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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「掴み取る華奢な手」
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ゲームという名の

 貴族の裁定(テンブラム)は10VS10の戦略ゲームである。

 歩兵ポーンを置き、その中から特別な役職となる特殊兵を二名まで設けることができる。実際のところ戦局は大きく特殊兵によって左右されるものの、魔力流動制御が腕輪によって制限されているため、個々人の戦闘力としては大きく開きがない。

 言ってしまえば近接戦闘に限定されることになる。それなりの使い手ならば時間稼ぎ程度は十分見込める成果だ。


 序盤の常套手段としては互いの王が相手の全兵を把握するために所持する仮想液晶にマッピングしていくことから始まる。

 一度地図に印を落とせば後は自動追尾が可能だ。しかし、これにも欠点が存在する。発見時から5分、兵が動かなければ自動的に地図上の印が消滅する。

 無論、これは愚策である。行動を停止した兵ほど奇襲の的だ。


 王は初期位置から動くことはできず、これは指定されていないため王自ら開始と同時に規定時間内に拠点を構築しなければならない。


 すでに開始から10分は経っているためすでにテスフィアは拠点を決めたはずだ。アルスは今回の場所にも着目していた。

 上手くできた山間地は大雑把に鬱蒼とした森林が茂り、長方形に近い形だ。おそらく横幅は1kmもないだろう。

 そして王同士は5kmから10km離れた場所に拠点を置かなければならない


 予定通りならば湾曲するような横陣隊列で歩兵が直進している。到着が直前でもなければ今回の要となる人物とも会っておきたかったが仕方ないだろう。

 単純な戦力でもウームリュイナ勢のシルシラとオルネウスは飛車角の存在だ。それに勝るとも劣らない戦力では知略以前で敗色は濃い。

 少なくとも数合わせではない戦力がもう一人欲しかったのだ。


 アルスは中腹辺りまで前進し、速度を落とす。通信機器コンセンサーの指示に従ってきたが、ここまで敵との遭遇はない。

 だが、当初の予定通りならば。


「来たか」


 茂みからのっそりと姿を現した人物にアルスは即座に腕輪のボタンを押す。遭遇を知らせる意味と目視による探知を知らせるものだ。

 テスフィアには仲間であるアルスの位置を把握しているはずなのでこの信号の意味を汲み取れるだろう。


「オルネウスさんでしたっけ?」


 ワザとらしくアルスは確認の言を口にした。その間に周囲を警戒。

 オルネウスはゆったりとした燕尾服でにこりとも笑わずに下草の擦れる音すらさせず近寄ってくる。


「はい、予定調和と言えど早々に交える機会があろうとは思いもよりませんでした」

「できればもう一人いてくれたほうがこちらとしては嬉しかったのですけど」

「我が主もそう易々と乗るほど甘く見ておりませんよ。それに私でも十分手ごわいですよ」


 白い絹手袋を外すと綺麗に折りたたんでポケットにしまった。


 理想としてはやはり二人を同時に相手をしたほうが何かと楽な展開になったはずなのだ。魔力による制限がある以上、二人を相手に快勝することは難しいが、二人を足止めする分にはどうとでもなると踏んでいたのだ。


「そうみたいですね。振り切れそうもありませんし」


 ここで初めてオルネウスの口元を不敵な笑みが覆う。軽くジャンプしたり手首を回したりと手軽な準備運動を済ませると「ではっ」と言って構えを取った。

 

 それはアルスも初めて見る構えだ。

 武術として旧体制以前の対人戦闘を想定した武術の雰囲気がある。まさにテンブラムにとって厄介極まりない手合いだ。

 清流のような所作から構えまでの流れるような動きに呼応する魔力は実に滑らかに手を覆う。


 アルスも腰からAWRを抜き、魔力を通す。


 刹那――アルスの斜向かいを大きく超えて無数の魔法がテスフィア陣営から飛来し、爆発じみた轟音が連続する。

 が、視界の端で捉えただけのアルスは意識を依然としてオルネウスに向けていた。


 お互い隙を窺っていたのでは当分動き出すことはなかっただろう。だからなのかオルネウスがタンッと軽く地面を蹴った。

 

 初動こそ軽やかなステップだったが、その突進にも似た速度は荒々しくアルスの反応速度を狂わす。

 オルネウスはAWRを持たない、完全な武道派な印象だ。


 それに対してアルスはナイフ型AWRを使用している。とは言え接近戦においてナイフの取り回しは素手に見劣りする。攻撃面に優位性を持つものの魔法が限定されている現状では是非の判断は付かなかった。


 反射的な思考の流れは互いの距離が詰まると同時に霧散する。


 向かってくる相手に対して突きを選択したアルスは結果的に愚策だったのだろう。身体に染み付いた動作は突きからの次手を想定している。

 にも関わらずだ。


「――!!」


 オルネウスはナイフの先端を片手で軽く側面から手を添える。すると何かに弾かれたナイフは彼の手に纏わりつく魔力の流れに沿って避けるように逸れた。

 更に一歩踏み込むオルネウスはアルスの腕を絡み取り肘を持ち上げるように締めあげると、逆方向に掌が肘に伸び、反対の手は二指で鉤爪のような貫手。

 二つの肩へと伸びる。二つの動作をマルチにこなしてく、それだけでも相手が戦い慣れしていることが感じ取れた。


 この一瞬のやり取りでアルスは腕が完全に破壊される結果を幻視した。肘を折られ、肩を潰される。

 我流で磨いてきたアルスでさえその卓越した技術をまざまざと見させられた。


 しかし、武術の流派や型を学ばないアルスにとってこの回避は実戦に身を置く者の行動と言ってもよい強引な手段だった。


 地面を蹴ったアルスは空中で腕を軸に逆さになり、腕を捻じりながら側頭部目掛けて足を突き出した。


 衝突後、オルネウスは弾かれるように地面に跡を残しながら後退させられる。前髪は揺れにより纏まった髪が垂れてきていた。

 そして首が引っ張られる状態でゆっくりと顔を戻す、口元には擦ったように血が滲んでいた。


 今の攻防は引くか引かないの選択だった。そうオルネウスは判断していたのだ。腕を一本壊す代わりに蹴りを一発受けるか、そういう有利な攻防のはずだったのだが。


「さすがに甘くありませんか」


 アルスの腕は肩からだらりと垂れ下がっていた。強引に身体を捻ったアルスは事前に閉められる腕を回すだけの隙間を作っていたのだ。それによって肘の向きが変わり服を掴んで互いの距離を引き寄せて腕を曲げる。肘を折ろうとした突き上げの直撃は避けられ掠った程度だ。

 そして肩はというと。


「肩を外しましたか、今の一瞬でそこまで気付かれているとは」


 そうオルネウスの手を覆う魔力はアルスが使う魔力刀のような形成ではなかった。故に刺突のように貫かれる心配はない。これもある意味で経験則に基づいた推論なのだが、どうやら当たったようだ。


 口を拭わずにオルネウスは今のが小手調べだとでも言うように構え直す。

 アルスもすぐさま肩を戻し、軽く握り込み上手く接合したことを確認した。

 

(近接戦闘だと少し分が悪いか、ならば……)


 アルスは左か右か、どちらに向かうべきか思案しすぐに決断する。

 先ほどの爆音はこちらの陣営による遠距離魔法だろう。腕輪に表示された残存兵が一人減っている――一人程度で済んでいる――ことを考えれば滑り出しは上々だろう。

 制限の中で唯一遠距離魔法を使用できる特殊兵は弓兵アーチャーのみだ。こちらの手の内を明かすことになってしまったが、あれだけの物量をぶつけたのだから恐らくはもう一人の要注意人物であるシルシラを捕捉したのかもしれない。


(一体どんな奴だ。あれだけの魔法を一度に発射できるとなると、そこらへんの魔法師とは考えづらい)


 それが攻性的に弱い魔法だとしても膨大な数の風の矢。ギリギリ可視できる魔法は空中で鳥が旋回するように不自然な軌道を描く。

 距離を拡げたり、左右にばら撒いたりと、相手が回避しているからなのか関連性はない。


 アルスはその技術を見て課題が達成されたと確信した。


「なら、こっちだな」


 そう言ったと同時にアルスは矢の雨とは真逆の方向に走り出す。


「振り切れませんよ」


(わかってるよ)


 内心で悪態をつくアルスは無視して全力で疾走する。その際にいくつかテスフィア陣営の命令回数が著しく増えた。

 これは互いの王のみが確認することができる相手の命令回数だ。

 王が兵に指示を出す際、その内容は伏せられるが命令をしたということが両者に伝わるように出来ている。


 この行動をオルネウスもボタンを駆使して主に伝えた。


 

 

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