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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「掴み取る華奢な手」
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三巨頭で三大貴族

 ヴィザイストに一礼するのはロキとセルバだ。

 それを軽く手で制する。その単純な動作でさえ今のヴィザイストは少しぎこちない。


 セルバによって新たに椅子と紅茶が用意され、それにドカッと座ると顔を顰めながら背後に連れている警護の男に松葉杖を渡す。


「あなたも歳で丸くなったと思ってたけど利かん坊は健在だったのね」


 いたるところを包帯で巻きつけられているヴィザイストはパッと見重症だ。無論、この程度でベッドの上でおとなしくしているような男ではないのだが。


「今回は少しヘマ打ってな」

「…………」


 三巨頭と呼ばれ三大貴族としても近しい関係にありそうだが、事実それほど会う機会などない。三巨頭と呼ばれた現役時代のことを思うとあまり良い印象がないのだ。

 というのも指揮官として大隊級と全体の指揮を執ることが多かったフローゼは前線で大暴れするこの男にはいつも手を焼かされていたのだ。


「で、今回はどういったご用件かしら」

「相変わらずつれないなお前は」


 このやり取りに多少の懐かしさと呆れを滲ませつつヴィザイストは豪快に酒でも飲むように紅茶を呷った。

 仮想液晶でテンブラムが始まってそれほど経っていないことだけを確認し。


「どうやらヘマをしたのは俺だけじゃなさそうなんでな」

「――それが目的なわけ?」


 未だに軍人なヴィザイストは罪人であるアルスが参加していることを嗅ぎつけたのだろう。わざわざ顔を出したことを思えばテンブラムを途中で止める意思はないのかもしれない。


 そんな射殺さんばかりの視線を受けてヴィザイストは無理にでも諸手を挙げる。


「今日は非番だ。こんな状態じゃどうにも満足に動けないんでな」


 なんて言っても松葉杖などほとんど使っていないようなものだ。傷口が多少開いても平然としていそうだ。


 実際ヴィザイストはこの場に軍人としてではなく貴族として赴いていた。さすがにアルスが参加してるとは本気で思ってなかっただけに逆に肝を冷やしたほどだ。


 これが事実であったとしてフローゼはヴィザイストの挙動を注視していなければならない。

 曲がりなりにも軍人だ、非番だろうと目の前の罪人を見過ごすことなどできるはずもないのだから。


 すべてが上手くいったとしても最後の最後でアルスを捕縛されるような事態は個人的に避けたかった。セルバに探らせたところやはり彼は嵌められたという結論に至った。もちろんその後にロキが裏付けをしたので疑いようもない。


 というより、すでにフローゼは二人を信用に足る人物だと判断していた。


 貴族は品格以上にそのあり方を問われる。フローゼにとって恩を仇で返すことだけはできない。それこそ名を汚す行いだ。

 戦友とは言え、警戒するにこしたことはない。そんな主の心を読んだのかセルバもそれとなく目を伏せた。


 だが――。


「俺も貴族の裁定(テンブラム)について詳しくはなかったんだが……どんな裏技を使ったんだ」

「……なんのことかしら」

「アルスだ。貴族に対して嫌悪感すら抱いていた奴だ。それにテンブラムの代役は条件があっただろ」


 警戒心を持ちつつ、調べればどうとでもなる情報だけにヴィザイストの腹を知る意味でもフローゼは仮想液晶から試合を見ながら相槌のように答える。


「今回は娘が世話をかけたのよ。彼はその助っ人を買って出てくれたということ」

「ということはあの嬢ちゃんか」

「どこで?」


 般若のような形相で振り向いたフローゼにヴィザイストは胸中で「しまった!」と親に叱られる子供の気分を味わう。というのも現役時代、フローゼのほうが指揮を執るなど実質的に纏め役となっていたときから小言を長々と聞かされた経験を持つからだ。


 さすがに非番であり旧知ということからもつい軽口を衝いたが、やはり軍部でも裏方を担うヴィザイストがテスフィアを知っているというのは不可解に思うだろう。


 ただその時のことはいろいろと不手際が目立つためにしゃべっていいものなのか思案しなければならない。もちろん真っ向から向けられる柔和な表情、慈愛に満ちた瞳が薄らと開いていることが身震いを引き起こしていた。


 最終的にヴィザイストの中で何を言い繕ったところで敵わないだろうと白状する決意をした。


「以前アルスとの仕事の関係上、お嬢さんとそのご学友であるアリス・ティレイクの介入があってな。その時は事なきを得たが……まぁ、そんなところだ」


 かなり曖昧な説明だが、ヴィザイストが今どういった仕事を請け負っているのか察していたフローゼは内心で「初耳ね」といくつか叱責の言葉を巡らせていた。


 フローゼの周囲から魔力でない何かが漏れ出ているのを感じ取ったヴィザイストは話題を戻す。というよりもこれは確かめなければならない事案だ。


「どうやってアルスを代役に仕立てたんだ? まさかと思うが……」


 できれば娘のためにも否定してもらいたいところだが。


「えぇ、婚約を結んでもらいました」

「――おまっ! ゴホッ……」


 チラリと斜向かいの銀髪少女の様子を窺うヴィザイスト。 

 親心としてはあまり二人の関係にお節介を焼くべきではないと思っていたが、よもや伏兵に掻っ攫われるとは思いもしなかった。

 アルスの抱える問題は一旦棚上げにして気持ち小声で。


「抜け駆けは許さんぞ。こっちは前々からアプローチをかけてたんだ」

「あら、それは残念だったわね」


 投げやりな台詞にヴィザイストは傷口とは別の痛みを頭に覚えた。さすがのアルスも時間をかければいつかはフェリネラに落とされるだろうと踏んでいただけに思わぬ誤算だ。


「まさかソカレント家も彼を狙っていたなんてね」

「当然だ。アルスは俺の元部下だ。人格は少しあれだが、何より人品骨柄を良く知る相手だ。朴訥だがな」

「あら、それはご愁傷様ね。すでに婚約は結ばれたわ」


 本気で困り始めたヴィザイストにセルバが空咳をして主を窘める。


「奥様その辺で……」


 涼やかな気息を吐いてフローゼは惜しい気持ちで「冗談よ」と軽口を衝く。


「今回はテンブラムに代役として参加してもらうための一時的な措置よ。まぁ、娘もその気のようだしフェーヴェル家としては今回の一件にけりがついたら正式に申し込むつもりだけど」


 二人の間ならば言うのはタダであり、確保の意味も込めた牽制のつもりだが、申し込んだところで受け入れられないという回答をすでにアルス自身から聞いている。


「それもテンブラムで勝てればだけど……」

「ふんっ、あいつのことだ。丸く収まるとは思わんが大丈夫だろう」


 フローゼはここにも根拠の乏しい信頼がでたと呆れ交じりに聞き流す。



 足を組み替えて戦況を注視する。それは無数に飛び交う風の矢が空を舞う光景だった。

 システィの助けは正直助かったの一言に尽きる。どこかで借りは返さなければならないだろう。それほどの技術だ。

 名を馳せていないことが不思議でならない。


「ミルトリアの婆さんまで引っ張り出してくるなんてな。これで負けたらいい笑い草だぞ」


 笑い草程度で済むならばフローゼとしては万々歳だ。ヴィザイストは何がかかっているのかを知らない証明でもある。


「それにしてもウームリュイナの倅は……やっぱりこうなったか」

「…………」

「ありゃ親父を悪い意味で越える。兄のほうはまだ可愛げもあるが、なまじキレ過ぎるのも悩みものだな。モロテオンは育て方を間違えたようだ」


 他人事のように言うが、アルスという子供らしからない異端を見てきただけにその慧眼は一目でアイルの本質にヴィザイストは気付いていた。

 傲慢で不遜で野心家、最たるものとでもいうのだろうか。それが愚物だと切って捨てるのは容易いが幼きアイルには金も権力も頭脳さえも備わっていた。

 

 まだ子供相手だとその時は特別気にかけることはなかったが、嫌な予感のようなものを抱いたのを今でも覚えているのだ。


「そのようね。いい迷惑だわ」


 だが、これに勝つことができればあながち収穫がないというわけでもなかった。一番はやはりアルスという魔法師。

 もう一つは勝利者の権利としてアルスがかわした条件がある。

 干渉しないこと。つまりこれを今回は拡大解釈させてフェーヴェル家に対しても必要最低限の関係以外は干渉しないことを条件に加えた。

 これによって貴族のパワーバランスの均整が上手くとれるだろう。


 そんな表面上他愛無いやり取りをしている間、ヴィザイストは周囲を警戒していた。

 ここに来た目的は単なる非番というだけではない。正式な沙汰があったわけではないが、個人的に気になることがあったのは否定できない。


 強いて言えば今回アルスがテンブラムに参加することを知ることができるのは容易だということだ。もちろんヴィザイストのように本気で来るとは思っていないのだろうが。


 そうなるとベリックは外聞のために上手く軍を動かすだろう。しかし、今の軍部は一纏まりとは言い難い。

 その動向を探った結果が今の有様なわけだが、モルウェールドがこの機を逃すとは思えなかった。

 そんな一抹の不安を抱き赴いたのだ。


 映し出されるウームリュイナ陣営の中にヴィザイストを襲撃した相手がいないことに肩の荷を下ろす。



 この間、ずっと心が行き場を求めるようにソワソワするばかりでロキは憤りすら感じていた。


 テンブラムで敗北するなど微塵も思っていない彼女には、二人がアルスを取り合うような会話を我慢するしかなかった。

 アルスを正当に評価している二人だからこそロキの心は揺れ動き、本人でさえこのモヤモヤを解消できずにいる。今までもこんな気持ちを抱いたことはあった。

 本人は自覚していなくてもまぎれもなく独占欲の一言で片づけられるものだ。少しだけ心の隙間に入り込んだ欲。


 一度大きく深呼吸するが、それが変に注目を集めてしまう。


 そんな少女の心境を敏くも感じ取れたのはやはりセルバが誰よりも速い。


「奥様、ヴィザイスト卿。差し出がましいようですが、今は試合の真っ最中です。気が逸るのもわかりますが皮算用ではありませんか」


 気を遣った言葉を二人も察すると、視線を仮想液晶に戻す。

 セルバが口を挟んだのは何も気遣いだけではなかった。そろそろ作戦が動き出す頃合いだったからだ。


 これまでは準備時間に過ぎない。本当の勝負はこの後に控えていた。




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