぞ」
「「――――!!」」
「アルス様!」
別に隠しておくように口止めはされていないので、教えたが、ロキは情報の漏洩と見たようだ。
「構わんだろ」
これは軍の規律に縛られないことを意味し、緩い約束のようなものだと暗に告げた。
「なんでそんなこと知ってるのよ」
怪訝な顔が向けられるが、それは本の山によって遮られている。
「理事長から聞いたからに決まってるだろう。少しは考えろ」
見えない向こうではテスフィアが歯噛みしていることだろう。
「そうしたらアルは誰と組むんだろうね」
アリスの些細な疑問。
「さぁな」
舞台の裏側までは教えなかった。それは必要のないことだからだ。知らなくていいことで、それ以上は実戦で妨げになるかもしれない材料だ。
「ま、あ……1位様ならこんな実戦は余裕なんでしょうね」
「――――!!」
皮肉のつもりだろうがアルスには投影されるはずもない。
「当然だ。俺はさっさと終わらせて帰るつもりだぞ」
ピクッと反応したロキを目で制して、口の端を上げる。
「お前も粗相をしないように気を付けろよ」
一瞬にして顔を真っ赤にしたテスフィアが「信じられない」と怒気を発した。このやり取りでもお互い本気ではない。というのもこの程度は割とよくあること口論だ。
アルス相手では喧嘩にもならないため、大抵この後は黙々と訓練に勤しむ。
何だかんだで飛び出していかないのも、いつものことだ。
それで口をきかなくなることもない。そのうちにケロッとヒントを求めてくるのだから。
しかし、今回はアルスが先だった。
「取り敢えず、魔物との実戦に備えるか」
「次のステップってこと?」
アルスは二本に切断された棒を二人に放った。
それを危な気に受け取る。
「本当ならもう少し先だが、今の状態でもなんとかなるだろう」
認められた、もしくは努力の甲斐があったと二人して会心の笑みを突き合わせた。
しかし――。
バシュっと魔力が拡散する無様な音が立て続けに鳴ったことで、すぐに早計だったかとアルスは頬杖をついて思い直すのだった。
・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ
・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」
・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定