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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「噛み合う動向」
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溶け込む狂気

 全てを見透かされている。そう判断したヴィザイストだが何の心配もしていなかった。魔法師とは別の覚悟を持ち、彼を慕う者が集った諜報部隊は人知れず死ななければならない場面も少なくない。

 たった一度の任務。

 それも魔物による脅威とは別種の任務で命をかけなければならない。その覚悟のある者のみが存在を偽り、悟られることなく諜報活動を続けている。

 構成員の中には魔法師とさえ認知されていない者も含まれた。一般市民を装い、家庭を持つ者もいる。全員が全員、諜報を職としていることを隠しているのだ。

 そういう意味では唯一ヴィザイストのみが周知されているのだろう。その手段や構成員までは明るみに出ることはないとしても。


「俺もだいぶ鈍ったか」


 覆面の下でくぐもった声でぼやいたヴィザイストは相手の出方を窺う。恐らく目の前の女から逃げるのは難しい。

 負傷しているようだが、どうにも得体が知れない。

 明らかにアルスと歳の違いはないようにも思えると同時にかつてのアルスに似た剣呑な空気。


(いや、それはない。あいつは圧倒的だ。それにこいつには上から見下す節がある)


 ならば、まだ付け入る隙はある。


「そろそろ始めましょうか。私もお待たせしている身ですの……で」


 夜の暗闇よりも濃い魔力が大鎌を流れ刃の魔法式を薄らと黒く浮かび上がらせた。


「いいぜ。こうなったら【クルーエルサイス】を全滅させておくか」

「まぁ、随分意気込んでおりますところ申し訳ないのですが、あなたに私を満足させることはできませんの」

「言ってくれる」

「さすがに手ぶらってことはありませんわよね?」

「運がよかったな、今日は万全だ。しっかり、と両腕に……」

「両腕ですのね」


 フフッと目を細め口元に笑窪を付けた。


 ヴィザイストはすぐに自分が何を口走ったのか理解できなかった。敵に対して武器を隠すことは常識だ。武器から系統など推測される場合もあるからだ。

 相手にいらない情報をわざわざ与えるという愚行を何故犯してしているのか。もっと言えば愚行であるはずの行為を愚行だと認識しづらいのだ。

 致命的なミスに気付けない恐ろしさ。それをなんとなく察した。


(おかしい、俺は奴に何を言った!?)


 思考は正常に回転している。にも関わらず敵という認識そのものが薄れているような気さえした。

 ギリッと相手を睨みつける。


 何をした! という声は言葉にならない。すでに経験から不覚を取ったと直感していたからだ。

 何かしらの術中に嵌まっている。


(なら、直接叩かないことには解きようもないか)


 そうと決めたヴィザイストは一気に魔力を解放した。威圧的なまでの暴風。

 棍棒のような両腕の肘から先の袖が吹き飛ぶ。その下には肘までを覆う手袋のような薄いアームガードが装着されていた。

 高密度の風の渦が両腕を覆うように周囲の空気を取り込む。淡く光る魔法式が見えなくなるほど、両腕の風は研磨機のようだった。


 ローブが吸い寄せられなが少女は淡々と告げる。


「【嵐の鎧(ストーム・アーマー)】……違いますね。【指向する旋風(サイクロン・エッジ)】ですか」

「ほう、良く見抜いたな。【指向する旋風(サイクロン・エッジ)】自体チンケな魔法だが、こうして両腕に留めると使い勝手が良くてな」


(まただ……俺は何故こいつにペラペラしゃべってる!!)


「まぁ、それはどんなふうに?」

「……なら、受けて見ろ」


 自分の口が開く前にヴィザイストは両腕を後ろに大きく引いた。実際の所、この魔法は使い手に強いる負荷が大きい。腕に纏った風の密度は魔力操作を間違えれば腕がねじ切れる。

 それに制御は腕力に依るところがあり、肉体的な負荷も大きいのだ。だが、それを可能にすれば風系統を得意とするヴィザイストの能力は向上する。要は常に魔法の発動待機状態であるため、構成のプロセスを一部簡略化できるのだ。

 AWRを経由する魔法師とでは発動までコンマ数秒速い。


 ギリギリッと両腕を引くだけでも筋肉が隆起する。

 弾かれたように突き出されたヴィザイストの腕が交差した。


 腕から延長線上に走る二本の竜巻。それが螺旋状にうねり、相手に向かって周囲の葉を吸い込みながら向かった。

 周囲の風を巻き込み、木々を根っこから引き抜くと細切れにしながら風の渦を肥大化させる。

 二本の竜巻は全てヴィザイストのコントロール下にあった。これが最大の利点だろう。プロセスを逐次変数で切り替えるのではなく、筋力に依存させることで強引に軌道を変える。という力技だ。


 さすがに追尾まではできないが、それでも直前で回避行動に移れば調整は可能である。


 しかし、相手は避ける素振りを見せなかった。

 先ほどは全滅させると言ってみたが、実際に行動を起こせばただでは済まないだろう。万が一、諜報員が捕まり自白させられれば……。

 モルウェールドに対して決定的な落ち度を見つけられなければヴィザイストの方が犯罪者として扱われる。

 そういう意味ではこの戦闘は最悪と言わざるを得ないのだ。


 ヴィザイストの思考の揺らぎは意図したものではなかった。原点に帰れば見つかった場合、相手を沈黙させる、もしくは殺害も含まれる。

 自衛のためと腹を決めたのにも関わらずヴィザイストは直前で迷っていた。


 意識と無意識の狭間が混合する。彼が放った魔法は確実に相手を殺す威力を持っていた。

 そして決断が下される前に相手に向かった竜巻が交差するように呑み込む。


 避ければ背後のモルウェールド邸も無傷では済まない。

 

「――!!」


 その驚愕はヴィザイストの表情を強張らせ、背中をじわりと汗が浮き上がる。


「あら、お優しいですの」


 そんな涼しげで小馬鹿にした声音が荒れた木立に響いた。

 丁度、交差しようと竜巻をぶつけたはずだ。しかし、実際にはそれよりも手前でクロスし、左右に分かれてしまった。

 地面には彼女の手前で割れたように削られた痕が深々と地面を削り、残っている。


「てめぇ――」


 ヴィザイストは苦々しく答え、現状を分析する。


(防がれた、いや、そんな感じはしなかった。ありゃ指向を奪われたようにこっちの魔法のほうが避けて行きやがった)


 感覚的には一番しっくりくる。しかし、直前まで指向はヴィザイストの手の中にあった。そもそも腕力に依存させているためアルスが使うように同調されたとしても魔法の指向は奪えないはず。


「次は私ですのね……!!」


 大鎌を旋回させた直後、全方位から爆風が細身の彼女の身体をふわりと浮かせた。


「悪く思うなよ。お遊びじゃねぇんだ」


 下から吹きつける風にフードが捲れ、少女の顔が露わになった。その若さにヴィザイストは内心で驚きはしても鉄の心を以て打ち消す。

 自分の知るアルスや娘のフェリネラと比べても一・二年しか変わらないだろう容姿。


 そして小規模の爆風が今度は真上から叩きつけるように吹いた。

 少女の身体はたちまち四つん這いになって着地する。ダメージと呼ばれるものは一切ないだろう。それでもすぐに立ち上ることはできない風圧だ。

 魔法が解けるのを待つようにヴィザイストは左手を突き出し、手を拡げた。

 相手に向かって手を広げ中指の第一関節を指の腹で逆に引く。


 AWRが光芒を引き、指先に集まった。直後、叩きつけるような風は地面を舐めるように霧散していく。


「ひどいじゃありません、の…………!! 何を……」


 即座に立ち上り、足が動いた刹那。少女は声に違和感を抱く。すぐに喉に手を回した。

 すでにヴィザイストは少女に向かって指を弾いていた。


「【間隙の衝風クリアランス・ハザード】」


 決着とみたヴィザイストは少女に向かって歩き出した。すぐにでもこの場から逃げなければならないというのに不思議と足と口は動き出す。


「強風を真正面から受けた時、息ができなくなるだろ。あれと同じ原理だ。口元の気流を変化させて気圧を下げた。すぐに窒息死するだろう」


 死ぬ、その言葉を口にした時、ヴィザイストは胸の痛みに苛まれた。

 今更どうしようもなく殺しに忌避感が湧いてくる。


 喉を抑えて必至にもがく少女は次第に地面へ横たわった。強引に吸引するが口をパクパク開閉するだけで吸引できていない。


 その最期を見取るためなのか、ヴィザイストは少女の手前まで近づく。

 ぐったりと灰色の髪を顔に被せて開閉が緩慢になる口元。直後、ヴィザイストは見た。少女の口が不気味にニィッと歪んだのを。


 自分が何をしているのか我に返った時には遅かった。

 一瞬で背後に現れた薄紫の幽体を視界の端で捉える。まるで死神のようなそれは左右から鎌を振り被っていた。


「――ッ!!」


 魔法も併用して後ろに跳び退ったが、腹に食い込む鎌が鮮血を撒き散らす。受け身も取れない状態で地面を転がった。


 背後の木の幹にぶつかり止まる。ヴィザイストはゆっくりと顔を上げる。

 そこには窒息寸前の少女がケロッした姿で立ち上っていた。


「しくじったか。もう歳だな」

「どうでしたか私の演技は、結構芸達者なのですの。フフッ」

「闇系統だったか。だが、どうして平気でい、る」


 お腹に手を当てても溢れ出る血が止まらない。傷の具合を正確に確認した時、満身創痍な身体が動くか指先を動かしてみた。


 少女の左右を浮遊する幽体は近づかなければ見えないほど闇と同化している。


「どうしてでしょうね? 私は死ぬとわかった相手でもあなたみたいにペラペラと情報を話すほど口は軽くありませんの」

「そりゃ残念だ」

「では、少しだけ楽しませて貰ったお礼に首を飛ばして差し上げますの」


 はぁ~っと恍惚と頬を赤らめる少女に「最近の若いのはどこかおかしいのが多いな」と荒い呼吸の合間に悪態を吐いた。


「頭だけ持って帰ればいいですの。ではサヨウナラ」


 鎌を持った幽体が彼女の背後で交差してヴィザイストに向かって鎌を一閃させた。


「――!! な、なんですの!!!」


 直前でヴィザイストは両腕から自滅も顧みない威力の爆風を生み出した。一瞬にして一帯を砂煙が舞う。

 微かに差し込む月光でさえ視界はきかない。


 ローブの袖で口元を覆い目だけを出すが、少女は諦めたように踵を返した。その足取りは与えられた仕事もこなせない隊員に対しての怒りからか腹立たしげに足早になっている。





 左右に両肩を回した状態でヴィザイストは弱々しく左右を見た。


「命令無視だぞ」

「なんとでも……」

「娘さんに怒られるのは我々ですから……なんて言えればカッコ良かったのですが、我々も逃げ切るのを諦めてました。たまたま隊長を御見かけしたものですから」


 本当に偶然だったのだろう。撤退が難しい場合はお互いの位置を示す機材を全てを抹消しなければならないからだ。

 ただ唯一ヴィザイストは魔法で全員の位置を把握していた。ダメかと思った時、全員逃げ伸びたかを確認するために発動していたのだ。

 その結果、こちらに向かってくる二人の隊員がいることを知ったため、悪あがき覚悟で粉塵を巻き起こした。


「厳罰ものだが、ナイスだ……まだ油断はできないが、やばくなったら俺は置いていけ」

「「了解です」」


 今度は素直に聞き入れられたためヴィザイストはお腹の激痛に顔を歪めながらも安堵する。

 先ほどはふい打ちの探知魔法【エア・マップ】を使ったが、今相手が神経を研ぎ澄ました状態だった場合、こちらの位置を補足されかねない。

 背後を気にしながら逃走することになりそうだ。



 だが、結果を言えばヴィザイストと対峙した相手は追跡に加わらず、諜報を得意とする部隊員の二人は上手くかわして帰還することができた。

 単純に運が良かっただけだが、九死に一生を得たのは確かだ。

 

 すぐにヴィザイストは集中治療室に運ばれた。応急処置すら気休めにならず、大量に出血した血液は早々には取り戻すことができない。

 もちろん、軍医にも極秘に見せる為の処置をしなければならず本格的な治癒魔法が始まったのは中層にあるベリーツァの医院でのことだ。

 部下の二人はプライベートチャネルでべリックに報告後、アルファ軍の軍医を中層に集結させた。




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