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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第5章 「主人格の符合」
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誰何する己

 実際に火球の中に潜んでいたのは5人程度だ。ローブに包まっていたとはいえ、鎌を持つ手は赤く爛れている。魔法で多少身を守ることも出来ただろう。それをしなかったのはアルスを欺くためだ。仮に身体の表面を障壁で守れば確実にアルスは気づくことができた。


 だが、彼らは腕で顔面を覆っただけで、落下に従い眼下のアルスに狙いを定める。


「覚悟はあるってことかッ」


 苦々しく見上げるアルスは足元から伝わる魔力の波長に対して面倒くさそうに舌を打つ。

 下と上、どちらを取るか、いや、優先すべきは上だろう。急ぎ対処しなければならなくなった。


 交差された腕を広げた直後、風の斬撃が走る。重なることすら気にしない無造作な斬撃の全てがアルスに集中する。


 だが、至って冷静なアルスは魔力のみを知覚し、瞬時に上空に向かってAWRを薙いだ。刃先から放たれる耳慣れない振動音。空間を断絶し幾重にも重なった斬撃を一撃の下霧散させ、呑み込んでいく。

 【次元断層ディメンション・スラスト】は世界を真っ二つに割った。縦に入る切れ目が左右でズレ、そして瞬く間に修復、合致する。

 空中の敵は巻き込まれた腕がないことすら自覚するまでに時間が掛った。しかし、自覚してもなお、自分の腕を顧みることすらしない。


 続いてアルスは振り上げられたナイフを手元で反転させると地面に向かって投擲する。円を描くように地面から鋭利な棘が囲うように生えるが、その先端が彼の身体を貫くことはなかった。

 【神格振動破レイルパイン】によって、土塊の棘は形成された直後に内部から破壊されていったためだ。


「――ッ!!」


 そんなアルスの対応に相手は予想していたかのような追撃の一手。

 視界の端で鎌を地面に刺した黒衣の集団が魔法を破壊されてもなお片膝を突いている。それが何を意味するのかアルスは自分の放った魔法が適切ではなかったと悟った。


 途中で切り株のように崩れた断面からさらに棘が生える。

 しかし、それは最初の棘と違いアルスを直接狙ったものではなかった。つまり、破壊された直後に構成を書き換えて用途を変更したことになる。


 周囲を網目状に走る板のような土は空気すら通さないほど隙間を埋め、瞬く間にアルスの姿を隠していく。


(捕らえるにしてもこれじゃ……!!)


 殴れば崩れそうな土の格子。そう思った直後だった。安易に思っていたアルスはそれを破壊する勢いで鎌の刃先が抜け出たのを見る。

 頬を魔力刀が掠めていく。薄らと血が滲み、垂れ始めた。


 アルスから視覚を奪うためのものだった。もっと言えば今も格子には魔力が絶えず流入されている。それは内部から外部の魔力を読まれないために徹底されていた。


 実体を持った刃が次々に格子を粉砕し、貫通してくる。

 即座に反応するが、やはり限界は早々に訪れた。この状況を打開するのは容易い、だが……。


 懸念を振りかぶりアルスはナイフを全方面に全力で振るう。

 ほとんど抵抗なく土の格子は泥を飛ばしながら崩れ去る。


 視界が回復した時、アルスは予想していた光景に反射する身体に任せた。見るまでもなくタイミングを見計らったように周囲から一斉に襲いかかる鎌。

 アルスのナイフが魔力刀を形成していても大丈夫なようにギリギリの間合いまで確保していた。


(こちらの手の内はお見通しか)


 アルスを串刺しにするまで一秒にも満たない刹那、そんな中においても瞬時に状況を把握する。ここまでの接近戦ではやはり多勢に無勢。満足に魔法すら使えない状況だ。

 テスフィアたちのことも考えれば広範囲の魔法はもちろんのこと、これだけの一斉攻撃に加え、手練を相手にもう一歩が踏み込めない。


 アルスが焦燥を抱く中には確実に相手を殺すことへの躊躇いとそれを認知されるという正常な忌避感がある。グドマの実験体を屠った時には感じなかった感傷だった。

 自分という個体の変化は異物が混入したようにしこりを残す。


 だというのに脳内を巡ることはいかに無力化するか、殺すかにある。まるで頭で考えることと心の動きが真逆となっていた。

 状況が好転しないのをアルスは長期に渡る経験から予想する。勝手に動き出す判断は彼に染み付いた本質の表れだ。異物を排除するそれは思考に一つ一つ氷を落として冷やしだす。



 空間干渉魔法もそうだが、この時点で障壁すら展開する余裕はない。時間的な問題ならばまだよかったのだろう。物理的な攻撃を防ぐための障壁にもっとも有効なのは魔力刀だ。

 かと言って対魔法障壁では実体のある鎌を全て防ぐことは難しい。いや、その時間すら相手に有利な隙になる。その両方を兼ね備えた障壁ともなるとコンマ数秒ではプロセスを追うことはできなかった。


 全員が足を地から離していることを思えばアルスが使う魔法でも【永久凍結界ニブルヘイム】のような世界を塗り替える魔法は効果がない。


 常に捨て身の攻撃にアルスはこんな状況に追い込まれるまで手を拱いている。


 脱力するように瞬きを一度、当然諦めたわけではない。この状況を打開する術というのは常に彼が外界で培ってきたものだ。

 瞼を開いた時、アルスの右目に微かな痛みが走った。何かが視界の端から流れ込んでくるような違和感。


 コンマ数秒の猶予はアルスを中心に遅延していた。


「【時の忘却(……ステイシス)】」


 咄嗟の激痛に右目を押さえ、アルスは魔法の成功を見てナイフを全方位へと薙ぎ払う。頭上に迫る刃は動きを鈍重なものへと変えていた。

 至って真面目なその動作はアルスの魔法による影響下にあるからだ。この至近距離という制限内に収まる敵は時間の経過を認識できない。錯覚ではなく彼らはこの瞬間をコンマ数秒以上に体感している。

 その中で動けるアルスの速度も彼らは捉えることはできないだろう。効果範囲外から見れば彼らは座標を固定され空中に縛られているように映る。


 現にこの魔法はアルスが転移門サークルポートに用いた技術。その根幹となる座標の複写を魔法に転用しただけのことだ。今までは魔法として昇華させることができなかったが、イリイス戦の際に【始原の遡及(テンプルフォール)】の構成に含まれる座標固定だけを取り出した結果生まれた魔法だ。


 アルスにしか使えないのが残念だが、この魔法は主に空間掌握魔法に分類されると思われる。実戦では初めての使用だ。

 試し打ちはしてもその時は成功しているのかすら判断が付かない一瞬の停滞。機材による測定が不可能なのはこれは人間の認識、視覚から入る情報を錯覚させ定着させるため無機物には効果がないからだ。


 胸を横一文字に斬り付け、裂傷から血が吹き出たのはそれから一秒後であり、魔法の効果が切れたためだ。全員が同時に血飛沫を撒き、鎌は胸に走る衝撃に仰け反った反動で最後まで振り切られることはない。


「キヒッ! 何をしましたの?」

「ノワール……」


 空中に赤い液体が舞う中でそんな狂気じみた歓喜の声を聞く。

 黒衣の集団が花を咲かせたように吹き飛ぶのとは反対に向かってくる者がいた。衣擦れの隙間から生える大鎌の刃が真上から振り下ろされる。


 即座にナイフで防ぐ。火花すら散らす耳を劈く擦過音。

 金属同士のぶつかり合いの向こうでぬうっと出てきた少女にアルスは唇を噛んだ。右目の痛みは引かない、視力的には問題ないが何かしらの異変は間違いない。だが、それを確認する間はなかった。


 二人の刃が通り過ぎると同時にアルスはそのまま一回転する。ノワールも器用に空中で前転し、更に遠心力を加えて再度、ナイフと大鎌が衝突する。

 が、今度はお互いに弾かれ、すぐに剣戟が繰り広げられた。三日月を連想させる湾曲を描いた大鎌はアルスの背後からも襲いかかる。

 その程度でやられるアルスではない。見ずとも大鎌の軌道は予測できる。何より無邪気な悪意とでも形容できる魔力を知覚するのは距離が近いほど容易だった。

 反対側に回したAWRに伝わる衝撃、それを受け止めず、しゃがんで受け流す。項のすぐ上を通り過ぎていく。



 だが、アルスは自分の足元を見て気付いた。明らかに接近戦において明確な実力差がある。事実間合いの差はあっても着実に攻め込めている。

 ノワールのAWRの形状からして暗殺、相手に気付かれずに抹殺することが得意なのかもしれない。しかし、こうして真正面から刃を交えれば実に堅実な太刀筋だ。


 なのに何故攻め切れないのか、間合いはノワールに分があるとはいえいくらでも攻める機会はあった。


 アルスが徐々に詰めてきた間合いはいつの間にか元の距離に戻っていたのだ。彼女に引き離されたというわけでもない。


 何かがおかしい。

 そう思ったアルスは何かしらの魔法的要因が働いているかの確認のために思い切って懐へ入り込む。ノワールの大鎌は一定の距離ならば通常の武器に比べて戦いづらさがある。だが、一度懐に潜り込まれれば一気に形成が変わるというデメリットの大きな武器でもあるのだ。

 つまるところ見た目通り小回りが利きにくい。更に言えば槍のように柄の部分での扱いも期待できない。大鎌の場合、比重が刃に集中しているためだ。これは遠心力を効果的に活用できる一方で手首での操作を困難にする。


 だからこそ、アルスは懐に容易く入り込めたことに一抹の不安を覚えた。この手の武器を使う者がその欠点に気づかないはずない。単純な力量差によるものなのかもしれないが。


 案の定、彼女は持ち手を変え、大鎌を引き寄せ、後ろにバックステップを踏む。アルスがそのまま留まれば後頭部から迫る鎌の刃に首が飛ぶ。


 だが、ノワールの狙いに気づいたアルスはほとんど誤差なくぴったりと追い縋る、彼には無用の心配だ。

 ノワールの接近戦は確かに卓越している。それでもアルスには一歩及ばないだろう。ロキと比べてどうかというぐらいか。

 大鎌という稀有なAWRを使っていることを考えればその扱いは熟達していた。


 アルスの動作は止まらず、着地と同時に足を撓め、ナイフはすでに振り始めていた。1mもない距離でノワールの顔を見る。そこには恐怖という類の感情は一切ない。完全に生き死にを日常に取り込んだ者の顔だ。

 その希薄な、ある種自分を見ているような感覚、それでもアルスは罪悪感すら抱かない。同情はするが、結局はそれだけのことだ。

 ただ、少しだけ残念・・ではあった。


 すでに間合いは狂いようがない程近く、手元が狂うこともない。何をされたのか、それを探るためではあったが、基本的に術者が死ねば遅延型の設置魔法でもない限り持続される道理はない。

 今までと何も変わらない結果は相手を確実に殺せると脳裏が決断を下した。

 


 だからこそ彼の心の隙間は現実の隙間となって表れた。人間らしさに彼は浸り過ぎていた。


「――!!!」


 体感では確かに右腕を巻き込んで下から斜め上方に斬り上げた、はずだ。ノワールを逆袈裟斬りにし、リーダーを欠いた隊が機能しなくなって、それで後は逃走するだけだった。

 そこまでの道筋を描く。だが、アルスの腕はナイフの柄尻を相手に向けたまま、そこからピクリとも動いていなかったのだ。何が起きたのか、それを視界に収めてもなおナイフは先に進まない。


 間違いなく、それは停滞だ。隙にならないはずがなかった。

 ナイフを戻し、即座に離脱を図るより早く目の前を刃が過ぎていく。


 額を裂かれた。跳び退った空中で血が瞬く間に右目を塞いでいく。

 アルスは斬られたということよりもナイフが、更に言えば腕が言う事を聞かなかった事実に目を見開く。


 なんとか着地した時、囲うように黒衣の集団が獲物を見つけた獰猛な獣の如く首を取りに走っていた。

 考える間すら与えない相手は即座にアルスへと追い打ちを掛けに跳びかかる。


 だが、アルスの意識はそれすら映さない。何をされたのか、魔法の解明ではなく、傷の確認をするでもない。ただ自問自答するように自責の念が沈殿する思考の上に積もった。


(なんだ、この状況は……)


 決して交わることのない感情が無理やり混ざろうとしているような気持ちの悪い感覚。自分が変容してしまったような胸中は思考と心と体が乖離してしまったと錯覚すら来す。

 吐き気がする。嫌気が差す。


 自分が誰だったのか、わからなくなってきた。確かに学院での新たな生活は面倒事が多かったが、それを差し引いても歳相応の楽しさがあった。

 それが邪魔だったのだろうか。

 それがこんな状況を生んでしまったのだろうか。

 今までもこんなだっただろうか。


「……いや、違うな」


 魔物ならいざ知れず、人間を殺す時にあれこれ考え始めたのは最初の一人とそれから……学院に入ってからだ。

 アルスは静かに深く感情の泥の底に沈んだ自分という魔法師の本質を掬いあげた。




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