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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「掴み取る華奢な手」
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魔女の魔女

「フェッフェッフェ、若いのぉ。ずいぶん懐かしい感覚だわさ」


 しわがれた声は擦れ、枯れ枝のような腕には同じく枯れ枝のような杖が老婆を支えるよう握られている。


「久しぶりに頼ってきたと思ったら、あの子の誘い文句にも乗ってみるものだわさ。テンブラムなんて何年ぶりかねぇ」


 ふらつきながら近場の根に腰を降ろすと伸びきった眉が片方だけピクリと持ちあがった。


「あれもかわすのかい。若いってだけで眩しいだわさ」


 ミルトリアは助っ人としてテンブラムに参加したのは単なる興味故だろう。それこそ夜早く寝、朝早く起きるような暇な一日、愛弟子であるシスティも、もういい歳だがやはりいつになっても弟子は可愛いものだ。

 頼まれれば小言の一つでも言って引き受けてしまう。


 そんなミルトリアも歳を感じるには世代交代を幾度も経験してきた身だ。


 こんな魔女のようなローブまで箪笥の奥から引っ張り出してきたのだから、つくづく歳をとった。


 幸いなことに事テンブラムに関してはミルトリアほど経験を積んだものもいまい。今のウームリュイナ家とも幾度か試合の経験がある。もちろん兵としてだが。


 だからこそ老骨でも無理難題でない抜け穴を知っている。


「遠距離魔法の制限内でも相手の位置を捕捉する手段はあるんだわさ」


 遠距離魔法とは言え探知魔法並みに索敵効果が見込める魔法が存在する。いや、正しくは技術とでもいうのだろうか。


「最初の攻撃を防いだのは失策だわさ」


 シルシラがいるとされる場所目がけて放った風の矢を彼女は回避するのではなく弾くという手段をとった。その時点でミルトリアの魔法はすべて彼女に着弾するよう追尾式に変更された。


 もともとミルトリアは独学で魔法を磨いてきた研究者だ。一時だけ軍で魔法研究の主任として着任したことがあったが、あらかた必要な知識を得た彼女は老いもあり早々に軍を抜けた。その後は自律操作など魔法の軌道を研究してきた者としてひっそりと暮らしていた。


 年老いても有り余る魔力は中位級魔法というだけでも一度に百以上発現することもできる。

 上空を大きく迂回させたり、はたまた木々を縫うように走らせたりと相手にとっては上も左右も前も後ろも関係なく襲ってくる。


「フェッフェフェ、これぐらいの位置がベストだわさ。システィが気にする生徒というのも興味があるだわさ」


 この作戦を立てただけでも興味が湧くというものだ。ましてや相手が無敗のウームリュイナともなれば年甲斐もなく気張ってしまう。


 実際、シルシラとミルトリアとの距離はそれほど離れていなかった。さらに言えばシルシラはテスフィアとも離れていない。三者の位置は案外近い場所にあった。


 だが、今のシルシラが圧倒的に不利な状況からかなり遠方からの攻撃だと思っても仕方のないことだった。それほどまでに風の矢は方向も速度もバラバラなのだ。

 下手をすると自分の場所すら見失ってしまうほど休む間もなく、回避し続ける。


 シルシラは強引に攻めることすらもできなかったのだ。無視するにはあまりにも物量が多く、威力の低い魔法だからと弾けばコンマ数秒のロスが生じる。そうなれば瞬く間に次弾が襲いかかってくる。


 かと言って回避を続けても一定の場所で行き先を封じられる。逃げ回ってシルシラが感じたことは正方形のような場所に閉じ込められたという感覚だった。後退しようとすれば行き先に矢の雨が降る。


 見えない相手に足踏み状態が続いていた。

 本来ならば王の位置をざっくりとでも把握しておきたい。できれば早々に決着を着けたかった。騎士ナイトとしての務めを完全に封じられている。

 募る苛立ちが僅かに初動を狂わす。


「――ッ!」


 肩を掠めた矢は見づらいだけでなく、確実に動きを制限するため――戦闘不能に陥らせる手前に加減されていた。

 鋭い痛みが肩口を裂いていく。

 瞬時に迫りくる無数の矢を見据え紙一重で回避し続けた。しかし、その数は増すばかりで次第に正面以外からも迫る。

 風の矢が纏う微かな空気振動を敏感に感じ取り、回避する速度も曲芸じみた域まで到達していた。地に手をつき身体をひねる。

 体勢を整えるにしても数本の矢を回避する必要があった。片手のみで反転した直後でさえも矢は休ませてはくれない。

 顔を向けた時には眼前に迫っていた。矢の速度に比肩するほどの脚力で弾かれたように後方に飛び退る。

 それでも速度を落とすことのない矢を完全に回避するには頭を傾けるしかなかった。やはりコンマ数秒遅れが生じ、頬に血が滲む。


 休む間もなくシルシラは背後に迫りくる矢を魔力を纏った腕で叩き落としていく。が、やはりジリ貧だ。

 どんなに長けた魔法師でもこの本数を裁き切ることは不可能に近い。


 こんなやり取りが5分以上も続いていた。そしておおよそシルシラの中ではこの範囲が正確に脳内で構築されつつあった。それに伴って身体全身をくまなく包む魔力。カウンター系の魔法を発現させる。

 霧のように周囲を覆う魔法、【濃霧瞬結(ノーヴル・リリィ)】は本来広範囲に渡る最上位級魔法に属する。

 動く者を瞬時に氷結させ、そこから元を辿るように連鎖する。

 が、今回のように周囲のみに留めることで消費魔力を抑えた。必然的にランクが落ちた魔法は規定内で収まる。


 次は右だろう。

 予想があったように死角から微かに聞こえる、鼓膜を揺する矢の風を切る音とともにパキッと鳴る音を頼りに回避。【濃霧瞬結(ノーヴル・リリィ)】の使い方は本来の効果ではなく知覚器官の一つとして利用することで死角を失くす。同時にその脱却手段も徐々にだが見えてきた。

 しかし――。



(優秀だわさ。速度すらも調整しているのにもう慣れてきたのかい。こちらの意図も察し始めたわさ)


 ミルトリアはそれでも重い腰を上げることはしなかった。

 彼女が受けた指示を作戦に照らし合わせると十分にその重要度がわかるというものだ。いや、本来ならばそこまで期待されていなかったのだろう。


 しかし、現実としてミルトリアにはテスフィアたちが想定していた以上の役割を可能にできる。

 そのためミルトリアは相手の主力たるシルシラをこの場所に留めておくことを買って出た。


「少し見くびっていたわさ」


 二人は目視できる距離にいない。しかし、ミルトリアには相手の動きが矢によって手に取るようにわかっていた。

 

「あまりうろちょろされると頼まれた仕事もできないってシスティに言われそうだわさ。久しぶりの俗世、どれ、鈍ってないところを見せるわさ」


 曲がった腰を二度ほど叩く。

 持ってきた杖が本来の使い道しかないかのように肩に凭れかかり、老婆は枯れた手を雨乞いのように持ち上げる。


 すると落ち葉が踊るように地をそよ風が舞う。くるくると渦を巻き、周囲は微風の舞踏会然と半透明の風がどこからともなく集まってくる。


 ミルトリアは掌を掲げ指をクネクネと動かす。風はさらに激しさを増し踊り狂う。

 そしてふいに動き続けた指がピンッと一本だけ突き立てられた。


 風は一瞬にして身を絞り無数の矢を形成する。その数は有に千を超えた。


「これはあっち、こっちはそっち、それはどっち?」


 どこか弄ぶように矢を気流に乗せて飛ばす。こういうところが弟子に嫌われると知っていながら浮かれ気味の感情を鎮めるには至らない。まるで愛弟子を教えている頃を思い出すかのように。


 テンブラムにおいて遠距離魔法、弓兵アーチャーを彼女ほど使いこなせる者はいないだろう。ましてや相手の動きまで正確に把握し、その動きを誘導するのは長年の経験から造作もないことだった。


 それでも久しぶりの手応えにミルトリアは老婆らしからぬ活気を見せている。

 テンブラムそのものが王同士の戦略ゲームであるが、彼女の場合は一対一の戦術ゲーム。


 相手に姿を捕捉されることなく見事に役目を果たす。手練ほど動かし方を工夫する。それは長年の経験が彼女の手数として現れていた。


 最後にたった一本の風の矢を指で弾く。

 するとその切っ先は天を向き、勢いよく大空に飲み込まれていった。



 ♢ ♢ ♢



 貴族の裁定(テンブラム)の開始時、フローゼは観客席として設けられたベンチに腰を落ち着けていた。本当は気が気でないのだが。

 できることは全部、見落としなく完璧にこなした。


 後はじっと見守ることしかできないのだ。些細な保険は内ポケットに忍ばせた家宝である宝剣の譲渡に関する誓約書ぐらいか。

 すでに条件の変更がかわされた時点でこの誓約書が役に立つかは怪しい。


 特設として設けられた観客席は当事者のみが同席することができる。その他の貴族は少し離れた場所に別に設けられていた。


 テラスのような丸テーブルを囲んで戦況などいくつかゲームの進行状況を表示する仮想液晶を見る目も真剣だった。


「奥様、紅茶を……」

「えぇ、ありがとう」


 ささくれた気分を一新するかのように手慣れた動作でセルバが紅茶をテーブルに置く。いつもより甘めに調節された紅茶を一口含むと緊張を吐き出すように、珍しく音を立てて受け皿に戻した。


 同じ物がロキにも出されたが彼女も一口含むと画面を睨むように見つめる。フローゼの隣で気持ち前のめりになっているのも気づいていないだろう。


「どう転ぶかしらね。上手くことが運べば良いのだけれど」

「お嬢様なら何があろうとも大丈夫ですよ」

「また根拠のないことを……」

「フォッフォ、奥様がお腹を痛めた子です。それに私も長年お嬢様を見ておりましたから……十分根拠足りうるかと」


 この執事を相手に理路整然と並び立てたところで上手いこと言って逃れられてしまうことをフローゼは十代の頃から知っている。

 いつからか、その口車に乗っかってやることで自分に言い聞かせてきたが、不思議と老執事の予感が当たることも知っているのだ。


 そんなやりとりを横目で聞いていたロキの視線が二人とは別の場所に向かう。


 威圧的というわけではない、しかし妙に圧迫感のような空気を感じたのはこの場の全員に共通する。


「まったくだ。子は宝だぞ」


 野太く威厳ある声音は足音すら聞こえてきそうな重量を窺わせる。ただ大きいというだけでつい身を引いてしまいそうになるのは声の主が相応の実力者だからなのだろう。


 振り向くことすらせずフローゼは気持ち鬱陶しげに頬杖をついて鋭い目つきになった。


「あら、あなたも来たのねヴィザイスト」

 

 


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