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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「掴み取る華奢な手」
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暴かれる奇策

 マップ上に記された光点を見てアイルは大凡状況が好転していると見ていた。特にアルスをオルネウスだけで抑えられているのは大きい。想定以上の成果だった。


 対等に渡り合えるとは予想もしていなかったのだ。

 一方でシルシラのほうは苦戦を強いられているようだ。騎士ナイトという特殊兵を与えている彼女を止めることができるほどの人材がいるとは考えていなかった。

 だが、特殊兵に振り分ける兵は戦力として高い者に据えるのが定石であり、最低条件だ。この程度ならば大きな誤算とは言い難い。


 さすがに一筋縄ではいかない。アイルは最強の称号を冠するアルスを警戒はしていてもテスフィアに関しては完全に見下していた。

 どんな対策を立てようと戦場を引っ掻き回せば最後には王という役割の資質のみが試される。幼少期から知るアイルにとって彼女の思考は今まで敗北させた相手よりも一枚は劣るものだ。寧ろ手に取るようにわかるとさえいえた。


 最初から勝負と呼ぶことすらできない土俵での戦い。勝率が5割程度ならば慎重を期すアイルにとって貴族の裁定(テンブラム)という方法を取らなかっただろう。

 諸々を加味し、アルスが加わろうとも勝ちは揺るがないと判断したからこその申し出だったのだ。


 それに勝者への商品は一級。天秤に掛けるまでもない。


 だが、どんな試合であろうと戦況を機微に感じ取り即座に対応することをアイルは怠らなかった。

 だからこそ、注目すべきはシルシラサイドの戦場だ。


 場所が場所だけにアイルからはどんな状況なのかを把握することができない。マップを眺めて、脳内でいくつもの展開を先読みしていく。


 マップの動きからするとオルネウスはぴったりとアルスを追っている。ここからでは推察するしかないが、完全に相手を翻弄しているのだろう。

 アルスは逃げの一手。


 だからこそ、アルスは直進できずにシルシラと仲間の弓兵アーチャーとの戦闘に加わるつもりなのだ。

 それはもしかすると歩兵を遠ざけるためという苦肉の策だったのだろう。歩兵同士の戦闘はテスフィア陣営にとって敗色が濃い。あのままでは時間の問題もいいところだ。

 最強と言われようとも魔力を制限された状況ではどんな強力な魔法も使用できない。アイルは魔法師という者を魔法を扱う者と決めつけていた。

 それは己が魔法師としての才能がないからかなのかもしれない。現実をアイルは知らなかった。魔法師が魔法を扱うのみならば今頃人類は魔物に蹂躙されているだろう。


 要は魔法師として第一線で戦う者たちがどういう存在なのかを熟知していなかったのだ。


 少なくとも魔法を使うための創意工夫、的確な判断を可能にする身体能力も備わっていなければならないことを彼は甘く見ていたのかもしれない。


「フィアの命令回数は0、時間を待つ形になってきた。いよいよどうにもならなくなってきたかな」


 命令の解釈や的確な指示を出さなければ、二度手間となり、一回で済むところを二回命令しなければならないことがある。

 結果として命令回数を切らすという状況を生む。


 一方のアイルはというと常に3~5回分の命令回数を残していた。だからこそ生まれる余裕。状況を冷静に精査することができた。


「シルシラは膠着状態か、オルネウスとの合流はこちらに有利な状況になる?」


 自問自答は予想することしかできない戦況を幻視することで想定する。


「……いや、わからない、かな。弓兵アーチャーの存在が不確定過ぎるね。シルシラを止めているとなると相当な使い手だろうし、でも歩兵はこちらが完全に勝っている。なら……アルス殿はどうしてこちらに退路を求めたの、か」


 自然に考えるならばオルネウスとの戦闘では戦士《ウォーリア―》を抜けないと踏んだのか。アルスの行動はどう考えても状況の打開。

 つまりはアルスに不利な戦況を意味している。一か八かに近い策だ。咄嗟の思いつき、それしか打開する術がなかったのだろう。


 だが、相手は最強と謳われ、研究者としても名を馳せる男だ。


「これはあまりに不自然だね。オルネウスとアルスの交戦で全ての兵がマッピングされた。となると彼が歩兵の交戦に対して優劣を見抜けないはずがないよね。だからこそ、割って入った……とすると」


 アルスが乱戦を中断させたのは同数の歩兵の衝突で、すでに三人も戦闘不能に陥ったからだ。いや、四人目だったか、とアイルはマップの光点を見る。それに対して自陣の損害は歩兵が1だ。


 そこでアイルは口角を持ち上げた。すでに彼はテスフィアの思考を読むのではなくアルスの思考を読むことで必死だった。相手は間違いなくアルスなのだ。


 知恵比べと言えば、大袈裟だろうか。それでもこの苦境でアルスはどんな策を弄するのか、それを読んだ上で勝利を収めることに自然とアイルは熱中していた。


 アイルは自分がアルスならば勝つためにどういった策を巡らせるか。どんな手が最も勝率が高いかをいくつか想定していた。その中でも彼の取った行動はアイルにとって想定の範囲外だったのだ。

 勝つためには不正もやむなしだろうと思っていただけにその思考に至れたのはアルスの行動があったからだろう。


 ここまでの戦況を彼が意図的に組み立てたものだとするならば。


「感服するね。正直そこまでは僕でも考えなかった。というかまずありえないし、やらない。あぁ、美しくすらあるよ」


 看破した高揚と同時に敬意をアイルは込めた。

 全ての不可解はこれで合点がいく。なるほどどうしてか、アイルが相手の立場でも絶対に取らない行動。でも、やられてみてこれならという感はある。


 感はあるのだ。アイルは気付いたが、気付けたのは本当に偶然に過ぎない。普段ならば絶対に気付けなかったと言い切れた。

 だが、それでも、これだけは見過ごせない。決して見過ごすことができなかった異変。


「フィア、君が王で本当によかった。テンブラムは兵の質じゃない、最終的には王の臨機応変な対応と即決、どこまで相手の思考を読むことができるかが左右するんだ。やっぱり君は御しやすい」


 あまりに安易過ぎる行動はアイルの勝利を願っているかのような愚策。いや、それも彼女が初めてテンブラムを行うというのであるならば致し方ないかもしれないミスだ。


 テスフィアの歩兵がアルスたちの背後を追っていた。いや、正確には歩兵が集まる一帯から離れていく二人の間に生まれた隙間を一人の歩兵が抜けていったのだ。

 テスフィアの命令回数はずっと把握している。すでに回数が追加されるのを待つという事態なのだ。そして30秒きっかりに命令が追加された。そう、抜けて行った歩兵に命令を下したのだろう。


 彼女がもっとテンブラムに精通していれば確実に成功したであろう奇策。


「わざわざ指示を出してしまうんだね。それにせっかちだ、君は……」


 ありがちなミスだった。動き出しの命令のタイミングは明らかに命令よりも早い。これは命令前に動いたことになり、反則にあたるが、審査員の判断は傍観だ。

 つまり、命令を与えずに動ける駒。

 アイルは盤面で抜けてくる歩兵ポーン歩兵ポーンだとは考えていなかった。それこそが敬意を表するにあたる作戦だ。


 そう騎士ナイトはある程度制限なく行動することができる。王を討つための駒として絶対的に優位な駒だ。これを選ばないというのはそれだけでアドバンテージを生むとさえ言われている。それほど重宝し、要となる特殊兵なのだ。


 無論、それはアイルにも同じでシルシラが騎士ナイトになっている。


 アルスの作戦は騎士ナイトを別に作ることだった。十中八九、定石として最も動ける強者が騎士ナイトになるという常識を打ち破ったのだ。

 現にアイルはアルスが騎士ナイトだと思い込んでいたし、そうでもなければ勝てないと考えていた。


 だが、アルスの行動を騎士ナイトと偽るためにテスフィアは逐一アルスに命令を使っていたのだろう。騎士ナイトの特性である、独自の判断で行動できるという装いを演出した。そのため当初貯めていた命令回数が著しく消費する結果になったのだ。


「つまり、アルス殿は歩兵ポーン……騎士ナイトは最初から歩兵と一緒に紛れ込んでいたのか」


 脱帽とはこのことだろう。素直に勝った気分になれないのは作戦の上で完全に盲点を突かれたからだ。

 この作戦が生きればテスフィアの勝ちだった。現場で臨機に対応することができる騎士ナイトならば命令回数上の都合拠点まで抜かれていたかもしれない。だからこそ憤りを感じつつ、アイルは容赦なく命令を紡いだ。


 彼女の不手際で全てを水泡に期した。結果的にアイルは救われたということになる。

 だが、勝負は勝負だ。


「オルネウス、彼は歩兵だ。戦士《ウォーリア―》はすぐに後退、抜け出た敵、騎士ナイトを、潰せ!」


 すぐさま、アルスを追っていたオルネウスの反応が直角に曲がり、マッピングされたテスフィアの騎士ナイトへと向かう。

 そして、時間を計算していたアイルは遅れてテスフィアの命令が下ったの見た。


 オルネウスの動きに気付いていながら命令が下らないことにアルスは直進するしかなかった。

 一気に畳みかける、徹底的に。

 

「やっぱりね。アルス殿は歩兵で間違いない」


 歩兵を一定距離を保たせ、斜向かいに後退させる。これならばテスフィアの歩兵が向かってきても対処は可能だ。それに騎士ナイトが逃げたとしても退路を断つことができる。オルネウスの速度ならばこそ対処は容易だ。だが、気付くのがもっと後ならば手遅れとなったかもしれない。


 こうなればもう終わりだ。勝敗は決した。


 おそらく騎士ナイトに選ばれたのは数合わせのはずだ。そうでなければすでにアイルは負けていただろう。事前の調査で数合わせのためにフェーヴェル家が躍起になっていることは知っていた。さすがに弓兵アーチャーまでは予想外だが。


 オルネウスならばまず負けることはない。騎士ナイトを欠いた状態ではテスフィアができることはもうないだろう。

 いや、問題はこうなった時にアルスが歩兵だということだ。それに加えて命令回数は0。

 30秒たち、すぐさま命令回数が消費される。連動するようにかなり遅れてアルスがオルネウスを追う。


 全部が手遅れ、今さらアルスが追ってこようともオルネウスの速度なら十分瞬殺できる。

 アルスが歩兵とわかれば命令回数の制限上、オルネウスは馬鹿正直に付き合う必要がなくなった。


 またしても30秒。

 即、消費。


「無駄無駄、もう何をしてもこの騎士ナイトは救えないよ。それがわからず無駄に消費するようじゃダメだ」


 とは言え、今さら立て直しが利く状況でないのは確かだ。

 テスフィアはなんとしても騎士ナイトを守らなければならない。いや、もっと根本的な問題だ。気付かれた時点でもう勝敗は決したと言える。


 現にアルスは全速力でオルネウスを追っていた。それはテンブラムというゲームをひっくり返してしまいそうなほどの驚異的な速度。

 これが身体能力によるものだとは俄かには信じられない。


(やはり、あなたは危険だ。だからこそ残念だ。その力をウームリュイナが得る機会はなく、君はテロ行為の首謀者として捕縛される。それもこれもフィアなんかに肩入れをした結果だ)


 テスフィアにどれほどの価値があろうというのか。それだけが信じられなかった。彼ほどの男が女に困るというのも考えられない。だからこそ余計にわからなかった。

 彼女の幼少期を知り、学院での再会もアイルの予想以上に成長が見当たらない昔のまま。


 感情を優先させる自制心のなさ。傀儡としては良く、血筋も申し分ない。だが、言ってしまえばそれだけ、アイルが彼女に見い出せる価値などその程度だ。


 もちろんそのおかげで、こうして勝ちを拾えるのだから感謝しなければならないのかもしれない。


 時間は掛ったが、呆気ない幕引きだ。

 オルネウスの反応が一人突出した騎士ナイトと重なり、その示す光が消滅する。これで騎士ナイトは戦闘不能になった。


 後は後始末だけだ。歩兵も余すことなく攻めさせよう。オルネウスは万が一に備えてアルスの相手をしてもらうのもいいだろう。

 戦闘などしなくてもアルスが歩兵ではアイルを突き止めるまでに時間がかかる。その間に全兵力を持って捜索すればいい。テスフィアの拠点など絞られているようなものなのだから。


 後何手で詰むか、アイルは脳内でざっと計算する。今の命令回数は再び5回に戻っている。それに加えてテスフィアは……。


「0!?」


 さすがに諦めただろうと思っていただけに無駄な悪足掻きに見える。時間的にはオルネウスを向かわせてから4分弱は越えていた。つまり7回の命令回数が追加されたことになる。

 その間も騎士は逃げようと試みた、包囲されたという指示をテスフィアが出す必要があるのだ。それで1つ消費。

 アルスを追わせるのにも命令が1つ。そしてアイルの歩兵が包囲網を敷いたのを見てテスフィアも全兵に救出、もしくは包囲を破るために命令している。

 シルシラサイドの遠距離魔法でも命令は消費しているはずだ。シルシラは徐々に後退を余儀なくされていたのだから指示があったのだと見る。


 新しく命令回数が追加されるまで残り10秒。ここまでで二人は7回分の命令回数が与えられたことになる。


 だが……。


「あと、一回はどうした……どの駒を動かしたっ!!」



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