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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「掴み取る華奢な手」
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思考探り

♢ ♢ ♢


「さぁて、どうでるかなフィアは……」


 目の前の仮想液晶を眺めて楽しむようにアイルは無邪気な笑みを張り付ける。

 次々に敵兵の座標が紅点として表示されていく、その数は現在5つだ。


 その配列とテスフィアの出した命令数を見て残りの兵の場所を地図上に透かす。オルネウスの報告により最も警戒すべきアルスの場所は把握できた。

 見失わずに追尾し、十分な時間を稼ぐという意味では彼ほどの適役はいない。


 寧ろここまで時間を稼ぎ、且つアルスの動きが振り切るための逃走であると判断した。つまり、この時点ですでに勝敗は決したに等しかった。アイル側にはオルネウスと同等のシルシラがいるのだから。

 あとはどうやって攻めるか。

 その過程こそ、テンブラムという優位者による児戯の楽しみ方だ。


(勝つつもりなら最初からアルスをオルネウスに発見されないよう工夫しなければならなかった)


 マッピングは順調、決着を急くのでなく、万全を期すならば特殊兵の位置とその役職までを知っておきたいところだ。

 試合前からすでに騎士ナイトはアルスだとほぼ確信していた。この自由に動ける駒を最も強者に与えるのは必然。いくつか気になる点を仮想液晶の命令数に見たが、アルスの逃走を九割九分騎士ナイトによる自由行動故だと確信する。


 もう一人も現在シルシラを側面から攻め込ませていたところに魔法が飛んできたことを考えれば、こちらも弓兵アーチャーで確定となる。


 それに加えてこちらのオルネウスは戦士《ウォーリア―》、これはアルスを索敵できた時点で狙い通りとなった。つまり、アルスはオルネウスの戦士《ウォーリア―》の効果により視野内に――正しくは腕輪の探知範囲内――にいる限り戦闘によってしか進行することができない。


「騎士様は死んだよフィア、弓兵アーチャーも直に決着がつくかな……ん!?」


 微かな戦況の変化をアイルは持ち前の頭脳で機微に感じ取る。それは幾度となく戦局を想定するイメージから僅かに逸れた程度の誤差の範囲内だが。


 アイルは命令を止めるほど地図上に追加される相手兵に視線を落として首を傾げた。

 戦争の縮小版とさえ言われる貴族の裁定(テンブラム)は当然のように無数に戦局が存在する。配置からの相手の対応も含めて同じ内容は存在しない。


 しかしだ、それでも制限された地形と相手の役職が分かった時点でアイルに見落としはないと断言できた。それでも言いようのない違和感はこのアルスの動きがかなり不可解な物に見えたからだ。

 はたして最強と謳われた魔法師が魔法を制限された程度でこれほど押されるものなのだろうか。


 この思考はアイルが魔法師としての素質が乏しく個々の戦術について実践的な知識を有していないことに原因がある。

 彼の経験上、今までテンブラムの相手にこちらを圧倒する強者がいなかったから、この戦局が初めてだとして、記憶にないのも不思議ではない。

 知識としていくつもパターンを学んできたが、そのどれもが王を打つための良策とされる。それならばアイルとて次手にここまで時間を費やすこともなかっただろう。


 今回、アイルがテスフィアの立場ならば遠距離魔法を放った相手、シルシラに向かってアルスを差し向けるほうが合理的なのだ。彼の戦闘能力ならばオルネウスとシルシラを同時に相手しても十分な時間を稼げる。


 それをしないということは……。


「フィアは気付いていないか」


 そう、テスフィアは遠距離魔法の標的がシルシラであることを知らない。もちろんアイルも自陣だからこそ言えることだが。

 命令の増加数を見ても。


「28……30……間違いなさそうかな」


 命令は30秒に一度行うことができる。これはストック方式として30秒に一度の命令権が追加されるという意味だ。そのため1分間命令を出さなければ二度の命令を一度に出せる。それをアイルは開始時点からカウントしていた。


 テスフィアの命令は最初の時点から1分に二度を徹底している。アルスが動き出した時だけは30秒きっかりに命令を下していた。

 リキャストタイムの30秒間は新たな命令は下せない。


「オルネウスもやはり余裕はないだろうね」


 いくら魔法に制限が設けられているとは言え、勝敗は拮抗するだろう。いや、この場合は勝敗をつかせないほうがアイルにとってベストだ。オルネウスにも十分引き付けるように事前に指示を出している。


 歩兵を展開しつつアルスとオルネウスを避けるようにアイルは進行させた。


 いくら特殊兵が上位兵であるとは言え、数で制限がある以上歩兵が活躍する場面は多い。逆に言えば特殊兵が二人残っていようと歩兵が全て揃っていれば十分渡り合えるのがテンブラムの面白いところだ。


 だが、アイルは頭で理解はできていても特殊兵となる人物が自分の最も信頼する配下となればやはり身贔屓は否めなかった。現に二人はいくつものテンブラムで圧倒的存在だったのだ。

 

 今までのテンブラムは最初から駒の質に差があり過ぎたと言える。だからこそアイルは歩兵の存在を無意識に過小評価していた。

 謂わば捨て駒程度に。


 戦略として将だけ生かしても兵がいないのならば役に立たないのが戦場だが、アイルのテンブラムは歩兵がいなかろうが将だけで完勝できていた。これが少なくない油断を生んだとしてもそれを補うだけの駒と頭脳があるのだ。


 すでにアイルとテスフィアのマップには両者の兵がすべて表示されていた。これはアルスが動き回ったことでお互い自動的に目視する形となった。

 そうアルスはオルネウスを倒さない限り前進することはできない――なお、戦闘による移動は可能だ。しかし、腕輪の探知範囲を抜けて前進することができない。


 マッピングはお互いに完了した。が、これはテスフィア陣営から見たものだ。

 後退を余儀なくされたアルスにとって不可抗力となる探知となったのは言うまでもない。


 アイルにとっては思わぬ収穫ということだ。それ故に安直に考えるならばアルスとオルネウスは近接戦闘ではほぼ引けを取らないと推察した。


 脳内ではこの位置からならばテスフィアにはよくてこちらの歩兵数人ぐらいの探知だろう。

 そう見たのはアルスが自陣側に後退させられていたからだ。明らかに歩兵を捕捉することは難しい。


 少なくともアイルから見た二人の歩兵は捕捉されていないはずだ。それほどに距離がある。


「それにしても……」


 端に映るシルシラの動きがどうも芳しくない。彼女ほどの腕ならば遠距離魔法にも十分対応できるはずだ。

 その動きがずいぶんと制限されているように映った。まるで攻めきれていないような。


 シルシラには騎士ナイトとして王を討つことを前提に動いてもらっている。もちろん保険はかけてあるのだが、オルネウスがアルスを引きつけてくれている時点でそう難しいミッションでもないと予想していたのだ。


 だが、アイルはその戦況を見た目以上に軽んじていた。それは彼が自陣を遥か後方に置いたことに問題ある。いや、地形的にも事前にもっともベストな場所に拠点を置くことができたのだから、この際距離など二の次なのだろう。

 しかし、それによって今、シルシラが立たされている状況を把握できていなかった。



 ♢ ♢ ♢



 一方のテスフィア陣営の戦況を彼女自身直に見届けている。


 それもそのはずだ。地形的に最も発見されにくい場所はアルスによっていくつかピックアップされていた。それは当然、ホームグラウンドとするアイルにとって十分予想されるという意味だ。


 だからこそテスフィアは事前の作戦の詰め込み時に決まっていた場所に拠点を置いている。つまりは最大で5km離れることができるが、比較的中間地点に近い場所から始めたのだ。


 開始時の命令はそれこそ無駄な消費、相手をかく乱するためだけの命令だった。命令数や発見時から逆算されないための策。

 もちろんアルスからの指示なのだが。


 この場所からならば発見されやすいリスク以上に全体の戦況そのものが目視できる。特に遠距離魔法を駆使する弓兵アーチャーの攻撃を把握できる。


 その凄まじい光景にテスフィアは天を仰ぎ見て力強く拳を握った。


 風の矢が密集し、どこから放たれたのか特定されないように迂回しながら右端で絶え間なく降り続いている。

 茂る木々は次々に穿たれ塞いでいた枝のことごとくを粉砕された。粉塵に近い煙は止むことを知らず、もくもくと視界を遮る。


「確かミルトリアのほうは問題ない。あれを回避し続けるのは難しいわ、よね」


 ミルトリア・ワウ。ご高齢の魔法師だ。アルスの提示した条件に見合うだけの貴族を取り込むためにフローゼはずいぶんと苦悩した。それもそのはずだ。遠距離魔法を自在に操る技術というのは、つまるところ魔力操作に長けていなくてはならない。

 現代の魔法師に欠如した能力であることフローゼは自覚していただけに何度も魔法師名簿を見返す日々が続いた。


 しかし、それはひょんなところから差し伸べられた救いの手によって達成される。

 そう、フローゼらと肩を並べた三巨頭が一人、システィ・ネクソフィアの連絡を受けた時だ。システィは貴族に関して興味を示さなかった。そんな彼女が今回に限り助力を申し出たのだ。


 フローゼとシスティは特別仲がよかったということはなかった、理由を聞けば実に彼女らしい甘い思想だったが、そんな彼女をフローゼも嫌いにはなれないのだ。


 テンブラムについては聞き及んでいるのか、事情説明するより早くシスティは一人送るとだけ簡素に伝えてきた。

 だが、その名前を聞いてフローゼも眉間を寄せた。明らかに条件を達成できない。それどころか齢70を超える老婆ではそのへんで見繕ったほうがまだ使えるだろう。

 ワウ家というのは貴族に属するものの、忘れ去られるほどの廃れ貴族なのだ。


 ミルトリアという老婆を最後に階位を畳むほどだ。

 だが、システィが自信を持ってこう答えた。


「それなら大丈夫よ。私のお師匠様だから、今はたまに手伝ってもらうくらいでほとんど隠居しているけど」


 この言葉にフローゼは乞驚こそすれ、持ち直すのは早かった。というより諦めて無理やり飲み下した。

 三巨頭で彼女ほど秘密主義な魔法師はいないだろうと思っていたからだ。

 詳しい説明を受ければなんてことはない。単なる世捨て人。経緯までは聞けなかったが、何よりも条件を達成できたことは大きかった。




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